義姉の協力を粉砕する愚妹

 ペルセヴェランスの方針でヴュルギャリテとメプリは一切の社交場に出ることが許されていない。社交場に出せばそれは即ちクゥクー公爵家の恥となることは明らかだからだ。

 しかし、ヴュルギャリテとメプリはそれを不満に思っている。いくら公爵家の執事や侍女長・メイド長が『社交界に出るに相応しいマナーも品位も身についていない』と言っても聞かない。

 招待状がなければ出席できないにも関わらず、フィエリテが乗る馬車に押し掛けてきたことも一度や二度ではない。

 勿論、当時はヴュルギャリテは愛人だったから、社交場に出る資格はない。また、ヴュルギャリテの実家は数年前に兄が継いでいるため、ヴュルギャリテは男爵令嬢の肩書も既に失っている。

 華やかな社交界に出ることのできないヴュルギャリテもメプリも不満いっぱいで、散々それをブリュイアンに愚痴っている。

 一方的なその主張にブリュイアンも憤慨し、全てはフィエリテが二人を虐待しているのだと誤認していた。

 だが、フィエリテとしても縁あって義妹になったメプリに令嬢らしくなって欲しいと思わぬでもない。父のささやかな願いも判るし、そのために苦労している使用人たちも哀れだ。

 だから、使用人たちの負担軽減のために、フィエリテは自分に出来る範囲の令嬢教育の補助をしようとした。それが私的なお茶会と読書会だった。

 それを計画したのは父の再婚から約一ヶ月後、今から一ヶ月前のことだ。僅かひと月で使用人たちがストレス性胃炎になりかけるほどにメプリはひどかったのだ。

 お茶会に招くのは気心も知れていて、自分の事情を知るごくごく親しい令嬢たちだ。ヴォリュビリス侯爵令嬢オルタンシア、アブリコチエ伯爵令嬢イリス、シプレ子爵令嬢フレーズの三人で、お茶会デビューした五歳から約十年の付き合いのある友人である。

 彼女たちに事前に相談したうえで協力を願い、自宅の公爵家本館の庭でお茶会を開くことにした。

 私的なお茶会であるから正式なものとは違い細やかで気楽なものだ。ゆえに一週間前に招待状を送り、準備を整えた。

 友人たちからはすぐに出席の返事が来たが、義妹からは来なかった。ただ、出席はするだろうと思っていた。

 招待状を受け取ったヴュルギャリテとメプリは『何を勿体ぶって。嫌味ね』と憤っていたらしい。執事が返事を送るようにと言ったが、『家族なんだからいらないでしょ』とドレス選びを始めたそうだ。選んだドレスはお茶会には相応しくない派手な夜会用のものだった。

 なお、招待されていないヴュルギャリテも出席する気満々だったらしいが、執事から『令嬢方のお茶会でございます。サンスュ夫人は招待されておられません』と止められて不満を漏らしていたそうだ。因みにサンスュはペルセヴェランスの家名で、ヴュルギャリテは公爵家の使用人からは『奥様』ではなく『サンスュ夫人』と呼ばれている。

 お茶会当日はそれはひどいものだった。

 いくら私的とはいえ、招待客はまずは主催者であるフィエリテに招待のお礼を兼ねた挨拶をするものだ。しかし、メプリは何もしなかった。

 フィエリテの従僕に席に案内されるとドカッと座り『お茶はまだなの? 気が利かないわね』とお茶を要求し、まだ誰も手を付けていない茶菓子に手を伸ばし、手づかみでそのまま食べだしたのだ。

 普通はフィエリテが開催の挨拶をして、それから給仕係が飲み物をサーブする。今回は初対面のメプリがいるのだから、フィエリテが令嬢方とメプリを紹介してから、ようやく飲食開始だ。それも給仕係にサーブされたものをカトラリーを使って食す。手掴みで齧り付くなど有り得ない。クッキーなどであればまだしも、この日の菓子はカトラリーを使うことが前提のものだ。

 あまりのメプリの行儀の悪さに全員が眉を顰め不快な表情を晒さぬよう扇で顔を隠す。

「それ、すっごく嫌味よね。公爵令嬢のあたしに失礼じゃないの?」

 自己紹介するでもなく、挨拶さえなく、最も下位であるメプリの有り得ない無礼にいっそ気を失ってしまいたいと思ったフィエリテである。

「メプリ、失礼なのはあなたですわ。あなたにお茶会はまだ早かったようね。もうお帰りなさい」

「はぁ? 何言ってんのよ。あんたがあたしを招いたんでしょ! あたしのためのお茶会なんだからあたしの勝手じゃない! 馬鹿にしてんの?」

 されても当然ではないかというのはメプリ以外のその場にいるもの全員の総意だった。だが、フィエリテを慮って令嬢たちは何も言わず何も見なかったことにした。

 フィエリテはメプリに付き従っていた護衛という名の監視役に目配せし、強制的にメプリを退場させた。

「皆様、義妹が無礼を働き誠に申し訳ございません。なんとお詫び申し上げればよいのか」

 頭痛を感じながらもフィエリテは令嬢たちに謝罪する。

「お気になさいませんよう、フィエリテ様。義妹とはいえ、あの方は公爵家ではございません。他家の方でいらっしゃるのだから、フィエリテ様の責ではございませんわ」

 ヴォリュビリス侯爵令嬢オルタンシアがそう微笑めば、残りの二人も同意する。

「フィエリテ様もまさかあれほどとはお思いではなかったのでしょう? ご存じであれば招いたりなどなさいませんでしたでしょうから」

 アブリコチエ伯爵令嬢イリスの言葉の通りだった。最低限の平民程度のマナーは弁えていると思ったのだ。だが、メプリは平民の子供以下だった。あれが一応ピグリエーシュ伯爵令嬢なのかと眩暈がする。

 フィエリテも令嬢方も平民との付き合いが全くないわけではなかった。取引のある商家や職人、或いは使用人の子女との交流もある。彼らはあんなにも無作法で無礼ではなかった。だから、フィエリテもそれを基準に考えていたのだ。