話を聞かない愚か者たち

「そもそも! あなたは大きな勘違いをしています」

 フィエリテはブリュイアンの愚にもつかない話を遮った。こんなところで公爵家の恥を晒すような愚行を行う男が入り婿となるなど有り得ないと思いながら。

 正確にはブリュイアンの愚行はコシュマール侯爵家の、メプリの愚行はピグリエーシュ伯爵家の恥だ。しかし、現状ブリュイアンはフィエリテの婚約者とされているし、メプリは一応父の娘である。クゥクー公爵家と全く無関係ではない。

「あなたは次期公爵などではございませんわよ。公爵はわたくしです。あなたは入り婿でしかございません。はしたない言葉ですが、要は種馬に過ぎませんのよ。あなたには公爵家に関する一切の権利はありません」

 凛としたフィエリテの言葉が響く。それにブリュイアンと部外者二人以外は頷く。改めて告げられるまでもなく、貴族たちにとってそれはごく当たり前の常識ともいえる事柄だったからだ。

 ブリュイアンの愚行に招待されているコシュマール公爵夫妻と後嗣である長男の顔は哀れなほどに青ざめている。しかし彼らに同情する者はいない。基本的なことを教育できていないコシュマール侯爵家の自業自得だ。

「何を馬鹿なことを言っている! 爵位継承は男がするものだ! ゆえに俺が公爵家に入り跡を継ぎ、お前は俺のお情けで妻として公爵家に残ることが許されているに過ぎないのだ!」

 確かにティーグル王国では男子相続が基本である。しかし女子による相続がないわけではない。

 貴族は血筋を尊ぶ。ゆえに女子しかいない場合は女子が家を継承し当主となるのだ。

 婿入りした夫は便宜上婚家の爵位で呼ばれることもあるが、飽くまでも本当に爵位を持つのは当主である女子だ。

 実際に入り婿であるフィエリテの父はクゥクー公爵ではなく、公爵家の持つ伯爵位を与えられてピグリエーシュ伯爵を名乗っている。

 しかし、貴族としてのそんな基本すら理解していないブリュイアンたちはフィエリテの愚かな主張(とブリュイアンたちだけが思っている正当な言)を小馬鹿にしたように嘲笑う。

「お前のような心の卑しい雌豚には公爵夫人となる資格などない! とっとと修道院へ行くがいい!」

 そのブリュイアンの暴言に一部から冷気が漂う。フィエリテを心から溺愛する父たち・・と彼女を崇拝している貴族令嬢たちからの侮蔑と怒りの発露だ。

 それを感じ取った貴族たちは頭の中でコシュマール侯爵家との取引や付き合いをどのように縮小していくかの算段を始めていた。

 更にブリュイアンが行けと命じた修道院がタンタシオンであることに、彼の醜い欲望が隠れていることも招待客たちは見抜いていた。そしてブリュイアンに軽蔑の眼差しを向ける。

 瑕疵のある貴族の令嬢が修道院へ行くことは珍しいことではない。瑕疵の大小によって数か月から数年の短期間で修道院を出る者もいれば、生涯を修道院で過ごす者もいる。

 確かに貴族令嬢が実妹を過剰に虐げていたとすれば修道院送りになることも有り得る。半年から一年程度の期間修道院に預けられ、反省が認められれば元の令嬢としての生活に戻ることが出来るだろう。その期間は信仰と行儀見習いという名目で修道院にいることになる。

 尤も、招待客たちはフィエリテがそれには該当しないことを知っている。メプリがフィエリテの実妹ではないことも、二人の間に大きな身分の隔たりがあることも知っているからだ。そして、フィエリテが身分の低い者を虐げるような人物ではないこともよく知っていた。

 しかし、何の権利も資格もないはずのブリュイアンは自分が次期公爵だと驕り、正統な次期公爵を修道院送りにしようとしている。有り得ない馬鹿げた主張だった。

 しかも送り先の修道院はタンタシオンだという。そこにブリュイアンの歪んだ欲望が透けて見えていた。

 タンタシオン修道院は王都の近くにある、それなりの規模と歴史をもつ女子修道院である。訳ありの貴族関係者の女性ばかりが収容されている。

 しかし、そこに収容されている女性たちは瑕疵のある貴族令嬢というわけではない。そこにいる女性たちは貴族が大っぴらには出来ない愛人なのだ。その殆どが女性側にとっては不本意な愛人関係を結ばされているのである。

 通常であれば公爵家の令嬢であるフィエリテが愛人となることなどない。王妃にもなれる家柄なのだ。フィエリテが愛人を持つならともかく、彼女が愛人とされることなどない。

 そんなフィエリテのように通常であれば愛人にならない女性を隔離監禁するための修道院がタンタシオンなのである。

 その存在は貴族社会の暗部であり、これまでにも幾度も閉鎖させる動きがあった。けれど閉鎖案や通常の修道院としての改革案が出るたびに利用しているであろう貴族たちの反発があった。

 また、国家権力の及ばない宗教施設であることを盾に存続し続けている。たちの悪いことに表向きは通常の修道院であり、孤児院・施療院運営などの社会奉仕活動にも熱心なため、王国としても強硬手段が取れずにいた。

 つまりブリュイアンはフィエリテを隔離し愛人とするつもりなのだ。純愛(笑)はメプリに捧げつつも、男の欲望はフィエリテで満たすつもりなのだろう。

 何しろ彼の最愛のメプリはツルペタ寸胴の女性的魅力は皆無の体をしている。それに対し、フィエリテは成人したばかりとは思えない実にけしからん魅惑的な姿態をしている。

 本当に罪を償わせるためであれば戒律の厳しい修道院へと送るはずだ。王都と目と鼻の先にあるタンタシオンは間違っても選ばない。ブリュイアンの欲望と醜悪さが明確な選択だった。