虚しい悪あがき

 一方夜会会場から半ば追い出されたメプリは母やブリュイアンの家族と共に一室に押し込められていた。

 一見洗練された応接室のように見える部屋は実は軟禁するための檻でもあった。室内にはメプリと母、コシュマール侯爵家の四人しかいないが、部屋の外の扉前には屈強な公爵家の衛士が見張りに立っている。窓は嵌め殺しで外に出ることは叶わない。

 呆然としていたメプリであったが、時間が経つにつれ理不尽な怒りが沸き上がっていた。自分が公爵令嬢ではない? 公爵家は父の前妻の家系だから父は公爵ではない? そんなことは知らない!

 お父様は私もお母様も愛してない? そんなはずはない。だって我儘は何でも聞いてくれた。……いや、聞いてくれたことはない。ある程度の買い物は自由にさせてくれたが、肝心なところでは一切聞く耳を持たなかった。学院に通うことも、本館に住むことも、夜会やお茶会に出ることも、ブリュイアンと結婚することも、何一つ聞き入れてはくれなかった。

 改めてメプリは振り返り愕然とした。愛されていると思っていた。愛されていると信じ込んでいた。けれど、思い返せば、表面上は優しく微笑んでくれていたが、それだけだ。

 いや、そんなはずはない。お父様は、お母様のことはともかくあたしのことは愛してくれているはずだ。だって、あたしはこんなにも可愛いいんだから。

 自分のこれまでを否定されたかのようで怖い。それを振り払うように必死にメプリは自分は愛されているのだと言い聞かせる。

 そんなメプリの周りではブリュイアンとその親が罵り合っている。お前のせいだ、俺は悪くないと互いに責任を擦り付け合う醜い言い争いだ。

「五月蠅いわね! 黙りなさいよ!」

 こんなに五月蠅くては考え事も出来ない。頼りにならない母は狂ったかのように小声でブツブツと何かを呟いている。

「五月蠅いだと!? 貴様のせいで俺は将来を失ったんだぞ! どうしてくれるんだ!」

「何よ、あたしを愛してるから婚約破棄しようとしたんでしょ! あたしのせいにしないでよ!」

「なんだと! 公爵になれると思ったからお前を選んだんだ! このままじゃ貴族じゃいられない! 三男の俺に継ぐ爵位はないんだぞ! 貴様のせいだ!」

「はん! フィエリテに捨てられたもんね! でも、あたしに謝ってあたしに尽くすんならあんたをあたしの婿にしてあげてもいいわよ! 公爵じゃないけど、伯爵なら継げるもの!」

 結局メプリもブリュイアンもコシュマール侯爵家も正しく理解はしていなかった。一代伯爵の意味を理解していないのだ。

「お父様はピグリエーシュ伯爵よ。お父様の娘はあたしだけ! まぁ、フィエリテもいるけど、フィエリテは公爵家継ぐから伯爵家は継げないでしょ。あたしと結婚すればあんたがピグリエーシュ伯爵になれるのよ」

 そのメプリのおめでたい主張に、ブリュイアンは目を見開く。有り得ないことに『それもありか』と思いながら。公爵から伯爵と爵位は落ちるが、それでも平民になるよりはマシだ。ピグリエーシュ伯爵領は豊かな土地だと聞くから名ばかりの成り上がり侯爵家よりもはるかに贅沢な暮らしも出来るだろう。

 この数時間で粗が見えたメプリを妻とすることには聊か嫌悪感はあるが、子供を産ませたら領地に幽閉してしまえばいい。そして自分は美しい愛人を囲えばいいのだ。

 愚かな彼らにはメプリの案はこの上もなく良いものに思えた。だから、怒れるペルセヴェランスの機嫌を取るためにもしおらしく反省した姿を見せ、メプリとブリュイアンの結婚を認めさせようと決めた。

 そしてそれから暫くしてペルセヴェランスが室内へと入ってきた。フィエリテもいる。他にも前々公爵ババァその夫ジジィフレール侯爵オッサンその後継者ガキがいるが、メプリたちは気にも留めなかった。重要なのはペルセヴェランスだ。一応クゥクー公爵となったらしいフィエリテにも殊勝にしておいたほうがいいだろう。

 だから、早速メプリとブリュイアンは行動に移した。

「お父様、お姉様、夜会ではごめんなさい。あたし、いっぱい勘違いしてたみたい。本当にごめんなさい、反省してるわ」

「ペルセヴェランス卿、フィエリテ、本当に申し訳なかった。あんな騒ぎを起こしてしまって。反省している」

 結局、何も理解していないメプリとブリュイアンにクゥクー公爵一家・・・・・・・は呆れた。理解していれば身分の低い自分たちから声をかけることなど許されないのだ。しかも反省しているという内容も見当違いだ。

「あたし、心を入れ替えるわ。だから、お父様、あたしとブリュイアンの結婚を認めてほしいの!」

「ペルセヴェランス卿、お願いします。メプリを幸せにします!」

 ここにクゥクー公爵一家が揃っていることの意味を理解していない愚か者たちにペルセヴェランスは呆れ果てて溜息をついた。自分たちは彼らに処罰を与えるために来たのに、家族団欒が待っているとでも思っているのか。そこまで能天気でもなかろうから、せいぜいが叱責を受ける程度と考えていたのだろう。

「お前たちの結婚か。好きにすればいい」

 家族でも何でもない者たちの結婚などどうでもいいとペルセヴェランスは告げる。

「お父様ありがとう! あたしたちの結婚を祝福してくださるのね! あたし、頑張ります! 二人で頑張ってピグリエーシュ伯爵家を守りますわ!」

「はぁ? 何言ってんの? 頭可笑しいんじゃないの?」

 メプリの言葉に応えたのは、メプリたちが『見知らぬガキ』と判断した、フィエリテによく似た少年だった。