「本来、フィエリテ嬢の婿は直系王族となるはずだった。けれど、直系には相応しい年齢の者がいない。ゆえに選ばれたのがコシュマール侯爵家だった」
王太子サジェスフォルスはクゥクー公爵家の役割から現クゥクー公爵の婚約について話を進めた。
サジェスフォルスは『コシュマール侯爵家』と言った。『ブリュイアン』ではなく。それはブリュイアンが選ばれたのではなくコシュマール侯爵家の息子が望まれたのだという意味だ。
「フィエリテ嬢が十二歳の折に婚約は結ばれた。だが、当時の公爵が病床にあり、間もなく逝去したことで婚約のお披露目は行われなかった。そう考えている者も多かろう」
サジェスフォルスの言葉は意味深長だ。つまり、お披露目が行われなかったのは前公爵の喪に服するためではないと言っているようなものだった。
「殿下、ここからは私が」
ここからはクゥクー公爵家の話となるため、ペルセヴェランスがサジェスフォルスから話を引き継ぐ。
「婚約者としたコシュマール侯爵家三男に対しては不安要素が大きかった。通常は実務能力などを図って婚約者を定める。が、妻の事情もあり、早急に婚約者を定める必要があった。ゆえに婚約者を見極めるための期間も必要であるとしてお披露目は行わなかった。勿論、王家には婚約申請を出し承認を受けているから正式な婚約ではあるが」
正式な婚約ではあるが、お披露目をして広く周知はしなかった。それは当初からクゥクー公爵家が婚約の白紙化も有り得ると考えていたからだ。
そして僅か二年で白紙化を前提に動くこととなった。驕ったブリュイアンが自分が次期公爵だと勘違いし、本来の後継者であるフィエリテを蔑ろにし始めたからだ。
当然、それはコシュマール侯爵家にも伝えられた。だが、侯爵家は事態を深刻には捉えていなかった。時折ブリュイアンに真面目に教育に取り組むようにと言いはしても、叱ることはなかったし実情を知ろうともしなかった。
本来、この公爵位継承祝賀の夜会で婚約者を正式にお披露目する予定であった。飽くまでもまともな婚約者であったならば。当然それはコシュマール侯爵家にも伝えてあった。
しかし、今回の夜会で婚約者お披露目をしないことを数日前にコシュマール侯爵家は知らされた。何故だ、約束が違うと侯爵夫妻は反発したが、ブリュイアンが婚約者たり得ない状況であることは再三伝えてある。にも拘らず侯爵家は何も改善策を打ち出さず、愚かな息子の愚かな行動を容認し続けた。
「そちらを婚約者としての義務を果たしていない婚約不履行で訴えても構わぬのだが?」
ペルセヴェランスに冷たく言われて、コシュマール侯爵家は何も言えなくなった。そして、その場での婚約の白紙化を受け入れたのである。
つまり、既にブリュイアンはフィエリテの婚約者ではない。二人が婚約した事実はなくなっている。
侯爵夫妻はそれをブリュイアンに伝えていたはずなのだが、愚かな三男はそれを信じなかった。フィエリテは自分に惚れ込んでいるし、自分は優秀な後継者として期待されているのだと思い込んでいたのである。
「そして、既にクゥクー公爵家とコシュマール侯爵家の婚約は白紙に戻り、初めからなかったこととなっている。つまり、そこの愚か者が叫んでいたことは何の意味もないのだ」
ペルセヴェランスの冷たい視線を受けてブリュイアンはヘナヘナと座り込んだ。自分は次期公爵として、フィエリテの婚約者としてこの夜会に招かれていたのではなかったのか。まさか全ては王太子と伯爵の掌の上だったのかと恐ろしくなった。
ブリュイアンが招待状だと思っていたのは正確には召喚状だった。不貞を問い質すためのものだった。父母の許に届いていた夜会の招待状や公爵家での準備から勝手に自分も夜会に招待されていると思い、こここそ断罪の場に相応しいと意気揚々とメプリを伴って乗り込んできたのだ。しかし、とんだ道化ではないか。
「コシュマール侯爵家の皆は別室にて待機を。後ほど色々と話さねばならぬことがある」
ペルセヴェランスの温かさの欠片もない声を受けて、公爵家の護衛騎士が退場を促す。侯爵夫妻、長男、そしてブリュイアンがのろのろとそれに続く。
そして、ブリュイアンに同行していたメプリとヴュルギャリテもそれに従うように促された。知らぬことばかりを聞かされて呆然としていた二人も抵抗せずにそれに従った。
「皆様、我が家の茶番をお見せしてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」
二人の父に場を譲っていたフィエリテが再び前に出る。そして招待客に詫びを述べ、深く礼を取った。
「そして改めてわたくしの婚約者をご紹介させていただきます。ヴェルチュ」
凛と背筋を伸ばし、美しい淑女の佇まいでフィエリテは微笑むと、隣に立つ青年を見た。それにヴェルチュは頷くと一礼した。
「クゥクー女公爵閣下よりご紹介に預かりました、婚約者のヴェルチュ・サクレ・ド・ティヨルでございます。フォーコン公爵位は弟に譲りクゥクー公爵家へと婿入りすることとなりました。今後ともよろしくお付き合い願います」
元々この二人が婚約することが当然だと思われていた。十九歳にもなるフォーコン公爵が未だ独身で婚約者もいないこともそれが関係しているだろうというのは貴族社会ではごく自然に受け止められていた。ゆえにこの婚約発表は何の問題もなく受け入れられた。一部の令嬢方の嘆きはあったものの。
ヴェルチュとフィエリテは幼馴染だ。血の近さも懸念されてはいたが、従兄妹違、フィエリテにとってヴェルチュは従兄妹伯父、ヴェルチュにとってフィエリテは従姪ということで、そこまで近いわけでもないから問題はない。
そもそもヴェルチュはフィエリテと出会ったときから自分が彼女の夫になるのだと決めていた。しかし、互いの家の事情からそれは難しかった。
だが、ヴェルチュは諦める気は一切なく、両親に弟を作るよう強請った。尤もそれは間に合わず、弟が生まれたのはフィエリテの婚約が決まった後だった。
それでも諦めるヴェルチュではない。ブリュイアンの
両親もヴェルチュのフィエリテへの執着ともいえる愛を知っていたため、ペルセヴェランスとも話し合い、再婚約に向けての準備を進めていたのである。
尤も、両親はブリュイアンがそのまま婿になる可能性も視野に入れ、息子の結婚相手を探してもいたが。
ともかくも、今はこうしてヴェルチュは当初の望み通りフィエリテと婚約を結んだ。フィエリテも兄のようなものと誤魔化していた恋情を今は隠すこともなく、ヴェルチュに微笑みかけている。
そして、招待客も二人の父も、これまで表に出てこなかった祖父母と伯父と弟も、この婚約を当然のものとし、漸く正しい婚約が結ばれたのだと祝福したのであった。
コシュマール侯爵家を道化としたことに憐れみを感じる者も罪悪感を持つ者もいなかった。