お花畑脳排除計画

「それでね、セレアル。君には卒業後、私の側近となってほしい。そのために王城で文官になってくれ」

 マグノリアには何の非もないのに傷物扱いされる未来に憤りを感じていたセレアルは一見何の繋がりもないラウレルの言葉に、訝しげに彼を見た。

「元々君の予定では卒業までにリアに求婚して、夫として彼女の補佐役をするつもりだったんだろう?」

 そんなセレアルの視線に気づいているだろうにラウレルは説明もなく話を続ける。確かに求婚して受けてもらったら、彼女の夫として商会の役には付かず個人秘書のような立場で彼女の補佐をするつもりでいた。商会に入るよりもそのほうが自由に自分の故国の伝手を使えるし、万が一の時に商会に迷惑をかけることもないからだ。

 だが、彼女が結婚するなら自分のその将来設計は消えてしまう。改めて卒業までに道を探さねばならない。ならば、ラウレルの側近というのはちょうどいいかもしれない。普通は願ったとしても王太子の側近なんて簡単になれるものではない。

 それに王太子の側近には彼女の兄であるエクリプセ卿もいる。間接的にでも彼女との繋がりを維持し、情報が入るだろう立場を維持できる。

 かなり利己的な理由でセレアルはラウレルの提案を受け入れることを決める。尤もそんなセレアルの考えなどラウレルにはお見通しである。ラウレルはセレアルの能力を買っている。是非ともセレアルには自分の側近として力を発揮し、再従妹が自由に商売という空で羽ばたけるよう政治的な後ろ盾になってほしいものだ。叔従父いとこおじがその妻をそうして支えているように。

「離婚した者は男女問わず一年間は再婚も婚約も出来ないからね。その間、君は王城で私の側近という立場でリアの将来のために働いてほしんだ」

 オノールの国法では、離婚後の再婚までの期間に定めがある。貴族は通常の離婚の場合、一年間再婚できない。死別の場合は服喪期間もあるため、三年間再婚不可となっている。なお、平民にはこの規定はない。貴族は離婚時に万が一妊娠していた場合、相続権の問題が発生するため、この期間が設けられているのだ。そのため、教会の魔導具によって白い結婚が証明されれば、離婚の翌日に再婚しても法律上は問題ない。

 尤も、そこは体面を重んじる貴族である。離婚後間を置かずに再婚するとなると、結婚していたころからの不貞を疑われても仕方がない。ゆえに、再婚の前段階の婚約も離婚から一年の間を置くのが慣習となっている。

「マグノリア嬢のためとあらば、承りましょう。勿論、側近となるのであれば、我が君には誠心誠意お仕えいたします」

 そうして、セレアルは卒業後、王城に文官として仕官し、王太子付きとなることが決まったのだった。

 

 

 

 マグノリアの婚約が正式に決まったころ、卒業前とはいえ既に見習い扱いで王太子の側近になっていたセレアルは第二王子アギラに呼ばれた。アギラは数ヶ月後にセレアルの故国ベヘタルに外交に赴くことになっている。そのため、事前知識を得ようとセレアルを呼んだらしい。

 政治的なあれこれを聞かれるままに答えたセレアルはアギラの質問がひと段落したため、とある注意喚起をすることにした。

「第一王女ガリナ姫、か」

 そう、セレアルの留学の原因となった阿婆擦れ王女である。既に二十六歳となっているがいまだ独身で、相変わらず好みの男を寝所に引っ張り込んでは公務も行わず堕落した生活を送っているらしい。

 オノール王国の王子たちは皆それぞれに美男子である。王太子はいかにも『王子様』といった綺羅綺羅しい華やかな容貌をしている。第二王子はどちらかというと中性的な柔らかな美貌の持ち主だ。第三王子は騎士団長らしく細身ながらも程よく筋肉のついた美丈夫だ。セレアルと似たタイプでもある。

 ガリナ王女は好みの男を寝所に引っ張り込むが、ある程度の身分があり見目が良ければ恋人がいようが婚約者がいようが妻帯していようが関係ない。ある程度の身分がある男というのも、そうでない者が王女の生活圏にいないだけで、学生時代には見目好く筋骨隆々とした平民の庭師を庭師小屋で襲ったこともあったらしい。

「ふぅん……僕も狙われると?」

「可能性は十分にあるかと存じます」

 何しろあの王女は節操というものがない。他国の王子という目新しい男にその触手が動かぬとは思えない。

「僕と弟だと、どちらに手が伸びると思う?」

 たおやかな美貌に似合わぬ策謀を秘めた笑みでアギラはセレアルに問う。

「アギラ殿下は貿易交渉や同盟締結のためにお忙しいでしょうから、ジャバリー殿下のほうが狙いやすいでしょうか」

 今回のベヘタル訪問には第三王子ジャバリーが護衛隊の隊長を務めると聞いている。王子が二人も出向くことにセレアルは違和感を覚えていた。

「ジャバリーはマグノリアに凄く執着していてね。セレアルも聞き及んでいるんじゃないかな」

 確かに王城に出入りしているうちに何度かそんな話を耳にして不快になった記憶はある。何故かあの王子は己がマグノリアの夫になるのだと確信しているらしい。

「弟はマグノリアの結婚のことをまだ知らないんだ。知れば計画の邪魔をするだろうからね。だから今回の使節団にお飾りの護衛隊長として連れていくことになった」

 なるほどとセレアルは納得した。オノール王国の王族は皆その立場と責任を弁えているが、第三王子だけは少々毛色が違う。表舞台に出ることが殆どないのは、国王をはじめとした国の上層部が王家の恥を晒さないようにそうしているのだろう。ガリナ王女に殆ど公務が回されないのと同じだ。

 ジャバリー本人は初めての大きな公務ということで張り切っており、マグノリアの結婚が着々と進んでいることには気づいてもいないらしい。

 なお、マグノリアは離婚前提の結婚に対して、離婚を有利に円滑に進めるための仕込みを嬉々としてやっているのだと彼女の兄から聞いている。

 兄のエクリプセにしてみれば、婚約者のペルデルと学院で同学年だったこともあり、役目柄仕方ないとはいえ内心では猛反対している結婚だ。ついつい愚痴も漏れ、そこからセレアルはマグノリアの様子を窺うことが出来た。

 ある意味結婚準備を楽しんでいるマグノリアにセレアルは余計に心惹かれるのを感じる。計画を立て策略を企て、それを実行するための様々な手配をし着々と目的を達するために事を進める。政治家とも経営者ともいえるそんなマグノリアの様子が、セレアルには好ましく思えるのだ。いや、すっかり惚れ切っているマグノリアだからこそ、人によってはドン引きするようなことですら愛おしく感じるのである。

「殿下、此度のベヘタル訪問はボティン王国への対応も含めた同盟締結が目的ですよね。婚姻による同盟締結は最も結びつきが強いと言われますが、あちらのガリナ王女とこちらのジャバリー殿下という組み合わせは、考えることは出来ませんか?」

 王家は明らかにジャバリーを持て余している。今は特に大きな失策はないものの、小さなあれこれがないわけではない。そのたびに兄や姉が後始末をしているのだが、本人はそれに気づきもしない。

「お荷物同士くっつけちゃえって? ちょっと兄上と相談しようか」

 にっこりと擬音の聞こえそうな笑みでアギラは応じ、兄やその側近と話を煮詰め、国王の許しも得たのだった。

 

 

 

 第二王子アギラを正使とする一行がオノール王国を出立したのは、マグノリアが学院を卒業する数日前。卒業から三日後にマグノリアは嫁いだ。

 そして、結婚式から一ヶ月後、離婚が成立する。

「エスタファドル伯爵令嬢マグノリア様。どうか、一年後、私があなたに求婚する許可をください」

 流石に木蓮を花束には出来なかったと苦笑しながら、薔薇の花束をマグノリアに捧げ、セレアルは約半年遅れの求婚をした。

「あら、気が長くていらっしゃるのね。わたくし、一年後には結婚証明書に署名するつもりでおりましたのに」

 花束を抱きしめ、マグノリアは微笑んだのであった。