カヌーン魔導王国編

卒業パーティでの婚約破棄

 魔導王国カヌーンは法律の多い国家として有名である。その法律は平凡に生きる一般庶民にはあまり関係のないことで、その殆どが貴族や王族に関するものである。

 この法律の多さは千年にも及ぶカヌーン王国の長い歴史の中で様々な問題に対処した結果となっている。

 

 

 

 

 

「パタラ公爵令嬢アナーカ! ここに第三王子カジャルの名において貴様との婚約を破棄する!」

 魔導学院の卒業謝恩会の場でカヌーン王国第三王子が婚約者への婚約破棄を突きつけた。

 その瞬間、王子の周りに捕縛魔方陣が出現し、その周囲に王国特殊法監督局の取締官数名が現れた。

 公衆の面前での婚約破棄が行われると即座に捕縛魔方陣が発動し、監督局の対応部署にアラートが鳴る。ゆえにこの速さでの捕縛となった。

「元第三王子カジャル! 王国特殊法 第一章王族編 第二項 第二千九百三十条 公衆の面前による婚約破棄宣言の罪により捕縛する!」

 取締官は第三王子を魔縛綱で縛り、魔猿轡で口をふさいだ。なお、魔縛綱は異世界によっては結束バンドと呼ばれ、魔猿轡は同じ異世界においてガムテープと呼ばれるものである。

「平民シャオク。王国特殊法 第三章平民編 第五条 報告義務違反の嫌疑により同行願う」

 取締官は第三王子の背後に庇われるように立っていた平民の少女に厳しい声をかける。それに反論しようとしたシャオクは取締官にギロリと睨まれ口を噤んだ。

「パタラ公爵家アナーカ様、後ほど事情聴取のためご自宅に伺います。それまではご自宅にて待機、王家の召喚があったとしても取締局の依頼により外出禁止である旨お伝えいただき、召喚拒否をなさいますよう」

「畏まりました、取締官様。自宅にてお待ち申し上げます」

 アナーカは辞去の礼をすると、取締官補佐に護衛され、王都のタウンハウスへと帰宅していった。

「中止となった卒業謝恩会については後日、学院から連絡があることと思う。各学生・教職員は学院内から出ないよう。事情聴取を行う」

 取締官の言葉に主に学生からのざわめきが起きるが、数人の監督局職員に誘導され、教室へと戻っていった。アナーカが帰宅を許可されたのは被害者だからである。

 

 

 

 数日後、今回の王国特殊法違反の判決が出た。

 なお特殊法は裁判なしで監督局が処罰を下せることが王国基本法によって定められている。王国特殊法の最初の条文が出来たのと同時に設立された監督局は、特殊法案件に関してのみ、王家よりも強い権限を与えられているのだ。

 それゆえ、監督局職員は全て、着任時に正義と裁きの神アダーラに誓約をし、魔術によって縛られている。『決して私利私欲のためには働かず、王国の安寧のために正しき行いをする』という誓約だ。

 この誓約に反した瞬間、その者は業火に焼かれ命を落とす。自らの欲のために違反する者は当然として、王家や高位貴族などの権力者に忖度した場合でも同様の神罰が下るため、監督局職員はその職務に関しては清廉潔白である。因みに職務に抵触しない範囲であれば私利私欲にまみれても問題ない。食道楽着道楽趣味や恋愛などだ。

 今回の処罰は元第三王子に留まらなかった。

 元凶である第三王子は特殊法違反(第二千九百三十条 公衆の面前による婚約破棄宣言、第二千九百三十一条 断罪茶番未遂、第三千三百四条 身分差を盾にした付き纏い)及び王命無視による国家反逆罪に問われ、処刑。

 実は第三王子とともにいた側近三名も王子と同じ特殊法違反により三十年の強制労働。

 第三王子の両親である国王と側室は特殊法 第一章王族編 第一項 第二十八条 教育の不備の罪により、パタラ公爵令嬢への賠償金支払い及び強制退位と王宮内の監視塔での幽閉の沙汰が下った。

 因みに賠償金は当然国庫からでも王室財産からでもなく、国王と側室の個人資産からの支払いである。賠償金によって無一文となった国王と側室の幽閉はある意味彼らの命を救ったともいえる。衣装や装飾品全てを売り払って賠償金を捻出した国王と側室には簡易な(売れなかった)寝間着しか残されていなかったのだ。そんな二人が王宮から放り出されたら路頭に迷い数日のうちに死体となっていたに違いないのである。尤も、幽閉後の処遇は新国王と王太后の差配によるので、いつまで生かされるかは二人次第ではあるが。

 また、第三王子の側近たちの実家にも処罰が下され、アナーカへの賠償金を支払い、それぞれが子息なり親族なりに爵位を譲ることとなった。

 そして、平民シャオク。彼女は第三王子たちを誑かし侍らせていたように見えたが、その実、単に付き纏われていただけだった。身分差ゆえに逆らうことが出来ず、じっと耐えていた。それだけを見れば、彼女は被害者であるようにも思えるが、彼女もまた特殊法違反で処罰を受けた。尤もそれは一年間の修道院行きとその後十年間の社会奉仕というほかに比べれば軽いものだ。この修道院での一年間は付き纏いによって傷ついた心を癒し、カウンセリングを受けるためのものでもあった。王家及び側近家からの慰謝料も支払われている。

 何故シャオクが処罰を受けたかは、特殊法 第三章平民編 第五条 報告義務違反である。これは学院生に限らず、平民が王族や貴族から理不尽な目に遭った場合は速やかに監督局に通報する義務があるからである。

 特殊法 第三章平民編 第四条により、恋愛に関しては身分の差はなく、拒絶が許されている。しかしシャオクは付き纏いも通報せず、明確な拒絶もしなかった。そのことから、完全な被害者ではないと判断されたのだ。王子や高位貴族の付き纏いに怯え迷惑にも思いつつ、どこかで玉の輿を喜んでもいたのだろう。夢見る年頃の少女としては仕方のない心の動きではある。しかし、法律はある意味四角四面で融通が利かない。ゆえにシャオクは完全な被害者ではなく、しかし加害者ともいえず、修道院療養と社会奉仕という罰になったのだ。

 

 

 

 

 

王国特殊法

第一章王族編 第二千九百三十条 公衆の面前による婚約破棄宣言
王族の婚姻は政略であり、各家当主の名において結ばれる契約である。ゆえに婚約の解消・破棄は両家当主の話し合いによってのみ為される。これを公衆の面前で行うことは両家の関係を悪化させるだけではなく、宣言をする者の能力の欠如を示すものであり、宣言される者の名誉を著しく傷つけ侮辱するものである。よって、これを行う者は即座に王籍剥奪とする。
第一章王族編 第二千九百三十一条 断罪茶番
公衆の面前において王族とはいえ一個人が断罪することは、特殊法監督局をはじめとする法務省・司法省の権限を侵すものである。況してや明確な証拠もなく断罪を行うことは許されざることである。よって、これを行う者は即座に捕縛し、内容の詳細により適切な処罰を下すものとする。
第一章王族編 第三千三百四条 身分差を盾にした付き纏い
王国には明確な身分の差があり、下位の者は上位の者へ異議申し立てをすることが困難である。こと恋愛においてはたかが恋愛を軽くみられることもあり、下位の者が拒絶することも難しい。ゆえに王族は貴族平民を問わず、恋愛関係を求めて対象者の交友関係に影響を及ぼすような必要以上の接触を禁じる。
第一章王族編 第二十八条 教育の不備・第二章貴族編 第二十八条 教育の不備
王族及び貴族は国家に奉職する公僕である。ゆえに権利には義務と責任が伴うことを忘れてはならない。次代を背負う子女の教育は王国の安寧のためには絶対不可欠であり、それを怠ることは王国の未来を危機にさらす罪である。王国特殊法違反を犯す王族・貴族の子女は教育の不備があったと断じ、その両親はその責を負うものとする。
第三章平民編 第五条 報告義務
王国には身分があり、平民は貴族に理不尽な要求をされることもある。よって、貴族の要求に問題があった場合は、特殊法監督局に通報もしくは相談窓口への相談を義務付ける。これは国の礎たる平民が王侯貴族の理不尽によって不利益を受けないための保護措置である。
第三章平民編 第四条 拒絶の自由
上位身分の者からの求愛への拒絶は身分を問わず自由である。それによって処罰されることはない。なお、求愛を受け入れた際の身分差による不利益は個人の責任とする。

 

 

 

 

 

 今回の取り締まりに関係するのは以上の法律である。これは条文そのものではなく、低年齢層や平民にもわかるように簡易化された文章となっている。特殊法は王侯貴族であれば王族教育貴族教育の初めから徹底して叩き込まれる。特に恋愛絡みの条項は学院入学前に繰り返し教えられる。

 また、平民も年に一度町や村の寄り合いで周知される。

 条項の多さはそれだけ過去の王族や貴族が『やらかした』結果である。平民はそれに巻き込まれる形が多いため、条項も少なく、処罰するための法ではなく、身を守るための条項が多くなっている。

 監督局は今日も忙しい。特に王族担当。過去の王族のやらかしに、性懲りもなくそれを繰り返す一部の馬鹿に取締官たちは今日も頭痛を感じるのであった。