ヒロインvs悪役令嬢

 さて、話は物語冒頭の場面に戻ります。あら、またメタ発言してしまいましたわ。

「うるさいわね。いいからさっさと用件を言いなさいよ。あんたも転生者なんでしょ?」

 自称ヒロインであるメアリーを我が家へ招き、じっくりとお話をしようと思いましたが、メアリーは初めから喧嘩腰でございます。男爵家の教育係や使用人に同情が禁じえませんわ。全く教育が実を結んでおりませんもの。

 この方の前世、社会人経験がないのではないかしら。学生だったのか、就職せずにニートだったのか、就職せずに専業主婦・主夫になったのか。狭いコミュニティでしか過ごしたことがないような感じがいたします。自分の思い通りになって当然と申しましょうか。

 それが前世からの性格なのか、ここが『自分がヒロインの乙女ゲームの世界』と思っているからなのか、判りませんけれど。

「メアリーさん、郷に入っては郷に従えと申しますでしょう。身分制度というものをいい加減理解なさいませ。あなたがいつから前世の記憶をお持ちかは存じませんけれど、少なくとも十六年、この世界で生きてきたのでしょう?」

 今更わたくしに前世の記憶があることも彼女がそうだと確信していることも隠しません。隠していては話が進みませんもの。

 先ずはここが乙女ゲームの世界ではなく、現実だと理解していただきたいですわね。だからこの世界で生きてきたのでしょうと尋ねます。

「関係ないわよ、そんなこと。ずっとゲームが始まるのを待ってたんだもの。男爵に引き取られるまでスキップも出来なくて面倒だったわ」

 どうやら前世を思い出したのは比較的早い時期のようですわね。男爵家に引き取られる前には思い出していたし、それなりに長い時間が経っているようです。

 ですが、それならば生活していく中でここがゲームではないと気づきそうなものですのに。

 因みに男爵に引き取られる前のメアリーが貧しくて苦労していたというようなことはございません。メアリーの母は男爵から充分に贅沢に暮らせるだけの支援を受けていたそうですから。男爵の正妻が亡くなったから愛人と再婚したということらしいです。喪が明けてからの再婚ですから一年以上の時間があったはずですのに、男爵はそこで娘への貴族教育はしなかったようですわね。

「あなたはご自分が『キラ恋』のヒロインだと仰るのね?」

「そうよ! あんた、やっぱり転生者ね! だからシナリオ通りに動かなかったんだ! おかしいと思ったのよ、リックもマットも全然靡かないし、悪役令嬢たちは行動しないし!」

 ゲームの話を振ればすぐに反応しますが、返答は予想通りのものでございますわね。

「何故シナリオ通りに動かなくてはならないの? 破滅することが判っているならそれを避けるのは当然ではなくて?」

 わたくしにしろ殿下やお兄様にしろ、皆自分の意思があり、生きているのですもの。破滅する未来が判っているならばそれを避けるように動くのは当然です。何故、ヒロインのために動かなくてはならないのでしょうね。ここはゲームではないのに。

「ここはゲームよ! 私がヒロインなの! 私が幸せになるために動くのは当たり前でしょう!」

 いちいち怒鳴らなければ話せないのかしら。耳がおかしくなってしまいそうですわ。

「この世界がゲームだとおっしゃるなら、リセットなさればいいではありませんか。ゲームは攻略失敗すればリセットしてやり直すでしょう?」

「リセットボタンがないんだもん!」

「ええ、そうでしょうね。リセットボタンもセーブボタンもない。好感度も見えないのではなくて? あなたのパラメーターも見えないでしょうし」

 ゲームであれば、攻略対象との好感度もヒロインのステータスも画面上で確認できます。けれど、現実にはそんなものないはずですわ。プレイヤーキャラクターではないわたくしたちにはそもそもそんなものありませんから、確かめようはございませんけれど。

「そうよ……。全部ないから苦労してるんじゃない!」

 ムッとしたように怒鳴るメアリー。そんなに声を張り上げて喉を傷めたりなさらないかしら。

「当たり前でしょう。ここは現実なのですもの。ゲームではないのだから、セーブもリセットも出来なければ好感度の確認も出来ない。そしてシナリオなんてものもございませんのよ」

「は?」

 何を言うんだこの女は、といった表情でメアリーはわたくしを睨みます。あらあら、エドワードたちに見せている表情とは全くの別物ですわね。随分大きな猫を被っていらっしゃるようですわ。ええ、やはりこのまま破滅させてしまうには勿体ないかもしれませんわ。

「ゲームの攻略対象と皆さん性格が違うでしょう? 悪役令嬢と呼ばれる婚約者の皆様も態度が違っておりますでしょう? ゲームであればニコポであっさり落ちる殿下があなたをスルーなさっているのも有り得ないのでしょう? 何故それを疑問に思われませんの。どうしてお気づきにならないのかしら。ここはゲームと似た別世界の現実だということに」

 ゲームとの違いを伝えます。ゲームにも登場していた皆様、わたくしも含めて性格が違いますもの。

 殿下は穏やかで寛容なお人柄ですし、お兄様はマーガレットお義姉様とわたくしを溺愛なさっています。エドワードは女性不信ではなく純然たる遊び人ですし、トマスはゲーム以上の考えなしの脳筋、ヘンリーはネガティブで人への妬心が強い性格です。

 婚約者の令嬢方もゲームのように婚約者に固執することなく貴族としての責任を弁えて冷静に対応なさっています。