「皇位は第一王女マレカが継ぐ。マレカが皇子であったら何の問題もないと常々思っておったが、こうなったのは不幸中の幸いか」
モナルカ皇太后が溜息と共にいう。
これまでの2代、問題を起こした皇子が即位したのは、他に皇位を継承できる者がいなかったからだった。その原因は現皇帝の祖父に当たる先々代の皇帝にある。
先々代の皇帝は権力欲が強く、また猜疑心も強かった。そのため、自分以外の皇族を全て粛清していた。たった1人だけ残したのがモナルカ皇太后の夫である先代皇帝だ。
先代皇帝は先々代皇帝が粛清しないほどに盆暗だった。よって周りの廷臣たちが必死になって皇后となるモナルカを教育した。そして、先々代皇帝が死去し先代皇帝が即位すると実質的にはモナルカが為政者となったわけである。
モナルカも何とか複数の子を得ようと頑張ったが、残念なことに1人しか子は出来なかった。先代皇帝は実は性的嗜好に問題があり、子をなすことがかなり難しかったのだ。
廷臣・侍従・侍女・メイド一丸となって様々な画策の上、一服盛って何とか初夜を含む数回の夫婦生活を成立させた。そうやって先代皇帝以外の皆の苦労の末に出来たのが現皇帝だ。モナルカが懐妊した折には宮中が喜びに沸いた。
モナルカも散々苦労したこともあり、もう1人……とは言えなかった。結果、今の皇帝しか皇位を継げる者がおらず、即位するに至った。
当然のように婚約者となるレジーナにはモナルカと同じく徹底した女帝教育が施された。幸いにして現皇帝の性的嗜好は普通だったので、レジーナは1男3女に恵まれた。
ゆえに帝国首脳陣は今回の冤罪による断罪茶番劇で皇太子を切り捨てることが可能となったのである。
しかし、お花畑恋愛脳の現皇帝は即位しても問題を起こしまくった。学生時代の茶番の相手は修道院に送られた後『病死』しているが、皇帝は彼女のことは別れた後きれいさっぱり忘れている。ノリと勢いで『真実の愛に目覚めた』などと言ったが、元々は下半身に節操のない単なる性欲過多のロクデナシなのだ。よって、即位後、愛妾をわんさか作った。
これに関してはレジーナ皇后もモナルカ皇太后も思うところはあれど許可した。何しろ先々代のせいで皇族が少ない。現皇帝と皇女と皇子しかいないのだ。ゆえに、愛妾の子は皇位継承権を持たないことを絶対条件として認めることとなったのだ。
なので、愛妾たちは一見皇帝が無作為に手を出したように見えて、実はしっかりと皇太后と皇后が選んだ選りすぐりの才女たちだった。
ただ、皇太后・皇后公認の愛妾たちとはいえ、二人にはどうしても許せないことがあった。愛妾たちには問題はない。許せないのは皇帝の発言だった。
愛妾を認めさせるために皇帝は言ったのだ。『皇帝とは孤独である。為政者は孤高であるがゆえに慰めが必要なのだ』と。
その言葉を聞いたとき、レジーナ皇后は夫を撲殺しそうになった。なんとか心の中で聖典の長い序文を唱えることでクールダウンし、にっこりと微笑んで見せた。
同席していたミニストロ宰相もドゥーカ公爵もマルケーゼ侯爵もモナルカ皇太后も『撲殺してもよかったんじゃ?』とは思ったが、レジーナ皇后の自制心に敬意を表して何も言わずにおいた。
そして、レジーナ皇后は皇后執務室に戻り爆発した。
「何が皇帝は孤独よ! どこが為政者よ! 何もしてないくせに!!」
同行していた4人も書記官や補佐官も激しく同意だった。皇帝のやることは全て処理の終わった書類にハンコを押すだけである。何処が為政者なのか。
本当に孤独なのは皇后である。皇后が為政者なのだ。なのに皇后の孤独を癒す者はない。皇帝であれば認められる愛妾も皇后には認められない。皇后が愛人の子を産めば、それは皇室の血を汚すことになってしまうからだ。
だから、皇后には愛人は認められない。仮令精神的なつながりだけの関係だったとしてもである。