愚か者の主張・家庭内虐待③

「フィエリテはいつもあたしに意地悪ばかりだわ! 取り巻きと一緒になってあたしのこと馬鹿にしてたじゃない!」

 メプリは悲劇のヒロインぶりを発揮して涙目でフィエリテを糾弾する。尤もそれに騙されるのは隣に立つブリュイアンだけだ。

「馬鹿になどしておりませんわ。あなたのマナー教育や教養の一助になればと私的なお茶会や朗読会に招いておりましたのよ。全てあなた自身が台無しにして恥をかいただけではありませんか。それに大切なわたくしの友人を取り巻きなどと無礼な呼び方をなさいませんよう」

 友人たちに協力してもらったお茶会はこの一ヶ月の間に三回行なった。ほぼ週に一度のペースで計画していたが、四回目以降はメプリが来なくなった。

 なお、初回に招いた友人たちがずっと協力してくれている。あの状態の自称公爵令嬢を多くの人に見せるわけにはいかないからと、参加者は初回のメンバーのみに限定した。

 流石に初回の無作法を執事や護衛に咎められたのか、二回目以降は多少はまともになった。尤も、やはり平民の十歳児程度のマナーでしかなかったが。

 令嬢たちもメプリが参加しやすい話題をと差し障りのないお菓子やファッション、芝居の話などをしていた。

 通常のこの四人であれば、様々な政治的な話も多かった。それぞれが領主夫人となり領を切り盛りする将来を見据えて学んでいたからだ。

 しかし、それを知らぬメプリは令嬢たちを馬鹿にした。『お菓子やドレスの話ばっかりで頭悪いわね。あたしみたいにたくさん本を読めばいいのに』と。

 フィエリテと令嬢方が自分の程度に合わせた話をしてくれていることに当然気付くはずもなかった。

 それに菓子やファッションの話は頭が空っぽのお花畑では出来ない。それぞれの領地の特産品や名産品、主要産業が頭に入っているからこそ、そしてその領主の政治的立ち位置を把握しているからこそ意味のある会話となるのだ。

 お茶会でその話題を出しているのは表面的な話であればメプリも会話に加わることが出来、他の四人はその裏にある情報交換という意味合いがあったのだ。

「では次回はお勧めの本の朗読会にいたしましょうか。そうですわね、お勧めの場面を朗読して、その本の魅力を紹介するの。自分が読んだことのない物語を知ることも出来るし、知っている物語でも持つ感想はそれぞれですもの、きっと新たな発見もあるでしょう」

 フィエリテがメプリの意見(ともいえない暴言)を容れて提案し、次回は朗読会となった。少しでもメプリが楽しめ、かつ貴族令嬢としての教養を身につけてくれればという、フィエリテや友人たちの配慮だった。しかし、メプリはそうは思わなかったため、こちらも散々な結果になったのだった。

「あたしのためじゃないでしょ! あたしが愛人の子供でろくな教育受けてないって馬鹿にするために難しい話してたんじゃない!」

 当時のことを思い出したのか、メプリは更にフィエリテを責める。それを抱きしめブリュイアンはフィエリテを非難の視線で睨む。

 しかし夜会には当然ながらフィエリテの友人である令嬢方もいる。彼女たちはわざとらしくない程度に当時のことをパートナーや家族と小声で話す。それには周囲の貴族も聞き耳を立てていて、当時のメプリの様子に呆れるばかりだ。

 友人たちは偶然にも・・・・会場のあちらこちらに散らばっていた。彼女たちの身近な者との細やかなはずの会話の内容は、会場全体に波及していった。

「朗読会だって、そうよ! 態と小難しい本読んで、馬鹿にして仲間外れにしたんだわ!」

 メプリが紹介したのは市井で人気の恋愛小説だった。フィエリテも令嬢方も誰も馬鹿にしたわけではない。普段触れることのない庶民向けの恋愛小説に興味を抱いた。

 だが、紹介するメプリのプレゼンテーションが全く興味をそそられないものだっただけだ。ヒーローがかっこいい、お金持ちで素敵、溺愛されるヒロインになりたいというばかり。しかもヒロインは自分に似ていると自分の自慢話をするだけだ。何処が面白いのかさっぱり理解できなかった。

 あまりに自分の話をするばかりだったために、主催のフィエリテが次の令嬢に朗読とプレゼンを願うと、メプリは不満げながらも一応黙った。

 令嬢方も会の意図を理解していたために基本的に恋愛物語を選んでいた。ただ、古典文学や詩歌だったため、表現が難しくメプリには理解不能だった。

 否、庶民の中等教育(貴族の初等教育)を終えているのであれば理解できる内容なのだ。ただ、フィエリテたちの想定よりもメプリの知識も教養も理解力も低かっただけだ。

 朗読会の後にはフィエリテと令嬢方は反省会をして、もっと易しい内容にすべきだった、市井の物語にすべきだったと話し合ったほどだ。

 彼女たちは決してメプリを馬鹿にしていたのではなく、少しでも貴族令嬢として恥をかかずに済むようにと真剣だったのだ。

「メプリ、重ねて申しますが、馬鹿になどしておりません。皆様、あなたが少しでも早く令嬢たちの社交に慣れるよう、ご協力くださっていたのですよ」

 そう、彼女たちは善意で協力してくれていたのだ。親友のフィエリテの義妹になったのだからと手助けしてくれていた。メプリが社交界に出て恥をかかぬよう、社交界に出ることが出来る日が来るようにと。

 これがまともな令嬢であれば、感謝し日々努力をしただろう。或いはその場で彼女たちの仕草や態度を学ぶことで成長も出来ただろう。

 フィエリテたち四人は同世代では最上の作法と教養を持った令嬢だった。社交界ではそれぞれが華に喩えられるほどの淑女だった。その彼女たちの薫陶を受ければ、メプリとてそうなれる可能性は大きかったのだ。

 だが、メプリは全てを自分を馬鹿にして意地悪して苛めているのだと解釈した。

 僻んでいただけのメプリは自ら『令嬢』となる機会を潰していただけなのである。