第13章 最終召喚者たち

 第3陣のときと同じく一通りの説明を終えて場を解散し、さて血盟居館アジトへ戻ろうとしたところで、デサフィアンテは声をかけられた。

「OKまんじん!」

 久しく聞くことのなかったフレーズに、デサフィアンテはがっくりと膝の力が抜けた。本人曰く『唱えると何故か力が湧き幸せになれる魔法の言葉』だったが、血盟員にとっては脱力してしまう言葉だった。

「兄 ……相変わらずだな」

 その言葉だけで誰がいるのか判る。キャラクター確認なんてしなくても、コイツしかいない。

「ほほほ。さすがですな、鷹絢タカジュン殿! これぞ我らの深い友情の証!」

 振り向いたデサフィアンテの視線の先には、30代半ばほどの男の君主が立っていた。元血盟員でもあるシオちゃん兄だ。通称『兄』。

「こんな状況下でそのフレーズ使える肝の据わった奴なんて、お前くらいしかいないだろ」

 苦笑しながら応じれば、シオちゃん兄は少し笑ったあと、表情を真面目なものに改めた。

「鷹絢殿の仰っておられたことは、俄かには信じがたいことなれど真実ですな? とんでもないことになっておりまするなぁ」

 時代がかった口調はシオちゃん兄のロールプレイだ。それはこの異世界に来ても変わらないらしい。それを続けるだけの胆力にデサフィアンテは感心する。

「ああ、まるで漫画かアニメみたいだろ」

 或いはゲーム。そう言ってデサフィアンテは笑う。

 シオちゃん兄はデサフィアンテの笑顔に安心する。この世界はきちんとした秩序を以って動いているようだ。それはきっとデサフィアンテたちをはじめとした先に召喚されていた君主たちのおかげだろうと、シオちゃん兄は思った。彼らが中心となり、この世界に来てしまった人々をまとめ、過酷であろう状況を乗り越えさせてくれているのだ。

「我ら君主には役目がございましょう。ならば私もクランを創設したほうが都合もよろしいでしょうな」

「だな。強制はできないけど、作って活動してもらえると助かる」

 シオちゃん兄はゲームでは我が侭ばかりの血盟員に嫌気が差して血盟を解散し、その後は血盟を作らずにデサフィアンテの誘いを受けて【硝子の青年】に加入した。とはいえ、彼も『君主』らしい君主だったから、その彼が血盟を作り『モナルキア連盟』に参加してくれるなら心強い。

「承知。ところで、鷹絢殿。うちの愚弟が無礼を働き、まことに申し訳ない」

 突然頭を下げられてデサフィアンテは慌てる。弟は弟、兄は兄。ともに成人している独立した個人なのだから、シオちゃん兄に謝られることではない。

「別に気にしてないよ。やりたいことが違ってるから当然の結果だし」

「それでもあれのやり方は間違っております。あんなにも鷹絢殿に世話になっておきながら、恩を仇で返すようなやり方。あの愚か者はレベルが上がって思い上がってしまったんです」

 シオちゃん兄はシオちゃん卿の実兄だ。シオちゃん兄の紹介でシオちゃん卿は【硝子の青年】に加入したのだ。先に引退していたシオちゃん兄はデサフィアンテの休止や弟が何をしていたかは知らなかった。しかし、数年ぶりにログインし旧知の華水希に合ったときに、デサフィアンテの引退と弟の厨行為を知らされた。弟のせいでデサフィアンテが引退してしまったと知ったときには申し訳なさでいっぱいだった。

「別にあいつのせいで引退したわけじゃないぞ。リアル事情だし。まぁ、兄には悪いけど、正直あいつのキャラ名は見たくねーけどな。我ながらちっちゃいとは思うがな」

 彼らのせいではないけれど、やっぱりムカつくから。誰かにそれを言うのではなく、自分の心の中でこっそりと思っている分にはいいだろうとデサフィアンテは思う。実際のところ、彼らのキャラクターを見るたびに喩えではなく吐き気がしていたこともあって、心配した夏生梨かおりに【フィアナ・クロニクル】をやめよう、せめてサーバーを変えようと言われ(というか懇願され)、引退したのだ。が、そんなことを何の非もないシオちゃん兄に言うつもりはなかった。

「当然ですね。万一あれやあれの関係者がこちらに来てしまっていたとしたら、私が引き取ります。鷹絢殿にはご迷惑はおかけしませんので、ご安心を」

「来てないほうがいいけどね。こんな命がけの世界、誰であっても来てほしくはねーよ」

 今回の召喚でこの世界の人口は1000人に達した。それでもこの第4陣が最終召喚だと確定したことは少しばかりの安堵も齎している。

「ああ、兄。あとで全茶するけど、セネノースの宿屋でプリ会議やるからさ。お前もそれまでにクラン作って参加してくれると嬉しい。色々詳細情報とか、さっきは言ってない勢力関係とか説明するから」

「OKまんじん」

 真面目な表情のまま笑いを仕込むシオちゃん兄に苦笑を漏らし、デサフィアンテは一旦彼と別れた。血盟居館アジトへ戻り状況を把握しなければならない。恐らく今回の召喚に自分の血盟の関係者はいないと思うが。

 血盟居館アジトへと歩いて戻りながら、デサフィアンテは自分をつけている者があることに気づいた。シオちゃん兄と話をしているときから、自分を窺っているその気配には気づいていた。その気配はふたつ。この世界に来てから気配には敏くなっている。これは自分だけではなく皆がそうだ。恐らくモンスターと戦うことによって、そういう現代社会では縁のない感覚も目覚めたのだろう。

 デサフィアンテが歩みを止めると、その気配も足を止める。歩き出すと同じく歩き出す。明らかに自分をつけていることを確信したデサフィアンテは、さっと角を曲がり姿を隠す。気配は慌てたように角へと走ってくる。もっともデサフィアンテはその気配に警戒はしていない。その気配にデサフィアンテへの害意はなく、どちらかというと子犬が尻尾を振りながら付いてきているような感覚だったからだ。

「で、誰?」

 きょろきょろと周囲を見回しているのは1人のナイト。その傍にはエレティクスが苦笑しながら立っている。その2人の背後からデサフィアンテは声をかけた。デサフィアンテを振り返った2人の顔はまだ若く、ナイトに至っては20歳そこそこ、もしかしたら10代かもしれない。

「プリ! 気づいてたんだ?」

 ナイトはそう言って満面の笑みを浮かべている。パタパタと尻尾を振っているように見えたのは眼の錯覚に違いない。

「まさかとは思うけど、暴ちゃんと水夏すいか ……?」

 こんなに若い知り合いは彼らしかしなかったはず。知り合ったときには暴走剣士は13歳、アグアベラノは15歳、ともに中学生だった。どちらも歳若い分、こちらには来てほしくないと思っていたプレイヤーだ。

「正解!」

「さすが鷹絢兄貴」

 暴走剣士は嬉しそうに、アグアベラノは安心したように笑う。

「マジかよ ……」

 はぁ、と脱力しデサフィアンテはしゃがみこむ。

「プリ、クラン入れてねー」

 しゃがみこんだデサフィアンテの前に同じくしゃがみ、暴走剣士は明るく言う。

「あー、ちょっと待て。お前ら来るの予想外だったから、混乱してる。ちょっと俺に落ち着く時間くれ」

 すぐにもタッチパネルを起動しようとする暴走剣士を制止して、デサフィアンテは立ち上がる。とりあえず落ち着こう。2人が来てしまった以上、それはもうどうしようもない。アグアベラノはともかく、暴走剣士に関しては保護者がこの世界にいるのだから、まずは父である黒竜刃にコンタクトをとったほうがいいだろう。

「水夏はともかく、暴ちゃんはちょっと待て」

「えー、差別イクナイ」

「差別じゃねーよ。暴ちゃんは親父さんこっちにいるんだし」

「知ってるー。ま、いいや。じゃあ、行こうよ! 俺、血盟居館アジト行くの初めてー。理也まさやとかろうさんとかもいるんでしょ。会うの楽しみだなー」

 ルンルンという擬態語が聞こえそうな声で楽しそうに暴走剣士は言う。発言こそ少ないが、アグアベラノも面白そうな表情をしている。それにデサフィアンテは少しばかり頭痛がした。まだ彼らはこの世界の深刻な状況がよく把握できていないのかもしれない。そう思いながら。

 しかし、これまでも実は同じだったのだということにデサフィアンテは気づいていない。合流したときに不安げな表情をしていたのはアルシェだけだ。ある意味メドヴェージも不安そうだったが、彼の不安はこの世界に対するものではなく、デサフィアンテへの後ろめたさゆえだった。つまり、【悠久の泉】や【硝子の青年】のメンバーは殆どの者が合流したときには安心感を持っていたのだ。彼らの血盟がありその主がいることに。

 暴走剣士とアグアベラノもそれは同じだった。この世界に突然呼ばれたことには当然ながら戸惑ったし混乱した。そんな中ワールドチャットが流れ、そこには兄とも慕った君主の名前があった。『落ち着け、状況を説明する。大丈夫、仲間がいるんだから』 ── ワールドチャットの指示に従って集まった場所で、そう力強い言葉を発したかつての君主の姿に、暴走剣士もアグアベラノも言いようのない安堵を抱いた。たまたま隣同士で話を聞いていた暴走剣士とアグアベラノは互いが知っている相手にウィスパーを繋いでいるのを何とはなしに聞き、互いが仲間だったことを知った。そして、行動をともにしている。

 何よりも彼らに安心感を齎したのは目の前にいるかつての主君だ。2人とて初めは混乱した。きちんと状況は判っている。とんでもない世界に巻き込まれて命の危険に曝されていること。現実世界リアルに戻るためには戦わなくてはならないこと。それを説明してくれたのはデサフィアンテだ。デサフィアンテたち『君主』が動いてくれていることが判ったから、不思議と不安は感じなかった。実感が伴っていなかっただけかもしれないが、自分たちに落ち着いた表情と声で穏やかに話すデサフィアンテの姿を見るうちに『大丈夫だな』と思えたのだ。ウィスパーで話した理也もかつてのゲームの彼を髣髴させるような落ち着いた声音だった。『不安だろうけど、大丈夫だぞ。絢がいるからな』 ── そう言われて、それもそうだと思った。デサフィアンテがいて、兄や姉とも慕った血盟員たちがいる。ならばきっと必要以上の不安を抱かなくても大丈夫だと。

 それはデサフィアンテと会い、血盟員たちの顔を見た瞬間、確信に変わった。

「おー、暴ちゃんに水夏か。大きくなったな、2人とも」

「理也、それ、親戚のおっちゃんみたい。っていうか、会うの初めてじゃん」

「だよなー。なのに初めて会う気がしないこの不思議」

「そうそう。水夏も暴ちゃんももう成人したんだよな?」

「ああ、俺もう社会人だよ」

「俺は大学4年~!」

「うわ、2人とももうそんなにデカくなってたのか。俺らが歳取るはずだよ。じゃあ、一緒に酒飲めるな」

 デサフィアンテの困惑をよそに血盟居館アジトでは皆が和気藹々と喋っている。当時まだ歳若かった2人は血盟員たちから弟か息子のように可愛がられていたのだ。乙などは自分が少しだけ年上だからとまるで高校の部活の先輩後輩のようなノリだった。

〈黒さん、暴ちゃんがこっちに来ちゃってるんだけど〉

 とりあえず血盟員たちは放置して、デサフィアンテは暴走剣士の実父にウィスパーを送る。

〈ああ。俺のところにもウィス来たから知ってる。よろしく頼むな〉

 至極あっさりと黒竜刃は告げる。どうやら息子が他血盟に行くことに不満も不安もないようだ。

〈いいの、うちで? 親子で一緒のほうが安心じゃない?〉

 ゲーム世界ではあるが、ゲームではないのだ。親子が一緒のほうがいいのではないか。そうデサフィアンテは思ったのだが、黒竜刃はそうは思っていないようだ。

〈息子だってもう成人してるしな。うちより鷹絢さんのところがいいって言うんだから、そのほうが息子のためにもいいだろ〉

 それにこの世界で一番安心できるのは【悠久の泉】だ。血盟員間の絆が強く、人間関係が良好で安定している。そして、最もレベルが高く信頼の置けるプレイヤーの集団、それが【悠久の泉】血盟なのだから。

〈親子揃って納得してるってんなら、いいんだけど。じゃあ、息子さんは責任持って俺らがお預かりします〉

〈ああ、よろしくお願いします。馬鹿なことを仕出かすようなら、遠慮なく殴って教育してくれ〉

〈りょーかい。まぁ、暴ちゃん、そんなことしないと思うけどね〉

 黒竜刃の気遣いに笑って、デサフィアンテはウィスパーを終える。

「暴ちゃん、パパからOK出たからJOIN許可する。水夏も。ほら、2人ともコマンド打て」

 大人たちに囲まれていいおもちゃにされている暴走剣士とアグアベラノに声をかけると、2人は嬉しそうに加入申請を送ってきた。それに許可を与えると、デサフィアンテの画面に更なるメッセージが表示された。

血盟居館アジトの部屋が満室になりました。血盟居館アジトを拡張しますか?】

 血盟員数が21人になったことで、部屋が完全に埋まった。そのためにこのようなメッセージが出たのだろう。

「なぁ、血盟居館アジト拡張するかどうかって確認メッセが出たんだけど、どうする?」

 今回の召喚が最終召喚だし関係者はもういないはずだから不要だろうとは思いつつ、一応血盟員にも確認する。すると、血盟員たちからもいらないだろうとの返事が返ってきた。

「だよな」

 頷きつつ、デサフィアンテは『NO』をタップし、血盟居館アジト拡張は行なわなかった。すると、更にメッセージが流れる。曰く、今後拡張を要する場合には玄関ホールの端末から拡張処理が行なえるらしい。1回の処理によって1階と2階の間に1階層挿入され、2階と全く同じ構造の12室が増えるらしい。また、4階建て(地下を含むと5階)になるとエレベーターが設置されるらしく、それには少しばかり心が動いた。

「じゃあ、俺はプリ会議行ってくるから、あとは頼んだぞ。それから今日の夜は宴会な」

 デサフィアンテは血盟員に声をかけると、再び血盟居館アジトから出て行く。暴走剣士とアグアベラノの2人しか合流しなかった自血盟と違って、『モナルキア連盟』の会合のほうが今回は大変だろう。何しろ人口がまた倍増したのだ。

 しかも、今回の第4陣は最終召喚だ。それをイル・ダーナが明言したということは、恐らくタドミール覚醒は近い。だとすれば、タドミール戦に備えて様々な準備をしなくてはならない。そのためにはこの世界の住人 ── プレイヤーを把握し、構成を考え、動き始めなければならない。忙しくなりそうだ。

 しかし、これでようやく事態が動く。召喚されてちょうど1年が過ぎて、ようやく。これで現実世界リアルへ帰る道筋が開かれるのだ。

(帰れるのか ……)

 そう思ったデサフィアンテは自身にわずかな違和感を覚えた。ようやく帰れるのだから、自分の心にあるものは喜びのはずだ。けれど、今感じたものはそれ以外の成分が含まれてはいなかったか。否、喜び以外のもののほうが強くはなかったか。

 そんなはずはない。自分は、自分たちは皆でともに生きて現実世界リアルへ戻ることだけを考えて、この世界で過ごしてきたのだ。現実世界リアルへ戻ることに喜び以外の何を感じるというのだ。ああ、そうだ。戦いがよりリアルに身近に迫ったことを実感したから、その不安かもしれない。やらなければならないことがたくさんある。だからかもしれない。けれど、本当にそれだけだろうか。

「鷹絢、どうした?」

 ぼうっとしていたデサフィアンテにショウグンが不審そうに声をかけてきた。既に室内には30人を超える君主が集まっている。

「皆集まったみたいだし、始めよう。ほら、鷹絢」

 アズラクに促されて、デサフィアンテは頷くと立ち上がる。

「今日は第4陣召喚初日だから、まずは自己紹介して、俺たちからこの世界の状況説明。その後はいつもの情報交換ってことでいいかな。元々明日が本来の会合予定日だったし、1日前倒しって感じで。それを聞いてもらうことで第4陣の人たちにもこの集まりがどういうものか判ってもらえると思うし」

「そうだな。それで行こう」

 デサフィアンテの提案に他の君主たちも頷き、まずは自己紹介となった。デサフィアンテから始まり、第1陣、第2陣、第3陣、そして今日やってきた第4陣の君主たちが簡単に名前と血盟名を名乗る。第4陣で召喚された君主の中にデサフィアンテの知り合いはシオちゃん兄だけで、第4陣はそれ以前の召喚君主とは面識のない者が殆どだった。

 一通りの挨拶が済むと、この世界についてはデサフィアンテが、勢力関係と戦争については実樹が、『モナルキア連盟』についてはしい姫が説明をした。

「この会合に参加するかどうかは、皆さんの判断にお任せします。強制はしません。戦争クランのプリたちは参加してないしね」

 そう言って椎姫は話を締めくくる。参加は自主性に任せて強制はしない。けれど、参加するならばそれなりの役割は果たしてもらう。少なくとも自分のことだけしか考えないような『君主』は必要ない。最低でも自分と周囲の人間 ── 血盟員には責任を持ってもらう。それが、この法もなく為政者もいない世界で生きるために最低限必要なことだから。

「それじゃ、今から俺たちは情報交換始めるんで、会合に今後参加する気のない人は、その間に部屋から出て行っておいて。最後まで残ってたら参加の意志ありって見做すから」

 わざわざ1人1人にどうする? などと聞いたりしない。君主としてこの世界に呼ばれているのだから、自分で考えて自分の責任で行動してもらわなくてはならない。君主クラスだったばかりにとんだ責任を押し付けられると思うかもしれないが、責任を負いたくないならば『モナルキア連盟』には参加しなくていいと逃げ道は用意してある。最低限の意思表示くらいは自分からやれと言ったとて問題はないだろう。

 それに、1人ずつ尋ねたりしたら、ある種の集団心理が働いて『参加したくない』とは言いにくくもなるだろう。嫌々参加されても、それは害にしかならない。

 デサフィアンテたちは第4陣の君主たちから意識を離し、それぞれの血盟の状況を報告し合う。前回の会合から半月間のそれぞれの血盟の様子、狩場の状態、PKクランとの関係。そして、第4陣の状態。

 報告が終わり今後のことを話し合う前に一旦休憩を挟むことになった。報告を始めてから2時間近くが経過していたこともあって、第4陣の君主たちは半数以上が部屋から出て行っていた。残っている人数のほうが少ない。

「今残ってる人たちは参加希望ってことでいいわけ?」

 ここに来てようやくデサフィアンテが問いかけると、残っていた君主たちは力強く頷いた。それを見て先達君主たちは満足げに微笑む。彼らの目は強い意志を孕んでいる。頼りになる仲間が合流したと思えた。

「それなら、今後のことの話し合いには参加してもらおうか。皆テーブルのほうに椅子を持っていってくれ」

 それを受けてガビールが指示する。これまで第4陣の君主たちはそれぞれソファや床に座っており、個別の席が用意されてはいなかった。中央の会議用テーブルに就いていたのは既存の君主たちだけだった。

「7人 ……意外と残ったな」

「ってことは23人か。あれ、ホールって入室制限、20人じゃなかった? なんで30人以上入れてたんだろ」

「そういやそうだな ……。ま、今更いいだろ、済んだことだし。けれど、半数以上は逃げたか」

「予想の範囲内だろ。むしろ残ったほうだろ」

「椎が厳しいこと言ってたから、兄くらいしか残らないかと思ってたんだけどな」

 休憩室で一服しながら、デサフィアンテ、ショウグン、アズラク、ゼフテロス、クエルボの5人は感想を漏らす。

「俺たちのときの教訓もあるしな。初めから厳しめに言っておかないと、状況認識甘くなるだろ」

 第3陣でやって来たクエルボの言葉に、同じく第3陣のゼフテロスも頷く。

「華やオブロのせいでフィアたちも随分苛立つこと多かっただろ。椎姫はそれを避けたかったんだろうな」

 ゼフテロスがそう言えば、デサフィアンテたちは苦笑する。確かにそんなこともあった。けれど、今は皆が危機感と緊張感を共有している。

「それだけじゃないな。今回が最終召喚だからってのもあるだろ」

 紫煙を吐き出しながらアズラクが言う。

「つまり、タドミール覚醒が近い」

 アズラクの指摘に今更驚く者などいなかった。最終召喚とわざわざイル・ダーナが告げた時点で、君主たちは皆、タドミールが間もなく覚醒するであろうことは予測している。それは幹部連も同様だ。幹部連も今、別の場所で集まっているらしい。

「そうなりゃ、忙しくなるな。アズと実樹に色々頑張ってもらわねーと」

「任せろ。ラガシュやシッパルで演習も要るな。あと、『ファトフ同盟』をどうするかって問題もある」

「だなー。でも、これ以上の話はあっちに戻って全員揃ってからにしようぜ。どうせ、次の話題はこれになるんだろうし」

 短くなった煙草を水を張った吸殻入れに落とし、デサフィアンテは言う。『モナルキア連盟』の喫煙者はこの5人しかおらず肩身が狭い。5人は消臭スプレーを体に振りかけてから、会議室に戻っていった。

 そして、再び始まった意見交換の場では、タドミールに備えるための様々な事柄が話し合われたのであった。






 【悠久の泉】は総勢21人となり、対タドミールに向けて着々と準備を進めていた。もっともファナティコス城へのクランハント、各個人のレベル上げとスキル磨き、装備を整えるなどのこれまでやってきたことと変わりはなかった。

 タドミール覚醒が近いと思い話しかけても、相変わらずチェルノボーグは無言で何の反応も示さなかった。まだタドミールが目覚めるまでに猶予があるということだろう。それに少しばかりホッとしながら、デサフィアンテたちは日々を過ごしていた。

「なんか俺らだけ黒変身で寂しい!」

 第4陣である暴走剣士はそんな不平を漏らす。第1陣・第2陣はもう1年以上、第3陣でも半年以上この世界にいるのだから、差が付いてしまうのは仕方がない。暴走剣士も本気で不満に思っているわけではない。血盟員たちにしても暴走剣士は最年少の可愛い弟のような存在(一部にとっては息子)だから笑うだけだ。

 とはいえ、レベルが低ければタドミールに寄って死亡してしまう可能性がある以上、暴走剣士とアグアベラノも早急にレベルを上げる必要がある。ゆえにパーティリーダーが君主の場合の人数上限なしと君主ボーナスを利用して、21人全員パーティでのクランハントを中心に行なうことにした。そうすることで全員に入る経験値は10%×21人=210%増、つまり3.1倍になる。既にLv.90近い、或いはLv.90を超えているメンバーには微々たるものでしかないが、まだLv.60に達していない暴走剣士やアグアベラノにはこのボーナスは大きい。

 更に大人数でのパーティは回復役ヒーラーたちの訓練も兼ねている。この場合の回復役ヒーラーはウィザードではなくエルフたちだ。レベルが高く且つ人数の多いパーティではウィザードよりも水属性のエルフが回復役ヒーラーの中心になる。つまり、アルシェとサディークが回復を担うということだ。この大人数のパーティは彼ら2人のタイミングを合わせたりMP管理の訓練を兼ねているのである。ちなみに迅速は相変わらずの土エルフで防御支援が中心、めんまは火エルフに転向して攻撃支援をしている。

 エルフ4人の役割分担は明確になっており、その中心となって指示を出すのは迅速だった。モンスターが湧いていればINTの高いめんまが『カルキプス・マギア』でモンスターの魔法抵抗力を弱めて、迅速が『テッラ・ソリトゥス』で固め動きを封じる。水エルフ2人はもちろん回復を中心に行なう。また、遠距離攻撃をするモンスターも彼ら4人が中心となって処理をする。

 前衛たちの役割分担も明確だ。司令塔は常に君主であるデサフィアンテだが、彼は前衛というよりも全体の司令官だ。ナイト7人の中では理也が、エレティクス5人の中ではくらき挑戦者が中心にいる。ナイトのほうがダメージリダクションが高く打たれ強いこともあり、基本的にナイトが壁役、殲滅はエレティクスが担当する。ファーストアタックはHPの高いナイトの中でもCON型である理也・疾駆する狼が行ない、エレティクスの5人はターゲットを受けないフリー、ダメージモーションなしの状態で殲滅力を高めている。STR型・バランス型のナイトたちも同様だ。デサフィアンテは基本的にフリーで殲滅に加わると同時に、湧いたときには騎兵変身でモンスターを引き回す。

 デサフィアンテとともに引き回しを担当するのはウィザードのメドヴェージで、彼は引き回しつつ不死系浄化魔法エクスオルキスムスでアンデッド系モンスターの処理も行なう。INT値を限界まで高めている彼ら4人のウィザードはアンデッドモンスターであれば、100%の確率で浄化魔法が有効だ。その4人の中でも元々スキルの高いメドヴェージが進んでこの役割を引き受けている。チャルラタンは『エクスオルキスムス』や『コクレア(行動速度を低下させる魔法)』を駆使して彼ら引き役の援護をする。夏生梨と千珠ちずは全体のHP管理を行ないつつ、前衛たちへの『イムモルターリス』や狂戦士化魔法ススキターティオ、エンチャントなどを担当する。もちろんそれだけではなく、場合によっては攻撃魔法を駆使して前衛陣の負担を減らす。ウィザード4人は誰がリーダーというわけでもなく、阿吽の呼吸で連携が取れている。

「何か、すげー。超上級者パーティって感じ!」

「だよな。すげぇや。俺たち、めっちゃ冒険者って感じだ」

 興奮気味に言う暴走剣士とアグアベラノに大人たちは苦笑する。暴走剣士もアグアベラノもMMO歴は長いが、こんなに連携の取れている狩りはあまり経験したことがない。

 元々【悠久の泉】のパーティ狩りスキルは高かったと暴走剣士は思っている。彼がいたころの【悠久の泉】は平均レベルが45くらいの中堅者レベルだった。けれど、指示系統や役割分担が明確だったこと、デサフィアンテとウィザードの指示を徹底して守るというスタンスのせいか、パーティでの連携の取り方は巧かった。在籍当時はそれが当たり前だったから感じてはいなかったのだが、血盟を移ってから実は狩りスキルが相当高かったのだということに暴走剣士は初めて気づいた。連携が取れているからこそ、適正レベルが平均レベル以上の難易度の狩場でもEND者を出さずに狩りができていたのだ。戦争血盟にいた父からも『お前のところはかなり巧そうだな。戦争に加わったら結構強敵かもな』と言われていたことを思い出す。

「命かかってるからな。嫌でも巧くならざるを得ないさ」

 理也が暴走剣士たちの言葉に応じる。今も昔もナイトの要として、デサフィアンテの片腕として指揮を執る彼は、暴走剣士にとっては憧れの存在だ。自分も彼のようにプリに頼りにされたい! と目標にしていたのだ。

「暴走剣士もCONナイトだからな。75超えたら俺たちと一緒にFA担当してもらうから。頑張れよ」

 疾駆する狼にそう言われた暴走剣士は嬉しくなる。初日以降彼らは『暴ちゃん』ではなく『暴走剣士(暴)』と呼んでくれるのもまた嬉しかった。子供扱いされるのではなく、一人前の男として扱われているように感じるのだ。

「任せて! 頑張る!!」

 彼らが寄せてくれる信頼が嬉しい。彼らの強い絆の中に入れてもらえるのが嬉しかった。

(やっぱりEOに来てよかった)

 現実世界リアルとは違う、命がけの世界だということは判っている。ちょっとした油断が生死を分ける過酷な世界にいる。それでも、この世界に来てこの仲間とともにいられることは嬉しかった。『生きている』ことを実感できる。希薄な表面だけの人間関係の現実世界リアルよりもずっと濃密な信頼で結ばれた人たちと生きている。暴走剣士はそう感じていた。

「相変わらずチェルノボーグは無反応っと」

 一旦湧きが収まったところで、デサフィアンテがチェルノボーグに話しかけるも反応はない。タドミールはまだ覚醒の兆候を示していないようだ。

「ああ、第4陣がもう少しレベルアップするまでは覚醒しないんじゃないか? そういうのも計算してイル・ダーナは召喚してるんじゃねーの?」

 ドロップを確認しながらイスパーダは言う。まだ第4陣が来て1週間にもならないのだから、すぐにもタドミール覚醒とはならないだろう。

「だよな。 ……うぉっ。激レア来てる!!」

 同じくドロップを確認していたシャサールが奇声を発する。いつも穏やかで冷静な彼の滅多に聞かない声に、デサフィアンテたちは驚く。

「激レアってなんだよ」

「SAD」

「は?」

「だーかーら、『サンクトゥス・アールデンス』だってば」

 叫ぶようなシャサールの声に全員が揃って驚きの声を上げる。

「マジか!? っつーか出るのかよ、ここ!!」

「出てるんだからそうだろ! って今相場いくらだよ!?」

「買い取れるだけの資産持ってる奴なんているのか?」

 彼らがいたころは時価600M(6億)マルクとも言われていたのが『サンクトゥス・アールデンス』である。彼らが必死の思いで金を集めて購入した血盟居館アジトが20Mだったのだから、その30倍の値段だ。あまりの高額ドロップに全員がパニックになっている。

「えーと ……とりあえず、誰が覚える?」

 買い取れるだけの資産を持っている者がこの世界にいるとは思えない。ならば血盟のウィザードに覚えてもらったほうがいいだろう。通常なら血盟価格での買い取りとなるが、ここはもう買い取りとか関係なく無償提供だ。買い手が付くまで倉庫に眠らせておくという手もあるが、それよりは誰かに覚えてもらったほうが有効活用できるはずだ。そう思ってデサフィアンテがウィザードたちを見れば、メドヴェージを除いた3人は拒否するように一斉に首を横に振っている。

「メドは覚えてたよな」

「うん」

 ゲームのイベントで大放出され値下がりした時期にメドヴェージは入手している。大放出とはいっても元々が超レアな魔法であるため、それでも価格は60Mしたが、そこはなんとかマルクを工面して手に入れていた。

「じゃあ、チャル?」

「ヤダ」

 振られたチャルラタンは即答で拒否。そんな高額魔法、なんだか怖くて覚えたくない。

「千珠さん?」

「攻撃魔法はいらないわ」

 主に支援担当の千珠も穏やかに拒否。

「となると、夏生梨」

「えー ……無理。買い取れない」

 夏生梨も嫌そうだ。値下がりしても60Mなんて魔法、申し訳なくて覚えたくもない。

「もうさ、姐御でいいじゃん。クラン員の総意ってことで買い取らなくていいし、覚えちゃいなよ」

 ウィザード全員拒否に苦笑して疾駆する狼が言えば、皆が頷いている。

「姐御、支援ばっかじゃ詰まんないでしょ。SADあれば攻撃できるよ。単体だし」

 迅速までそんなことを言って嗾けてくる。夏生梨は【悠久の泉】初期にはチャルラタンと並んで『攻撃的ウィザード』と言われていた。夏生梨とチャルラタンが揃った中級狩場でのパーティの際には、ナイトは床落ちしたアイテムを拾うことしか役割がなく、理也などは『姐御もチャルもナイトに狩らせる気ないでしょ!?』と言っていたほどだ。

 【悠久の泉】後期に入ったメンバーは夏生梨のことを穏やかな大人の女性だと誤解している者も多かったが、実はチャルラタン以上に狩場で攻撃的だったのが彼女だった。ナイトたちに徹底して狩場でウィザードを守るように教育したのも彼女だったし、画面外に出てパーティをおいていくような、役割を理解していない前衛は容赦なく見殺しにもしていた。かなりのスパルタでナイトたちの前衛教育をしていたため、今でも古参ナイト ── バルシューンと暴走剣士を除くナイトたちは彼女に頭が上がらないのである。

「全員一致だ。姐御、諦めて覚えな」

 最年長の冥き挑戦者までがそう言い、仕方なく夏生梨は魔法書を受け取った。

「めんどくさー」

 そう言いながらも夏生梨は血盟員の好意を有り難く受け取り、礼を言う。

「SADってロウフルだっけ? ロウフル寺院だと ……ティルナノグの寺院が判りやすいわね」

 溜息混じりに夏生梨は呟く。一般魔法はそれぞれの性質(ロウフル・ニュートラル・カオティック)に対応する寺院に行って覚えなくてはならないし、ロウフルとカオティックを間違えると魔法書が消失してしまうから面倒だ。これはエルフの精霊魔法も同様で、エルフの場合はティルナノグの母なる聖樹か琥珀の塔に行かなければならない。君主の君主魔法もナイトの技能もエレティクスの闇精霊魔法も場所を選ばずに覚えられるのだが、それと違って少々面倒臭い。

「じゃあ、今日は一旦帰還しようか」

「だな。激レアの揺り返し怖いからな」

 デサフィアンテの言葉に冥き挑戦者が頷く。ゲーム時代にはレアが出るとその反動でENDしてしまうことも多かった。あまりのレアに動揺してしまって浮かれて失敗してしまうのだ。だから、そんなゲーム時代の轍を踏まないようにもう今日は狩りをやめようというわけだ。それでなくとも時間はもう夕方になっている。

 全員一斉に血盟居館アジトへと飛び、一旦休憩を挟んでコーヒーブレイクのあと、女性陣3人は夕食の支度を始める。男性陣はいつもどおりドロップ整理と売却、デサフィアンテは執務室で本日の狩り内容をまとめる。

「……フェアラートからウィス来た」

 ドロップの整理をしていたドロフォノスが嫌悪感丸出しの表情で吐き捨てた。その名に暴走剣士とアグアベラノ以外のメンバーも表情を険しくする。

「クランに入りたいから、フィアさんに繋ぎ取ってくれって言ってる。トライゾンも一緒らしい」

 予想どおりの話にドロフォノスは眉を顰めている。しかも、相手の口調が尊大であることに不快感は増す。どうやらこの1週間で生活が困難になり、接触してきたらしい。相手は当然受け入れられるものと思っているらしく、不快なほどに馴れ馴れしい態度だった。

「どのツラ下げてそないなこと言えるんやっちゅーねん」

 ディスキプロスの声も思いっきり不愉快そうだ。

「断れよ、フォノ」

「言われなくても」

 シーカリウスの言葉に当然だというように頷き、ドロフォノスはフェアラートにウィスパーを返す。

〈お断り。アンタたちがフィアさんにやったこと、クラン員皆知っててね。すんげー怒ってるんだわ。それこそ、ぶっ殺したいくらいにね〉

 冷たい声音を意識して、ドロフォノスは念じる。どうやら思念であるウィスパーでもそれは通じたようで、その響きに相手は何も言えないようだった。

〈もうさー、うちのクラン、皆フィアさんのこと愛しまくってるからさ。アンタらみたいなフィアさんを軽視するような奴、入る余地なし。他をあたんなよ。俺、アンタらのこと大ッ嫌いだから、二度と接触してくんな〉

 冷たく言い捨てて、ドロフォノスはウィスパーを一方的に切断する。そして、一切の接触を拒否するためにフェアラートを遮断設定した。これは第4陣召喚とともに実装された機能で、ウィスパーの接続を拒否するとともにワールドチャットをはじめ全ての発言が目に入らなくなり聞こえなくなる。徹底して存在を無視するための『ゲーム的な』機能だ。これまで設定していなかったのは、一度は接触があるだろうと予測していたこと、自分たち元【硝子の青年】血盟員が遮断していては直接デサフィアンテに連絡を取られかねないため、していなかっただけだった。つまり、デサフィアンテを守るための措置だった。

 すると、今度はメドヴェージが不快そうに『こっちに来た』と呟いた。メドヴェージにはトライゾンが接触してきたのだ。

〈フォノさんがフェアラートにも言ったと思うけど、EOはアンタらを受け容れません。アンタたちは俺らにしてみればフィアさんへの裏切り行為を働いた極悪人認識なんで、そんな奴受け容れるはずないでしょう。フィアさんにこれ以上心労の種増やしたくないっすからね〉

 ドロフォノス以上に冷たい声でメドヴェージは告げる。フェアラートもトライゾンも自分たちがデサフィアンテをどれだけ傷つけたのかを全く理解していないのだ。それが彼には許せなかった。

「ちょっと俺、椎姫さんにウィスしよーっと」

 2人の表情を見て、めんまが言う。彼女もデサフィアンテを弟のように大切にしている1人だし、当時のことをよく知っている。きっと彼らのことを知れば不愉快に思うだろうことは間違いない。だから、彼らを受け容れないように告げ口してしまおうと思ったのだ。我ながら狭量だし子供っぽいとは思うが、仕方ない。

「いいな。じゃあ、俺、変態アズ」

「なら、俺はショウ」

「んじゃ、俺は華さん~」

 冥き挑戦者、シャサール、疾駆する狼という、普段は大人として諌めるメンバーまでもがそう言い出す。彼らとて件の4人には怒りを抱いているのだ。普段は若い連中が暴走しないように諌める立場だから我慢しているだけで、我慢している分、余計に怒りは大きい。

「ちなみに一番厄介なシオちゃん卿って奴と花都ってのは、兄が引き取ってくれてる」

 理也が告げる。既に『モナルキア連盟』参加の君主たちには理也がデサフィアンテの片腕であることは周知の事実だ。ゆえにシオちゃん兄はデサフィアンテに直接ではなく理也にそれを伝えていた。『馬鹿者は隔離しましたゆえ、ご安心を』というメッセージとともに。

 理也の言葉に、君主たちに連絡をしていたメンバーはフェアラートとトライゾンのことを伝える。君主たちもデサフィアンテのことを心配している者たちばかりだから、彼らの要請を何も言わずに受け容れてくれた。特に椎姫と華水希は当時のデサフィアンテの様子を直接に見知っているだけに相当怒っており、残りの『モナルキア連盟』の君主にも根回ししておくとまで言っていた。もっとも、4人とも揃って『ホント、EOの幹部は過保護だね』と笑ってはいたのだが。

〈ああ、後ね。フィアさんって、この世界のプリの中でも中心人物なんですよ。君主の中でも一番信頼厚い超VIP。だから、フィアさんを裏切ったアンタたちを快く受け容れてくれるクランなんてないと思ったほうがいいですよ〉

 メドヴェージはそんなことまで言ってしまう。お前たちが切り捨てた人はそれほど皆に愛されている人なのだ、そう告げるように。それほどまでに信頼されている人物を簡単に切り捨てた彼らがどうしても許せなかった。それは自分自身にも言えることだ。今でもメドヴェージの胸には後悔が渦巻いている。デサフィアンテは気にするなと赦してくれたが、それでもメドヴェージはまだ自分自身が赦せなかった。

「執念深いよな、俺たちも」

 自分たちの行動を冷静に振り返って、理也は苦笑する。けれど、後悔はしていない。

「だな。じゅん知ったら怒るぞ」

 疾駆する狼も頷く。けれど、デサフィアンテに、君主に余計な心労を与えないことも、自分たち幹部の重要な役割だ。それ以上に、友としてデサフィアンテが嫌な思いをする事態は避けたかった。だから、これも当然の処置だと割り切っている。

「まぁ、あいつらもフィアさんに直接連絡するほど厚顔無恥じゃなかったみたいだから、ちょっとはマシか」

「フィアさんのことやもん。連絡なんかしてきおったら、受け容れてしまうかもしれんしな」

 それも有り得ると頷いてしまう一同だった。もっとも、そうなった場合にはゲーム内で彼らが厨プレイヤーだったというメドヴェージの証言を基に反対するつもりだったし、全員が反対すればデサフィアンテも自分たちの意見を受け容れてくれるだろう。しかし、デサフィアンテはきっと罪悪感を抱くに違いない。

「メド、伝えてくれ。もし本当に絢の許に来たいなら、俺たちが信頼できると思えるような行動を示せってな。ぶっちゃけ俺ら絢のシンパだから難易度は滅茶高いぞ」

 デサフィアンテのことを考えて100%の拒否ではなく、可能性も残しておく。そうすれば、彼らもどうしてデサフィアンテを慕う血盟員からこんなにも拒否されるのかを考えるだろう。そうして自分たちの罪に気づけば二度とデサフィアンテには接触してこないはずだ。考えない、或いは気づかない場合でも、やはり面倒臭いと思って接触はしてこなくなるだろう。

 理也の言葉に頷き、メドヴェージはそれを伝えた。トライゾンは判ったと言ったが、不愉快そうだった。何故これほどまでに悪人扱いされるのか判らないのだろう。それも仕方がない。彼らと今の血盟員ではデサフィアンテに対する思いが違いすぎるのだ。ゲーム内だけの付き合いならば、裏切っただの裏切られただの、馬鹿馬鹿しい話でしかない。

「ねぇねぇ、その3人、俺たちってきていい?」

 事情をサディークから聞いた暴走剣士とアグアベラノはむっつりとし、暴走剣士は苛立ったような声で言う。それに理也たちは苦笑する。数日前の自分たちと同じようなことを考えている。

「やめとけ、暴。そんなことしたら絢が悲しむから」

 だから、イスパーダは苦笑して制する。

「だって、ムカつくし」

「兄貴のこと馬鹿にされて黙ってんの癪だし」

 そう言いながら暴走剣士もアグアベラノも立ち上がったりはしない。他の仲間も似たような怒りを抱いたのであろうことは、彼らにも想像がつく。その彼ら ── デサフィアンテに盲目的な忠誠心を抱いているようなめんまやサディークですら我慢しているのだから、自分たちも我慢しなければならないと思ったのだ。

「ほら、もうこの話は終わりだ。フィアには奴らからコンタクトがあったことも、俺らがこんなこと言ってることも内緒だぞ」

 最年長者らしく、冥き挑戦者がその場を締める。

「そうだな。絢、また忙しくなってるし、余計な心労の種は作らないほうがいい」

 片腕らしく理也が同意すれば、他のメンバーも頷いた。

 第4陣召喚以降、またデサフィアンテたち君主は忙しくなっている。タドミール討伐に向けて色々と計画を練っているのだ。そんなデサフィアンテに、君主たちに余計な面倒はかけたくない。

 だから、血盟内のことは自分たちができる限りのことをやっていこう。彼らはそう決意を新たにした。

 ちなみに、これら一連の会話は厨房にいる女性3人にもしっかりと聞こえていた。

「ホント、絢君、皆に愛されてるわねぇ ……」

「これって、フィアさん総受け状態ですかね?」

「かもねぇ ……。妻として危機感を抱けばいいのか、元腐女子として萌えればいいのか ……」

 そんなことを話ながら、夕食 ── 本日はシーフードシチューと3種類のコロッケ ── の準備を進める夏生梨たちだった。






 デサフィアンテたち君主にとって、最大の苦痛が訪れる日が近づいていた。