物語のプロローグにして侯爵家のエピローグ

 その日、王都の聖堂では華やかな結婚式が行われていた。オルガサン侯爵家の嫡男ペルデルと建国以来の名門エスタファドル伯爵家の長女マグノリアの結婚式だった。

 婚約が結ばれてから僅か三ヶ月での挙式に、招待された貴族たちは秘かに呆れていた。

 通常貴族の婚約から婚姻までは一年以上の期間を置く。幼少期や成人前などの早い時期に婚約を結んでいない限り、そうしなければ準備期間が足りないのだ。

 貴族の婚姻ともなれば当人や家族だけで書類を整えて終わりというわけにもいかない。王家の承認が必要であるし、体面を保つために爵位に相応しい儀式も必要になる。

 また、殆どが政略結婚であるがゆえに互いを知る時間も必要だ。貴族同士であるからそれまでに社交の場で顔を合わせたことはあっても、互いの為人を知っているとは限らない。

 家と家、領地と領地を結ぶ婚姻であるがゆえに、夫婦となる二人にはそれなりの信頼関係も必要となる。謂わば貴族の夫婦は領地や事業のビジネス共同経営者パートナーだ。互いに力を合わせて実家と婚家の発展のために協力するのである。

 そういった結婚後のあれこれに備えて、互いに理解し合うための時間が婚姻準備期間なのだ。

 しかし、それがたったの三ヶ月しかない。相当に焦って婚姻に漕ぎつけたことが窺えた。

 僅か三ヶ月しかなかった準備期間は、侯爵家王都別邸の改装と花嫁の婚礼衣装を整えるための時間でしかなかった。しかも、婚礼衣装は一から準備したオートクチュールではない。

 貴族令嬢の婚礼衣装ともなれば半年から一年かけて生地から選び仕立てる。中には生地を織るところから始める家もあるくらいだ。しかし今回の令嬢の衣装は既製品を手直ししただけのものだった。生涯に一度の婚礼衣装が高級既製品プレタポルテであることに令嬢の友人たちは憤り、悲しんでいた。

 友人たちにとってエスタファドル伯爵令嬢のマグノリアは自慢の友人だった。爵位こそ伯爵家とそこまで高くはないが、愛らしい顔立ちと高い教養、気品に満ちた立ち居振る舞いから同世代の令嬢の中では一目置かれる存在なのだ。

 なのに、そんな彼女が結婚する相手が爵位しか取り柄のないオルガサン侯爵令息ペルデルだなんて、釣り合わないにもほどがあると友人たちは嘆いていた。

 勿論、裏に政略があることは判っている。そしてどちらに一方的な利があるのかも。

 招待客の殆どがそれを理解していた。しかし、たった一人、当事者の片割れであるオルガサン侯爵令息ペルデルだけは理解していなかった。

 だから、彼は初夜の夫婦の寝室で宣言してしまうのだ。それがどんな結果を齎すのかも想像できずに。

「俺が貴様を愛することなどない。貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ。俺の愛を期待するな! 俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!」

 と。

 そして、それによってオルガサン侯爵家は莫大な慰謝料を請求され、その支払いのために領地を手放し、結果、爵位剥奪の上斬首されることになるなどペルデルは予想もしていなかったに違いない。