「妃殿下、お時間でございます」
「ええ、判ったわ。すぐに参ります」
わたくし付きの女官が次の執務の時間が来たことを知らせに参りました。忙しい執務の合間の休憩時間。愛する夫と子供たちとのティーブレイクも終わりです。
「かあたま、おちごと?」
「かーたま」
愛らしい舌ったらずな幼い声は第一王女と第一王子。夫によく似た姫とわたくしと似た王子は寂しそうにわたくしを見つめます。
「二人とも父様がいるだろう? 父様だけではダメかい?」
そんな子供たちを夫──国王となったリチャード様が抱き上げ頬擦りなさいますと、子供たちはキャッキャと嬉しそうに笑いますの。
「では、行ってまいりますわね」
「ああ。──しかし、彼女は見事に化けたね」
先に執務室へと戻っていった女官の背を見ながら陛下は仰います。ええ、本当に彼女は見事に変わりました。その働きは素晴らしく、あと五年ほど経験を積めば叙爵してもよいのではないかという話も出ております。
本当に彼女は──メアリーは頑張りましたわ。
「ええ、本当に。けれどあれが彼女の本質だったのですわ、きっと」
「我が妻は慧眼だったんだね」
相変わらずわたくしに甘いリチャード様は何でもわたくしの手柄にしてしまいます。もう、恥ずかしいですわ。
「わたくしは始まりに手を貸しただけですわ。それに彼女はここで終わるような人ではございませんわ」
学院を卒業して五年が経っております。卒業後わたくしはすぐにリチャード様に嫁ぎ、翌年には第一王女が生まれました。その二年後第一王子が生まれたのを機に譲位があり、リチャード様は国王に、わたくしは王妃になりました。
姫が生まれた年にメアリーは女官として王宮に出仕し、それからメキメキと頭角を現し、わずか4年でわたくしの片腕と認識されるまでに至りましたの。
公爵邸に招いて話をした翌日にはメアリーは態度を改め、フィーバー夫人の課外授業を受けるようになりました。殿方とも適切な距離を置き、取り巻きたちにこれまでのような付き合いは出来ない旨を説明しました。簡単には納得しない者も当然ながらいたようですが、メアリーの態度が改まったことでやがて彼らも諦めたようです。
そうして彼女は見違えるほどの淑女となり、学業も上位に入る優秀な成績で卒業いたしました。その結果無事に男爵との養子縁組が行われ正式に男爵家の令嬢として貴族の一員となったのです。
今現在はわたくしの信頼する女官として宮廷の文官や貴族からも一目置かれるようになりました。どうやら文官の一人と穏やかながらも好意を寄せあう関係となっているようです。
学院時代にメアリーと親密だった殿方もそれぞれに己の道を歩んでおります。
エドワードは婚約者と無事結婚いたしました。メアリーとの関係がなくなった後は別の複数の女性と浮名を流しておりましたが、結婚後はピタリとそれがなくなり、奥様一筋に穏やかな家族の親愛を向けているようです。尻に敷かれているとも聞きますけれど。
トマスは学院時代に婚約が解消されておりましたので、平民となり、一兵卒として国軍に入隊いたしました。騎士団に入れなかったのは、学院時代の行いのせいだと聞いています。婚約者を蔑ろにしていた行為が『騎士にあるまじき行為』であるとして彼の父君が騎士団入団を認めなかったそうです。わたくしが知るのはそこまでで、今どうしているのかは存じません。
ヘンリーは卒業後王宮の文官試験を受けたものの合格できず、今は領地の下級役人をしているそうです。学院での婚約者に対する対応が不味く、婚約解消されておりましたから、身分は平民となっています。
二人の婚約者だった令嬢は婚約解消後新たな婚約を結び、現在はその方とご結婚、それなりの家庭を築いておられます。
メアリーとの関係の中でどう婚約者に対応したかで明暗が分かれた結果となりました。誠実(と言ってもいいかどうかは激しく悩ましいのですが)な対応を取ったエドワードは当初の予定通り、婿養子となり侯爵家の次期当主となりました。婚約者に不誠実で愚かな対応をした二人は平民となり、当初の予測よりも厳しい環境に置かれることとなりました。
メアリーは『私が引っ掻き回したから』と責任を感じておりましたが、そこは当事者の一人であるエドワードから『自己責任だ。貴族として男として彼らが愚かだっただけだ』と説得され、必要以上に気に病むことはしなかったようです。それでも過去の自分の行いを悔い、己の行動を律するようになりました。なお、現在エドワードとメアリーはきちんと貴族としての適切な距離を保った交流をしております。
それぞれの行く末に思うところはあるものの、貴族として人としてそれぞれの責任において行動した結果が現在です。責任を果たさず身勝手な振舞いをした者にはそれに相応しい処遇が与えれたにすぎませんわ。
己の過ちを知り、反省し、改め、努力をしたメアリーはそれに見合う成果を得ただけのこと。
そう、それだけなのですわ。