「どういうこと?」
メアリーはきょとんとした顔でわたくしを見上げます。こんな表情をすると可愛らしいですわね。変に殿方に媚びたり女性を見下したりなさらなければとても愛らしいのに勿体ない。
「あなたには貴族としての常識がなさすぎます。まぁ、正式にはまだ貴族ではございませんけれどね。男爵の実子とはいえ婚外子ですから、あなたは平民ですの。貴族としてのマナーを学んで学院を卒業したら養子縁組をして貴族に迎え入れることになっているそうですわよ」
お庭番情報ですわ。尤もメアリーにもそれは入学前に説明されているはずですけれど、覚えていないようですわね。
「けれど、今のままの行いであれば、卒業と同時に家を出されて平民として生きていくことになりましょうね」
お庭番情報その二ですわ。これも執事から言われているようですが、脅し文句と思っているのかメアリーは気にも留めていなかったようです。
「どうしたらいいの……? 折角貴族になって贅沢な生活が出来るようになったのに、今更平民なんて嫌よ」
実はメアリーはかなりの平民嫌いです。環境が悪かったというか、母親が悪かったというか。母親が貴族の愛人であることと己の美しさを鼻にかけ傲慢に振舞っていたせいか、母親はご近所の嫌われ者だったそうですの。その結果、娘であるメアリーも積極的な苛めはなかったものの、コミュニティから排除されていたようです。これは同情できる部分ですわね。
尤も、彼女は『やっぱりヒロインは苛められるのね』とポジティブに捉えていたようですけれど。
「わたくし、あなたのことある意味買っておりますのよ。そのバイタリティや目端の利くところも演技力も。常識と礼儀とマナーを身に着ければ充分に社交界を渡っていけると思いますの。教養もつければ王宮女官の道もありますわ。あなたの頑張りしだいでは王妃付き筆頭女官なんてことも不可能ではございませんわね」
この一年余り彼女を見てまいりましたわ。そしてある意味感心いたしましたの。その諦めの悪さにも執念にもバイタリティにも。
更に自分を良く見せて人を貶める手腕、噂を利用する手管も中々のものでしたわ。現状殿方にしか効果がありませんけれど、それは女性の好感度が低く彼女の全てを疑うという下地があったせいでもあります。
学院の成績は中の下と芳しくございませんけれど、地頭は悪くなさそうですし、やる気さえあれば化けると思いますの。
彼女の強かさは、現状に甘んじている砂糖菓子のように甘ったるい下位貴族の令嬢や裕福な商家の令嬢よりもずっと頼りになるものだと確信しております。何も脳内お花畑なのはヒロインだけではありませんの。国政や領政に関わらない貴族の令嬢は甘ったるい考えのお花畑が多いのですわ。上位貴族ほどある意味冷徹冷酷でございますわね。
それに何より、彼女はわたくしと同じ前世の世界を知っております。この世界に比べれば優れた社会制度を知っています。知識ではなく常識として。であれば、これまでこの世界にいた転生者と同様、この国をより良くしていくための良き相談相手となってくれるのではないかと期待しているのです。
そう、彼女にはいずれ王妃となるわたくしの筆頭女官という片腕になってほしいと期待しているのです。
「王妃付き筆頭女官……?」
思ってもみなかったことを言われたメアリーは呆然としております。無理もありませんわね。今までメアリーは攻略対象とのハッピーエンドによる贅沢が出来る結婚生活を夢見ていたのですもの。尤も誰と結ばれてもそんな生活は出来ないのですけれど。
だって、殿下・お兄様とは家格が違いすぎて正妻にはなれません。一応一夫一婦制ですから、側妃や側室、第二夫人は認められておりませんから、愛人となるしかございませんもの。エドワードも婿養子予定が婚約破棄すれば精々侯爵家が持つ男爵位を譲られて小さな領地を任されるか、騎士となって身を立てるしかございません。トマスとヘンリーに至っては婿入りがなくなれば確実に平民です。彼らの能力では自力で騎士団入りや文官となることは困難ですから、生活にも困りますわ。
あら? ゲームでは卒業式で結ばれ祝福されてハッピーエンドでございますけれど、その後の生活は決して甘い新婚生活とは行きませんわね。ゲームが終われば現実が待っていますから、ゲームのままのお花畑では現実に負けて早々に破局する未来しか見えませんわ。これも説得材料になりそうですわね。
「ええ、筆頭女官ともなればその格式は伯爵位相当ですわ。実際に優れた女官は一代限りとはいえ伯爵位を授けられることもございますもの。そうなれば、公爵家とも縁を結ぶことも可能となりますわね」
例えばうちの弟たちとか。弟たちはそれぞれ分家を立ち上げ我が家が持つ伯爵位または子爵位を授けられ、小さいながらも領地を持つことになりますの。広大な公爵領を治めるには本家の公爵家だけでは目の届かないところもございますからね。分家がある程度の領地を治め、それを監督するのが本家の役割ですわ。
「そうなの……? でも、やっぱり、信じられない……。ここがゲームじゃないなんて。同じ世界なんだよ? わたしのための……」
信じたくないのでしょうね。ずっとこれまでこの世界は自分が主人公の、自分にとって都合のいい、自分が幸せになるための世界だと思い込んでいたのですもの。
ですが、いい加減現実を見なさい、メアリー。いいえ、更に現実を突きつけて差し上げますわ。