転生者

 いつのころからか、わたくしには前世とやらの記憶がございました。

 パーソナルデータはほぼ覚えておりません。女で少なくとも社会人でオタクだったという程度です。何が原因で死んだのかも覚えておりませんが、恐らく三十代のうちに死んだと思われます。未婚だった気がいたしますわね。

 けれど、重要なこと──今世を生きていくためには大きなアドバンテージとなることは覚えておりました。寧ろそれが記憶の殆どでございましたわね。

 生まれ育ったここが熱中してプレイしていた乙女ゲームの世界であること。そしてわたくしが攻略対象者の一人である王太子の婚約者であり、彼のルートの『悪役令嬢』であること。彼のルートのハッピーエンドではわたくしは修道院送りになるということ。

 ゲームで断罪される際の罪の内容から言えば、修道院送りでも厳しいものですわ。罪と言えるほどのものでもございませんし。けれど他のゲームのように国外追放や処刑にならないだけマシというものでしょうか。

 そもそもたとえ王太子であろうとも貴族を勝手に裁く権利などはございませんし、そんな処分を下すことは出来ません。やってしまえば国王の権限を侵したとして彼らのほうが処罰対象となりますもの。

 ですからわたくしの処分も『己の罪を反省するためにも修道院にでもいくがよい』という、飽くまでも提案でございました。それを実家の両親が受け入れて修道院送り。

 この系統の乙女ゲームにしては中々に真っ当な処分と言えるでしょうか。まぁ、本来であれば男爵令嬢ヒロインを苛めた程度で公爵令嬢わたくしが処罰を受けるということ自体が有り得ないのですけれど。

 尤も、処分としては比較的真っ当だとしても、エンドとしてはかなりきついものでございました。何しろ修道院へ向かう途中で襲撃され、殺されてしまうのですから。

 犯人は野盗ということになっておりました。ですが、スチルから得られる情報によって、あれは野盗に身を窶した攻略対象者たちだともいわれております。フードからこぼれる髪の色と襲撃者五人の体格と身長差から、SNSでも『あれは攻略キャラたちだよね』と話題になっておりましたし。

 ですから、断罪されるのは避けなければなりません。修道院送りならまだしも、殺されるのは御免ですわ。

 わたくしとしてもそもそも苛めをする気はございません。貴族らしからぬ行動が目に余れば何らかの注意は致しますけれど、本人に直接ではなく、彼女の監督者(教師や家族)を通して苦言を呈しますわ。

 それに、本当に彼女を責めるとしたら、あんなに生ぬるい幼稚な嫌がらせは致しません。やるなら貴族らしく家の力を使ってヒロインの実家ごと責めを負わせます。つまり、男爵家を潰します。

 と申しますか、公爵家長女の婚約者に粉をかけた時点で公爵家の怒りを買って潰されても文句は言えませんし、それを非難されることもございません。しかも国家の契約である王太子との婚約ですから、目に余れば王家が動きますわ。

 それでも、創作物によくあるように、乙女ゲームの強制力が働いてヒロインに都合のいい展開になることも有り得ます。ですから過剰に王家に期待することもやめておきましょう。

 そこでまずはゲーム開始時までに別物となっているように動くことにいたしました。とはいえ、実家の身分やらなにやらで中々に難しゅうございました。

 別物にするのであれば、自分が婚約者にならないことや、いっそ他国に出るですとか、どこかに養子に行くですとか、そういったことが必要でしょうけれど、そのどれもが不可能でございました。

 実家は筆頭公爵家でございます。年齢の近い上位貴族の令嬢で王太子の婚約者になれるのはわたくしだけでございましたの。

 五つの公爵家のうち娘がいるのは我が家を含めて二家だけ。しかももう一家は現王妃殿下のご実家でございますから、一つの公爵家に偏るのは宜しくございません。必然的にわたくしが婚約者となるのです。

 そもそも、王家と縁組が出来るのは他国の王族か公爵家だけ。公爵家は元々王家の分家でございますからね。百歩譲って3代以内に降嫁のあった侯爵家ですわね。ラノベのように伯爵家以下から王妃となるのはよほどのことがない限りあり得ないことなのです。

 愛妾ならまだしも、王妃は他国の王族か公爵家。これが我が国の決まりでございます。法律にも定められております。公爵家分家の伯爵家であれば、本家の養子となることで王妃となれますけれど、それも歓迎はされません。それ以下の爵位や分家でない伯爵家以下は養子となっても王妃にはなれません。身分(爵位)というよりは血筋が重要視されるのですわ。

 なお、他国もほぼ同様で、伯爵家以下の王妃がいる国はどこにもございません。ましてや男爵家の庶子が王太子の婚約者になるなどということは乙女ゲームやラノベでしか有り得ないのです。たとえ、その令嬢がどんなに優秀な人格者だったとしても。

 ですので、ゲームと別物にすることは諦め、少しでも状況をゲーム開始時とは異なるものとなるように奮闘いたしました。

 特に、婚約者である王太子殿下との関係性において頑張りましたのよ。