愚かすぎる義妹

 自分に都合の悪い事実を無視し、自分の信じる虚構のままに断罪しようとするブリュイアンにフィエリテは冷たい目を向ける。そして愚かさを正すために口を開いた。

「先ほども申したように、わたくしは公爵夫人になるのではありません。わたくし自身が女公爵」

「フィエリテ! 自分の罪を認めて!」

 フィエリテの言葉を遮ったのはこれまで沈黙していたメプリだった。

 そのことに貴族たちは眉を顰める。何故招待されていない貴族でもない・・・・・・娘がここにいるのだ。何故筆頭公爵の言葉を遮ることが出来るのだと非難を込めた視線を向ける。

 なお先ほどフィエリテがブリュイアンの言葉を遮ったことは何の問題もない。フィエリテのほうがブリュイアンよりもはるかに高位なのだから。

「お黙りなさい、メプリ。あなたに発言を許した覚えはありません。そもそも招待されてもいないあなたとサンスュ夫人ヴェルギャリテが何故ここにいるのです」

 呆れからの溜息を扇で隠し、フィエリテはメプリを見やる。

 王太子から主賓として招かれているのはクゥクー公爵家だ。それはフィエリテとその祖父母を指す。父のペルセヴェランスは既に公爵家の籍を離れている。ペルセヴェランスは父ということで特別に招かれているが、その妻と娘は招待されていない。

 父の再婚相手ヴュルギャリテとその連れ子であるメプリはクゥクー公爵家ではない。よって当然ながら招待されていないのである。勿論、ペルセヴェランスが連れてきたわけではなく、ブリュイアンが連れてきたのだ。

「酷い……! あたしはあんたの妹なのに! あたしだって公爵家の一員なんだから招かれて当然でしょ! いつもそうやってあたしを馬鹿にして、苛めるのね!」

 目に涙を浮かべメプリは自分たちだけにとって正しい主張をする。

 しかし、招待客は彼女が『公爵家の一員』ではないことを理解している。当事者だけが理解していないのだ。

 一体どういう教育をしているのだとペルセヴェランスへ非難の視線が突き刺さるが、彼の罪ではない。彼は妻とその娘が何も理解していないことを知っていたから彼女たちを一切の社交場には出していないのだ。

 なのにブリュイアンが連れてきてしまった。先ほどブリュイアンと共に妻子が登場したときに一番驚いたのは彼かもしれない。

 なお、慌てて彼女たちを帰らせようとしたペルセヴェランスを止めたのは主催者の王太子だった。ブリュイアンが態々婚約者ではなくメプリを連れてきたのであれば何か問題を起こすはず。ちょうどいいからここで処断しようと。

「いつもいつもそうよ! あんたはあたしを馬鹿にして苛めて! メイドたちに命じて意地悪させるし、取り巻き使って訳の判らない話して仲間外れにするし! ホントに汚い女よね!」

 そうしてメプリはあることないこと(比率は〇:百)を捲し立て、如何に自分が苛められている可哀想な令嬢なのかを訴える。

「本当に傲慢で愚かしい女だな、フィエリテ! 貴様と婚約していたことは俺の一生の恥だ! ああ、可哀想なメプリ。俺が守るから安心するがいい」

 メプリの貧相な体を愛おし気に抱きしめブリュイアンは庇う。本人たちは真実の愛とでも思っているのだろうが、現在進行形で不貞を露呈し続けているに過ぎない。

 そんな茶番を繰り広げる愚者二人を周囲の貴族たちは白け切った目で見ている。

 そもそも自分が貴族令嬢だと主張するなら言葉遣いから直せと言いたい。

 平民の中でも汚い言葉遣いをし、貴族令嬢にはあるまじき一人称『あたし』を使っている時点で有り得ない。貴族令嬢であれば一人称は『わたくし』一択だ。『わたし』でも有り得ない。更には汚い発音で訛った『あたし』など裕福な平民でさえ使わない言葉だ。

 この会場内にメプリの味方はブリュイアンと母のヴュルギャリテしかいない。そのことにメプリは気づかず、悲劇のヒロイン劇場を続ける。白け切った観客が何も言わないのは自分に同情しているからだと都合よく解釈して。

 一方で理不尽な言いがかりをつけられているフィエリテはこれをどう治めるか悩んでいた。言葉は通じるのに話が全く通じない。

「取り敢えず、愚か者たちが納得するように付き合ってやればいい。叩き潰すともいうがね」

 何処か黒い笑みを浮かべて隣に立つヴェルチュがフィエリテに囁く。もうそれしかないだろうか。

 フィエリテはちらりと視線を父たちに向ける。父は親指で首を切る真似をし、いい笑顔を浮かべている。何処でそんな俗な仕草を知ったのだろうと思いつつ、その隣に目をやればもう一人の父も若干青い顔をしながらも頷いた。

 それを受けてフィエリテも覚悟を決めた。仕方ないので茶番に付き合うことにしたのだ。

「皆様、お見苦しいものをお見せいたしますが、ご容赦くださいませ」

 招待客に向かってフィエリテは一礼する。それは貴族令嬢のお手本のような淑女の礼だった。

 招待客も理解しているのか気にするなとでもいうように頷いてくれた。

 愚か者は叩き潰さねばなりませんわね。心の中でフィエリテは呟き、改めて愚か者二人に向き合った。