「はぁ? 何言ってんの? 頭可笑しいんじゃないの?」
声変わり前であろう少年の高い声が場の空気を切り裂いた。
「貴様たちがピグリエーシュ伯爵を継ぐとか有り得ないから。というか、継げないから。一代伯爵だから。姉様の夫に与えられる爵位だから。次期ピグリエーシュ伯爵はヴェルチュ兄様だから。それに継承可能だったら貴様たちじゃなくて僕が継ぐから」
少年は畳みかけるようにメプリたちに告げた。プラチナブロンドの髪をしたフィエリテによく似た少年だった。ただ瞳の色だけがペルセヴェランスと同じ琥珀だった。
「というか、ピグリエーシュ伯爵が継げるんなら僕が養子に出されるわけないじゃん。頭悪いとは聞いてたけど、予想以上に馬鹿だね」
まだあどけなさの残る愛らしい容姿で少年は毒を吐く。
「そこまでになさい、エヴェイユ。折角の可愛らしい顔が台無しよ」
「でも姉様、こいつら何も判ってない馬鹿すぎる。姉様、苦労なさったでしょ?」
メプリたちへと向ける表情から一変して天使の微笑みで少年・エヴェイユはフィエリテに応える。
「誰だ、貴様」
場の空気を壊し、自分たちの完璧な計画の邪魔をした少年をブリュイアンは睨みつける。今まで公爵邸では見たことのない顔だ。
「初めまして、義兄になり損ねたお馬鹿さん。クゥクー公爵家長男、エヴェイユ・シャンス・ド・シュエットです。姉上が爵位を継いだから伯父上のフレール侯爵家に養子に入ることになったんだけどね」
少年はフィエリテの弟だ。現在十三歳。母アンソルスランからは容姿と髪の色を、父ペルセヴェランスからは瞳の色と性格を受け継いでいる。
男子であるから分家を創立予定だったが、伯父のフレール侯爵家に跡取りが出来なかったことによって養子に入ることになった。そのため、五歳から公爵家を離れ、伯父の領地で教育を受けている。公爵邸に戻るのは年に数回しかなく、父や伯父の方針でメプリやヴュルギャリテ、ブリュイアンとは接触しないようにしていた。
思ってもいなかった嫡男の登場にメプリとブリュイアンは焦る。これでは自分たちが伯爵位を継げないと。エヴェイユの告げた内容は耳の右から左に通り抜けてしまっているようだった。
「で、父様、結果出たよ」
伯爵位を渡してなるものかと焦るメプリたちを気にも留めず、エヴェイユはペルセヴェランスに向き直る。そうして、メプリたちにとって特大の爆弾を投げ込んだ。
「そこの阿婆擦れ娘のほう、やっぱり父様の胤じゃないよ。そこの阿婆擦れ婆が庭師を閨に連れ込んで襲ってデキた子供だった」
一応義母と義姉にあたる二人の名すら呼ばずエヴェイユは調査結果を伝える。
元々クゥクー公爵家(というか、裏の役目を知る王家や上位貴族)は、メプリはペルセヴェランスの子ではないと考えていた。それでも分を弁えていれば、再婚相手の連れ子として結婚までの面倒は見ようと決めてもいた。それが不要の騒動を起こさぬためだと判断したのだ。
しかし、メプリもヴュルギャリテも分を超えた望みを持ち、公爵家を乗っ取ろうとした。あまりに稚拙で成功の可能性はなかったが、公爵家に喧嘩を売ったことは事実だ。だから、クゥクー公爵は二人を捌くことにした。裁くのではなく、
だが、それは王家と現クゥクー公爵とその婚約者から待ったがかかった。捌くとなればそれは私刑だ。それよりも二人の罪を公にして他への牽制とすべきだと。同じような策に引っかからないように、或いは同じような策を企む者がいないようにと、
そうして、二人にはペルセヴェランスの実子を孕んだと騙しそれによって不当な利益を得たことによる詐欺罪が適用されることになった。平民であれば民事の範囲内の出来事ではあろうが、血脈を重視する貴族社会においては立派に犯罪なのである。
それを立証するには、貴族社会では予想されているとはいえ、はっきりとメプリがペルセヴェランスの子ではないことを示す必要がある。だが、流石に『断種の術』については王家とクゥクー公爵の極秘事項のため公には出来ない。そのため、メプリが実子ではない証明には使えない。
ヴュルギャリテを愛人とする過程での調査で、実父候補は幾人か目星がついていたが、誰かは判らなかった。それほどにヴュルギャリテの男関係は乱れていたのだ。
しかし、近年の魔術研究によって、親子鑑定が可能となった。すぐにペルセヴェランスとメプリの鑑定が行われ、二人に親子関係がないことは証明された。だが、それでもヴュルギャリテが悪あがきする可能性はある。
その可能性を潰すために動いたのが、ヴュルギャリテたちが存在を知らない長男だった。十七年も昔のことを調べるのには骨も折れたが、伯父や祖父母、更には姉の実父の伝手も使い、エヴェイユはメプリの実父を突き止めることに成功したのである。
尤も、その元庭師は今回の件には無関係であり、今は地方の田舎町で妻子とともに小さな造園業を営んでいる。
「ついでに最初に診察した産科医からの証言も取れたよ。阿婆擦れ婆が妊娠したのは父様がハニトラに引っかかる三ヶ月前。焦った婆は父様へのハニトラ決行してまんまと愛人に収まったってわけ」
飄々と告げるエヴェイユはどうやら育ての父であるシャンとよく似ているようだった。
「やはりか。おとなしくしておれば目溢ししてやったものを。どうせ爵位は私の死後は返還され、こやつらは平民に戻るからと、事を荒立てるのもどうかと思って知らぬふりをしてやったのだがな」
ペルセヴェランスの声は凍えるほどに冷たかった。それにヴュルギャリテもメプリもコシュマール侯爵一家も震える。平然としているのはクゥクー公爵家だけだった。
「えー、それじゃ、僕がアレと姉弟になっちゃうじゃん、御免だよ。あんな不細工で気品のかけらもない雌豚なんて」
身も蓋もないことをエヴェイユは言う。エヴェイユはかなりのシスコンだ。美しく気高い姉を敬愛している。僅か五歳で離れなくてはならなかったから余計に。おまけに早くに母を亡くしていることもあって、姉に母を重ねてもいるから、シスコンにマザコンを併発し、かなりの重傷だ。
だから、姉を貶めようとしたメプリもヴュルギャリテもブリュイアンも許す気はない。姉が生まれたときからの