「さて、もう終わってしまったことはどうしようもないね。旧オルガサン侯爵領の立て直しもしないといけないし。王領になるんだろう?」
「お前が受け取り拒否したからな」
「立て直すのは別にいいけど、領地換えはねぇ。先祖代々手塩にかけた今の領地、凄く愛してるし」
オルガサン侯爵領は一旦王家預かりとなり、代官が赴任して立て直しを図ることになっている。そのうえでいずれは分割され、陞爵予定のエスタファドル家、叙爵予定のセレアル、エスタファドル家の分家を興すルシアノに与えられる予定だ。
「もう一つの厄介ごとはどうなってる?」
従兄弟同士の気安さでアマネセルはアルコンに問いかける。元々他に人のいない二人だけの私的な場だ。
「ああ、あっちの王女は気に入ったらしい。アレは年増女なんてと拒否していたみたいだが、鼻の下は伸びてるそうだ」
「上手くいきそうだね。うちの婿殿も中々の策士だね」
アルコンの返答にアマネセルは満足そうに応じる。
第二王子アギラが外交に出て既に三ヶ月が経っている。そろそろ帰国の途に就くころだ。鳥を使っての連絡はどうしても時間差が生まれる。前回の報告からどうなっていることか。
「まぁ、アギラからはあちらの王太子からの内諾は取れたし、国王も乗り気だと知らせが来てる。お互いにお荷物が片付く上に国の絆は強まるんだ、重畳重畳」
王太子ラウレルの側近から提案された政略結婚の提案は予想以上に相手にも受け入れられた。王家の結婚だからすぐには話がまとまるわけではないが、この話がなくなることはないだろう。表向きは度々国境を侵しては叩きのめされている厄介な敵国ボティンに対応するための同盟の証なのだから。
「アレ、なんでうちが伯爵家なのか理解してないよね」
その婚姻政策の要であり、実は厄介払いに婿に出される第三王子を思い浮かべ、アマネセルは言う。
「おい、一応、俺の息子。一応、王子」
不肖の息子を『アレ』扱いされ、つい先刻は自分も同じ扱いをしたことを棚に上げアルコンは従弟に突っ込む。
「うん、お前の息子。つまり、親戚の子で友人の子。そして敬う気になれない王子だね」
アマネセルの歯に衣着せない言にはアルコンも苦笑するしかない。そういわれても仕方のない息子だった。
他の王子や王女に比べて身分に驕るところはあれど、それで問題を起こしたことはない。王家に残り内向きの仕事をさせる分には問題もないだろうと思っていた。
しかし、デビュタントを迎えた再従妹に初めて会ったときから、彼女に異様なほどに執着を見せたのが問題の始まりだった。要は一目惚れをし、王子の身分を笠に着てマグノリアに迫ったのだ。
デビュタント以前は第三王子ジャバリーとマグノリアに面識はなかった。再従妹とはいえ伯爵家の娘だ。王族であることに異様なほどの矜持を持っているジャバリーは伯爵家如きの娘と会う必要はないと、再従兄弟たちの集まりには顔を出さなかった。
この態度にジャバリーの兄弟たちは呆れ返った。エスタファドル家は幾度も陞爵の話が挙がっている家だ。ただ表には出ない役目柄、あまり高位貴族ではないほうがいいとの判断から伯爵位に留まっているだけだ。そのことは建国以来の名門公爵家や侯爵家も知っており、家格的には同格として遇している。なぜ王子なのにそれを知らないのか。
更にマグノリアが母の仕事を積極的に手伝い、次期会頭候補だと知ると馬鹿にした。王家の血を引く貴族令嬢が商人の真似事など恥を知れと。
これには王妃シスネが激怒した。マグノリアの母クラベルのおかげで王領の収入は倍増(倍では済まない)した。女性ながら、いや女性だからこその目線で商会を盛り立て王国一の商会に育て上げたクラベルをシスネは尊敬している。そのクラベルが手塩にかけて育てた次期会頭のマグノリアにも目をかけている。
よってシスネはジャバリーにエスタファドル家と関わらぬよう命じたほどだ。ジャバリーはその母の命令を何やら都合よく変換し誤解して受け取っているようだが。
それなのにデビュタントで可憐なマグノリアを見て、過去の己の言動などなかったかのように迫り執着するのだから、周囲の呆れと怒りは大きかった。当然、王家はジャバリーの意を組んでマグノリアに婚約を打診することもしなかったし、万一そんなことになってもエスタファドル家はきっぱりと断っただろう。
「決められた仕事は出来るから王家に残る第三王子としてはギリギリ及第点ではあるんだよなぁ」
優れた王子ではないし、どちらかといえばお荷物だが、抱えきれぬほどでもない。だから、優秀な側近をつけて制御している。幸いにして出世欲はないが安定した職を求める有能な貴族の次男三男が同年代にいたために彼らが側近となり、ジャバリーに王族としての務めを果たさせてくれているのだ。
「そう、王家に残るはずだったよね。なのになんでうちの愛娘と結婚出来るとか思ってるの」
アマネセルはそれが不思議でならない。
オノール王国には王侯貴族の婚姻に際して明確な規定がある。これは国内外で婚姻に関する厄介ごとが多発した時期があり、それを防止するために定められたものだ。
それは王族と婚姻できるのは自国他国ともに王族・公爵・侯爵の嫡出子のみ、貴族は二爵位差以内というものである。つまり、王族に残る予定だったジャバリーは伯爵家のマグノリアとは婚姻できないのだ。たとえ婚姻可能な公爵・侯爵家と養子縁組しても嫡出子という条件に当てはまらないため婚姻不可である。
まさか王国法を王子が知らないはずはないのだが、どうにも理解しているとは思えない。
「しかも自分じゃまともに動いてないよね」
これも理解できない点だ。夜会などでジャバリーはマグノリアに付き纏う。かといって声をかけるわけでもない。付かず離れずの微妙な位置で取り巻きの女性に囲まれてチラチラとマグノリアを見るだけなのだ。
ジャバリーの名で高額な贈り物をしてくることもある。夜会の前など婚約者でもないのにドレスや装飾品を贈ってくる。それがサイズも合っていなければマグノリアの趣味にも好みにも合わない、似合わない派手で露出の多いデザインなのだ。
これらの贈り物は国王経由で送り返している。これはアマネセルとアルコンの関係があるから許される行為だ。なお、ジャバリーは送り返されたことを知っているはずだが、行動が変わることはない。どうやらマグノリアが異様なほどに謙虚で恥ずかしがりやなのだと都合よく解釈しているらしい。
「いつも側近たちがお膳立てしてたからな。自分がマグノリアと結婚したいと思ってるという時点で、周りが何とかすると思ってるんだろ」
国王夫妻にも『マグノリアと結婚したい』と言わないジャバリーに、アルコンもシスネも王家側からマグノリアの結婚話を持ち出すことはない。
「そんなわけないのにねぇ。側近たちがお膳立てするのはそうしないと仕事が出来なくて他に迷惑がかかるから仕方なくやってんだろ。王太子有能だし、第二王子も外交得意だし、第一王女経済明るいし、上が優秀だから、騎士団のお飾り名誉団長の椅子にぬくぬくと座ってられて良かったね」
アマネセル舌好調である。アルコンとの良好な関係があるとはいえ、不敬罪が適用されてもおかしくはない。なお、オノール王国に不敬罪はない。
「まぁ……そうだな。アマネセル、いくら従弟とはいえちょっと歯に衣着せてくれると嬉しい」
「やだね。俺の可愛いリアに迷惑かかってるんだから、これくらい甘んじて受けな」
娘が可愛い父親には娘に近づく男は全て害虫なのだ。アルコンにも二人の娘がいるから気持ちは判る。
「第三王子阿呆だよね。末っ子だから王妃が甘やかした? いや、あの王妃がそれはないな。教育係選び失敗した?」
「いや、兄たちと同じだったが合わないと判って変えたからな」
「まぁね、子供によって合う合わないあるし、兄たちには良かったけど、弟には合わないってあるからな。うちも三人とも教育係違うし」
二人の会話は止まらない。厄介なオルガサン家問題が片付いた。お荷物だった第三王子の問題もまもなく片付く。だからこその二人の愚痴だった。これまでの鬱憤が噴出したのだ。
「あー……結局本人の資質か……」
決して太鼓持ち系の教育係をつけたわけではないのに、悪い意味での王族気質だ。
「じぃさんの先王が甘やかしたのはあるよな」
「あるな」
他の王子や王女と違う点は祖父母がやたらと構った点だろう。それも甘やかしまくった結果があの王子なのだ。
「まぁ、ベヘタルが引き取ってくれることになって良かったよ。ホントうちの婿殿有能だねぇ」
底の見えない笑みを浮かべてアマネセルは言うのだった。