正式に婚約を了承するために国王陛下のもとを訪れたとき、わたくしは前世の記憶についてお話し申し上げました。
本来であればこの場には子供のわたくしは同席しないはずでございました。けれど、大切な話があるからと強く願って国王陛下と王妃殿下、殿下、両親、お兄様にもご同席していただきました。
「今から申し上げることは荒唐無稽な夢物語と思われるかもしれませんが、少なくともわたくしの中では真実であり事実でございます」
わたくしはそう話を切り出しました。
わたくしにはここではない世界で生きていた記憶があること。それはここよりもずっと技術の進んだ、身分制度のない社会であったこと。貴族はおらず、皆平民であること。ゆえに平民という言葉自体が物語の中でしか使われないような概念となっていること。この世界の平均的な下位貴族程度の生活を皆が送っていること。そして、豊かな社会であるがゆえに物語や遊戯が豊富で、誰にでも触れられること。
「その遊戯の中に『乙女ゲーム』というものがございます。主人公となる少女が複数の貴公子と恋愛し、障害を乗り越え、真実の愛によって結ばれる、そういったものでございます。基本的に複数の男性の中から一人を選び恋愛関係を結びますが、稀に逆ハーレムという全ての男性と結ばれる結末もございます」
乙女ゲームの説明を始めますと、妃殿下とお母様が眉を顰めました。逆ハーレムの説明のところで。さもありなん、でございますわ。この世界の貴族女性は貞節を尊ばれるのですもの。
「ブランシュ嬢よ、そのような説明をするということは、この国がその乙女げぇむとやらの舞台となっているということか?」
国王陛下がお尋ねになります。陛下は流石はリチャード殿下のお父君といった美しく精悍な殿方でいらっしゃいます。勿論お父様も美形でいらっしゃいますわよ!
「左様でございます、陛下。物語はわたくしたちが学院に入学する十五歳から始まります」
わたくしは説明を続けました。
ヒロインが誰なのか、攻略対象となるのが誰なのか。殿下とお兄様はご自分が攻略対象であることに驚いておられました。お顔には特大の毛筆草書体で不愉快と書かれておりましたわね。
ヒロインが攻略することによって起こる、貴族では有り得ない様々な出来事。わたくしが殿下のルートでは悪役となり、児戯に等しい苛めを行い、結果婚約破棄され断罪され、修道院送りになり野盗に殺されること。流石に野盗が殿下やお兄様を含む攻略対象らしいことは申しませんでしたけれど。
「そして、卒業を以って物語は終わります。大体は主人公と攻略対象が寄り添い『こうして二人はあまたの障害を乗り越えて結ばれたのでした』というメッセージで終わります。その後については描かれておりません」
そうしてわたくしは説明を締めくくりました。
正直に申せば、態々陛下方にお話しする必要はないと思っていたのです。わたくしが断罪処罰されるのを防げばよいと。わたくし以外の悪役令嬢は婚約破棄はされるものの処罰は受けませんし。わたくしの場合は次期王妃が行なったこととしてより厳しくなっているのですわ。
けれど、ハッピーエンドの後は何も描かれておりません。そこが問題なのです。
「ブラン、その物語の私はあなたを捨てるのですか……有り得ない。そもそも何故浮気をした私が偉そうにしているのです! しかも未来の王妃を傷つけたとは! 男爵家の娘、しかも庶子が王妃など有り得ないし、婚約破棄を告げていても手続きが終わっていなければ次期王妃はブランでしょう? 次期王妃を貶めているのは男爵家の娘と私とマシューと取り巻きではないですか!」
「殿下、ゲームのマシューと言ってください! 私が可愛いブランを貶めるなんて有り得ません!」
「それなら私だってそうだよ! 最愛のブランがいるのに何で脳足りんの破壊主義者予備軍と恋愛しなきゃいけないんだ!」
「落ち着けお前ら」
混乱して騒ぐ殿下とお兄様を呆れたように陛下が宥められます。殿下とお兄様のお言葉が嬉しくてにやけてしまいそうな顔を何とか引き締めました。
「ブランシュ嬢、ゲームではその後は全く描かれぬのだな? 王太子が男爵の庶子と結ばれたあとのことは。王妃になったとも側室になったとも、愛妾になったとも」
「左様でございます、陛下。想いが結ばれ障害がなくなったところで終わりでございます」
でも、現実にはそうは参りませんよね。
「もし仮にそんな状況になったら、五公爵家は王太子を見捨てますね。マシューを廃嫡してケヴィンを後嗣にします」
お父様が冷静に仰います。そういえばゲームではレノックス公爵家の子供はお兄様とわたくしだけでしたわね。
「現実に起これば政治は混乱するな。男爵の庶子の王妃など誰も認めん。第二王子はまだ幼いしな。レノックスをはじめとした上位貴族は王家から距離を置くであろうし」
第二王子殿下はまだ乳飲み子でいらっしゃいますもの。ゲーム終了時でもまだ八歳と幼くていらっしゃいます。混乱は必至ですわね。
そう、この懸念があるからゲームのことを申し上げたのです。