茶番は漸く終わりそうです

「そんな……知らなかったんだ! ならば、今から冒険者になる。そして私が皇太子に……」

 まだ言いますか、この皇子は。冒険者になったからといって皇位を継げるわけではありませんのに。

「聖賢帝イディオフィリアの定めた皇家典範により、皇位継承条件は冒険者階級5級以上だ。冒険者になったからといって皇太子になれるわけではない。皇位継承の可能性のある冒険者は50人以上いるんだ」

 まだ自分が皇太子となる可能性に縋るエルナンド皇子にレグルス殿下は現実を知らしめます。

 皇位継承権を持てるのは現皇帝の御子・孫と兄弟・甥姪でございますので、現皇帝の御子27人、御兄弟姉妹15人、甥姪38人の計80人が皇位継承が可能な血族でございます。そのうち冒険者にならなかったため皇位継承権がないのが23人。つまり57人は皇位継承の可能性がある冒険者になっています。ただ、その中で皇位継承権を有する5級となりますと、陛下の弟君にお1人、御子にお1人、甥姪に至っては0でございます。冒険者階級5級というのはそれだけ昇格が難しいものなのでございます。

 我が国では成人年齢である15歳から冒険者登録が可能となっております。身分を問わず登録は可能でございますが、犯罪者とその性格性向によっては不適格となり登録が拒否されます。この判定を行うのが国家神道であるダーナ神教の聖職者による鑑定でございます。

 冒険者はその能力によって戦士(物理攻撃)と魔術師に分かれ、それぞれ初級から5級の5段階のランク付けが為されます。初級から4級まではギルドからの一定の依頼を達成することにより自動的に昇格しますが、5級は違います。5級はギルドにて年に1度行われる定期評議会の認定が必要なのです。認定には25人の評議員のうち23人以上の賛同が必要となります。この認定は中々に難易度が高く、10年に1人認定されるかどうかというレベルでございます。

 それほどに難しい5級認定でございますので、5級冒険者となれば平民出身であっても扱いは最低でも伯爵家並となります。まぁ、ここ数十年の間に5級となった冒険者は殆どが高位貴族出身者ではありますけれど。

 なお、5級の上には特級という特別なランクがございますけれど、四神公爵家の祖である4人以降数百年、この特級冒険者が現れたことはございません。レグルス殿下も特級に最も近いと言われてはいらっしゃいますが、特級認定されることはございませんでしょう。どれほど特級となるのが難しいかといえばフィアナ皇国の祖である聖賢帝イディオフィリア様ですら認定されなかったと言えばお判りいただけるのではないでしょうか。おまけに直近の4人の特級冒険者は死後神となっておられますから、それも踏まえて特級が今後出ることはないと思われます。ああ、その方々が神となられたがゆえにわたくしたちの家は『四神公爵家』と呼ばれるのですわ。

 冒険者となられる皇家の方々は身分を隠して冒険者登録をなさいます。尤もギルドでは正体を把握してはいますけれど、そこは暗黙の了解と申しますか、気付いても知らんぷりですわね。身分の高い方や複雑な事情をお持ちの方もいらっしゃるので通称・偽名での登録も可能になっておりますし、犯罪者ではない限り詮索しないのがギルドのルールでございますもの。

 そして、ギルドは完全実力主義・結果主義でございますから、仮令身分がどうあれ、皇家の5級冒険者が必要と判っていても、そこに忖度などいたしません。評議員が政治的配慮をしたり、誰かを皇位に就けるために5級認定することもございません。勿論買収も賄賂も有り得ません。殊、冒険者階級の認定についてはギルドと評議会は高潔な精神と姿勢を貫いております。それ以外では実に人間らしい様々がございますけれどね。

「そして、5級にならねば仮令第1皇子であろうと皇妃の産んだ子であろうと皇太子にはなれないんだ」

 レグルス殿下は諭すように仰います。5級冒険者であることが全てでございますから、現在皇位継承権をお持ちなのは皇帝陛下の御子お1人と弟君お1人となります。陛下の弟君はご年齢故に第1位とはならず、御子が第1位の継承権を持つということです。

 因みに該当する血族全てが5級になれなかった場合は皇妃の第1子が皇太子となります。その場合は皇妃所生御子の年齢順、四夫人御子の年齢順で皇位継承順位が決まります。勿論、人格や能力もございますから、必ずしもその通りというわけではございません。幸いにしてこれまでに5級冒険者不在とはなりませんでしたけれど。

「そんな……」

 エルナンド皇子は今まで自分の信じてきたことが全て思い込みでしかなかったことに衝撃を受け、膝をつきました。

「今回のことは全て陛下の御裁定を待つように。皇太子を僭称したこと、四神公爵家令嬢を冤罪にて貶めたことの罪を償え」

 ああ、そういえばあまりのお馬鹿な展開に忘れておりましたわ。わたくし、冤罪で名誉棄損されたのでした。冤罪で断罪しようとしたことによる誣告罪も適用されるかもしれませんわね。それから皇太子を僭称したことは見ようによっては皇帝陛下を蔑ろにし国を乗っ取ろうとしたとも取れますから、反逆罪も有り得ます。そこまでエルナンド皇子が考えていたとは思いませんけれど。

「そういえばエルナンド。そもそも何故お前はクロンティリス公爵令嬢がそこの女を虐げたなどと有り得ないことを思ったのだ?」

 そこで漸くレグルス殿下はエルナンド皇子に侍っているリザリアの存在に触れました。視線を向けたりは為さいませんでしたけれど、自分の話題が出たことにリザリアは喜色を浮かべます。お花畑脳ですわね。この話の流れでどうやったら喜べるのでしょう。明らかに罪を問うための前振りではありませんか。

 レグルス殿下の問いかけは当然のものでしょう。何の根拠もなくわたくしに罪を擦り付けるとは思えません。まぁ、大方予想は付きますけれど。テンプレですわ。

「リザリアが……アレクサンドラだと」

 やはり。これは恐らくテンプレの自作自演ということでしょうね。わたくしは一切リザリアにもエルナンド皇子にも関わっておりませんもの。

 本当にわたくしがエルナンド皇子の婚約者であったならば、わたくしの歓心を得たい誰かが気を回してリザリアを虐めたということも有り得ますけれど、わたくしが次期皇帝の皇妃候補であるのは周知のこと。そしてエルナンド皇子が皇太子になるわけがないことも貴族やその子女であれば判り切っていることです。であれば、わたくしとは無関係のエルナンド皇子の恋人に対して何かをしてもわたくしの歓心を得ることは出来ませんから、何の意味もございません。

 まぁ、他の方がやったことをわたくしがやったと擬装した可能性はなくもございませんけれど、ほぼそれもないでしょう。エルナンド皇子は冒険者になっていない時点で貴族の令嬢方の夫候補からは外れますもの。見目は良い方ですから戯れの恋のお相手にはよいかもしれませんが将来を考える相手ではございません。冒険者になっていない皇族は第7皇子のように理由がない限りはいない者として扱われます。皇家の責任を果たさないとして臣籍降下して伯爵家以下の爵位になることが決まっておりますし。しかも領地は魔族の抑えとなるための辺境と決まっております。ですから実家の利益にならぬ方を相手にする貴族令嬢もいないでしょう。であれば、当然リザリアに嫉妬して嫌がらせをすることもありませんわね。

 それに平民上がりだからといって苛めることもありませんわね。寧ろ1代で成り上がったゴードン男爵はそれだけの実力者だと評価されますから、冷遇されることはありませんわ。ただ、男爵はそうであってもその娘のリザリアが立場を弁えない娘であり、貴族の常識も知らずマナーもなっていないことから、積極的に関わろうとお茶会に招いたりすることもありませんでしょうけれど。

「違うんです、レグルス様! 私は本当にアレクサンドラに虐められていたんです!」

 エルナンド皇子の後ろに隠れるようにしていたリザリアがレグルス殿下に弁明しようと話しかけます。こういうところです。こういう常識のない、礼儀を弁えないところが令嬢令息方から冷遇される原因なのです。しかもまだわたくしに虐められたなどと言いますか。

「レグルス殿下に自分から声をかけるとか、ないだろう」

「しかも勝手に御名を呼んでますね。無礼打ちされても文句は言えませんよ」

 そんなリザリアにクラウスとヴォルフガングが眉を顰めます。低位の者から高位の者へ声を掛けることは礼儀に反しますし、勝手に御名を呼ぶことも許されません。せめてレグルス皇子殿下と言っていればまだマシなのでしょうけれど。本来は第1皇子殿下とお呼びするべきですわね。

 更にわたくしにまだ罪を被せようとしたことでお兄様の一時は収まっていた怒りがまたぶり返してしまったようです。

「殿下、少々よろしいでしょうか。そこな娘に問いたいことがございます」

 お兄様は静かにレグルス殿下に発言の許可を求められます。常識と礼儀を弁えている貴族であれば、こうして許可を得たうえで発言するものなのです。

「ああ、許す」

 レグルス殿下の許しを得たお兄様はレグルス殿下に一礼して、視線をリザリアに向けました。