愚か者の主張・父の公爵邸追放

 ペルセヴェランスと王太子サジェスフォルスの怒りに気付かぬブリュイアンはフィエリテの糾弾を続けている。尤も糾弾だと思っているのはブリュイアンとメプリ、ヴュルギャリテだけだが。

「大体、貴様はヴュルギャリテ様を義母と認めず、公爵夫人としても認めていないそうじゃないか! リュゼのことだって公爵令嬢として認めていないだろう! しかも再婚した父ペルセヴェランス卿を家から追い出したというではないか!」

 またしても見当違いの糾弾をするブリュイアンに周囲は呆れ果てる。

 可哀想なほどコシュマール侯爵家一同は震えているし、いつ卒倒してもおかしくないほどだ。なお、彼らが愚かな息子を止めないのは、それを王太子の護衛騎士たちに阻まれているからだった。

「ヴュルギャリテ様のことは父の再婚相手として義母だとは認めておりますわ。メプリについても同じく妹と思っております。ですが、彼女たちは公爵家の者ではございませんので、公爵夫人とも公爵令嬢とも認めないのは当然ですわね」

 フィエリテの反論に周囲は納得して頷いている。ひそひそと交わされる会話にようやくブリュイアンも何かがおかしいと思い始めた。

 だが、自分が悪いとは微塵も思っていない。愛するメプリのため、自分は正義を行なっているのだと思い込んでいた。

「そして、父が再婚を機に公爵邸を出たのも当然のことです。再婚によって父は公爵家における一切の権利を失いましたもの。勿論、お父様もそれを承知の上で、わたくしが成人するのを待って再婚なさいました」

 全てはフィエリテを守るためだった。

 三年前、母のアンソルスランが亡くなった。当時ペルセヴェランスは再婚する気はなかった。フィエリテの結婚までを見守り、無事に爵位継承を終えたら妻との思い出の地に隠居所を設けるつもりでいたのだ。

 しかし、そうはいかなかった。葬儀の翌日、愛人であるヴュルギャリテがメプリを伴って公爵邸に押し掛けてきたのだ。決してペルセヴェランスが呼び寄せたわけではない。

 ペルセヴェランスは前述のとおり再婚の意思はなかった。子供がいるからその責任のため、メプリの成人までは面倒を見るつもりではいた。メプリが成人すれば幾何かの手切れ金と現在の住居を譲渡して縁を切るつもりでいたのだ。なお、住居は裕福な庶民が暮らす地域にあり、母娘が暮らすには十分な家である。

 だが、非常識にも喪も開けぬうちどころか葬儀の翌日にヴュルギャリテたちが押し掛けてきた。ペルセヴェランスが庶民街の家に帰るように告げるも、周到なヴュルギャリテは既に家を売り払い、荷物を馬車に積み込み押し掛けてきたのだ。

 館に入れぬよう玄関先で揉めているうちに数台の荷馬車が到着してしまったため、仕方なくペルセヴェランスは一時的に受け入れることにしたのである。

 本邸に入り込もうとしたヴュルギャリテとメプリだったが、それはペルセヴェランスが何とか阻止した。そして、前々公爵であるフィエリテの祖母の意向で『本宅に入りたければ使用人として働かせるよう』とも指示された。当然ながら、ヴュルギャリテたちはそれを拒否した。

 飽くまでも愛人とその連れ子という立場でやってきた彼女たちを、使用人たちも当然ながら本館に入れるつもりは一切なかった。祖母や伯父の意向を受けて別館に押し込め、フィエリテとの交流を一切させなかったのだ。

 二ヶ月前にペルセヴェランスはヴュルギャリテと再婚した。それによってメプリは義妹となったし、ヴュルギャリテは義母となった。

 しかし、彼女たちは公爵家の者ではない。飽くまでもペルセヴェランスの持つ爵位はピグリエーシュ伯爵だ。

 ペルセヴェランスは再婚によってクゥクー公爵家の籍から抜けることになった。つまり、公爵家に関する一切の権利を失った。これこそがペルセヴェランスが再婚をした理由である。

 ヴュルギャリテとメプリは自分の立場も理解せず強欲だ。このまま自分がクゥクー公爵家の籍にいれば自分の娘とその母という立場を利用して公爵家の財産を狙うだろう。

 勿論、ペルセヴェランスはそれを許すつもりはない。フィエリテもその周囲も有能であるからヴュルギャリテたちの思い通りになることはないだろう。更にはフィエリテには国内最強の後ろ盾もある。だから心配は要らない。

 けれど、ペルセヴェランスは念には念を入れることにした。法律的に自分がクゥクー公爵家とは無縁の立場になることとしたのだ。フィエリテが娘として父を慕い、自分を補佐役として望んでくれただけで十分だった。

 まだ広く公表されてはいないが、既にクゥクー公爵位はフィエリテが継承している。フィエリテはクゥクー公爵令嬢ではなく、クゥクー公爵なのだ。

 これは爵位継承式に参列した王家と上位貴族家当主しか知らぬことであり、今日のこの夜会で周知されることとなっていた。今日のこの夜会はクゥクー公爵継承祝いなのだ。

 それをブリュイアンもメプリもヴュルギャリテも理解していなかった。

「何を馬鹿なことを言ってるんだ! 何故公爵が再婚したからといって公爵家を出なくてはならんのだ! 可笑しいだろうが!」

「そうよ! あんたがなんかしてお父様を追い出したんでしょ!」

 ペルセヴェランスが公爵でなければメプリは公爵令嬢ではいられない。元々公爵令嬢ではないが、それをメプリたちは理解していない。だから、ブリュイアンもメプリもヴュルギャリテもフィエリテの言葉を信じようとはしなかった。

「フィエリテ、愚か者の相手は疲れただろう、ここからは私たちが交代しよう」

「フィエリテ、ここは父たちに任せなさい。ヴェルチュ殿もご面倒をお掛けしましたな」

 どう話をすれば理解するのだろう、根本から説明しなければ、と思っていたフィエリテの肩に王太子サジェスフォルスが手を置く。ご苦労様と労わるように。そして、その隣には父ペルセヴェランスもいた。