郭公の家

 王家の血脈を守るクゥクー公爵家の役割とそれゆえの女系相続のであることの説明を終え、王太子サジェスフォルスはひそかに溜息をつく。

 クゥクー公爵家の役目はそれだけではない。いや、それゆえの役目ともいえる裏の役目がある。

 けれど、それは公には出来ない。知っているのは当事者である王家とクゥクー公爵家の他は、ごく一部の古くから続く上位貴族だけだ。

 サジェスフォルスはその裏の役目からクゥクー公爵家を、正確にいうならばフィエリテを解放したかった。

 クゥクー公爵家の裏の役目、それは直系王族の『添臥』である。下世話な言い方をすれば所謂筆おろしを担当するのだ。

 そしてそれは、王子の初体験の一度だけではなく、生殖能力の確認も含んでいる。つまり王子の初体験の相手を務め、以後王子の子を孕むまでそれが続く。

 王子が精通を迎えると翌年『添臥』を宛がわれる。その年の初めにクゥクーの婿は『断種の術』を受ける。そして、無事に子供が生まれてから解呪される。当然その期間、婿に子供は出来ない。

 つまり、クゥクーの子のうち幾人かは異父兄弟となるのだ。実際に先代当主アンソルスランの兄シャンの父は現国王であり、フィエリテの父はペルセヴェランスではなくサジェスフォルスだった。

 幸いにも、フィエリテはこの裏の役目からは解放されている。現在の直系王族の男子は自分の息子だけだ。流石に母が異なるとはいえ姉弟間ではこの役目も免除される。

 更にフィエリテの娘も年齢的に免除となるだろう。サジェスフォルスの息子たちは最低でも七歳はフィエリテの子供よりも年長になる。フィエリテはまだ未婚で子供がいないのだから当然だ。

 サジェスフォルスは今でも悔いている。何故自分はアンソルスランの『添臥』を受け入れてしまったのかと。父母や教育係から王家の伝統であり慣習であると言われ、何の疑問も持たず受け入れてしまった。

 けれど、知ってしまった。アンソルスランの、ペルセヴェランスの苦しみを。決して二人は自分の前ではそんな素振りは見せなかった。だが、王宮とクゥクー公爵家本邸を繋ぐ地下通路からこっそりと遊びに行ったときに偶然に知ってしまったのだ。

 サジェスフォルスが知ったことに気付いたのは異母兄であるシャンだった。八歳年長の異母兄は気づいてしまった弟に残酷なことではあれ、全てを話した。

「私はね、父の子でないことが悲しくて辛かったよ。父は私を息子として愛してくれている。けれど、真実父の子であるアンソルスランが羨ましいと思ってしまう。実の父国王陛下とは殆ど会うこともないし、彼から息子として愛されたこともない。私に父などいないのではないかと思ったことさえあるんだ」

 同じ父国王陛下の子であるのに身分が違う異母弟への隔意も恨みも羨望もない。あるのは重責を担う異母弟を臣下として支えようという思いだけだ。

 同じ母クゥクー公爵の子である異父妹に対しては羨望がある。あの父の子として生まれたかったという。

「母と父は信頼はあれど愛情はない。いや、家族愛ならあるけれど、男女の情愛はないんだ。だから、両親はあっさりと受け入れ苦しみはなかったらしい。けれど、ペルセヴェランスとアンソルスランは違うんだ。二人は愛し合っている。だから、辛い。けれど、それがクゥクーの役目だから耐えている。そして、殿下に罪はないことも理解しているんだ」

 そう異母兄は言った。けれど、本当に自分に罪はないのか。何も知らなかったことは罪ではないのか。

異母兄上あにうえ、僕は兄上やソルやペルセのような悲しみや苦しみをこれ以上誰にも味わわせたくない。『添臥』なんて忌まわしい因習はなくすべきだと思う」

 生殖能力の確認は重要かもしれない。けれど、態々こんな制度を守ってまで確認する必要はない。王太子の立太子条件を子がいることにすれば済む話だ。実際に父王の即位は二年前で自分が十歳のときだ。

 父はまだ若い。自分が即位するのも自分に子が出来た後になるだろう。

 サジェスフォルスは自分の代でこの悪習を断ち切ることを決意した。その決意に異母兄は賛成してくれた。尤も、約千年に亘って続いた慣習だ。伝統に固執する元老院(古参貴族による諮問機関)が反対するかもしれない。

「既にアンソルスランには僕の胤が宿ってる。その子が娘であることを願うよ。そうすれば、少なくとも僕の子の『添臥』は避けられる。流石に異母姉弟でのソレはないだろうからね。僕の孫でも伯母と甥だから避けられるだろうし」

 その次の世代であれば従兄妹となるが、上手く行けば年齢的なもので避けられるだろう。自分の孫の世代までならおそらく自分が口出し出来る。そこまで『添臥』が防げればその制度を知らぬ世代が多くなるはずだ。

 幸いというべきか不幸にというべきか、クゥクー公爵家令嬢以外が『添臥』となったことはない。自分が子と孫の二世代を防げば、この慣習は有名無実化するはずだ。

 秘かに母である王妃の思いも探った。王家の慣習であり婚約前のことであったから、何も言うことはない。自分に関しては、と母は言った。けれど、仲睦まじい夫婦であったペルセヴェランスとアンソルスランについては色々思うところもあったらしい。

 父には何も聞かなかった。好色で女性を性的なはけ口としてしか見ていない、伝統と慣習に固執する前例主義者だ。慣習を排しようとすれば邪魔するに決まっている。

 だから、母王妃に協力を願った。すると母はサジェスフォルスの妃選びを早め、彼が成人すると同時に婚姻を結ぶように勧めた。そうすれば、孫世代は確実に王家側が年長で世代がずれる。そうすればクゥクー公爵家の娘が『添臥』になることはない。

 元老院は他家の娘を『添臥』にしようとするだろう。けれど、それは簡単には決まらないはずだ。何しろ王太子となるであろう王子の第一子を孕むのだ。

 いくら『添臥』が既婚者の役割で子は夫の子として扱われるとしても、王子の第一子には間違いない。当然、様々な欲が出る。準王家とされているクゥクー公爵家だからこそ、これまでは権力闘争とは無縁だったのだ。

 元老院としても王家の混乱は望まない。従って新たな『添臥』の家を選定するのには時間がかかるだろう。ゆえに『添臥』の廃止は叶うだろうとサジェスフォルスは考えている。

 今のところ計画は順調だ。ペルセヴェランスもシャンも協力してくれている。クゥクー公爵家の血族に今フィエリテ以外の娘はいない。

 サジェスフォルスは己の長女であるフィエリテを娘として愛している。フィエリテも二人の父を娘として愛している。だからこそ、裏の役目など自分たちの代で終わらせるのだとフィエリテの二人の父は決意しているのだ。