フィアナ・ロマンシア~恋と冒険の叙事詩~

 わたくしには前世の記憶がございます。そう、創作物によくあるパターンですわ。何かの拍子に自分が前世で好んでいたゲームや小説の中に転生していることに気付く、という。お約束の展開、テンプレというものですわね。

 ここがゲームの世界だと気付いたのは3歳でヴォルフガングと出会ったときです。母方の従兄として出会った彼を見たときに、正確には名前を聞いたときに気付いたのです。彼はゲームにおける仲間であり、アレクサンドラシナリオの攻略キャラクターでございました。

 それに気づいた瞬間、膨大な記憶が流れ込んでまいりました。前世のわたくしは21世紀の日本に生まれ育ったオタク女子。いつまで生きていたのかどんな人生を送ったかは覚えておりませんでしたが、このゲームとそれに関する情報だけは膨大でございました。これもまた、まさに創作に多いテンプレでございますわね。膨大な記憶に熱を出したり倒れたりということはございませんけれど。尤もヴォルフガングを見て呆然としたわたくしに、母やヴォルフガングの母である伯母上が『スペルビアに一目惚れしたのかしら? 初恋?』とはしゃいで、わたくしを溺愛する父と兄が3歳のヴォルフガングを警戒するという一幕がございましたが。それはどうでもいいことでございますね。

 この世界は人気の女性向け恋愛シミュレーションゲーム、所謂乙女ゲームの【フィアナ・ロマンシア~恋と冒険の叙事詩~】(公式略称フィロマ)に酷似した世界で、わたくしはサポートキャラクターであり、ルートによっては悪役令嬢でもあり、隠しヒロインでもある『アレクサンドラ・マグダレーナ・フォン・クロンティリス・デ・マクブラン』だと理解したのでございます。

 そう気づいたとき、とても嬉しゅうございました。何しろ、アレクサンドラは分身といってもいいほどに使い込んだキャラクターでございましたから。剣と魔法のファンタジー世界では最強といえるほどのチートな魔力を持つヒロインでございます。物理攻撃はゴミでしたけれど。

 正直なところ、デフォルトヒロインであるリザリアは隠しシナリオ開放のためにしかプレイしておりませんでした。ルートによっては天真爛漫を装った無神経なぶりっ子だったり、物分かりのいいイイコちゃんだったりするヒロインは全く好みではございませんでしたから。それにリザリアシナリオの攻略キャラクターも他のゲームで見たことのあるようなテンプレキャラでしたし、食傷気味でございました。ゆえに取り敢えず隠しキャラクターを開放し、隠しシナリオを開放するためだけにプレイしていた程度でございました。

 このフィロマは乙女ゲームとしては少々変わっておりました。【フィアナ・ロマンシア~恋と冒険の叙事詩~】はMMO-RPGを中心に手掛けるゲーム制作会社【アルメコア】唯一の恋愛シミュレーションゲームでございます。美麗なグラフィックと豪華声優陣、ある意味鬼畜仕様なシナリオ分岐条件で人気を博しておりました。

 デフォルトヒロインはリザリア・フォン・ゴードン18歳。父のゴードン男爵はクロンターフの豪商で金で男爵位を買った男です。17歳で下位貴族となったリザリアが国立ユーラティオ学院3年に編入するところからゲームは始まります。編入から卒業までの1年間がゲームの期間となります。

 リザリアシナリオでの攻略対象者は5人。

 フィアナ皇国第15皇子でユーラティオ学院3年のエルナンド・ナンテ・ロカンテーラ・フォン・フィアナ、18歳。典型的な高飛車王子様。

 皇都守護騎士団団長子息でユーラティオ学院3年のグレアム・クリストフ・フォン・ガミング、18歳。テンプレな実直系脳筋。

 副宰相子息でユーラティオ学院2年のキーファ・ハインリヒ・フォン・ハンブルグ、17歳。よくあるタイプの腹黒参謀。

 ミレシア大聖堂副神官長の子息でユーラティオ学院3年のミヒャエル・エーリヒ・エンデ、18歳。お決まりの穏やか敬語キャラ、若干卑屈。

 セネノースの豪商の子息でユーラティオ学院2年のリヒャルト・グラムリッド、17歳。ワンパターンなお金持ちチャラ男。

 この5人のルートはごく普通の乙女ゲームでございました。いえ、エルナンドはそうではありませんわね。エルナンドルートはバッドエンドとベストエンドに至る選択肢が少々厄介でございましたし。

 因みに攻略キャラクターには副宰相と副神官長の子息がおりますけれど、宰相と神官長は当然別におります。宰相はアレクサンドラの父バルタザール・アクセル・フォン・クロンティリスで、ミレシア大聖堂神官長(教皇)はアレクサンドラの母マリア・ローザリア・クロンティリス・デ・マクブランでございます。実はアレクサンドラというのは攻略対象の第15皇子よりも由緒正しく高貴な血筋なのでございます。これは今の現実でも同じですわね。四神公爵家は母方の血筋によっては皇子皇女よりも血筋が良く、少なくとも第15皇子よりはヴォルフガングもクラウスもレオンハルトも高貴な血筋といえるでしょう。

 なお、この攻略対象5人については態々ゲーム内で『嗣子ではない』と明言されておりましたけれど、これって、二次創作テンプレの悪役令嬢その他による逆断罪プギャー展開に備えた配置ではないでしょうか。それぞれ優秀な兄弟が跡継ぎとして存在していますし、その兄弟たちは別の皇子に仕えていると設定されておりましたもの。

 それはさておき、ゲームの話に戻りましょう。

 隠しキャラクターは2人。1人は隠し攻略キャラクターで、フィアナ皇国第1皇子で5級冒険者アフセンディアのレグルス・ミセリコルディア・アロイス・フォン・フィアナ、23歳。最も皇太子に近いとされている皇子であり、彼の攻略ルートはかなり鬼畜仕様と言えるかもしれません。何しろ、初回或いは2回目の会話選択肢によってはそのままバッドエンドでゲームオーバーでございますから。

 そして、もう1人の隠しキャラが現在のわたくしでございます。レグルスルートでグッドエンドを迎えると開かれるシナリオで、ニューゲーム画面で新たに選択できるようになるもう1人の、開発チーム曰く真のヒロイン、アレクサンドラ・マグダレーナ・フォン・クロンティリス・デ・マクブラン、18歳。高名な魔術師『賢者』の5級冒険者プロフィティスで、四神公爵家筆頭クロンティリス家の令嬢ございます。このヒロインを選択すると、乙女ゲームとは何ぞやと言いたくなる正統派RPGへとゲームが変化いたします。そのため、乙女ゲームにも拘らず男性のプレイヤーも少なくはございません。

 一応アレクサンドラシナリオも乙女ゲームではございますので、攻略対象者はおります。ただ、リザリアシナリオとは違って、某有名RPGにございますようなヒロイン選定システムに似ております。RPGの各クエストを通じて攻略対象者と親密度を上げ、シナリオ内に隠されているフラグを回収したキャラクターと結ばれる展開となります。

 アレクサンドラシナリオの攻略対象者も5人。

 フィアナ皇国第1皇子・5級冒険者アフセンディアのレグルス・ミセリコルディア・アロイス・フォン・フィアナ、23歳。皇家としての自覚と責任と誇りを持ったまさに皇子。

 四神公爵家シェーラー家嗣子・5級冒険者アフセンディアのクラウス・アウダクス・フォン・シェーラー、18歳。庶民的で気さくなワイルド系アニキ。

 四神公爵家エレット家嗣子・5級冒険者アフセンディアのレオンハルト・シンケルス・フォン・エレット、18歳。エルフの血を引く貴公子系常識人。

 四神公爵家フェーレンシルト家嗣子・5級冒険者アフセンディアのヴォルフガング・スペルビア・フォン・フェーレンシルト・デ・マクブラン、18歳。忠誠心厚い真の騎士。

 四神公爵家クロンテイリス家嗣子・4級冒険者イエレアスのリスティス・イオニアス・フォン・クロンティリス・デ・マクブラン、22歳。冷徹な実務系策士、但し超の付くシスコン。彼とのルートの場合のみ、彼が実は養子であり血の繋がりはないというご都合主義が発生いたします。

 兄を除いた全員が物心ついたときからの幼馴染で、アレクサンドラの婚約者候補という設定でございます。冒険者として幼馴染として親戚として、とても深い信頼関係があるという設定になっております。因みに攻略キャラクターが親戚というのは皇家と四神公爵家は何度も婚姻を重ねており、ほぼ一族といってもいいだけの血の繋がりがあるという設定になっているのです。

 この攻略対象者たち、レグルス以外は殆どアレクサンドラを女性扱いいたしません。兄であるリスティスは当然妹扱いでございますし。そのせいか社交界イベントで普段とは違って淑女扱いされますと、とてもとてもときめいてしまうのです。ギャップにやられる、というものでございますね。

 因みにアレクサンドラは5級冒険者プロフィティスで、同じ階級でも呼び方が違うのはその役割ゆえでございます。攻略対象者の5級4人は戦士系(物理攻撃)でアレクサンドラが魔術師だからということです。更に因みに、1万人以上いる冒険者の中で5級冒険者は100人もいないとされておりますけれど、同世代にこれだけ5級がいるのは奇跡的なことともいわれております。まあ、元ネタを考えれば当然ではございますけれど。なお、お兄様のみ4級なのは既にスコル侯爵を継いでいるため冒険者はほぼ引退した状態だからということになっております。アレクサンドラを助けるために彼女とのみクエストを受けるということですわね。現実のお兄様と同様にとても過保護なシスコンでございますの。

 元々フィロマには原作と申しますか原案と申しますかベース設定と申しますか、そういった小説がございました。それが【聖騎士の末裔】という異世界中世ヨーロッパ風ファンタジー小説でございます。その小説を基にして【アルメコア】が運営していたものがMMO-RPGの【フィアナ・クロニクル】(通称FCH)で、最盛期には国内だけで50万人のユーザーがいたといいます。そして、そのFCHの乙女ゲームとしてフィロマが発売されました。FCHユーザー及び原作ファンは『何をとち狂ったことをwwww』と笑ったそうでございますけれど、意外と人気が出たのです。

 世界観の前提となる【聖騎士の末裔】は一見逆ハーレムといってもいいほど年頃の女性キャラクターが少のうございました。主要登場人物であれば1人のみ。名前のついているモブも含めて両手の指に満たない数しかおりませんでした。

 主人公は男女それぞれ1人ずつ。女性主人公ソルシエールは伝説級の大魔術師で英雄と呼ばれる冒険者の1人でございますが、かなりの残念な美女。男性主人公イディオフィリアはカリスマ性に富んだ王子で、彼女に片想いし、片想いのまま物語は幕を下ろします。

 更に主人公の仲間として登場する男性陣は誰もが単独主役を張れるだけのスペックを持った男性で美麗なキャラクターとなっておりました。因みに前世のわたくしは幼馴染のパーシヴァル卿推しでございました。数少ない妻帯者キャラでもございましたけれど。

 そんなキャラクターたちで構成されるにも関わらず、恋愛要素は殆どなく極々微量。イディオフィリアのソルシエールへの片想いと、ソルシエールの過去の淡い初恋程度しかございませんでした。ですから、女性読者の中には原作では物足りないと二次創作に走る人も少なくありませんでした。

 そこで【アルメコア】が『これは結構需要がありそうだ』と『聖騎士の末裔から数百年後』の世界で原作キャラクターに似たキャラクターを設定して作った乙女ゲームがフィロマでございます。アレクサンドラシナリオに出てくるキャラクターは原作キャラクターの名前と年齢を変えただけでございました。CVもアニメと同じ声優でベテランの豪華声優陣でしたし。アレクサンドラはヒロインのソルシエールでしたし、レグルスはヒーローのイディオフィリアでしたし、リスティスはソルシエールの次兄でしたし、他の3人の攻略対象者もメインキャラで英雄級冒険者の3人でした。ですから、原作ファンはメインヒロインの攻略対象者はスルーでアレクサンドラシナリオ中心にプレイしていたようです。確かにある意味需要はございましたね。

 尤も、元々がRPGメインの制作会社でしたから、隠しシナリオのRPGのほうがメインのような作りこみ方になっておりましたけれど。