クゥクー公爵家の裏の役目を果たすため、今年の初めにペルセヴェランスは『断種の術』という魔法をかけられている。これは解呪するまで性交渉を行なっても子供が出来ないようにするものだ。つまり、ヴュルギャリテの腹の子はペルセヴェランスの胤ではない。
「他所の胤ですわねぇ。まさか我が家が托卵されるなんて、笑えますわ」
「笑い事ではないよ、ソル」
面白そうに言う妻にペルセヴェランスは溜息交じりに応じる。どうやらクゥクー公爵家は面倒な火種を抱えてしまったようだ。しかも自分が原因で。
「こうなった元々の原因はわたくしがあなたを夫に望んだせいですもの。一度だけは許しますわ」
面倒な役目を持つクゥクー公爵家の女を妻にしたせいで、ペルセヴェランスは鬱屈を抱えることになった。互いに愛情がなければペルセヴェランスが苦しむこともなかった。
寂しそうに笑うアンソルスランをペルセヴェランスは抱きしめた。決して彼女が悪いわけではない。悪いのは企んだ男爵家であり、情けなくもそれに引っかかった自分なのだ。
「私は君を愛しているし、君の子も愛するよ。私が愛するのは君と君の産んだ子供だけだ」
ヴュルギャリテを愛人にするのはアンソルスランや子供に害を出さないためだ。隔離するために囲うのだ。それなりの金を与えてさえおけば、当分の間は妙な野心も持たないだろう。
ポーヴルの無礼な来訪から約一ヶ月後、ヴュルギャリテは裕福な庶民の暮らす地区の一角に館を与えられた。館とはいっても庶民の富裕層が暮らすようなものだ。
貴族街の邸宅ではないことににヴュルギャリテは不満を持ったが、入り婿では用意できるのはこの程度だとペルセヴェランスが謝ったことで一応納得した。実家の男爵邸よりも余程広いし、豪華ではあったので我慢してあげることにした。
それからはペルセヴェランスは月に一度か二度訪ねてきた。婿養子であり正妻も出産が近いからという言い訳に不満はあったが、実家にいたころよりもかなり贅沢な暮らしが出来ることでヴュルギャリテは許してやることにした。
何しろペルセヴェランスはその美しい容貌に相応しい甘い愛の言葉を囁いてくれるし、豪華なアクセサリーもプレゼントしてくれる。愛されてるのは政略結婚の正妻ではなくあたしなのよとヴュルギャリテは思い込んでいた。
因みにヴュルギャリテが愛の言葉と思い込んでいるのは、義兄や年の離れた弟のような存在となった王太子が考えたものだった。空虚な美辞麗句を連ねただけで、直接『愛している』というような言葉は一切なければ、当然心も籠っていない。
また、豪華なアクセサリーは宝石ではなくガラス玉だ。付き合いのある商会がサンプル品として作ったものを格安で入手している。格安だから数を多く購入できる。
ヴュルギャリテは審美眼もなければ目利きも出来ず、それがイミテーションであることに気付きもしない。ただ、大きなガラス玉が多数ついたそれらを高額なアクセサリーだと思い、自分の愛を繋ぐためにペルセヴェランスが貢いでいると思い込んでいた。
因みにこの贋物作戦は公爵家別館に入ってからも続いている。ヴュルギャリテが愛人となって以降、出入りする商人は全てクゥクー公爵家やマルシャン子爵家の配下の商会だ。ドレスなども一見豪華に見える安物の生地で、お針子たちの練習として作られた本来ならば売り物にならないものだ。つまり、哀れなほどにヴュルギャリテには『本物』は何も与えられていないのである。
なお、商会からの請求は安くては不審を抱かれるため、それなりの高額となっている。本来の価格との差額分はペルセヴェランスに返還し、それはピグリエーシュ伯爵領の経営に使われていた。
また、別宅には幾人かの使用人もいるが、全て平民出身だ。食事の支度、掃除と洗濯をするための雇い人で、メイドや侍女ではない。元々貧乏男爵家出身だったから、メイドや侍女がつかないことには特段ヴュルギャリテも不満は抱かなかった。
ペルセヴェランスが来ない退屈な時間は以前からの愛人たちを呼んで過ごした。愛人たちもヴュルギャリテの強欲さは知っていたから、金品を要求することはしなかった。愛人たちにとってはヴュルギャリテは単なる肉欲を満たすための相手でしかなかったのだ。
それでも幾人かは数多いアクセサリーを盗み出して売ろうとした者もいた。けれどそれがイミテーションであることを知ると、愛人とは名ばかりのヴュルギャリテの境遇に気付き、彼女から徐々に距離を置き離れるという、ある意味賢い選択をした。
また、別邸を構えた当初は男爵家の家族も出入りしていたが、やがてそれもなくなった。
ポーヴルたちは潤沢な生活費や豪華なアクセサリーの一部を融通させようと考えていた。それを自分たちの遊興費や不足する生活費に充てようとしたのだが、そうはいかなかった。強欲なヴュルギャリテはそれらを一切家族に渡さなかったのだ。
それによって、自然とヴュルギャリテと男爵家は疎遠になり、一年もするころには完全に縁が切れていた。そして三年も経つ頃には男爵家は王都では生活できなくなり、男爵位と領地、男爵邸を売り、辺境の田舎町へと逃げていった。
そこに公爵家の介入があったかどうかは定かではない。しかし娘夫婦の邪魔になりそうなものを排除する女傑と妹を溺愛する兄の存在が無関係ではないだろうとペルセヴェランスは考えている。