「嘘よ! あんたはあたしのことが憎いんでしょ! だから、愛人の子だったって馬鹿にして、身分が違うってあたしにろくなドレスも作らせないし、アクセサリーだってみすぼらしいものしか買わせないんじゃない!」
どうやらメプリは次の断罪(笑)ネタに移るようだ。
フィエリテはこっそり扇の影で溜息をつく。これ以上お茶会や朗読会のことを言われても堂々巡りになるだけなので、話題が変わることは別に構わない。
「そうだぞ! リュゼに聞いたぞ! 貴様はリュゼに公爵令嬢に相応しいドレスも宝石も何も与えなかったそうじゃないか! 今日だって貴様が用意しないから俺が贈ったんだ! 貴様は豪奢な装いをして高価な宝石を身に着けるくせに妹には何も与えないなど、これこそ虐待の証ではないか!」
ブリュイアンはメプリの主張のみを聞いてフィエリテに怒鳴りつける。
先ほどから『リュゼ』とセカンドネームを連呼していることにも気づいていない。それが既に肉体関係を結んでいると見做されることも理解していないのだろう。
通常大きな夜会のドレスは婚約者が贈るものだ。だが、婚約してから一度もフィエリテはブリュイアンから贈られたことはない。
これはコシュマール侯爵家が二代目だからということも関係しているかもしれない。先代が叙爵されたとき既に今代は結婚していた。
だから、そういった貴族のルールを知らない可能性はある。そう思い、これまで何も言わなかった。
しかし、贈られなくてよかったとフィエリテは思う。メプリが着ているドレスがブリュイアンの趣味だとすればあまりにもセンスが悪すぎる。
フリルとレースとリボンで装飾過多、色も派手なピンクで、十歳未満の子供であれば許されるようなものだ。少なくとも成人した貴婦人が着るものではない。
おまけに襟ぐりは広く開いていて、胸元がかなり露出している。メプリの幼児体型ではとても似合わないデザインだ。
そもそも王太子主催の格式ある夜会で未婚女性があんなにも胸元を開けているというのは有り得ない。まるで場末の安っぽい娼婦のようなドレスだった。
「わたくしとメプリでは衣装や装飾が異なるのは当然でしょう」
やはりこの二人(おそらく二人の後ろにいる義母も)はメプリたちがどういった身分なのかを理解していないとフィエリテは再認識した。何度も何度も父や執事たちが説明しているはずなのだが、どうやら彼女たちは自分に都合のいい話しか記憶しないらしい。
フィエリテとメプリの衣装や装飾品の格(価格)が異なるのは当たり前のことだ。何処に公爵家と同じだけの高価なドレスや宝飾品を身に着ける伯爵家がいるのだ。ヴュルギャリテもメプリも伯爵家相応の装いは与えられているのだ。
メプリの父ペルセヴェランスは『ピグリエーシュ伯爵』だ。『クゥクー公爵』ではない。だから、それに相応しい装いが与えられているに過ぎない。
しかも、メプリは正式な婚姻前に生まれた子であるから庶子だ。庶子は貴族ではなく平民となる。貴族家の子息は正確には爵位を持たないため準貴族だが、メプリは準貴族でもない。
ペルセヴェランスの収入はクゥクー公爵家からの年金とピグリエーシュ伯爵領からの税収の半分だけである。クゥクー公爵領の一部をピグリエーシュ伯爵領として預かっているだけなので、税収の全てが伯爵家の収入となるわけではない。つまり、メプリが望むような贅沢三昧が出来るわけではないのだ。
尤も、他の伯爵家に比べて収入が少ないというわけではない。平均的な収入は得ているし、ペルセヴェランスの社交はクゥクー公爵代理としてのものであるから、費用はクゥクー公爵家から出ている。つまり他の伯爵家に比べれば十分すぎるほどの贅沢が出来ているのだ。
けれど、ヴュルギャリテもメプリもそれでは満足していない。自分たちが公爵夫人と公爵令嬢だと勘違いしているから、もっと高価なものを寄越せと強請るのだ。
彼女たちの望むままに買い与えられないのは、彼女たちが伯爵家分不相応の贅沢を望んでいるからである。そして、ピグリエーシュ伯爵家当主としてペルセヴェランスがそれを認めていないからであって、フィエリテは一切関係ないのだ。
「お姉様は狡い! 同じクゥクー公爵家の娘なのに、あたしは十三年も平民の貧しい暮らしをさせられたのよ! その間お姉様は贅沢三昧だったんでしょ! その分、あたしに譲ってくれるのが当然じゃない!」
哀れな妹という立場を演出するつもりなのか、フィエリテを敢えて『お姉様』と呼ぶメプリ。中々に強かだとフィエリテは少しばかり感心する。
先ほどまではフィエリテと呼び捨てていたし、普段もお姉様などと呼んだことはないのに。そういう計算はできるらしい。尤も効果は全くないが。
すっかり観客と化している周囲の貴族たちはメプリの常識のなさに呆れている。
彼女の主張は間違いだらけだ。そもそも同じクゥクー公爵家の娘ではない。クゥクー公爵家を名乗れるのは隠居したフィエリテの祖母とフィエリテの二人だけなのだ。
それに貧しい平民の暮らしというが、そんなことはない。ペルセヴェランスがヴュルギャリテを愛人として迎えた経緯はある程度の上位貴族であれば知っている。
騙され罠にかかったペルセヴェランスが情けないといえばそれまでだが、人の好いペルセヴェランスはそんな相手にも誠実な対応をした。尤もそれは公爵家に不和の種を蒔かないための措置で妻も承知の上のことだった。