愛される努力

 早速各貴族家への根回しについて話し始めるミニストロ宰相・ドゥーカ公爵・マルケーゼ侯爵を見やり、フィーリャは嬉しそうに笑う。

「どうしました、フィーリャ」

 そんなフィーリャにレジーナ皇后が声をかける。

「いいえ、嬉しくなったのですわ、皇后陛下。これからは女に生きやすい時代になりそうですもの。女だけが愛される努力を求められなくなりますでしょう?」

 クスクスとフィーリャは笑う。

「愛される努力……ね」

 その言葉に、レジーナ皇后だけでなくドゥーカ公爵夫人もマルケーゼ侯爵夫人もミニストロ宰相夫人もどこか遠い目をする。

 レジーナ皇后は婚約者であった現皇帝と結婚をしたが、他の3人の夫人は先代の茶番劇によって婚約破棄をしている。かつての婚約者から散々それに類する言葉を投げつけられた記憶が苦く蘇る。

「プリンチペ殿下に散々言われましたの。お前は可愛げがない、俺に愛されたければ努力をしろと。俺がお前を愛さないのはお前の努力が足りないからだと。ご自分は一切わたくしに愛されようとはなさいませんでしたのにね」

 フィーリャの言葉にレジーナ皇后は頭を抱える。婚約者時代の夫と同じことを盆暗息子はフィーリャに言っていたらしい。そして3人の夫人も以前の婚約者に同じようなことを言われていたことを思い出す。

「毒婦が現れる前はそれなりに真面な方だったのですけれどねぇ。何故か傲慢で自信過剰で自意識過剰な馬鹿になってしまいますのよね……」

「うちのは元々盆暗でしたわ。毒婦が現れてからは一層馬鹿になりましたけれど。けれど、愚息については呪いかと思いましたわ。教育にはかなり力を入れておりましたのに」

 ドゥーカ公爵夫人とマルケーゼ侯爵夫人は溜息をつく。特に息子が今回の茶番劇に関わってしまったマルケーゼ侯爵夫人の苦悩は深い。

「ですが、女性当主となれば、男性ではなく女性が選ぶ立場になりますでしょ? ならば、今度は男性が愛される努力、選ばれる努力をすることになりますわよね。なんだかとっても愉快ですわ」

 キラキラと輝く笑顔のフィーリャに母親世代の4人は彼女のこれまでの鬱屈を感じた。プリンチペやその側近に鬱憤を溜めていたのだろう。

「女は現実主義ですわ。男性のように守ってあげたいだとかそんな感情で子の父親を決めません。己が命を懸けて子を産むのですもの。より優れた殿方の子を孕みたいと思うのです。そして、より自分を、子を大切にしてくれると思う者に身を委ねるのですわ」

 ニッコリとフィーリャは微笑む。誰が自分を蔑ろにする男の胤など孕みたいものか。毒婦たちだって、狙うのは高位貴族や皇族だ。下位貴族や平民は狙わない。

 そこには明らかに現実的な『より裕福でより贅沢な生活のできる相手』を選ぶ意図がある。男たちのように庇護欲をそそるからと自分の将来の不利になる平民や下位貴族を選んだりしないのだ。

 これまでは男は自分の子であれば母親が誰であれ後継に出来た。けれど女系相続になれば、妻の子でなければ後継にできない。妻の子であれば、胤が誰であれ後継になれるのだ。

 もし夫である自分が妻を粗雑に扱えば、妻は他の男の胤を孕む可能性がある。夫が自分を大切にしないならば、自分を幸せにしてくれる他の男を閨に招くだろう。

 つまり、これまでの貴族男性の女性軽視のままでは、自分の血は絶える可能性があるのだ。そんな生物的な危機感を男は抱き、妻に誠実に向き合わなければならなくなる。

 勿論、女性側にも様々な変化とそれに伴う苦労や苦悩はあるだろう。けれど、これまで軽視されてきた女性の地位は一気に向上する。

 父親や兄弟、夫に握られてきた人生はこれからは自分の足で歩き、自分で選べるようになるだろう。全てとは言わなくとも、これまでよりは遥かに多くのものを自分で掴めるはずだ。

 帝国は新しい時代を迎える。それが正しい選択なのかは歴史の判断を待つことになるだろうが、少なくともここに集う者たちはよりマシな時代が来ることを確信していた。