第6章 血盟主たち

 この世界に来てから1週間が過ぎた。

 2日目に決めたように1日に午前午後合わせて6時間の狩りをし、主に翡翠の塔でのクランハントを行なっている。10階のジェイエン、20階のラセッド、30階のヴゴドラク、40階のピクラスまでならば問題なく余裕を持って狩ることができ、そろそろ高層、或いはカラベラ要塞からファナティコス城に狩場を移すのも良いかという段階になっている。

 レベルも順調に上がり、くらき挑戦者がLv.70、デサフィアンテがLv.60になり、夏生梨かおりとチャルラタンが間もなくLv.60に、他は55前後といったレベルになっている。この世界の経験値の入り方を見ると、本来のゲームサーバーでのプレイが如何いかに厳しいものであったかが判る。実質4日で6レベルアップするなど、ゲームならばLv.20未満の低レベル帯(しかも装備の整っているセカンドキャラクター以降)でなければ無理な話だ。デサフィアンテたちのレベルであれば、順調にいっても3~4ヶ月で1レベルアップがいいところだろう。つまりこの1週間で1年と半年分のレベルアップをしたことになる。

 もっとも、このレベルアップの速さは彼らが常にデサフィアンテをパーティリーダーとして全員で狩りをしていたことが大きく影響している。元々【フィアナ・クロニクル】には君主がパーティリーダーのときには経験値ボーナスがつき、5%×パーティ人数分が加算される。その所謂プリボーナスがこの世界では10%にアップされている。彼らの場合常に10人でパーティを組んでいるために100%アップ、つまり通常の2倍の経験値を獲得できていたわけである。

 実際に後日再会した血盟外の友人たちには『お前らのレベルアップ、異常に速い』と呆れられたほど、成長速度は速かった。とはいえ、Lv.65を超えるとレベルアップに必要な経験値が5レベルごとにそれまでの2倍必要になるため、Lv.70を超えた冥き挑戦者の成長スピードは明らかにペースダウンしている。

 また、このころには各地の市場にプレイヤーが集まるようになっていたが、さすがにゲーム世界のように活性化はしていない。ゲーム内ならば店を開いてキャラクターを放置して眠ったり他のことをしたりできるのだが、この世界ではそうもいかない。それゆえ市場で店を開きにくいのだ。プレイヤーからアイテムを買い取りそれを転売する『商売キャラ』といわれるキャラクターが召喚されていないことも大きい。

 だから、専らアイテムや装備の売買は各町の掲示板やワールドチャットで行なわれる。しかしゲーム内に比べると商品数も少なく高額だ。引退者が集まっているのだから余剰アイテムは少なく、供給よりも需要のほうが高くなる。それにEND=現実世界リアルでも死亡の可能性が高いこともあって、難易度の高い、つまりレアアイテムの出る狩場に出かける者も少ないのだ。

 否、上位狩場に出かける者が少ないだけではない。そもそもデサフィアンテたち【悠久の泉】のように積極的に狩りに出ている者のほうが少数派だった。元々【フィアナ・クロニクル】に限らずMMOの一般プレイヤーは他人任せの風潮が強い。

 例えば、【フィアナ・クロニクル】には神竜の棲み処やラガシュ、シッパルといった『特殊マップ』と呼ばれる地域がある。特殊マップであるだけに経験値効率も良く、そこでしか得られないレアアイテムもドロップする。これらの特殊マップは一定周期で現れる高難易度のマップで、通常は出現から3時間でこのマップは閉ざされる。しかし、そこに出現する特殊ボスを倒すことによってその開放時間は24時間に延長される。

 だが、それらの高難易度のボスを高レベル者に任せて倒してもらい、開放された狩場でその恩恵だけを受けようとする者も少なくない。剰えボス討伐に失敗してマップが開放時間延長されなければ文句を言う者すらいる。レベルの高い者が倒して当然、そして感謝もない。それがゲーム世界のことならば大した問題ではないかもしれない。所詮はゲームなのだし、特殊ボスは上級者向けに用意されたコンテンツなのだから、高レベル者のみで構成された討伐隊でなければ戦うこともできないからだ。

 しかし、ここはゲーム世界ではない。この異世界のフィアナこそが今自分たちが生きている『現実』なのだ。現実を直視してそれぞれが為すべきことを為さなくてはならない。でなければいつまで経ってもタドミールを倒すことはできない。本当の現実世界リアルに帰ることはできないのだ。

 1週間、町の様子を見てきた。プレイヤーたちはかなり落ち着いてきたとは思う。けれどタドミールを倒すには、現実世界リアルに戻るには決定的に足りないものがある。タドミールを倒すために今は何をすべきか、どう動けばよいのか ── タドミールを倒すためには率先して動き、音頭を取る者が必要になるだろう。そして、それは君主クラスでプレイする者に委ねられる役目ではないのか。

 君主は先王の遺児であり、反逆者に奪われた国を取り戻すために血盟を率いて戦っているという設定がある。初めから『血盟主というリーダー』と位置づけられたクラスであるがゆえに、それを選ぶプレイヤーもそれなりの自負と責任感を持っている者が多い。皆を導こうなどという大袈裟なものではなく、仲間を作って楽しく遊ぶ場所を作りたいといった者が殆どだ。それでも自ら積極的に人と関わりゲームを楽しもうとするのが君主プレイヤーの特徴のひとつといえる。それだけに何かの際には率先して動き、人をまとめようとする傾向にある。そして大なり小なり、君主プレイヤーは人をまとめて他に影響を及ぼす力を持っている。

 かつて大型イベントとして『四竜襲来』というものがあった。2週間の開催期間中、1日に3回ワールド内に竜が現れる。そのころ四竜はイベントにしか現れない特殊なボスモンスターで、それだけに強大だった。この竜をどれだけ討伐できるのかを当時あった6つのサーバーで競い合い、優勝したサーバーには全プレイヤーに褒賞が与えられるというものだった。

 イベントでしか見ることのできない竜にプレイヤーたちは興奮し、おのぼりさんの物見遊山感覚で群がる。結果、上級プレイヤーで組織された竜討伐隊が目的の竜に近づくことすらできないという現象が起きた。討伐隊が道を明けるように頼んでも効果はなかった。ワールドチャットで呼びかけても見物人が増えるだけで逆効果。もう竜討伐は無理かと諦めかけたとき、数人の君主が叫んだ。

「討伐隊の皆が困ってんぞー。道空けてやろうぜー」

「プリから竜までのライン、2人分道空けてー」

「こっちも空けて。金さん銀さん通してやって」

「見物の人は二歩下がろう! 二歩だけでいいからさー」

「金さん銀さんに竜叩かせてやって」

 あちらこちらから上がる声。その発生源が君主だと判ると、徐々にプレイヤーたちはその指示に従い始めた。声を上げた君主たちは大手血盟の盟主でも有名プレイヤーでもない。けれど、その発言者のグラフィックが君主というだけで、自然とプレイヤーはそれに従ったのだ。中の人が何者かは判らずとも相手が『君主』というだけで、一定の指示には従う素地がワールド内の空気として存在していたのだ。

 そうして竜の討伐が始まる。巨大な竜を相手に戦う金変身・銀変身の戦士たちへの応援が飛び交い、無事に30分後、竜は討伐された。このとき声を上げた君主はショウグン、アズラク、ロハゴス、実樹、鷹村絢。後にアルサーデスサーバーで君主会議連合を作るメンバーだった。ちなみにそれまで無名プレイヤーだった鷹村絢はこのことで知名度が上がり、そのせいで【悠久の泉】を戦争血盟と誤解する者もいたりもした。

 このイベントは1例に過ぎない。大規模な公式イベント、ユーザー主催イベント、ユーザー間のちょっとしたトラブル。そういった場合にプレイヤーをまとめるのは君主たちだ。他のクラスのプレイヤーが動くこともあったがそれは稀だったし、同じことをするにしても君主が動くほうが効率が良かった。【フィアナ・クロニクル】全体に君主プレイヤーに頼る傾向が見られるのだ。ただ君主というクラスであるだけで、その影響力は他のクラスの何倍にもなるのである。それがある程度名の通った君主であればその影響力はかなりのものとなる。だとすれば、君主が数人立ち上がるだけで、恐らくこの世界は動き出すだろう。

「プリってだけでそこまで背負わされたくはねぇけどな」

 いつものクランハントを終え、執務室で狩りの反省点をまとめていたデサフィアンテは呟く。

 とはいえ、リーダーシップを取ろうとしてそれに他者がついてくるほどの求心力を持つ者が他にいないのも事実だ。

 高レベルプレイヤーは『廃人』という言葉の示すように、何処か馬鹿にされ敬遠される傾向がある。現実の社会生活を捨てているから、【フィアナ・クロニクル】にどっぷり浸かっている社会不適合者だから高レベルになれるのだろうという偏見が大きい。現行MMOの中で最もレベリングが困難といわれる【フィアナ・クロニクル】だけに余計にその偏見は強い。実際にはそうではない者のほうが多いのだが、声の大きな少数派ノイジーマイナリティーのほうが目立つのはゲームに限らない。数でいえばごく普通に社会生活を営み、学業や仕事の合間のプライベート時間で趣味のひとつとしてゲームを楽しみ、他人に迷惑をかけずに高レベルに達している者のほうが多いのだ。冥き挑戦者や【ピルツ・ヴァルト】のガイル・ラベクがそうだし、君主仲間のショウグンだってそうだ。

 しかし、どうしても他者の迷惑を鑑みず自分の都合だけでプレイする高レベルの廃人は悪い意味で目立ってしまい、当然名前も悪名として知られることになる。一方の真っ当にゲームを楽しんで高レベルになったプレイヤーは一般には名前も知られていない。血盟の仲間や友人が知っているだけだ。そうなると仲間内はともかく外部への求心力は弱くなってしまう。

 そんな事情もあり、やはり音頭を取って取りまとめるのは、公式にリーダーと認定されている君主が行なうのが角が立たず無難だろう。君主は高レベルではなくともある程度の活動をしていれば自然に名前が知られている。血盟員を募集したり、戦争をしたり、或いはイベントを主催・共催したりと、ワールドチャットによって名前を知られていることが多いのだ。

 それに他のクラスに比べて君主プレイヤーは横の繋がりも強い。戦争やユーザーイベントは血盟間で行なうことから君主同士が連携することもある。血盟主という立場から自然に交流も多くなる。またデサフィアンテがいたアルサーデス・サーバーでは、デサフィアンテや椎姫の呼びかけで定期的に君主会合を開いていたから、他のサーバーに比べると君主間の交流も多かった。もっとも、その内容は血盟運営の愚痴を言い合い、他のクラスには判ってもらえない苦労を分かち合うためのものだったが。更にはゲーム外でも『FCH君主の集い』というような君主限定の交流サイトもあり、君主プレイヤーはサーバーを超えて繋がりを持ってもいたのである。

 君主というクラスは以前はそれなりに影響力を持っていた。前述の竜討伐などはその一例だ。しかし度重なる上級者向けコンテンツのアップデートにより、徐々に君主は減っていった。何しろ戦闘には全く役に立たないクラスである。上級者向け狩場を楽しみたければ君主ではなく他のクラスのキャラクターの使用頻度が高くなる。また、ユーザーの減少によりパーティ狩りそのものが減ったことも君主の減少の要因となった。その結果、君主をメインキャラクターとする者は減り、かつてほどの影響力を持つ君主はほぼいなくなってしまった。デサフィアンテやその君主仲間が【フィアナ・クロニクル】をやめた理由のひとつが君主の存在意義が薄くなっていったこと、君主らしい君主がいなくなったことにある。

 そもそも君主とは唯一血盟が創設できるクラスであり、君主のみが持つ権限もある。しかしながら公式のガイドブックに『狩りでは役立たず』とはっきりと書かれるほど、戦闘には向かないクラスだ。しかも血盟運営のために狩りをする時間を犠牲にしなければならないことも多く、純粋に遊ぶにはかなり厳しいクラスだった。つまり、わざわざそんな難易度が高く旨味の少ない君主を選ぶ時点で、血盟を運営することにある程度の理想と責任感と覚悟を持っている者が多かったのである。その覚悟ゆえに血盟を運営している君主はゲーム内でもある程度の信任を得、影響力を持っていた。

 また、血盟主という役割柄、プレイヤー間の関係の調整、血盟内の問題解決などを任されることもあり、1プレイヤーでありながら何故か他のクラスから運営側に属する者のような扱いを受けることも多かった。ゲーム内でのシステム上の不満を君主にぶつけてくる者も少なからずいて、君主会合では『俺たちはお前らと同じ金を払って遊んでる1プレイヤーであって、ゲームマスターGMじゃねーんだよ! 俺らに文句言わずに運営にメールしろや!!』なんて愚痴も度々出ていたほどだった。

 そして今、この世界に集まっている君主たちはそんな時代の苦労を知っている者たちが多かった。君主というクラスがまさに『君主』だった時代の者たちだ。君主 ── 組織の運営者・リーダーとしての自覚と責任感と覚悟を持ったプレイヤー。

 そんなある意味真面目な者たちばかりだったからか、その血盟員も君主を支えようとする者が多かった。君主をただ血盟という入れ物を作ったキャラクターと認識するのではなく、自分たちの集団のリーダーであり責任者であると思っていたのだ。彼らは自分の君主の負担をできるだけ少なくしようとサポートし、レベル上げのしづらい君主の狩りを支援した。

 ただそれだけにその血盟に長く在籍するものは限られた。気楽に楽しみたいだけのプレイヤーはどちらかといえば入れ物的な血盟を好む。密接な人間関係など面倒臭いと思うのもその人のプレイスタイルだから、それはそれでよいのだ。ゆえにそんな君主と血盟員の密接な信頼関係に根ざした血盟は、血盟員が長く居つく者とすぐに離れる者に二分化され、結果的に少人数であることも多かった。もっともそういった血盟の場合、血盟員が全ての所持キャラクターを加入させることが多く、血盟員数100人、但し中の人プレイヤーは25人(【フィアナ・クロニクル】は1アカウントにつき4キャラクターを所持できる)ということも珍しくはなかった。

 そしてそんな血盟の大きな特徴のひとつが、君主の引退と同時にほぼ全ての血盟員が引退してしまうことだ。デサフィアンテの【硝子の青年】もしい姫の【ピルツ・ヴァルト】もショウグンの【傾奇者兵団】もアズラクの【ふぇんりる騎兵隊】もそうだった。君主である彼らの引退を機にほぼ全ての血盟員が【フィアナ・クロニクル】をやめてしまっていた。だから逆にいえば今回召喚された君主の血盟員たちはかなりの数がこの世界に来ており、また今後更に召喚される可能性が高かった。

「そろそろあいつらも落ち着いたころだろうし、声かけてみっかな」

 デサフィアンテは呟く。

 実際に誰が音頭を取るかは別として、まずは君主が集まって話をしてみるのもいいだろう。或いは君主 ── 自分の血盟のメンバーを把握している者が集まることによって中核となるプレイヤーがいることが判るかもしれない。ビオネイロやうめ蔵のような、悪名ではなく名の売れた求心力のあるプレイヤーがこの世界にいることが判るかもしれない。

 とはいえ、いきなり全君主に呼びかけるのもどうかとも思う。この世界に来ている全ての君主を把握しているわけではない。まずは親しく気心の知れている友人と情報交換し、相談してからにしよう。

(ってーことは、まずは椎かな)

 君主仲間の中で自分よりも引退が遅く、一番交流期間の長かった椎姫にまずはウィスパーを送る。椎姫の血盟が交流の深い君主仲間の血盟の中では一番レベルが高く、人数も多い。また血盟員同士の交流もかなりあった。

 殆ど待つことなく、椎姫とウィスパーが繋がった。この1週間の間にウィスパーは仕様変更されており、ウィスパー受信者にはポップアップで『デサフィアンテからウィスパーです』と送信者が表示されたあと『OK』の文字をタップすると繋がるシステムになっている。ちなみに『YES / NO』ではないのは誤切断を防ぐためらしいが、そのせいで受信拒否ができない。もっとも『OK』をタップせずに30秒放置しておくと、送信者側に『多忙の様子です。時間を改めてください』というメッセージが表示され自動的に接続が切れるようになっている。

〈あ、椎? 俺、デサフィアンテだけど、今ちょっと時間いいか?〉

鷹絢タカジュン、久しぶりー。大丈夫だよ。どうかした?〉

 初めて聞く椎姫の声に少しばかり感動する。約5年の付き合いがあったとはいえ、女性であることと既婚者であること、年上らしいことしか知らない。これは直接聞いたのではなく会話から察したことだ。ゲーム内だけでの付き合いだから知っていることが少ないのも当然だ。なお、椎姫をはじめとした古い君主仲間はデサフィアンテのことを『鷹絢』と呼ぶ。これはデサフィアンテの旧キャラクター名『鷹村絢』が10年前当時人気の出始めたアイドルの名を使ったものであり、そのアイドルの愛称が『鷹絢』だったことによる。ついでにいえば、デサフィアンテがこの名前をつけたのは夏生梨がファンだったからだ。

〈ちょっとプリ仲間で集まれないかと思ってさ。アズとショウもこっち来ちゃってるだろ。だからこれからのこと相談できればなーって〉

〈ああ、そうだね。1週間経つけど何も進んでないもんね。どうしたらいいか判んなくて、とりあえず生活始めましたーって感じ〉

〈だろ? 一応うちは全員虹になるまではレベル上げに専念して動かないつもりだけど〉

〈動かないっていうか、動けないっしょ。タドっさん相手だもん〉

〈そうそう。けど、単独クランでタドミール討伐とか無理じゃん? 現実世界リアルの徽宗んとこみたく中の人100人とかいない限りさ。だったら、プリが連携取るほうがいいのかなと思って。んで、まずはお前さんに声かけてみた〉

 デサフィアンテがイベントを主催するときも真っ先に声をかけていたのが椎姫だった。アルサーデス名物となった『君主だけで何処まで翡翠の塔に上れるかチャレンジツアー(通称プリTOJツアー)』は椎姫の思い付きをデサフィアンテが企画にまとめたもので、2人で組んで何かをやることも多かった。夏生梨とは違った意味で姐御 ── というよりはオカン的な感じでデサフィアンテは椎姫を頼りにしていたのである。

〈なるほどー。とりあえず、ショウとアズと4人で集まってみる?〉

〈ああ。ミレシアに宿屋あったよな? そこで集まろうか。俺以外、皆アジト、ミレシアに持ってたよな〉

〈本鯖ではそうだったけど、今は違ってるよ。うちのアジト、今はノーデンスにあるもん〉

〈マジか。うち、本鯖で持ってたのと同じ位置にある館だぜ〉

〈だから宿屋に集まるんなら、判りやすいセネノースかアヴァロンがいいな。ミレシアって迷うし〉

 王都であるミレシアは広く、また通路も入り組んでおり【フィアナ・クロニクル】を5年間プレイしていたデサフィアンテでも時折迷子になることがあった。そのため頻繁に訪れる場所はブックマーク登録をして直接転移していたほどだ。もっともそのせいで余計に道が判らなくなり、たまに徒歩で移動すると9割の確率で迷子になっていた。それはミレシアに血盟居館アジトを持っていた椎姫も同じだ。

〈じゃあ、とりあえずショウとアズにもウィスすっか〉

〈だね。今から集まる?〉

〈えーそれはパス。今日、うちの晩飯、夏生梨特製チーズインハンバーグだし。俺の大好物〉

〈お子ちゃま味覚だねー〉

〈うっさい。ま、飯のあとはクラハンの反省会もあるし、今日は無理だな。明日にしようぜ。昼くらいに集まるってどうかな〉

〈そうだね。町の様子も知りたいし、鷹絢のアジトがセネノースなら、今回はアヴァロンにしようか。午後1時にアヴァロン宿屋前でいい?〉

〈だな。俺もまだアヴァロンには行ってないから様子見にはちょうどいいか〉

〈じゃあ、ショウには私から連絡しとくね。アズによろしく〉

〈ああ。頼むなー〉

 椎姫と昔と変わらない調子で話し、5分少々でウィスパーを終える。それから今度はアズラクへとウィスパーを送った。

 アズラクはデサフィアンテよりも先に引退した君主仲間で、デサフィアンテや椎姫よりも高レベルだったことからレベル上げについては様々なアドバイスをくれていた。そんな頼りになる先輩である一方、普段の会話は下ネタ満載のオッサンそのもので、君主仲間の中では『変態アズ』と言われていた。

 アズラクと久闊を叙したあと用件を伝えると、彼もすぐに了承してくれた。

〈やっぱ動き出すのはお前と椎か。変わんねぇな、お前〉

 アズラクは苦笑している。彼も付き合いの深さゆえにデサフィアンテが自ら苦労を買って出てしまう性分だと判っている。そして自分がそれに甘えている自覚もあった。実際にデサフィアンテがこの世界にいると知り、彼が動き出すのを待っていたのだ。そしてその期待どおりにデサフィアンテは動き出した。

〈明日お前に会えるの楽しみにしてる。もちろん、椎やショウもだけどな〉

 そうしてアズラクへの連絡も終わったとき、アルシェが夕食だと呼びに来たのであった。

 ちなみに翌日再会したときに『俺にだけウィスくれなかった』とショウグンが拗ねるとは思いもしないデサフィアンテだった。






 翌日、デサフィアンテは午前中のクランハントを途中で切り上げてパーティから外れ、待ち合わせのアヴァロンの宿屋へと向かった。

 君主仲間たちと集まることは昨晩の反省会の折に告げており、血盟員たちはデサフィアンテのクランハント途中離脱も快く了承してくれた。この集まりによって事態が少しは進展するだろうと予測したのだろう。もちろん、すぐにタドミール討伐に向かえるなどとは思っていない。しかし【悠久の泉】だけではなくいくつかの血盟が連携することによって現実世界リアルに戻れる日は近づくはずだ。もっとも、肝心のタドミールはまだ現れておらず、帰還できる日はまだまだ先のことと思われた。

 理也まさやたちがデサフィアンテを快く送り出した理由はそれだけではない。自分たち血盟員とは違った信頼関係がデサフィアンテと椎姫、ショウグン、アズラクにはあることを知っている。血盟員には言えないことも血盟主にはある。血盟主同士でなければ判らない思いもある。自分たちには言えないことも彼らには話せる。それを理也たち血盟員も理解していた。だから、色々と君主として背負い込みすぎてしまうデサフィアンテのためにも、彼らとこの世界で交流を深くするのは大切なことだと思ったのだ。

 待ち合わせの場所にはまだ誰も来ていなかった。約束の時間まではあと10分ほどある。デサフィアンテは一旦宿屋に入るとホールを借り、鍵を受け取る。

 【フィアナ・クロニクル】の宿屋には一般の客室とホールがある。それらは鍵を購入することで利用できるようになっていて、客室は8人まで、ホールは20人までが利用できる。但しホールの鍵は君主しか購入できず、鍵の最少販売個数は8個からで客室よりも高い単価になっている。4人で集まるのだから客室でもいいのだが、客室は狭いし、つい癖でホールを購入してしまっていた。利用時間は現実世界リアルの時間で4時間(ゲーム内の時間で24時間)で、その時間内ならば鍵さえあれば何度でも出入りは自由だ。しかし時間を過ぎれば部屋の中にいても問答無用で宿の外へと転移させられる。

 宿の効果はHPRとMPRの上昇で血盟居館アジトと同じ効果があるため、血盟居館アジトのない者は回復に利用する。また、各部屋はそれぞれ独立したマップとなっており、会話が外部に漏れることはない。そのため、ウィスパーやチャットパーティを使わずとも関係のない者に聞かれる心配がない点も利点だ。コマンド入力の必要がない通常チャットで会話できるため、コマンドの打ち間違いによる誤爆もなく安心して会話できる。そのため、会議や相談事、密談の際には宿を利用する者も多い。

 親しい4人で集まるのであれば自分のアジトでもいいかとデサフィアンテは思ったのだが、それはやめておいた。まずどれだけ時間がかかるか判らない。かつての君主会合のころも宿屋から強制的に追い出されるまで喋り倒したことも一度や二度ではない。チャットではなく実際に顔を合わせて話すとなれば、しかも久しぶりなうえにこんな状況ともなれば、話は数時間にも及ぶ可能性がある。そうなれば、他の3人が血盟員に気を遣うようなことにもなり兼ねない。

 それに君主同士の話は場合によっては血盟員には聞かせないほうが良いものもある。もちろん、あの仲間たちが盗み聞きなんてするとは思わないが、彼らとて気になるだろうし、気も遣うだろう。

「鷹絢? 俺が嫌いかー!?」

 1人の男性君主がそう叫びながらいきなりヘッドロックをかけてきた。

「……ショウか」

「すぐに判るなんてやっぱり俺が嫌いなんだな!!」

 そう言いながらショウグンは腕の力を強める。

「俺のこと鷹絢呼びしていきなり技かけてくるプリなんてお前だけだからな。っつーか、痛ぇよ! ショウ、放せ!」

 呆れた口調でデサフィアンテは答える。ちなみにこれがアズラクだとカンチョウしてくるだろうと予測している。年齢の割りに行動が小学生のような男なのだ、アズラクは。

 初対面のはずなのだが、やはりゲーム内での付き合いがあるから、2人の態度は旧友に対するものと同じだった。まるで高校時代の友人に久しぶりに会ったような感覚だ。

「やっぱ俺のこと判ってるな! 愛してるぜ鷹絢!」

 ショウグンは子供のようにニカっと笑う。

「あー、はいはい。ってかお前なんで俺が嫌ってるって発想になったんだよ」

「だってお前、きのことアズにはウィスしたのに、俺にだけくれなかったじゃないか。きのこから連絡来たぞ」

「いーじゃん、お前椎に懐いてたし。椎が連絡してくれるっつーから任せただけだよ」

 言い合いながらもどちらも怒っているわけではない。単にじゃれ合っているだけだ。君主仲間の中でデサフィアンテとショウグンは同じ年齢ということもあって、悪友のような関係だった。レベルと経験はショウグンのほうが遥かに高かったが、甘えん坊なところのある彼はよくデサフィアンテや椎姫のところに遊びに行っていた。いつの間にか別キャラクターで【硝子の青年】に加入していたくらいだ。ちなみにショウグンが椎姫を『きのこ』と呼ぶのは彼女の血盟のエンブレムが椎茸をモチーフにしているからで、仲間内での愛称のようなものだ。

「なーに往来でじゃれてんの? 男2人の戯れ合いなんてキモっ」

「お前らももうイイ歳なんだから ……ズルいぞ、俺も混ぜろ」

 そこに呆れたような声がかかる。見れば男女の君主が1人ずつ立っていた。椎姫とアズラクである。

「おう、久しぶり。じゃあ、中に入るか。って、いい加減に離れろ、ショウ! 鍵渡せないだろ」

 初めての対面、けれど数年ぶりの再会でもあった。






 4人はデサフィアンテが取った部屋に入った。それぞれが適当に用意してある飲み物を入れてテーブルに就くと、各々パソコンを起動させる。全員がノートパソコンを持ってきていた。そこに血盟員の状況やこの1週間で集めた情報をまとめているのだ。

「皆パソコン持ってるのね」

「そりゃな。現実世界リアルのサイト見れないのは残念だけど」

 それぞれの準備が整ったところで、3人の視線がデサフィアンテに向く。

「ほれ、鷹絢、進行しろ」

「え、俺?」

「お前が招集かけたんだから当然」

 ショウグンとアズラクがデサフィアンテを促す。

「んー、じゃあ、今更って感じだけど、一応顔を合わせるのは初めてだから自己紹介?」

 まさに今更ではあるし、合流した時点で判ってはいるのだが、まずはそこからだろうとデサフィアンテは言う。

「まぁ、名乗りついでに今の自分のクランの状況報告すればいいんじゃね? 何人来てるのかとかさ」

 アズラクがそう言い、提案したアズラクから始めることになった。

「あー、アズラクだ。うちの【ふぇんりる騎兵隊】は俺含めて9人。内訳はプリ1、他は各2だな。レベル的には俺の62が最高で、あとは52~53ってトコ。狩場にはまだ俺とベラーターとジェナーしか出てねぇ」

「ショウグン。【傾奇者兵団】は俺とナイト2人、ウィズ1人、エルフ1人にエレティクス2人の前衛過多。レベルは俺が65であとは48前後だな。うちの連中は引退早かったし。狩場には俺を含めて出てない」

「椎姫よ。【ピルツ・ヴァルト】は全部で12人。プリ1、ナイト・エルフ・エレティクスが各3でウィズが2。レベルは凱様がいさまの71が最高で平均は60前後かな。今は凱様と菫親分中心で竜谷やアヴェリオン雪原から慣らしてるトコ。でも半分は怖がって外に出ないわね」

「ラスト俺か。デサフィアンテ。うちの【悠久の泉】は全部で10人、プリ1、ナイト3、ウィズとエルフとエレティクスが2ずつ。最高レベルが冥さんの70で、1番低いのが52だな。毎日6時間全員でクラハンしてる。あ、週休2日の予定だけど」

 一通り各血盟の状況を報告し合う。

「4クランで合わせて39人か。きのこのところ意外と少ないな」

「うちは引退っていってもクランごと【エゼアルシト】に移住したみたいなものだからね。そっちでプレイしてて今更FCHってのは少なかったんだと思う」

 引退前には100人近くの血盟員を抱えていた椎姫は肩を竦めて答える。だが、むしろ来ていないことにホッとしているように見えた。否、椎姫だけではなくショウグンもアズラクも来ている人数が少ないことに安堵しているようだ。この世界の状況を考えれば来ている友人は少ないほうがいい。デサフィアンテとて夏生梨とアルシェが来たときに思ったのは『来てしまった』だったのだから。

「なんかアルメコアからメール来たときに妙な感じしなかったか? 今となっては、ってことなんだが」

 1週間前を思い出したかのようにショウグンが言えば、アズラクも頷いている。デサフィアンテにも心当たりがある。

「そうね。なんだかINしなきゃって思ったのよね。引退してから4年間、一度もそんな気にならなかったのに。今のパソコンにFCHはインストールしてなかったのに、わざわざ公式からダウンロードしてインストールし直したわ。2時間もかけてね。でもそれを疑問にも思わなかった」

 椎姫の言葉に3人は頷く。確かにあの日、『INしたい』ではなく『INしなければ』と思った気がする。パソコンに【フィアナ・クロニクル】のクライアントが残っていることを確認したとき『インストールし直す手間が省けてラッキー』と思ったのだ。インストールに時間がかかって面倒くさいからINをやめようとは欠片も思わなかった。【フィアナ・クロニクル】にログインするのを当然のように考え、行動していたのだ。

「多分、イル・ダーナに『呼ばれた』んだろうな、俺たちは」

「だろうな。だからレベルが高くても迷惑プレイヤーだった奴らとか、レベルの低い奴はこの世界に来てない。Lv.50未満でも来てるのはプリか血盟の幹部レベルの奴っぽいし。プリだってある程度名前の知られてる奴しか呼ばれてない。まぁ、サデ鯖関係者しか判らんけどな」

 帰還条件を知ったアズラクは戦力を知るために知っている限りの高レベルプレイヤーの名前をキャラクター検索したのだ。その結果、レベルは高いが悪質なプレイヤーは1人もいなかった。また、町を見る限り極端にレベルの低いキャラクターもいない様子だった。狩場では殆ど人を見ないから推測でしかないが。

「ガビールと実樹は来てたよな。他には誰が来てるんだろ。ゼフテロスとかクリノスさんとかは来てないんだよね」

 デサフィアンテが把握している君主はここにいる3人の他はワールドチャットでも反応のあった2人だけだ。

 ゼフテロスとクリノスはアルサーデスの君主にとっては憧れの存在だ。サーバーオープンから半年にも満たない、殆どの君主がLv.45にも到達できないでいた時期にLv.52を達成したのがこの2人だった。アルサーデス全体で見ても52に達した者は少数で、その黄泉の騎士変身はそれだけで尊敬の対象だった。育成が最も困難といわれる君主でそんなにも早期にLv.52となった2人は他の君主たちにとっては憧れであり、目標でもあったのだ。デサフィアンテもそんなゼフテロスに憧れた1人だった。

「来てないっぽいね、今のところは」

「第3陣以降かもしれないし、来ないかもしれないわ」

 あの2人が来ていれば彼らによってプレイヤーをまとめることは可能だろうと思えたのだが、そう簡単にはいかないらしい。

「正直、うちはレベルが低くて戦力になるかは怪しいな」

 一番血盟員の引退時期が早かったショウグンが言う。彼のクランは最後の2年ほどは実質彼1人だけで活動していたのだ。

「うちもだな」

 アズラクも別ゲームのサービス開始とともに移住し、それに伴い血盟員も引退していたから、既に引退から7年近くが経っている。レベル的にもブランク的にも現状はかなり厳しいようだ。

「うちは菫親分と凱様がいてくれて2人が張り切ってるし、ボチボチ狩りはしてるのよね。でもタドミールだからね ……」

 サーバー内でも高レベルのナイトとして名の通っていた凱様 ── ガイル・ラベクと【ピルツ・ヴァルト】の親分といわれ頼りにされている三色菫の2人が率先して狩りに出かけているらしい。平均レベルが60前後というのも頼りになる。

「鷹絢のとこはどんな感じなの?」

 椎姫が水を向ける。この世界に来て最初のレベルアップ祝いのワールドチャットはデサフィアンテを祝うものだった。その後も【悠久の泉】メンバーのレベルアップ祝いのワールドチャットが多く見られたから、かなりのハイペースで成長しているだろうことは想像に難くない。

「うちはさ、とりあえずタドミール倒すためにやれることやろーぜって流れ。皆で生きて帰って、そんでオフ会やろう! ってな感じ」

「お前のところらしいよな。前向きっつーか」

 アズラクはあまりに【悠久の泉】らしい返答に笑いを漏らす。恐らく4人の中で一番血盟員との絆が強かったのが【悠久の泉】だ。そのことは3人ともよく知っている。合同クランハントやイベントで一緒になったりして、それなりに【悠久の泉】や【硝子の青年】の血盟員とも交流があるのだ。

「鷹絢のところの他の9人って誰だ? 冥さんと夏さんはいたな。あとは?」

「2人以外だと、チャルラタン、アルシェ、迅速、イスパーダ、疾駆する狼、ディスキプロス、それと理也だな。っても皆が判るのってチャルラタンとアルシェくらいか?」

 イスパーダは3人と知り合う前に引退しているし、3人が血盟居館アジトに来るようになったのは【硝子の青年】になってからだから、知らない者のほうが多いだろう。

「ブログで名前は見た気がする。けど、理也って名前は覚えてるぞ」

「うん。鷹絢が散々悩んでた片腕だろ。EO解散する前にさ」

 しばらく考えてアズラクとショウグンは言う。何処か気遣わしげな表情をしている。

「よく覚えてたな。もう8年くらい前なのに」

「そりゃあね。あのころの鷹絢、見てられなかったもの」

 どうやら椎姫も覚えていたらしく、苦笑している。

「まぁ、確かにあのころはお前らに散々愚痴聞いてもらってたからな」

 血盟員には言えなかったことも同じ君主である彼らには言えた。彼らは同じ『血盟の責任者』として話を聞いてくれた。そしてデサフィアンテが【悠久の泉】解散を決めたときには一度はそれを止めてくれた。ショウグンは『お前はプリを辞めちまうのは寂しい』と言ってくれたし、アズラクは『お前は俺が知る中で一番君主らしいプリだから、お前がプリじゃなくなるのは勿体無い』と最高の賛辞ともいえる言葉をくれた。もっとも、キャラクター変更はステータスタイプを変えた君主の作り直しであり【悠久の泉】解散後は新キャラクターで新血盟を立ち上げる、君主も血盟運営も辞めるわけではないと知ると、2人とも『さっさと解散して気楽になれ』と逆に勧めてくれた。

「理也は今じゃ昔どおり俺の片腕だよ。血盟員たちもそれを認めてる。皆、当時の事情を知ったうえでね」

 自分のことを心配してくれる3人を安心させるようにデサフィアンテは告げる。5年以上会わなかった、しかもゲーム仲間でしかなかった自分をこんなふうに案じてくれる。自分は友人に恵まれている。デサフィアンテはそう思う。かつてショウグンに『鷹絢はクラン員に恵まれてるな』と言われたが、君主仲間にも恵まれているとデサフィアンテは感じた。

「それならいいけど。ま、鷹絢にめっちゃ甘い冥さんと夏さんが受け入れてるって時点で問題ないわよね」

「あー ……あの2人、今だとむしろ俺に厳しいほうの2人になっちゃうかも」

「は? あの2人で厳しいって、お前んとこどんだけお前に甘いんだよ」

 デサフィアンテの言葉にショウグンが突っ込み、4人は笑う。デサフィアンテが心配ないというのなら本当にそうなのだろう。デサフィアンテは君主仲間には見栄や虚勢は張らない。血盟関係の悩みは隠さない。だから大丈夫だ。

「そういや、お前のとこは積極的に狩りに出てるんだな。全員で毎日6時間ってスゲェな」

「そりゃ、狩りしなきゃレベル上がんないだろ。全員虹になれって指示してるし。今日だって午前中は41階層行ってきたし、午後は俺抜きで51階層行ってる。ちょうどスク9枚出てたし。今頃夏生梨とチャルがXO祭りしててナイトが俺らにも狩らせろとか言ってんじゃね」

 翡翠の塔51階層はアンデッド系のモンスターが出現するため、ウィザードのアンデッド浄化魔法エクスオルキスムスが有効だ。夏生梨もチャルラタンも装備での底上げ込みでINT25を超えているから確率魔法である『エクスオルキスムス』の成功率は高い。恐らくエルフ2人が魔法抵抗力低下魔法カルキプス・マギアでモンスターの魔法抵抗力を弱めウィザード2人が『エクスオルキスムス』で倒しまくっているに違いない。ナイトとエレティクスの前衛5人は床に落ちたドロップの回収係になっているだろうとデサフィアンテは推測した。 ── まさにそのとおりのことが起こっていたわけだが、当然デサフィアンテは知るよしもない。

「まぁ、普段ウィズ2人は他のメンバー守るためにほぼ回復に専念してくれてるからね。その分神経使いまくってる。31階層とか51階層とかウィズと相性のいい狩場でストレス発散してもらおうかなと。ちゃんと前衛陣がタゲ管理してるだろうから心配は要らないはずだし」

 笑いながら言うデサフィアンテに、3人は彼の血盟員への信頼を感じた。自分がいないところでも彼の血盟員ならば己の役割をきちんとこなすという信頼を。

「もう51階層か。EOは2日目の朝から狩りに行ってたんだろ? 切り替え早いよな。うちの連中なんて、どうしようどうしよう、帰りたいって部屋に閉じ篭もってた奴らばっかりだったぜ」

 アズラクが溜息混じりに言う。もっとも、アズラクとてそれを責める気にはならず正直途方に暮れていたのだ。デサフィアンテたちのレベルアップ祝いのワールドチャットを見て、ようやくベラーターと狩りに出てみようとフェストラントケイブに向かった。とはいえ、そのタイミングで第2陣が来たから実際に狩りをしたのは翌日の3日目だ。それでも動き出したのは早い部類に入る。

「うちは現実逃避で酔い潰れてたな」

 アズラクの言葉にうちも似たようなものだったとショウグンも言う。ショウグン自身は町の様子を見て回っていた。町に集まっているプレイヤーやNPCの様子から何か判るのではないかと。そこで判ったのはこの世界はゲームそのままだということだった。NPCは定型文のような応答しかしなかったし、与えられた役目しか果たさなかった。つまり、召喚されたプレイヤーたちが動かねばどうにもならないということだ。

「うちは様子見してたわね。タドミール倒さなきゃいけないのは判ってるけど、実際に狩りをするのも色々怖いし。鷹絢の全茶で55HITを知ったあとに凱様と親分が様子見兼ねてノーデンスケイブに行ったの」

 椎姫のところは戦力の要であるガイル・ラベクと三色菫が泰然とした態度を崩さなかった影響も大きく、比較的落ち着いていた。ただ実際に狩りをするとなると恐怖が先に立った。そして2日目のワールドチャットによってガイル・ラベクと三色菫が動いた。『ネタプリ代表の鷹絢さんやネタキャラの冥さんが動いてんのに、正統派ナイトの俺が閉じ篭もってるわけにはいかないだろ』と冗談混じりに言って、狩りに出た。まずは自分と三色菫で小手調べをしてくるから、椎姫たちは待機していてくれと告げて。

 アズラクにしてもガイル・ラベクにしても動き出すきっかけはデサフィアンテの55HITワールドチャットだった。既に動き出した者たちがいる。それも旧知の友だ。そのことが一歩を踏み出す勇気を与えたのである。勇気というよりは負けん気を刺激されたといったほうが近いかもしれない。

「うちはさ。なんか、集まったときには『なんでだよ、どうしてだよ』とか、皆言わなかったんだよね。皆あっさりこの非現実的な現状を受け容れていたっつーか。こうなっちまったもんは仕方ない、帰るためにやることは判ってんだからやるしかねぇって、すぐ結論出てさ。まぁ、現実世界リアル帰ったらアルメコアに慰謝料請求すっぞーなんて冗談も言ってたけど」

 現実世界リアルに帰るためにはタドミールを倒さなければならない。タドミールを倒すためには強くならなければならない。そのためには狩りをしなくてはならない。狩りをするためには自分たちの現状把握が必要だ。だからすぐに動き始めた。デサフィアンテたちにしてみれば当然のことをしたまでだった。

「それがお前のトコらしいんだよな。お前のトコの血盟員は皆、お前がいりゃ大丈夫だって思ったんだろう。お前、真面目だけど何処か楽天家で前向きだし、そういうとこは血盟員が一番判ってんだろうしな」

 アズラクは揶揄うような、それでいて真剣さを含んだ表情で言う。

 アズラクがゲーム世界で椎姫やショウグンと深い交流を持つきっかけとなったのはデサフィアンテだった。ショウグンとは高レベルの君主同士互いに意識し合ってはいたが、ともに遊ぶような仲ではなかった。当時の君主は血盟運営者として行動する者も多く、それゆえに悩みも尽きなかった。今の数倍のプレイヤーがいたこともあって、その分トラブルや問題児も多く、何処の君主も血盟運営に悩んだり鬱憤が溜まったりしていた。

 一番最初に君主の集いを呼びかけたのは華水希だったらしいが、正直なところアズラクにその印象は残っていない。最初の集いの際には自分もショウグンも参加をしなかった。君主同士で交流しませんかという誘いには特に何も感じなかった。その席でデサフィアンテ(当時は鷹村絢)、椎姫、華水希、徽宗、実樹は知り合ったらしい。それから2ヶ月ほど経ったころに呼びかけたのがデサフィアンテだった。『君主だけで集まって愚痴吐き出し大会やりませんかー』と誘いかけたのだ。ストレートな『愚痴の言い合い』という文言に惹かれてアズラクはその誘いに乗り、そこで3人と知り合った。

 そしてその後『君主会合』は定期的に月に2回開かれるようになった。参加は強制ではなく自由だったから毎回顔ぶれは違った。それでもほぼ主催となっているデサフィアンテ、椎姫、華水希、アズラク、ショウグン、クエルボ、オブロは毎回参加していた。内容は初めのころは愚痴や不満を言い合うだけだった。他のクラスのプレイヤーには判ってもらえないそれらは、君主同士であれば共感し合えた。

 やがてその愚痴や不満をどうすれば解消できるのか、そんなことを相談し合うようになった。互いの経験を基にアドバイスし合ったり意見を出し合ったりもした。迷惑プレイヤーへの対応、困った血盟員への対応、クランハントのやり方、レベル差がある場合のクランハントといった運営に関すること。或いは運営のために時間を取られ狩り時間の少ない君主が単騎ソロでそれなりに経験値も資金も稼げる狩場情報の共有、そんな様々なことを話し合った。時にはそのまま君主だけで狩りに出かけたり、『ハメ』や『誘き寄せ』などの狩場でのスキルの講習会を行なったりもした。合同イベントや合同クランハントの計画を立てることもあった。月に2回のその集まりの日は、君主たちにとって苦労を分かち合える仲間との息抜きの時間となっていた。

 だからだろうか、デサフィアンテはいつの間にか君主たちから一目置かれるようになっていた。会合を主催し進行していたデサフィアンテはいつの間にか君主仲間からの信頼を得るようになっていた。決してレベルは高くない ── 実際、ショウグン、アズラク、椎姫、華水希の初期からの会合メンバーの中では一番低い ── ながらも君主らしい君主と見られるようになっていた。新人君主の中には尊敬する君主としてデサフィアンテの名を挙げる者までいた。デサフィアンテや椎姫がゼフテロスやクリノスに憧れたように、いつの間にかデサフィアンテも憧れられる側にいた。『そうだろ、鷹絢はスゲェ奴なんだぜ』とアズラクもショウグンも友人として誇らしく思ったりもした。

「おだてたって何も出ねぇっての」

 アズラクの述懐が気恥ずかしく、デサフィアンテは苦笑する。血盟員といい君主仲間といい、過去の自分を思い出というフィルターで美化し過大評価しているとしか思えない。自分はただのネタ大好きな君主で、仲間と楽しく遊びたいからそのために動いていただけだ。今現在はそれに加えて安全に現実世界リアルに生きて帰るためにやるべきことをやっているに過ぎないのだ。

「うん、実際にこうして動き始めたのが鷹絢なのは事実だし、アズが言うのも判るけどね。でもこれ以上言うとキレちゃうわよ。鷹絢、照れ屋さんだから」

「だな。思い出話になると長くなっちまう。今日はこれからのことを話すために集まったんだろ。話、進めようぜ」

 クスクスと笑いながら椎姫が言い、ショウグンが話を先に進める。彼らにもアズラクの言いたいことは判る。彼らも同じなのだ。【悠久の泉】の血盟員がデサフィアンテがいることで安心したように、彼らも安心したのだ。デサフィアンテがいるのであれば何とかなるのではないかと。デサフィアンテを仲立ちとして君主たちが協力し合い、皆で助け合って無事に現実世界リアルへ帰れるに違いないと。それは紛れもなく、デサフィアンテをはじめとした君主仲間への信頼だった。

「やっぱさ、ネックはこっちで死んだら現実世界リアルでも死ぬ可能性があるってことだよな」

「ああ。無茶はできないよな。だからまずはレベル上げだ」

「タドミールがどれくらい強いかも判らないものね」

「確かFCHのモンスの中で一番HP高かったんじゃないか」

「覚えてないな。フィアナWebにもデータなかったよな」

「倒せっつーんならデータくらい寄越せってんだ。まぁ、まだ出てきてないからいいけどさ」

 口々に言い合う。

「当面はレベル上げと装備強化だな。ラスボス扱いなら竜よか強いだろうし」

「だなー。最低ラインでも虹レベルはいるだろ。レベル高いに越したことはないし。ゲームよか経験値多く入るし、その点では育てやすいな」

 なんせ俺がこっちに来てから6レベルも上がってるくらいだしとデサフィアンテが言えば、3人は驚く。

「ちょ、早すぎ! もうすぐ銀なの? ヤバい、追いつかれる」

「銀には昨日なったよ。冥さんも虹になったし、来週中には夏生梨とチャルも銀になるかな。一番低い奴でも52だしな。もっとも冥さんに言わせると70になってから経験値の入りが悪くなったらしい。やっぱ50階以下だとこのレベルじゃ経験値効率が悪くなるって。でもまぁ、大体本鯖の100倍近い経験値は入ってる感じだ」

 実際に毎日狩りに出ているデサフィアンテの言葉に3人はなるほどと思う。アズラクとショウグンは血盟員の状態からそれほど狩りに出ることができていないし、椎姫の場合は少人数で緩い狩場から慣らしているところだからそれほどの経験値取得ができていないのだ。

「レベルに見合った狩場に行けば、あっという間に全員虹まではいけると思う。もっともスキルがそれに追いつくかどうかは問題だけどな」

 ハイペースでレベルが上がっている理也たち一番気にしているのもその点だ。だから毎日のクランハント反省会では様々な意見や提案が出て、それを翌日に活かすということが繰り返されている。

「スキルの問題はあるな。何しろ引退者が集まってるわけだし、忘れてることも多いだろ」

「実際に狩りをすれば体は自然に動くのよね、不思議なことに。便利で助かるけど、釈然とはしないわ」

「それな。モンスへの恐怖心とかないもんな。でも、それは狩りをしないと判らない」

 椎姫の言葉にアズラクも頷く。初めて怪物と戦うはずなのに恐れを抱きすらしなかった自分に彼も違和感を持ったのだ。

「まずはうちの連中を狩場に引っ張り出すところからだな」

「不安なら合同クラハンでもやろうか。【ピルツ・ヴァルト】とうちが揃ってりゃ、怖がってても何とかなるんじゃないか? それに1回安全に狩りができりゃ、あとはマシになるだろ」

 要は狩りに出ないからいつまでも不安が勝るのだ。狩りに出て何とかなるのだと判れば、前に進み現実を受け入れ、この世界で生きる勇気も出てくるだろう。

 そんなわけで数日のうちに4血盟揃っての合同クランハントをやろうという話がまとまった。人数が40人近い大所帯になることから何処でやるかは問題だが、ある程度の広さがあって移動も楽で脅威となるようなモンスターのいないところということで、フィアナ大陸南東部の砂漠地帯へ行くことにした。通常 ── ゲームであればLv.30前後のプレイヤーが行くフィールドだから、危険もないだろう。

「けど、鷹絢のところに冥さんがいて、椎のところに凱様がいるっていうのは心強いな」

 冥き挑戦者もガイル・ラベクもゲームでは名の通った高レベル高スキルのプレイヤーだ。狩り血盟(狩りを主体に行ない戦争をしない血盟)所属とはいえ、戦争で最前線の攻撃部隊として助っ人参加することもあるし、特殊狩場開放戦でもほぼ毎回主戦力として声をかけられている。この世界の戦闘能力はゲーム内のスキルと同じだから、この2人の存在が確認されているだけでも随分と心強い。

「プリでガビールや実樹が来てるってのもな。まぁ、戦争はねぇけど、タドミールともなりゃ大人数を指揮できる指揮官は必要だしな」

 ガビールは君主には珍しい虹変身のプレイヤーであり、特殊狩場開放部隊を組織することが多かった。また実樹は大規模戦争血盟の君主で、当然大人数の指揮・作戦立案に慣れている。そういった君主がいてくれることもこの状況では頼もしい。実樹とはゲーム時代の君主会合での面識もある。

 また、そう発言したアズラクとショウグンも君主の中では高レベルプレイヤーに分類される。特にショウグンはガビールに次ぐ高レベル君主だった。2人ともネタ行動が多いせいで忘れがちだが、狩場では頼りになる存在だった。効率のいいレベル上げ方法や狩場などの2人のアドバイスにデサフィアンテも椎姫もどれだけ助けられたか判らない。

 やはり君主仲間がいるだけで心強い。そう4人は感じた。君主プレイヤーはそのクラスの役割ゆえの特性として、全体の状況把握と判断に慣れている者が多い。自分を含めて客観的に状況を判断し利害を判ずることをほぼ無意識に行なう。時に冷酷な処断をすることもあれば、相互扶助も行なう。それゆえに横の連携も強い。君主たちが動けばサーバーが動く。君主たちの意思が統一されれば【フィアナ・クロニクル】でできないことはないと思えるほどだ。

「そうだ、皆メルアド取った? あるなら交換しとこうぜ」

 それぞれが既にメールアドレスは取得していた。さすがに血盟サイトまで作っていたのは【悠久の泉】だけだったが。

「もうクランサイトまで作ってんのかよ。早いな」

「夏生梨に作ってもらったんだ。現実世界リアルでもうちのサイト運営やってもらってたしな。ほら、サイトあれば情報共有とか確認とかしやすいだろ。新しい召喚者とか、クランに新規加入した人とかいても、サイト見てーで済むし」

「確かにそうよね。うちも作ろうかな。それとさ、召喚者はともかくとして新規加入とかどうしてる? クラン員募集とかする?」

 ふと思いついたように椎姫が言う。

 この世界に呼ばれた者全員が血盟に加入しているわけではない。しかし、この世界で生きていくには血盟に入っていたほうが安心だ。元々【フィアナ・クロニクル】は血盟に所属することを前提としてゲームがデザインされている。この世界も当然それは同じで、血盟に所属していることで生活が容易になる。血盟に入っていれば衣食住は保障されているが、無所属の者は宿屋に泊まり、飲食店を利用するためにマルクを消費せねばならない。

「どうしたらいいかね。こっちだと血盟加入イコール共同生活だからな」

「ああ。今集まってるクラン員はそれなりにお互いのこと判ってるメンバーだからな。だから何とか一緒にやっていけるんだが ……全く見知らぬ奴といきなり一緒に暮らすってのも抵抗があるよな」

 アズラクもショウグンも迷っているようだ。ゲーム世界よりも関わりが深くなる分、簡単に加入したり加入させたりができにくい。ゲーム時代とて血盟加入後の一定期間はお互いに様子を見るために『体験期間』扱いにしていたのだ。

「だよな。プリの一存で決めるってのも、この世界じゃ難しいよ」

 デサフィアンテも頷く。かといってこのまま無所属者を放置しておいていいのかとも思う。今デサフィアンテたちが当たり前のように活用している『フィアナWeb』とて血盟に所属しパソコンを入手しなければ見ることはできず、結果、血盟所属者と無所属者では持っている情報の量も異なってくる。

「簡単に答えが出る問題でもないしな。やっぱり、色々こういった情報交換とか相談の場、あったほうがよくないか? タドミールと戦うことを考えたら血盟間の連携も必要だし。プリ会議みたいなの、また定期的にやろうぜ。そうすりゃどんなプリが来てるのか、どんなプレイヤーがいるのかも判りやすいし、状況も掴みやすい」

 今この世界はまだ巧く動き出していない。となれば、やはり最初に行動を起こすべきは血盟の責任者である君主だろうと、昨日のデサフィアンテが考えたのと似たようなことをアズラクが言う。

「それもいいよね。実際、他にもクランあってもっとたくさんの人がいるはずなのに、狩場では誰にも会わないもの。皆、閉じ篭もっちゃってる感じだし」

 だから、最初に君主が動き出しましょうよと椎姫も賛同する。

「だな。それに俺たちみたいに相談してるプリ、他にもいるかもしれないし」

「善は急げだ。早速明日集まろう。1時にここでいいだろ」

「んじゃ今から全茶すっか。鷹絢、行け」

「え、また俺?」

「夜には俺もやる。あと、明日の朝と時間の前にもやるか」

「じゃあ、朝は私がやるから、直前はアズお願いね」

 手早く話がまとまる。決めたら即行動だ。歩き出さなければいつまで経っても現実世界リアルへの帰還という目的地には辿り着けないのだから。

{デサフィアンテ:全プリに提案。帰還に向けて動くためにプリ連絡会を発足したい。明日午後1時にアヴァロン宿屋に集まってほしい。まずは俺たちから動こう}

 デサフィアンテの全茶が流れる。すると続けて6人の君主が了解の全茶を返してきた。全てデサフィアンテの旧知の君主たちだ。

「6人か。これで全部なのかな」

「どうなんだろうね。見てた人がそれだけなのかもしれないし、あと3回予定どおりに告知しましょ」

 椎姫の言葉に3人は頷き、それを以って君主仲間4人の会合は終わった。

 現実世界リアルへ戻るための道が、またひとつ開けたのである。