私の名はエルナンド・ナンテ・ロカンテーラ・フォン・フィアナという。大陸最大の版図を誇るフィアナ皇国の第15皇子にして皇太子である。
我が母は伝統と格式あるダルシェナ王国の王女であったカテリーナ・ダルシェナであり、フィアナ皇国の皇后だ。10人の妻妾を持つ我が父皇帝アクドゥル・ユリウス・ガラハド・フォン・フィアナの愛と尊敬を一身に受ける尊き
母上はその高貴な生まれに相応しく、大変聡明な方だ。ゆえに敬意を以て『ダルシェナ才人』と呼ばれておられる。類稀なる美しさのみではなく、その尊き聡明さをお持ちの母上は皇国最高の貴婦人であり、そんな妻を持てた父皇帝はなんと幸せな男だろうか。
私はそんな両親の元、第15皇子として生を受けた。皇子の中では現在は末子となる。だが、14人の兄も8人の姉も4人の妹も、所詮は側室腹。唯一の皇后腹である私が皇太子となるのは当然だった。
いや、私とて生まれに胡坐をかいているわけではない。日々勉学と武術鍛錬に努め、皇太子として相応しくあろうと努力している。父皇帝もそれを喜ばれ、私が学問に集中できるよう、余計な執務などせずともよいと仰せになっている。ゆえに勉学と鍛錬の余暇には貴族たちを掌握するために夜会や狐狩りといった社交もこなしている。
だというのに、兄や姉の殆どは私ほどの努力を一切していないではないか。皇太子の私ほどは必要ないにしても、多少はすべきではないのか。全く、皇家の務めをなんと心得ておるのか、野蛮で下賤な冒険者などに成り下がっておる。日々魔物を狩る野蛮な行為に明け暮れ、治め従わせるべき平民と親しく交わるなど高貴なる皇家の面汚しでしかない。父皇帝は所詮は下賤な妾の子と諦めておいでらしく、彼奴等の蛮行を黙認し、好きにさせよと放置しておられる。
まぁ生まれながらの皇太子である私がいるから問題はないのだろうが、いやしかし、あれでも仮にも皇帝の子。いずれは私を補佐し、皇宮での勤めを果たしてもらわねばならぬ。そのためにはきちんと学問を修め、少しは執務を手伝えるようになってもらわねばならぬ。間もなく私も学院を卒業し、皇太子として父皇帝を補佐することになる。そろそろ自由気ままで我が儘な兄たちにも皇家としての務めを果たすために、遊び惚けさせずに皇宮に戻らせねばなるまい。
私は今、皇都ミレシアにある国立ユーラティオ学院に在学している。
この学院は14歳から18歳の国中の貴族を中心に有能な人材を集めた由緒正しき学院だ。15歳になる年に入学し、3年間様々なことを学ぶこととなる。地方からの平民も通うため、全寮制となっており、私も不本意ながら不自由な寮生活を強いられている。しかし、これも皇太子として立派な皇帝になるためには仕方のないことだ。
平民と同じ学び舎にあることに不満はある。何故高貴なる皇太子の私や由緒正しき名門貴族の子弟が下賤な平民と同じ場所で学ばねばならぬのかと虫唾が走る。有能な人材を育成するためなどというが、下賤な平民、無爵位の者に有能な者などいるはずがないではないか。
けれど、それを声高に言うことは出来ぬ。この学院を設立し、理念を定めたのは偉大なる聖賢帝イディオフィリア様だ。魔を打ち払い、国を取り戻し、この大帝国を築き上げた聖賢帝イディオフィリア様の為されたことに異を唱えるなど、その裔である私に許されることではない。
今更学ぶべきことなどないと退屈な日々を過ごしていた私に転機が訪れたのは最終学年になった日のことだった。その日、私は運命に出会ったのだ。この学院で私は真実の愛を見つけた。
その愛の名はリザリア・フォン・ゴードン。クロンターフの豪商ゴードン男爵の令嬢だ。柔らかな亜麻色の髪、白磁の肌、新緑の瞳、艶やかな薔薇色の唇は甘く瑞々しく、甘く柔らかく包み込み吸い付くような肢体を持つ麗しき乙女。全てがこの高貴なる私の愛を受けるべく形作られたような女、それがリザリアだ。常に私を敬い、案じ、労わり、私の慰めとなる。彼女こそが我が妃に相応しい。
そう、傲慢でふしだらで身分しか誇るもののない押し付けられた婚約者のアレクサンドラなどよりもずっと。
アレクサンドラは国家の重鎮クロンティリス公爵家の令嬢であり、父親は皇帝の信頼厚き名宰相だ。ゆえに己は何も為さず何も成せないにも係わらず、傲慢で我が儘で尊大だ。我が寵愛を受けるリザリアを妬み嫉み、身分の劣るリザリアを虐げる。健気なリザリアはそれに耐え、ただ私の褥でそっと涙を零すだけだ。
だが、それも明日で全てが終わる。全ての手筈は整った。後は傲慢な婚約者の罪を衆目の許に曝し暴くだけだ。それで解決する。
明日、学院の卒業記念舞踏会にて、私はアレクサンドラを裁き、婚約を破棄するのだ。