さて、叩き潰すと決めたが何処から行こうか。
わたくしが公爵であり、彼は何の権利もない種馬候補に過ぎなかったこと、義妹は義妹であり異母妹ですらなく公爵令嬢どころか貴族でもないこと。
それは彼らにとって受け入れがたいようであるから、最後に突きつけるほうがいいだろうか。ならば些事から一つずつ論破することにしよう。
フィエリテはそのように方針を決めた。
招待客たちまともな貴族は、既に彼らが救いようのない愚か者であることを十二分に理解しているようだが、当の本人たちが理解していない。であれば、しっかりその皺のない脳に刻み込んで差し上げよう。
「フィエリテ! 貴様が如何に醜い女であるかはメプリから聞いているぞ! メイドを使って嫌がらせをしているそうだな! 散々馬鹿にされているとも聞いているぞ!」
ブリュイアンが自分では何も確かめていないメプリの言い分だけを聞いてフィエリテを責め立てる。
「そのような事実はございませんわ」
それに対してフィエリテはすっぱりと否定する。
フィエリテはメイドたちにそんな指示はしていない。仮に指示をしたとしてもメイドたちはそれには従わないだろう。『公爵令嬢としての品位を貶める真似をなさいませんよう』と諫言してくれるはずだ。盲従と忠誠を履き違えるような愚かな使用人は
しかし、メプリたちが住んでいる別館の使用人たちがどうなのかは判らない。あちらはピグリエーシュ伯爵邸という扱いなので、使用人にも生活費にもフィエリテは関与していないからだ。
ただ、本館の執事や侍女たちとは比べるのも烏滸がましいほどに程度の低い者たちとは聞いているので、ヴュルギャリテやメプリと侮っている可能性は高い。
尤もこれはヴュルギャリテが女主人たり得ず、使用人を管理できていないことが原因なので、ある意味自業自得だ。自分たちの遊興費を優先するために使用人の給料をケチっているせいで、ろくな教育も受けていない使用人ばかりなのである。
まさにこの女主にしてこの使用人というしかない。
そんな使用人だから、我儘で自分がお姫様思考のメプリやヴュルギャリテを嫌っており、仕事もかなりの手抜きらしい。
命じられたことは渋々やるが、率先して動くことはない。それでも給料分以上の仕事はしている。普通の庶民であればピグリエーシュ伯爵家の給料以上の仕事を見つけることも難しくない。つまり、どういった使用人たちかは推して知るべしというところだ。
父ペルセヴェランスは別館で生活しているとはいえ、学院に通うフィエリテの公爵領運営の補佐をするために殆どの時間を本館で過ごしいる。別館の家政はヴュルギャリテに任せ、基本的に口出しはしない。邸内の運営は貴族の夫人の役割だから当然だ。
だから、不出来な使用人にも文句を言うことはない。元々現在の妻に対しての愛情はなく、義務と責任とある思惑だけで結婚したのだ。ゆえに別館については監視はしても放置している。
それでも公爵家所縁の伯爵家ということもあり、公爵家の名を汚すことがあってもいけない。そのため何度か使用人たちの質の向上を求めたらしい。
しかし、ヴュルギャリテはこれ以上使用人の給料にお金を割きたくないと拒否した。ヴュルギャリテの提示する給料では下働き程度しか雇えない。その額で侍女やメイド、料理人を雇おうというのだから、どうしても質は低下してしまうのだ。
「事実無根だというのか! 散々妹を虐げているというのに! そもそも漸く最近になって妹と認めたらしいな! それまでいない者として扱っていたそうじゃないか!」
「メプリが妹になったのは二ヶ月前ですもの。当然ではなくて?」
ペルセヴェランスがヴュルギャリテと再婚したのは二ヶ月前だ。であればそれまでは無関係だから認めないのも当然である。
それまでも公爵家敷地内の別館には住んでいたものの、前々当主である祖母(引退して領地で気楽なご隠居生活満喫中)や伯父(母の兄で分家のフレール侯爵家当主)が愛人とその娘に孫(姪)が接することを厭ったため、ペルセヴェランスも一切の交流をさせなかったのだ。
「え? 二ヶ月前……?」
フィエリテの返答にブリュイアンは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
高位貴族としてもフィエリテの婚約者としても有り得ない情報のなさだ。大方メプリからは公爵邸に来た三年前からと聞いていたのだろう。
「ええ、二ヶ月前ですわ。父が再婚したときに挨拶をした以外は数えるほどしかお会いしておりませんわね。生活空間が異なっておりますので」
ヴュルギャリテとメプリは本館への出入りは許されていない。だから基本的に会うことはない。
尤も自分たちが公爵夫人と公爵令嬢だと勘違いしている二人はよく本館に押し掛けてくるが、使用人たちに本館への出入りを拒絶されている。
それが二人は不満らしく、散々自分たちは虐げられていると周りに吹聴しているらしい。尤も、彼女たちに他の貴族との交流はなく、周り=ブリュイアンとその従者というごく限られた範囲でしかない。
そして、元々フィエリテに劣等感満載だったブリュイアンはフィエリテの瑕疵を見つけたとばかりに喜んだ。メプリへの盲目的な愛(笑)がその思い込みに拍車をかけ、メプリの主張を鵜呑みにしたのだ。常識を持つ貴族であれば突っ込みどころ満載の愚かな主張を。