飽くまでもメアリーがここがゲームの世界で自分はヒロインだからハッピーエンドを迎えるのだと信じているのならば、ゲーム終了後の予測される未来を突きつけて差し上げましょう。そう、先ほど思い至ったハッピーエンドであっても訪れるであろう厳しい現実の予測ですわ。
「ねぇ、メアリーさん。ゲームではハッピーエンド後の生活について何か言及はあったかしら?」
わたくしの問いにメアリーは不思議な顔をします。
「ゲームのラストスチルはヒロインを攻略対象が包み込むように抱きしめ、ヒロインは恥ずかしそうに微笑んでいるだけ。周囲で祝福しているモブの姿はありませんでしたわね。そして、ナレーションは『幾多の障害を乗り越えたメアリーは〇〇との幸福な未来へと想いを馳せるのだった』というだけでしたわ」
そう、未来がどうなったかの言及はございませんでした。誰のルートであってもスチルの構図とナレーションは同じでございました。バッドエンドはそれぞれスチルも違いあれこれと趣向を凝らしておりましたのに、ハッピーエンドは手抜き仕様でしたわ。
「ゲームではヒロインはその後王太子妃になったとも公爵夫人になったとも、攻略対象と結婚したとも言及されておりませんのよ」
そう告げたわたくしの言葉にメアリーはハッとしたように顔色を変えました。ハッピーエンド後のことなど考えてもいなかったのでしょうね。甘いですわよ。
「ねぇ、メアリーさん。たとえここがゲームの世界であったとしても、ハッピーエンドを迎えて終わりではございませんわよ、恐らく。あなたがゲーム開始と同時に今のあなたになったのであれば、可能性はあったと思いますの。ハッピーエンドを迎えたことによって時が巻き戻りニューゲームになったかもしれません」
或いは魂が元の世界に戻り、前世の続きの人生に戻ったかもしれません。彼女が死亡し生まれ変わったと決まったわけではございませんしね。
「ですが、あなたはゲーム開始前から今のあなただったのでしょう? であれば、ハッピーエンドを迎えた後もそのままあなたはメアリーの人生が継続こととなりましょう。ですが、相当厳しい人生が待っておりますのよ」
「……どういうことよ。相思相愛のキャラと結婚して幸せになるに決まってるでしょ」
やはり貴族の常識もルールも暗黙の了解も何もご存じありませんのね。では各攻略対象の予想されるハッピーエンド後について説明して差し上げます。
「ハッピーエンド後、パーティが終わった後、攻略対象は各家の騎士や従者に半ば拘束され実家での事情聴取を受けることになりましょうね」
「なんでそうなるのよ!」
常識の欠如は深刻ですわね。このままだと女官にするのは諦めなくてはなりません。でも、可能性に賭けますわ。魑魅魍魎渦巻く王宮で信頼できる片腕は必要ですもの。侍女は我が家から腹心を連れてまいりますけれど、侍女は飽くまでも私的な使用人になりますから、公の場でのサポートは出来ません。ですから公の場での片腕となりうる女官が必要なのですわ。
「卒業記念謝恩会という半ば公の場を私的な婚約破棄と断罪茶番で乱すのですもの。咎められて当然ですわ。それに攻略対象全員の婚約は政略。つまり、家と家との契約ですの。当事者とはいえ当主ではない者にそれを解消・破棄する権限はございませんのよ」
全員政略結婚ですもの。殿下とわたくしは相思相愛とは申せ、政略であることに変わりはございませんし。互いの家と家を結び付け何からの利を得るための政略でございます。そこに個人の好悪は関係ございませんわ。ですから、勝手な婚約破棄など家の利益を損なうとして勘当或いは幽閉されても仕方のない案件です。
「貴族の婚姻は恋愛などの個人的な感情に基づくものではありませんのよ。領民のため、家のため、或いは国家のお役に立つために結びつくものです。それを個人の感情だけで破棄しようなど、貴族としての責務を放棄したと判断されても当然ですわ」
わたくしの言葉をメアリーは信じられないというような表情で聞いています。確かに恋愛結婚が主流の二十一世紀からの転生であればそう感じるのも無理はございません。
ですが、二十一世紀の日本であっても政治家や企業トップの婚姻は政略であることも少なくはございませんのに。閨閥というのは中々に侮れない重要な結びつきですもの。
「おそらくゲーム終了後、ヒロインと攻略対象は引き離されます。ヒロインは実家に連れ戻され、領地に閉じ込められるか、男爵家の利になる裕福な商家などに強制的に嫁がされるでしょうね。正妻であれば幸福でしょうけれど、恐らくは愛人。年の離れた相手であれば後妻の可能性もありますわ」
はっきり申せばヒロインは好色な老人や問題ありの変態の資産家に売られる、ということですわね。
「なんでそう断言できるのよ」
「出来ますわよ。だって、男爵家には慰謝料請求がありますもの。攻略対象の婚約者からのね」
「それは悪役令嬢がヒロインを苛めるからでしょ! 自業自得じゃない!」
ええ、二十一世紀日本であればそうでしょう。けれど、ここは封建社会です。貴族の身分制度がきっちりとした世界ではそれは通用しませんのよ。
男爵家の庶子、つまり平民を上位貴族(婚約者たちは皆様伯爵家以上の出自です)が苛めたとしても問題にはなりません。児戯に等しい些細な嫌がらせですから、誰も咎めようとは思わないでしょう。そもそも婚約者のいる攻略対象に粉をかけたヒロインと浮気して婚約者を蔑ろにした攻略対象が悪いのですもの。ですから、ヒロインは婚約破棄において有責であり、慰謝料もしくは損害賠償請求は当然でしょう。
そしてその費用を捻出するために男爵家は元凶であるヒロインを売ることを躊躇わないでしょう。ヒロインは跡継ぎでもなんでもありませんから。