メプリは必死になって問いかける。母を愛していないならば自分はどうなるのだ。もしかして自分も愛されていないというのか。
「ヴュルギャリテを愛したことなど一度もない。私の妻は亡きアンソルスランだけだ。お前やヴュルギャリテが公爵家に迷惑を掛けぬよう、公的に一切の権利がないのだと証明できるよう、私は公爵家との縁を切るためにヴュルギャリテと結婚したのだ」
ペルセヴェランスの非情な宣告にヴュルギャリテは力をなくし座り込んでしまう。愛されていると思い込んでいたメプリもガタガタと震え、隣に立つブリュイアンに縋ろうとした。しかしブリュイアンはそれを避けるように一歩身を引いたため、メプリもまたバランスを崩して座り込んでしまった。
「ピグリエーシュ伯爵も容赦がないな。まぁ、それも無理からぬことだ。十七年前から散々迷惑を掛けられていたのだから、卿の怒りの深さも判るというものだ」
ペルセヴェランスの態度に苦笑を漏らし、王太子サジェスフォルスが前面に出てきた。ここからは自分の──王族の役目だ。
なお、怒りに震えているペルセヴェランスは愛娘フィエリテに宥められ少しずつ落ち着いてきている。
「コシュマール公爵家三男ブリュイアンよ。貴様は現クゥクー公爵の婚約者となったおりに当主補佐教育を受けたはずだな。それなのに何故理解しておらぬか不思議なものだ」
王太子の視線に温度はない。気に掛ける価値もない者として、道端の石ころのように見られているだけだ。流石のブリュイアンもそれを感じ体が震えた。
「だが、こうして見渡すと、ピグリエーシュ伯爵の言葉を不思議そうに聞いている者もいるようだ。この場にいるのは伯爵以上の上位貴族と呼ばれる者。国家の要となるはずの者たちであるのになんと情けないことか」
サジェスフォルスは会場内の新興伯爵家たちに目を向ける。茶番の最中に他と違う反応をしていた者たちだ。つまりはクゥクー公爵家の意味を知らぬと思われる者たちでもある。
「貴族は血筋を尊ぶ。ゆえに直系に女性しかいなければ婿養子を取り、妻が当主となり夫がそれを支える。それは皆理解していような」
サジェスフォルスは周囲の貴族を見渡す。それに招待客たちは頷く。頷かないのは三人の愚か者だけだ。だが、既にサジェスフォルスの意識には三人はいない。
「だが、前クゥクー公爵アンソルスランには兄がいた。現フレール侯爵家当主シャン・シャッスがそうだ。一部の事情を知らぬ下位貴族が噂するような愚か者ではないぞ。クゥクーの特殊性がなければ確実に公爵となっていた有能な男だ」
一部の役目を知らぬ貴族家において、長男であるシャン・シャッスがクゥクー公爵家の後継者とならなかったことに関して様々な憶測が流れていた。それが下位貴族や新興伯爵家が中心となる社交場ではまるで真実かのように噂されていた。
シャン・シャッスは無能である、アンソルスランは両親に溺愛されシャン・シャッスは冷遇されている、シャン・シャッスに子供がいないのは種無しでそのために分家に追い出された、等々、憶測とすらいえぬ下世話な噂が広がっていたのである。
尤も、上位貴族や名門古参貴族はクゥクー公爵家の役目を理解しているため、シャン・シャッスが分家を立てたこともアンソルスランが爵位継承したことも当然と受け止めていた。
「先代アンソルスラン、先々代クラージュに限らぬ。クゥクー公爵は全てが女性だ。クゥクー公爵家は女公爵家なのだ」