「お嬢様、お客様がお見えになりました」
執事がわたくしを呼びに参りました。彼女は時間通りに訪れたようですわ。
彼女が来るかどうかはある意味賭けでございました。だって彼女にとってわたくしは恋敵であり悪役ですもの。
尤も、最下級の貴族である男爵家の娘が筆頭公爵家の娘であるわたくしの招待を断ることなど出来ませんでしょうけれど。
だから招待状には公爵家の封蝋は使いませんでした。公爵家からの招待ではなくわたくし個人からの招待。断ることも出来るようにしておきました。
けれど、彼女が断ることはないだろうとも確信しておりました。彼女が求める答えをわたくしが持っていることを示しておきましたたから。
そう、招待状に
執事に先導されて向かった応接室、執事が開けた扉の先には彼女がソファーに座っていました。出されていた紅茶を飲み、カップを手にこちらを見ます。
……貴族として以前に招待された客として有り得ない態度です。きっと彼女は前世も社会人経験がないのでしょう。
「お待たせいたしましたわね、ダドリーさん」
穏やかに微笑んで告げます。それにムッとしたかのように彼女はカチャンと音を立ててカップを置きました。繊細な陶磁器ですのに、欠けや罅がなければ良いのですが。
「……ご招待ありがとう、ブランシュ」
立ち上がりもせずに、睨みつけるような目で言う彼女に、使用人たち──案内してきた執事、わたくしに付き従っている侍女、給仕係のメイド──が剣呑な空気をまといます。尤も表情や態度には出しませんけれど。出すようでは使用人として失格ですもの。
使用人たちがそうなってしまうのも仕方ありませんわね。下位貴族の男爵家の娘が公爵家の令嬢に向かって敬語も使わず、立ち上がりもせず、頭も下げず、剰えファーストネームを呼び捨てにしたのですもの。不敬罪を適用して牢に入れるほどの無礼ですわ。ですが、ここは学院の同級生として咎めだてはせずにおいて差し上げましょう。
わたくしは彼女の無礼を咎めることなく、使用人たちに合図して二人になります。彼らは渋ることなく引き下がり部屋を出ました。隣の控室や天井裏には護衛が潜んでいるのでしょうけれど。
「で、何の用よ」
「本当に貴族でいらっしゃるの、モーティマー男爵家のメアリーさん」
彼女はモーティマー男爵家の庶子であるメアリー・ダドリー。庶子ですので正確には貴族ではありませんけれど、彼女は自分が貴族令嬢だと思っているからそれに合わせておきます。
「うるさいわね。いいからさっさと用件を言いなさいよ。あんたも転生者なんでしょ?」
イライラとしながら言うメアリーさんですが……男爵家に引き取られて、学院に入学して既に一年以上経っているというのに、一向にマナーも貴族の常識も学んでいないですのね。
自分がヒロインだから、この世界は自分のためにある、だから何をしてもどんな態度でもいいとでも思っているのかしら。
それが間違いであることをこれからしっかりと教えて差し上げましょう、お花畑乙女ゲーム脳の自称ヒロインの転生者さん。
ああ、申し遅れました。わたくしも転生者ですわ。
レノックス公爵家長女、ブランシュ・ダグラスと申します。女性向け恋愛シミュレーションゲーム『キラキラな恋をしよう~障害なんて乗り越えてやる~』の悪役令嬢でございます。