メプリは平民の貧しい暮らしというが、ペルセヴェランスがハニートラップに引っかかったにも拘らず責任を取って愛人としてヴュルギャリテを囲った話は有名だ。正確には囲う=貴族社会から隔離なのだが。
ともかくペルセヴェランスは愛人とその娘に何不自由なく生活を送れるだけの費用は渡していた。社交も何もない平民であれば多少の贅沢はできる程度の費用だ。
だが、ヴュルギャリテとメプリは不必要なドレスや装飾品を買い、贅沢な食事を望んだ。ゆえに十分なはずの毎月の手当てはいつもカツカツだったのだ。つまり、二人の自業自得でしかない。
「大体、あたしのほうが似合うから、ドレスもアクセサリーも貰ってあげるって言ってるのに寄越さないし! ケチで意地悪だわ! だから態々あたしが直接貰ってあげようとしたのに、使用人たちもお父様も泥棒扱いするし! 有り得ない!!」
まだメプリの有り得ない図々しい主張は続いている。これは貴族の常識としても平民の常識としても有り得ない主張だろう。
「本当に意地汚いな、フィエリテ! どうせお前には似合わないのだから、この可憐なリュゼに差し出せばよいのだ! ドレスも宝石も貴様なんぞよりリュゼに使われるほうが余程幸せだろう!」
常識外れの主張をするブリュイアンに周囲の貴族は『それはない』と首を振る。どう考えても意地汚いのはメプリのほうだ。
それに、フィエリテはメプリとは比べ物にならないほど美しい。顔立ちのタイプが全く違うのだからフィエリテのためのデザインや色ではメプリには似合わない。そもそもメプリのスタイルでは、ドレスを着ても胸はブカブカに余り、腰(腹)はパツパツで入らないだろうに。
また、強引に奪おうとするのは強盗未遂だろう。話を聞けば部屋に入り込んで盗もうともしたようだ。勿論、本館に入る以前に衛士やメイドたちに阻まれて別館に追い返されていたようだが。
つまり、不法侵入に窃盗未遂。伯爵や公爵家の使用人は何も間違っていない。酷いのはお前らの頭だと招待客の心は一つになる。
「何故わたくしのものをメプリに差し出さねばならぬのか理解できませんわ。メプリのものは
たとえメプリが
「何を戯けたことを言っている! リュゼはペルセヴェランス卿の娘だ! クゥクー公爵家の娘に決まっているだろう!」
ああやはり、とフィエリテもヴェルチュも納得した。これまでの言動からそう思っているだろうとは確信していたが、やはり彼らはペルセヴェランスがクゥクー公爵だと誤解しているのだ。
周囲も薄々それに気づいていたが、今の愚かな発言でそれが確定した。これはコシュマール侯爵家側有責での婚約破棄になる。
コシュマール侯爵家との付き合いを速やかに終了するため、幾人かの貴族は付き従っていた従者に何事かを指示し、従者たちは慌ただしく夜会会場から去っていった。
「本当に愚かですわね……」
これでブリュイアンが当主補佐教育を初回からまともに聞いていなかったことが判った。
系図についての講義は初回に必ず受けることになっている。そこでペルセヴェランスが公爵ではないことは判るはずなのだ。
だが、この誤解が愚か者三人だけのものではないことにもフィエリテは気づいた。フィエリテの発言に不審そうな顔をしている令息令嬢が幾人かいるのだ。
彼らはクゥクー公爵家とは然程縁のない、比較的新興の伯爵家の子女だった。もしかしたらその親たちも理解していないものの貴族らしく顔には出していないだけかもしれない。
上位貴族(伯爵家以上)の中にもクゥクーの役割を知らぬ者がいるとは聞いていたが、まさかこれほどいるとは思わなかったとフィエリテは呆れる。これでは王太子が懸念し、この場で改めて周知すると言っていたのも納得だ。
馬鹿の相手をするのにも疲れたし、そろそろ終わらせようとフィエリテは思う。根本であるクゥクー公爵家の特異性とそれゆえに継承条件について説明するべきだろう。
離れたところにいる父たちに目配せをすると、彼らは頷き、フィエリテの元へとやってくる。否、来ようとした。彼らが動き出したとき、また愚か者たちが騒ぎ出したのだ。
「何が愚かだ! 愚かなのは貴様だ! 公爵であるペルセヴェランス卿の愛娘であるリュゼこそが正当な後継者だろうが! 貴様もその母も愛されず放置されていたのだろうが! 公爵はリュゼや母上と共に暮らしている! お前は放置されているじゃないか! それこそ愛されていない証だろう! つまり、お前はクゥクー公爵家の後継には相応しくない! リュゼこそが相応しく、リュゼを愛しリュゼに愛される俺こそが次代のクゥクー公爵なのだ!」
ブリュイアンの長広舌の妄言にピキリと場の空気が凍った。
ブリュイアンの発言は間違いだらけだ。ペルセヴェランスのメプリに対する感情は種を蒔いた責任感だけだ。『愛娘』というならばフィエリテこそがそうだ。
そしてペルセヴェランスは政略結婚だったとはいえフィエリテの母アンソルスランを愛していた。対してヴュルギャリテを愛したことは一度もない。
アンソルスランとペルセヴェランスの仲睦まじさは当時の社交界では有名だった。だからこそ、ペルセヴェランスが愛人を持ったことに裏事情があることは貴族たちには容易に想像がついていたのだ。
「落ち着け、ペルセヴェランス卿」
怒りを露にするペルセヴェランスを傍らに立つ王太子サジェスフォルスが宥める。サジェスフォルスも怒りを抱いたが、今はそれを露にするときではない。
「しかし、殿下……」
「落ち着け、兄上。今は我らの愛娘の舞台だ」
重ねてサジェスフォルスがペルセヴェランスを留める。
「殿下……その『兄上』は止めていただけますか。あまりに低俗すぎる」
『弟』に止められてペルセヴェランスは呼吸を整える。そう、今は娘の舞台だ。晴れ舞台とはいえないが。
ペルセヴェランスは改めて静かに愛娘と愚かな婚約者と愛人の娘を見つめた。