母と父たち④

 アンソルスランが十八歳を迎えて間もなく、長女が誕生した。プラチナブロンドにサファイアの瞳という、母によく似た美しい赤ん坊だった。

 ペルセヴェランスは妻によく似た美しい娘に『フィエリテ』と名付けた。女性として、貴族として、クゥクー公爵として誇りを持って生きてほしいと願ってのことだった。

 ペルセヴェランスにとって、今回の妻の妊娠は慶事ではなかった。だから、妻の妊娠当初は自分が腹の子を我が子として愛せるかが不安だった。

 けれど、それは杞憂だった。日々大きくなる妻のお腹に語り掛け、反応があれば嬉しかった。妻のお腹を蹴る胎児と早く会いたいと思った。

 出産の痛みに叫ぶ妻の声を聞きながらオロオロし、普段はめったに祈ることのない神に母子ともに無事に出産が終わるようにと祈った。

 生まれた娘を見た瞬間、感じたのは喜びだった。生まれた娘は紛れもなく自分の子だ。たとえ血の繋がりはなくともそう確信した。

 時間の許す限りペルセヴェランスは妻と娘の側にいた。それは姑や舅、義兄が呆れるほどの親バカぶりだった。

 それから数日して、今度はヴュルギャリテが出産した。別宅からヴュルギャリテが産気づいたとの知らせを受けたが、ペルセヴェランスは特に何も感じず、別宅へ行くつもりもなかった。

 しかし、義兄と舅に行くように説得された。愛人に疑いを持たせてはならないからと。妻子の安全のためには愛人に優越感を持たせておけと。

 実際、ペルセヴェランスの訪れが遠のくとヴュルギャリテは妻宛に嫌味満載の手紙を送りつけるのだ。尤も妻は全く気にしておらず笑っていたが。

 愛人に振り回されているようで不本意ではあるが、用心に越したことはない。ヴュルギャリテの情人の一人には裏社会の幹部もいる。ヴュルギャリテとの関係解消はそれをどうにかしてからだ。

 公爵家に影響はないだろう。裏社会の者は馬鹿ではない。筆頭公爵家を敵に回すことはないだろう。けれど、ペルセヴェランスの実家には何かあるかもしれない。或いはペルセヴェランスの妹たちが狙われるかもしれない。

 そんな懸念があるから、ヴュルギャリテを愛人として囲い、監視しているのだ。

 仕方なくペルセヴェランスは別宅へと行った。そのとき既に子供は産まれていた。

 三ヶ月もの『早産』だった。生まれた子供は月満ちて生まれたフィエリテよりもずいぶん大きかったが、それでもヴュルギャリテは早産だと言った。成長が早かったから早産になったのだろうと。当然産婆も訝しんでいた。三ヶ月もの早産でこんなに丸々と肥えた五体満足な赤ん坊が生まれるなんて可笑しいと。一応ペルセヴェランスは産婆に口止めし、時が来たら証言してほしいと出産時の報酬を多めに渡しておいた。

 メプリと名付けられた娘に対して、ペルセヴェランスはフィエリテのときのような喜びは一切感じなかった。自分の子とは思わなかった。髪は確かに自分と同じ色だが、全く似ていない。

 だが、生まれた子に罪はない。せめてこの子が成人し職を得るか結婚するまでは面倒を見ようと決めた。

 娘が生まれるとヴュルギャリテはアンソルスランやフィエリテへの愚痴が多くなった。愛されているのは自分なのに、メプリとフィエリテの扱いが違いすぎると。

 自分の心情に相応しい待遇だと思いはしたが、ペルセヴェランスは妻と娘に害を及ぼさぬように愛人を宥めた。

「ねぇ、ペルセヴェランス。あたしが跡継ぎの男の子を生むわ。だから愛してちょうだい」

 出産を終えて暫くするとヴュルギャリテはそんなことを言い出した。色々と間違っているが、あえてそれは指摘しなかった。

 庶子が跡継ぎになれるわけがないし、既に跡取りは産まれている。アンソルスランの腹以外からはクゥクー公爵の後継は生まれないのだ。

 当然ながらペルセヴェランスは二度とヴュルギャリテを抱くつもりはなかった。そもそも例の一夜とて本当に関係を持ったのかも定かではない。記憶が全く残らないほどの泥酔状態で性交渉が可能とも思えなかった。

 よって、ペルセヴェランスは舅や義兄、王太子が用意してくれた様々な薬を使い、ヴュルギャリテに誤認させた。時には優秀な魔術師である舅の甥が幻想で対応してくれた。

 そのおかげでペルセヴェランスはヴュルギャリテに指一本触れることなく、ヴュルギャリテに愛を交わしたと思わせ続けることが出来ていた。

 それはアンソルスランが病に倒れるまで続いた。その頃にはヴュルギャリテとメプリではフィエリテに手出しは出来ないと確信を抱いたため、徐々に距離を置いた。

 尤もそんな考えも後から気づいたことで、当時はフィエリテと共にアンソルスランの看病をすることで精一杯だったが。

 最愛の妻の死後、ペルセヴェランスはヴュルギャリテとメプリとの関係を断つことを決めていた。妻であり公爵であるアンソルスランの服喪期間は三年だ。当然その間は男女のことも慎まなくてはならない。それを利用してヴュルギャリテたちと疎遠になり、喪が明けたら手切れ金を渡そうと考えていた。

 既にペルセヴェランスたちが用心していたヴュルギャリテの情人たちはいない。彼女から離れた者もいるし、犯罪者として処罰された者もいる。ヴュルギャリテがどう足掻こうと娘にも実家にも被害は及ばないだろう。

 けれど、それは常識のないヴュルギャリテの無駄に積極的な行動によって覆されてしまった。

 外部の脅威はなくなったが、内部に入り込まれてしまった。ヴュルギャリテが直接フィエリテに手出し可能な距離に入り込まれてしまった。

 強引に手を切ることも出来た。けれど、ペルセヴェランスはそう出来なかった。貴族として、公爵代理として、次期公爵の父としては情けないと自分でも思った。

 しかし、どうしても人としての優しさと紙一重の弱さがヴュルギャリテとメプリを排除することを躊躇わせた。それが間違いだったのだと今ならよく判る。公爵邸に押し掛けてきたときに排除しておくべきだったのだ。

 自分の弱さが招いた失態が、現在のこの茶番に繋がっているのである。