ミニストロ宰相の提案にレジーナ皇后とモナルカ皇太后は目を見開き、彼を見つめた。
「最近、ひそかに中務省で問題になっていることがございましてな」
そうミニストロ宰相は切り出した。
中務省は貴族を統括する省庁であり、当然そこでは相続問題も取り扱う。
その中で最近増えているのが、『その家の血を継いでいない者への継承を画策する者』による問題だ。
某伯爵家は男子がいないため女子が家を継ぎ婿を取った。無事某伯爵家には子が生まれたが、当主である女性が死去してしまう。嫡子は跡を継ぐには幼いため、暫定的中継ぎとして婿が某伯爵家当主となる。そうすると何を勘違いしたのか、婿は再婚し、再婚相手との子を某伯爵家の次期当主に据えようとするのだ。
こういった問題が各世代に1、2件起こるのである。大抵は下位貴族から婿入りした家に多く起こる問題で、十分な貴族教育が行き届いていない貧乏貴族が調子に乗ってやらかしていることが多いようだ。
そもそも、婿に入ってもその男に継承権はない。婿に入ったうえで妻の両親と養子縁組をすれば継承権は発生する。しかし、単なる婿入りの場合、その家に関する権利は飽くまでも妻から貸し与えられているにすぎないのである。
つまり、某伯爵家の場合でいえば、婿である男は再婚した時点で某伯爵家の籍から外れている。そこで暫定の中継ぎ当主ではなくなるのだ。
それを理解せず、或いは無視して、何の権利もない元婚家の跡を何の関係もない再婚相手の子に継がせるのは家の乗っ取りでしかない。
貴族は上位になればなるほど、歴史が古ければ古いほど、血を尊ぶ。それはその血を継ぐ者として徹底的な教育を行うからだ。血に課せられた責任を果たすべく教育を受け、その責任があるからこその貴族としての贅沢な暮らしや優遇を受けるのだと理解するのである。
「まぁ、嘆かわしいことでございますね、宰相様。そういえば愚弟も貴族の役目を理解してはおりませんでしたわ。ただ単に公爵家の当主になれば贅沢な暮らしが出来るとしか考えていなかったようです」
頬に手を当て首を傾げて溜息をつく。そんなフィーリャは大層可憐で美しいが、冷たい目と冷静な声音は間違いなく為政者側に立つ者のそれだった。
「ええ、まことに。ですが、女系相続にすれば、少なくとも婿が自分の子だから跡を継げると勘違いすることは減るかと」
そう簡単に行くとも思えないが、ある程度の抑止力にはなるのではないかとミニストロは考える。
「ですが、問題もありますわよ? 殿方のプライドですわ」
クスリと笑うのはドゥーカ公爵夫人である。実はレジーナ皇后の妹でもある。
「これまでずっと当主は男性でしたのよ。それをいきなり女系相続にして女が爵位を継ぎ当主となるとなれば、男性は全て入り婿。婚家の実権を握ることはできず妻の風下に立つことになりますわ。それを許容できる殿方はどれくらいいらっしゃるのかしらね?」
「それに今の令嬢方の覚悟の問題もございましょう? 嫁ぐだけと考えておられたお花畑の御令嬢では荷が克ちすぎますわ」
ドゥーカ公爵夫人の言にマルケーゼ侯爵夫人も同意する。
「まぁ、うちの場合、長男は廃嫡しますから、長女に跡を継がせることになりますけれどね」
マルケーゼ侯爵夫人は微笑みつつ言う。彼女の息子もプリンチペの取り巻きとして茶番劇に加わっていたから、廃嫡して追放することを決めている。長女には上位貴族の夫人として夫をサポートすべく教育していたから当主となることにさほど問題はないだろうが、他家ではそう簡単にはいかないだろう。