婚約

 王子に教育係がついたころ、わたくしは王子と出会いました。

 これもゲームとは違います。ゲームでは十歳で婚約者と決まったときに初めて出会います。この国では九歳以下の子供は一切社交をいたしませんから、親戚とか親同士が仲が良いとかでない限りは子供同士が知り合う機会はないのです。

 けれど、ここでもわたくし頑張りましたの。出会いを前倒しして、互いに知り合ったうえでの婚約を目論んだのですわ。

 先ずは両親に相談いたしました。いずれ国王となるであろう王子とそれを支える公爵家の子供が早いうちから交流し、信頼関係を築いていく意義を説いて。お父様もお母様も何か思うところがあったのか、その提案を上奏してくださいました。

 そして、お父様の上奏からほどなく、王妃殿下主催で王子と公爵家の子供のためのお茶会が開かれましたわ。これも五歳のときですわね。

 招かれたのは筆頭公爵家であるレノックス公爵家の長男マシュー(七歳)・長女ブランシュ(五歳)・次男ケヴィン(4歳)・三男ジェフリー(3歳)、王妃殿下のご実家であるエンセスター公爵家の長男チャールズ様(八歳)・長女エリザベス様(五歳)、ディセント公爵家の長男ブライアン様(六歳)・次男ジェームズ様(4歳)。ティザン公爵家の長男ニコラス様(3歳)、シーカー公爵家の長男ラルフ様(五歳)、そしてリチャード王子殿下(五歳)。

 あ、流石に四男マイク(二歳)と五男ポール(一歳)はご遠慮させていただきましたわ。

 最年長が八歳で最年少が3歳という子供集団は最初は身分を気にしておりましたが、時間が経てば気にならなくなるもの。最終的には年長の二人が監督役となりつつも庭を駆け回って遊んでしまいましたわ。

 そんな中でわたくしは下の兄弟が多いこともあってお世話係のようになってしまいましたわね。殿下は自分よりも幼い子供たちに興味津々で、幼い彼らの相手をするわたくしにもあれこれと話しかけてくださり、すっかり仲良くなってしまいましたの。嬉しい誤算でしたわ。

 因みに年長の二人は他の六歳児と五歳児に振り回されて走り回っておられました。

 そんな出会いから始まって、殿下とは月に一回のお茶会の他、それぞれの屋敷で交流会という名の遊びをすることもあって週に一回はお会いするようになりました。

 それに殿下からはたびたびお手紙もいただきました。遊んだ翌日には殿下からのお手紙が届くのです。その日の夜に書かれているのか朝一番で。

 エリザベス様に伺うと他の方のところにはお手紙は王宮でのお茶会の後だけとのことでした。そういえばお兄様や弟たちのところにもお手紙は月に一度でしたわね。

「ブランは殿下に愛されてるわねー」

 なんて、ニヤニヤと公爵家令嬢らしくない笑みでリズには散々に揶揄われてしまいました。リズは殿下とは従兄妹の関係に当たりますから、色々と相談を受けていたそうです。そう、わたくしへ贈るお花や小物について。

 そうして、そろそろ婚約者を決めようという時期。殿下は我が家へとおいでになりました。そして二人で庭を散策しているときに仰ったのです。

「父上からあなたを婚約者にすると言われました。とても嬉しかった。でも、僕は王命だからあなたを妻にするのではありません。ブランシュ嬢、あなたが好きです。だから、僕のお嫁さんになってください」

 少し頬を染めながら、真剣な表情で殿下はわたくしをまっすぐに見つめ求婚してくださいました。殿下の熱い眼差しにわたくしは頬が紅潮するのを自覚いたしました。

 勿論、答えはYES一択でございました。王命ゆえではなく、心からお慕いしておりましたもの。ゲームとか攻略対象とか関係なく、目の前にいるリチャード様のことをお慕いしておりました。

 嬉しくて泣いてしまったわたくしに殿下は慌ててオロオロとしておられました。それを見た弟たちが『姉上を泣かせるなー』と殿下に突撃したり、こっそり見ていたらしい兄や幼馴染(他の4家の公爵家の子供たち)に揶揄われつつ祝福されたりと、求婚の余韻もどこへやら大騒ぎとなってしまったのでございます。

 今でも心に残る大切な宝物想い出でございますわね。

 こうしてゲームと同じ十歳のときにわたくしは殿下の婚約者となりました。けれどゲームとは違ってわたくしたちは相思相愛での婚約でございます。勿論、政略の意図もございますけれど。

 それからは王妃教育を受けつつ、殿下とも交流し、お互いに厳しい教育の愚痴や弱音を言い合い、励まし合い、妙な劣等感を抱くこともなく過ごしました。時にはお忍びで城下にデートに出かけて叱られたり、時には喧嘩をして泣いたり怒ったり謝ったり拗ねたりしながら、仲睦まじくラブラブな婚約者として時を重ねてまいったのでございます。