第2章 旧友たちとの再会

 来客を告げる鐘の音にデサフィアンテたちは顔を見合わせた。恐らく、先ほどのワールドチャットの呼びかけによってやって来た仲間の誰かであることは容易に察せられる。3人は音を立てて椅子から立ち上がると、玄関へ向かった。

 扉を開けるとそこには3人のナイトと2人のエレティクスがいた。ナイトたちは黒髪であり、エレティクス2人が銀髪に尖った耳を持っているところは公式グラフィックと同じだが、髪型と顔立ちはそれぞれ違う。恐らく現実世界リアルの彼らの容貌そのままなのだろう。デサフィアンテとて赤褐色の髪色以外は現実世界リアルと同じであることを浴室の鏡で確認している。

理也まさや、疾駆する狼、イスパーダ、くらき挑戦者、ディスキプロスか?」

 デサフィアンテの問いかけに5人は頷く。その返答にデサフィアンテたち3人は笑顔になる。

「待ってた。俺がデサフィアンテだ。中に入ってくれ」

 5人を連れてデサフィアンテは居間へと案内する。

「とりあえず飲み物だな。コーヒー ……面倒だ。ビールでいいか? 冷蔵庫にあったよな」

「ああ。有り得ねーことに缶ビールがな」

 笑いながら迅速が厨房へとビールを取りに行く。

「ま、とりあえず座れよ。それから今更だけど自己紹介しようぜ。ゲームと違って頭の上にキャラ名表示なんてねーからな」

 それぞれに座るように勧め、デサフィアンテは明るく言う。

「まず、さっきも名乗ったけど、俺がデサフィアンテな」

「で、俺がチャルラタン。よろしくっつーか、初めましてっつーか、久しぶりっつーか ……挨拶に困るよな」

 チャルラタンがそう言えば、皆が苦笑する。数年前まではほぼ毎日のようにゲーム内で時間を共有していたとはいえ、顔を合わせるのは初めてだから、なんと挨拶すればいいのか微妙なところだ。

「別に久しぶりでいいんじゃないか? 俺が迅速だ」

 笑い合っているところに人数分のビールを持って迅速が戻り、名乗る。それぞれがビールを手に取ったところで、デサフィアンテが乾杯の音頭を取る。

「こういう状況だけど、再会できたことに乾杯!」

 それぞれがビールを煽り一息ついたところで、新たに合流した5人が名乗ることになった。

「皆の鹿さんこと冥き挑戦者だ」

 そう名乗るのは40代後半と思しきエレティクス。ゲーム内の愛称は主に『冥さん』だったが、時々『鹿さん』とも呼ばれていた。

「やっぱ冥さん、イイ歳こいたオッサンだったんだな。その歳で鹿とかイノシシとか招き猫とか、何やってたんだよ」

 デサフィアンテは笑う。【フィアナ・クロニクル】には変身システムがある。変身すると様々なモンスターや専用グラフィックに変わる。変身することによって行動速度や攻撃速度、魔法発動速度を上昇させたり、被ダメージ時の硬直時間を軽減させるためのものだが、中には牛やイノシシ、鹿や犬、招き猫や巨大兎の着ぐるみなど明らかに戦闘できないネタ変身もあった。冥き挑戦者は血盟内でも最も高レベル高スキルの頼りになる前衛だったがネタ行動も多く、よく戦闘できない変身をしては血盟員に突っ込まれていた。その中で彼が愛用していた変身が鹿だった。

「ゲームはゲーム。現実世界リアルとは違うんだから、弾けたっていいだろ」

 ゲーム内でのイメージのまま、冥き挑戦者は悪ガキのような表情で言う。それに彼を知るデサフィアンテ、チャルラタン、迅速は苦笑する。

「俺はディスキプロス。ボス、なんやホンマに男前やってんなぁ」

 そう名乗ったディスキプロスは20代後半の関西弁の青年だ。彼は【悠久の泉】時代最後に加入した初心者だった。彼が無事にLv.45 ── 当時の【フィアナ・クロニクル】においてようやく一人前といえるレベル ── になったことを確認して【悠久の泉】は解散したのだ。

「なんだよ、信じてなかったのか?」

「普通は信じねーだろ。自分で自分のこと男前! とか、どんだけ痛い奴だよ」

 そう笑って突っ込んだナイトは『あ、俺、イスパーダね』と軽く名乗る。年齢はデサフィアンテと同じくらいだ。40代後半の冥き挑戦者と30代後半の疾駆する狼を除いて、他は皆30代前後の同年代ばかりだった。

 イスパーダは理也と並んでデサフィアンテの片腕として血盟の中核にいたナイトだった。しかし、半年ほど経ったころ、留学が決まったために引退していた。

「うるせー。俺も若かったんだよ」

 ばつの悪そうな顔になり、デサフィアンテは反論する。【フィアナ・クロニクル】を始めた当時はまだ未成年だったこともあり、当時の自分は若くて今となっては黒歴史になるような言動があったことは確かだ。

「まぁ、それがじゅんらしいんだけどな。で、俺が疾駆する狼だ」

 疾駆する狼は血盟に最初に加入したナイトだった。血盟内でも年長者だったため、ゲーム内では自らを『オッサン』と言い、デサフィアンテとは『ジジイ』『ガキ』と言い合ってじゃれることもあった。【悠久の泉】解散を機に『俺もイイ歳だからな』と引退していた。

「最後は俺か。理也だ。 ……久しぶりだな、絢」

 理也は【悠久の泉】解散の原因のひとつとなったナイトだ。血盟創設初期からずっとデサフィアンテの片腕として行動していた彼との確執によって、デサフィアンテは一時期【フィアナ・クロニクル】をやめようとしていたほどだった。もっともそれはチャルラタン、迅速、疾駆する狼、君主仲間たちの励ましによって回避され、新たな血盟を立ち上げることで再出発したのである。

 そんな経緯があったせいか、理也は合流することを躊躇ためらっていた。しかし、そんな彼を見越したかのように疾駆する狼からのウィスパーが届き、とりあえずデサフィアンテに会ってみることにしたのだ。本当にいいのだろうかと迷いながらやって来た館の前で他の3人と鉢合わせした。そして、デサフィアンテを訪ねれば、彼は真っ先に自分の名前を挙げてくれた。

「ああ、久しぶりだな、理也。お前のことだから、昔のことを気にしてるかもしれないけど、気にするな。お互い、まだ若かっただけなんだからさ」

 デサフィアンテはそう言う。確執とはいえどちらかが悪かったというわけでもなく、仲違いをしたわけでもない。だからこそ、訣別するしかなかったともいえる。理也はゲーム内で知り合った女性に恋をし、恋と友情の板ばさみになった末に彼女を優先しただけだったのだ。敢えて悪かった点を挙げるとすれば理也に女性を見る目がなかったという点だけだが、デサフィアンテと理也が道を違えた時点ではそれもまだ判ってはいないことだった。

 デサフィアンテと理也の出会いは、理也のプレイ初日のことになる。理也の【フィアナ・クロニクル】は常にデサフィアンテとともにあったといっていい。理也はデサフィアンテのことを友人として仲間として好いていたし、それはデサフィアンテも同様だった。血盟創設初期からずっと自分の片腕として真面目なことも馬鹿なことも一緒にやったきた仲だったから、理也が離れていくことは寂しかった。けれど、所詮はゲーム内での繋がりでしかない。だから、恋する女性とゲーム内での知人を天秤にかけて恋人を取るのは当然だと思った。むしろ理也が悩んでくれただけで嬉しく、彼に対してデサフィアンテはなんら悪感情などなかった。

「いや、ちょっと待て。絢はそれでいいかもしれないけど、俺は納得できないぞ」

 敢えて冷たい声を出して言ったのは迅速だった。デサフィアンテが理也をとっくに許している ── というよりも初めから怒っても憎んでもいない ── のは彼も知っている。だが、だからこそ、きちんとけじめはつけるべきだ。でなければ、当時のデサフィアンテの状態を知っている迅速もチャルラタンも疾駆する狼もディスキプロスも感情の面では収まりがつかない。そうなれば、この過酷な状況で共同生活することなどできるはずがない。

「せやな。俺もや。あのころ、ボス、ごっつー悩んでたんや。きっちり詫び入れてもらわんと納得できひんで。チャルさんかてそうやろ?」

 当時のデサフィアンテの悩み具合を見ていたディスキプロスもそう言う。ディスキプロスは初心者だった自分の面倒を見てくれたデサフィアンテのことをとても慕っていた。デサフィアンテたちによって仕込まれた狩りスキルは別の血盟に移っても役に立った。頼れる前衛として新血盟で一目置いてもらえたのは、デサフィアンテたちの薫陶があったからだと思っている。だから、彼はずっと別血盟の所属になってからもデサフィアンテを『ボス』と呼び続けた。彼が【硝子の青年】に加盟しなかったのは、もっと強くなってデサフィアンテに頼りにされたいと修行するためだった。

「おいおい、俺は気にしてないって言ってるのに」

 デサフィアンテは苦笑するが、当時を知っているチャルラタンと疾駆する狼は迅速やディスキプロスを窘めることはしなかった。当時を知らない冥き挑戦者とイスパーダは何も言うべきではないと口を噤んでいる。

 ただ、イスパーダには理也がデサフィアンテを傷つけるような真似をしたとは到底思えなかった。イスパーダと理也はほぼ同時に血盟に加入したこと、歳も近かったこともあってかなり親しくしていた。血盟員たちからは『双璧』と称されるデサフィアンテの片腕と認識されていた。そして、過保護なほどデサフィアンテを守っていたのがイスパーダの知る理也だ。

 イスパーダの知る限り、デサフィアンテは頼りになる盟主だった。ただ、その分自分の中で溜め込んでしまう傾向があった。そんなデサフィアンテに対して、真っ先に叱るのは理也だった。血盟内で深刻なトラブルが起きたときもそうだった。誰にも相談せず1人で悩んでいたデサフィアンテに『何のための片腕だ!』と怒鳴りつけた。そして『絢がクラン辞めるってんなら、俺もついて行くぞ。お前がFCHやめるんなら俺もやめる。お前がいないFCHなんて楽しくないからな』とさえ言ったほどだった。誰よりもデサフィアンテを友として主君として認めていたのが理也なのだ。自分が留学のために【フィアナ・クロニクル】をやめることになったときには、理也がいるならデサフィアンテは大丈夫だと彼に託していくほどの信頼を置いていた。その信頼関係は確かにデサフィアンテと理也の間にもあったはずだ。

 だから、事情を知りたいと思った。ゆえにイスパーダは何も言わず、デサフィアンテと理也の会話を見守ることにした。

「いや、フィア。理也君が言いたいなら、聞いてやったほうがいい」

 当時を知らないからこそ、冥き挑戦者はそう言う。片方が気にしていなくてももう一方がそれにわだかまりを持っていれば、それは再びトラブルの種になりかねない。理也のためにもここは敢えて彼からの詫びを入れさせるべきだろう。

「冥さんまで ……。判った、理也、言いたいことがあるなら聞く。お前、真面目なトコあるから、気にして1人で生きていきますとか言いそうだし」

 デサフィアンテは軽い溜息混じりに言う。そして、但し、と付け加えた。

「まずは全員EOに加入してからな。ここに来たってことはとりあえず俺らと行動しようって判断だろ? あの全茶から結構時間あったしさ。色々考えた上でここに来たはずだ。もう俺はお前らがここに来た時点で一緒にやってくって決めてんだし」

 話している最中に加入申請を送ってきた冥き挑戦者とイスパーダに笑いつつ、加入作業を行なう。やはり最後は理也だった。

 血盟加入許可のダイアログが出たのを確認し、理也はデサフィアンテを見つめた。

「まずは詫びさせてくれ。済まなかった、絢。俺はお前の信頼に甘えて、お前を傷つけて、信頼を裏切った」

 理也は深々と頭を下げる。

「迅、ろう、チャル、お前たちにも申し訳ない。済まなかった。お前たちの言ったとおりだった。それが判ったから、俺はFCHをやめた」

 3人は自分に忠告をしてくれていた。けれど、それを自分は聞かなかった。そして、自分が愚かだったことをすぐに思い知らされた。だからといって【悠久の泉】に戻ることはできなかった。既に血盟は解散しており、デサフィアンテはわずかな幹部とだけで新たな血盟を立ち上げていた。しかもデサフィアンテはそれまでのキャラクター『鷹村絢たかむらじゅん』ではなく、新たな君主『デサフィアンテ』を作り直していた。それによって自分が取った行動がどれほど彼を傷つけていたのかを知らされた。彼がどれほど【悠久の泉】を大切にしていたのかよく知っている。けれど彼はその血盟を解散した。解散せずにはいられないほど、そしてわずかの幹部しか頼れないほど、彼が弱っていたのを感じざるを得なかった。

 鷹村絢は年下とは思えないくらいしっかりした『君主』だった。彼が君主として立っていたからこそ、自分たちは【フィアナ・クロニクル】を楽しめていた。けれどその一方で、彼の内面がとても繊細で傷つきやすいことは1年あまりの付き合いの仲で充分に知っていた。

 知っていたはずなのに、その彼を自分が傷つけてしまった。片腕を自負していた自分が。それが辛くて、理也は【フィアナ・クロニクル】を逃げるようにやめたのだった。






 そもそもの原因は当時【悠久の泉】に在籍していた女性ウィザードの存在だった。ミュルという名のその女性は、初めは何の問題もない、ごく普通のプレイヤーだった。だが、数少ない女性血盟員であり回復役ヒーラーであったことから、血盟内では多少甘やかされていた。基本的に【悠久の泉】は女性に対して紳士的な血盟であり、魔法書などのアイテムが高価なウィザードには血盟全体で支援をする体制を取っていた。別段彼女だけが特別ではなく女性プレイヤー、或いはウィザードは皆そうだった。けれど、ミュルはそれに気づかず、自分の立場を勘違いし徐々に己の欲望を露わにしていった。

 MMOにおいて重要なのは強さだ。もちろん、それ以外をゲームに求める者もいないではないが、ゲームを楽しもうとすればある程度の強さは必要になる。そして強さはレベルと装備によって決定される。高性能の装備があれば多少レベルが劣っていてもカバーできるくらいに装備の重要度は高い。そういった高性能の装備となれば、当然ゲーム内での値は高くなる。大抵のプレイヤーは自分で資金を溜めて装備を整えていく。それには時間と労力を要する。

 しかし、膨大な時間と資金を要する装備揃えにも楽をする方法はある。それが女性プレイヤーともなれば、簡単に装備が手に入ることがある。元々MMOは圧倒的に女性プレイヤーの人口が少ない。そうすると女性というだけで優遇される場面も出てくる。数少ない女性プレイヤーと親しくなるために手っ取り早く貢ぎ物をする男性プレイヤーは少なくないのだ。つまり、ミュルは自分で装備を整えるのではなく、他人に貢がせて強くなろうとした。貢いでくれそうな男性プレイヤーに媚を売るようになったのだ。その中でターゲットにされたのが人の好い、血盟幹部で比較的高レベルだった理也だった。

 鷹村絢は血盟の君主として誰かを特別扱いすることはなく、また夏生梨かおりとの関係を隠してもいなかったため、ミュルの標的にはならなかった。チャルラタンは普段は馬鹿なことをやりながらも何処か冷めた態度でいたせいか与しにくいと思われたらしく、彼もまたミュルはターゲットにしなかった。

 鷹村絢がミュルの行動を知ったのは、迅速と疾駆する狼に忠告されたからだ。『チャルよか騙しやすいと思われたんだろうな』と彼らは言っていた。その冷静な言葉からも察せられるとおり、彼らはおおよそのミュルの狙いを判っていた。

 ネットゲームをプレイする女性はその絶対数が少ないことからちやほやされることが多い。ネットゲームに没頭するような男性は一般的に内向的な引き篭もり体質が多く、現実世界リアルの女性との縁が薄いこともあってゲーム内での女性に執着することも少なくない。その結果、知り合った女性プレイヤーにあれこれと便宜を図り、お姫様扱いする者も一定数いる。その経験から男を利用することを覚える女性プレイヤーもいる。ちょっと甘えたり少しの媚を売ることで男たちは簡単に『ミツグ君』へと変化する。それが度を過ぎれば結婚詐欺のような状態になって、現実世界リアルでの事件へと発展することもあるくらいだ。

 それを伝聞とはいえ知っていた彼らは『女』であることを前面に出す相手に対しては警戒していた。つまり、ミュルを警戒していたというわけである。また、ミュルとは対照的な夏生梨や千珠ちずという『姐御』と呼ばれるほど優しく懐の深い、敬意の持てる存在を知っていたことも大きかった。彼女たちは女性らしさを感じさせるものの、それは決して甘えや媚ではなく、どちらかといえば母性というような包容力としての女性らしさだった。

 疾駆する狼らによると、ミュルはまずログイン後に血盟チャットで挨拶をする前にウィスパーを送ってくるのだという。そして『2人で狩りに行きましょう』と誘ってくる。現在の【フィアナ・クロニクル】ではアカウントハック防止のために血盟員がログインすれば『○○がログインしました』というメッセージが血盟員全員のチャット欄に表示される。しかし、当時はまだこのシステムがなく、血盟システムの画面からログイン中の血盟員を確認するまでは誰がログインしているのか判らない仕様だった。

 つまり血盟チャットで発言さえしなければ、或いはキャラクターを見かけられなければログインしていることを隠すことができた。それを利用してミュルはまず目当ての男たちに声を掛ける。迅速たちがクランハントがあるからと断っても食い下がり、それでも更に断るとようやく諦めて、さもたった今ログインしたかのように挨拶していたらしい。それが2人にミュルへの不信感を覚えさせる結果となった。

 【悠久の泉】にはいくつかの血盟のルールがあった。それは厳しいものではなく楽しく円滑にプレイするためのごく常識的なルールだった。その中のひとつに『ログイン直後とログアウト前の挨拶は必ず行なう』というものがあった。たったひとつだけの強制事項だったが、挨拶は人間関係の基本であること、またアカウントハック早期発見のためとそれを定めていた。血盟加入前にはそれを説明して納得した者だけが加入しているはずだった。だから、その唯一のルールを守らず、自分の要求を突きつけてくるミュルに疾駆する狼も迅速も嫌悪感を抱いた。そしてそんなミュルの自己中心的な行動に、彼らは彼女が血盟の和を乱すことも懸念していた。

 【悠久の泉】はほぼ全員が初心者のころから一緒に成長してきた血盟だった。鷹村絢と夏生梨は多少プレイ歴が長くはあったが、それも2~3ケ月程度の違いでしかなく、レベルに大きな差はなかった。皆で試行錯誤しながらレベルを上げ、スキルを磨き、ひとつひとつ手探りで狩場のレベルを上げていっていた。鷹村絢と夏生梨、理也を中心に和気藹々とした雰囲気の中で活動していた。けれどそれが乱れ始めた。たった1人、ミュルの我がままのために。そして彼女に恋をした理也のために。

 断られ続け邪険にされ、ようやくミュルは疾駆する狼と迅速が自分の相手にはならないことを悟ったのか、彼女はターゲットを理也に絞った。現実世界リアルの理也は女性に晩生おくてで、その分女性に優しく生真面目であり、扱いやすかったのだろう。また、プレイヤーとしての理也は血盟内では高レベルに分類されており、比較的資産を持っていたことも彼女が目をつけた理由だった。

 それによって理也のクランハント参加率は激減した。理也はナイトの要でもあり、鷹村絢の片腕と認識されていたから、血盟幹部たちは彼の度重なる不参加に眉を顰めた。鷹村絢自身、できるだけ理也にもミュルにもクランハントに参加してほしいと言ったが、理也の返事は芳しくなかった。

 理也自身はクランハントに参加したかった。【悠久の泉】はほぼ毎日クランハントを行なっていたし、そのパーティ狩りは経験値やアイテムの旨味以上に賑やかで楽しい時間を過ごすことができるものだった。血盟員は殆どソロプレイをすることはなく、鷹村絢がログインすればすぐにクランハントに出かけるような血盟だった。理也もそのクランハントが好きだったし、一番楽しいと感じていた。

 しかし、ミュルはペア狩りを望む。それが本当に狩りをして遊ぶのならいい。ウィザードであるミュルとの狩りはソロよりも効率はよくなるし、ペアの経験はパーティにも活かされる。けれど、ミュルから誘われる狩りは方便でしかない。殆ど狩場に出ることはなく、町中のチャットでミュルの話を聞いているだけのような状態だった。それならば別に【フィアナ・クロニクル】内でなくとも構わないのではないか。電話でもメールでもチャットでもいいではないかと思いはしたが、好意を抱いているだけに何も言えなかった。そもそも晩生な理也はミュルの現実世界リアルの連絡先を聞くこともできていなかった。彼が彼女の連絡先を知ったのは血盟を脱退したあとのことだ。だから、ゲーム内で話を聞くしかなく、それを避ければ彼女の機嫌を損ねてしまいかねない。それに、話の内容が内容だけに、人の好い理也には放ってもおけなかった。

 ミュルが理也に話していた内容については血盟員の殆どが知っていた。ミュルは血盟チャットでもその話題を持ち出していたのだ。現実世界リアルの話題は極力避けるのがMMOの常識のようなものだ。全く話題にしないわけではないが、基本的に現実世界リアルの話はしない。ゲームは遊びの世界だ。だから、現実世界リアルの話題が出るとしても『今日は仕事きつかったー』『明日は休み』といった軽い話程度のものだ。だから、殆どの者は『遊びの世界』に相応しく笑い話や軽い愚痴程度に留めていたが、ミュルは違った。ゲーム内にはそぐわない、暗くて重い話題を持ち出す。全ては自分に同情を集めて、自分の望む場 ── 自分がお姫様扱いされる場を作るための行為だった。

 ミュルの話は父親から受ける家庭内暴力についてだった。内容が内容だけに適当に流すこともできず、皆一応は親身になって話を聞いていた。だが、違和感を覚えないでもなかった。ミュルのリアル友人でもあるアルシェがいるときにはミュルは一切その話をしない。公的機関に助けを求めてはどうか、シェルターもある、もう社会人なのだし可能ならば家を出て独立したほうがいい。そう助言をしても一切の行動を起こさないどころか、『やってみます』の一言も言わない。体が弱いから無理です、私がいなくなると暴力が祖母に向かうから ……などとあれこれ理由をつけて現状を変えようとはしなかった。彼女が望んでいるのは同情され、可哀想にと慰められることだけ。そして、せめてゲームの中だけでも楽しめるようにとお膳立てしたもらうことだけだった。

 そういった彼女の態度から、大方の血盟員は彼女の話を信じてはいなかった。本当に彼女の言うような非道い父親がいるのならば、何故彼女は1日に何時間も何の問題もなくプレイできているのか。ただ、彼らは万が一本当だったときのことを危惧して助言していたに過ぎない。だから、ミュルの言動は彼女自身への不信感へと繋がっていった。

 徐々に問題行動の増えるミュルに、鷹村絢はしばらく【フィアナ・クロニクル】から離れてみてはどうかと勧めてみた。1日中INして、彼女が【フィアナ・クロニクル】に依存しているのは明らかだったし、仕事を休みがちにもなっていた。彼女が精神を病んでいるのではないかとも思われた。だとすれば、このままゲームを続けるのは彼女のためにもならないのではないか。それは理也を含め血盟員皆が思ったことだったから、代表して鷹村絢が告げた。【フィアナ・クロニクル】から離れて、まずは現実世界リアルをきちんと整える。そうすれば、精神状態もよくなるだろうし、また昔のように純粋に【フィアナ・クロニクル】で『遊ぶ』ことができるようになるだろうと思ってのことだった。

 しかし、それはミュルに『鷹村絢は敵だ』と思わせただけだった。ミュルの現実世界リアル事情の本当のところは判らないが、ミュルは完全にネトゲ中毒になっていた。既に当時、ミュルは別キャラクターで他の血盟の中年男性からゲーム内のみならず現実世界リアルでも金銭を引き出していた。それに味を占めた彼女は理也にも同じことをしようとしていたのだ。公務員であり実家住まいの理也は年齢の割には可分所得、つまり自由になる金銭が多く、ゲーム内でもそれなりの資産を持つ。ミュルにとって理也は美味しい鴨だった。だから、鷹村絢の忠告は自分のゲーム・現実世界リアル共通の金づるの鴨を奪う行為としかミュルには思えなかった。

 ミュルは理也に言い募った。鷹村絢が自分を嫌っている、自分は邪険にされている、疎まれている、そう何度も何度も。理也と鷹村絢の信頼関係を引き裂くように。

 鷹村絢がミュルを疎ましく ── というよりも面倒な奴だと感じているのは事実だった。遊びの世界に現実を持ち込み、皆の楽しみの時間を邪魔している。実際にミュルがログインすると血盟チャットは微妙な雰囲気になることが多かった。だが、自分の都合しか考えないミュルはそれには気づきもしない。ミュルへの苛立ちは彼女以外の血盟員には共通のものだった。それは理也でさえ感じていた。

 理也はミュルからどれほど鷹村絢の悪口を吹き込まれても全く信じなかった。鷹村絢のことは仲間としても君主としても信頼していたし、鷹村絢が【フィアナ・クロニクル】をやめるときには自分もやめようとすら思っていた。【悠久の泉】以外の血盟に入ることも考えられないくらいに鷹村絢を信頼していた。『ゲーム内だけの付き合いだけど、絢は親友っていえるかもな。現実世界リアルで会ってたら、絶対そうなってたよ』と言うほどに。

 それでも理也は恋に目が眩んでいた。何事もミュルを優先させていた。それが絢をはじめ疾駆する狼にも迅速にもチャルラタンにも危うく見えた。1年近い付き合いの中で理也がかなり恋愛下手であることは彼らも知っていたし、正直にいえば『騙されやすいタイプ』だと思ってもいた。だから、お節介とは思いつつも一度は忠告した。けれど、理也は聞き入れなかった。理也とてれっきとした大人の男だ。社会人なのだから、自分の責任で行動しているのだからと、それ以上の忠告はしなかった。

 現実世界リアルの事情なのだから放っておけばいいと思いもしたが、理也は血盟幹部だ。他の血盟員からは鷹村絢の片腕と認識されている幹部中の幹部だ。ゲーム内、血盟運営にも彼の言動は影響を与える。だから、現状をどうすべきか悩んだ鷹村絢は君主仲間たちにも相談した。椎姫、アズラク、ショウグンといった君主仲間は理也のこともある程度知っていた。彼らは君主として不和を齎す血盟員は除名することも視野に入れるべきだと助言した。一方で鷹村絢と理也の信頼関係も知っていたから『2人だけで一度腹を割って話し合え。但し、話し合うことをミュルとやらには知られないほうがいい。その女は相当厄介だ』ともアドバイスしてくれた。血盟員とは違う、別の信頼関係が君主仲間にはある。同じ『血盟主』という目線からのアドバイスは鷹村絢に一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。

 だから、鷹村絢は理也との話し合いの場を持った。理也が変わらずに鷹村絢に友情を感じていること、信頼してくれていることは判った。そして、それゆえに彼が自分と恋する女性の間で悩んでいることも。それを踏まえて鷹村絢は理也に血盟脱退を勧めた。恋人(といえるかは微妙なラインだが)とただのゲーム仲間の間で悩むなんて馬鹿らしいだろうと言って。ミュルが落ち着いてまたゲームを楽しめるようになって、そのときにまだ血盟に戻りたいと思えたら戻ってくればいいと。

 鷹村絢とのその話し合いの中で、理也はミュルが『プリから疎外されている、嫌われている』と主張していることを告げた。鷹村絢を非難するためではなく、鷹村絢がミュルをどう感じているのかを彼自身の口から聞きたいという思いもあった。本当はもっと様々な中傷に類するような聞くに堪えないようなこともミュルは言っていたが、さすがにそれは告げられなかった。ミュルを庇って言わなかったのか、それとも鷹村絢を思って言わなかったのか、そのときの理也には判らなかったが、言うべきではないと判断していた。

 それに対して鷹村絢は率直に応えた。『俺は別に嫌ってはいないよ。まぁ、厄介だなと思わないじゃないけど、それは彼女の環境のせいだしね。ただ、邪険にしてるつもりはなくても、ミュルがそう思ってるんなら、俺がそう思わせる態度取っちゃってたってことだよな。悪いことしたな』と。ミュルと違って相手を貶める言葉はひとつもなかった。冷静に自分の言動を振り返り、ミュルの主張も受け容れていた。だから、理也は鷹村絢の言葉を信じた。自分が友と思った鷹村絢と全く違わない態度だったから。

 そもそも信頼という点において、理也の中でミュルの信頼度は高くない。【フィアナ・クロニクル】では鷹村絢、夏生梨には遠く及ばないし、イスパーダ、疾駆する狼、迅速、チャルラタンのほうが遥かに信頼している。現実世界リアルにおいても友人たちのほうが信頼度に勝る。それでも恋している相手なのだ。信頼とは別の次元の問題だった。信頼が置けないのは判っているのに、彼女を求めてしまう。

 ミュルが虚言を弄してまで鷹村絢を貶めようとした理由が自分にあることに理也は気づいていた。自分が鷹村絢を信頼しているから、ミュルは鷹村絢を悪く言うのだ。ミュルは己よりも理也の信頼を受ける者が許せず、理也には自分だけを大切にしてほしいと望んでいるのだ。彼女は自分に依存しきっているのだから。そう理也は考えた。もっとも実際はもっと厄介だ。ミュルよりも信頼されている鷹村絢たちがいることによって、理也がいつ現実に気づくか判らない。彼が気づいてしまったら、金銭(ゲーム内だけではなく、現実世界リアルでも)を得ることが難しくなる。だから、ミュルは理也と鷹村絢たちを引き離そうとしたのだ。

 理也は悩んだが、結局【悠久の泉】を抜けることを決めた。自分が抜ければ一緒にミュルも脱退する。そうすれば、【悠久の泉】はミュルに煩わされることなくゲームを楽しむことができるだろうと。ただ、自分から脱退するのは辛かった。【フィアナ・クロニクル】を続ける限り、ずっとここにいるのだと思っていた場所を自分から棄てることは辛い。だから、除名BANしてくれと鷹村絢に頼んだ。 ── それが迅速やチャルラタン、ディスキプロスを怒らせている原因のひとつでもある。理也を信頼して片腕とたのんでいた鷹村絢に除名させる。鷹村絢が辛くないはずはないのに、それに思い至らない理也に腹が立ったのだ。

 理也はミュルとともに【悠久の泉】を去り、鷹村絢と理也は袂を分かつことになった。ただ、【悠久の泉】を脱退した理也が他の血盟に入ることはなかった。【フィアナ・クロニクル】は血盟に属していなければかなり効率が悪くなるシステムになっているから、ミュルとしては適当な血盟をすぐに見つけるつもりでいたのだが、理也はいくら誘っても首を縦には振らなかった。血盟に属さないから単騎かペアばかりになり、理也のゲーム内での稼ぎは減る。つまりミュルの旨味も減る。そのころには現実世界リアルの連絡先も交換していたが、現実世界リアルでも理也はミュルの思惑通りには動かず、現実世界リアルで金銭を引き出すことも巧く行かない。それに苛立ったミュルは、結局自ら襤褸を出した。

「おかしいとは思ったんだ。会いたいって言われてた割には結局一度も会わずに終わったしね。会いたいけどお金がないって言うから、俺が会いに行こうとするだろ。そしたら地元じゃ面倒なことになるから困るって拒否される。言外に東京までの旅費を出せって要求されてるような感じだった。お金ないし地元も困るんじゃ仕方ないね、また別の機会にしようって言うと途端に不機嫌になる。ゲームなら何も言わずにログアウト落ちるし、電話なら切られる。さすがにそんなのが何回もあると、俺でもおかしいなって思い始めてね」

 そんなことがあってようやく、理也は現実世界リアルの友人たちの忠告もあって目が覚めた。ミュルは自分を好いていたわけではない、【フィアナ・クロニクル】と現実世界リアル両方で自分に貢がせることしか考えていなかったのだと。結婚詐欺に近い状態だったのだとようやく気づいた。だから、ミュルとは縁を切った。もっとも、だからといって鷹村絢たちの許に戻れるほど図太くもなかったから、理也は【フィアナ・クロニクル】をやめた。そして今日まで一度もゲームにアクセスしなかった。

 一方、理也を除名したあと、鷹村絢は落ち込んでいた。ずっとともにいた仲間がいなくなったのだ。しかも片腕とも恃む仲間が。

 弱音を吐くことをよしとしない彼の性格を知っていたから、疾駆する狼も迅速もチャルラタンも何も言わなかった。けれど心配だったから、現実世界リアルでも唯一彼と関わりを持つ夏生梨に疾駆する狼たちは色々と相談していた。夏生梨は鷹村絢よりも6歳年上の恋人で、当時は同棲していたこともあって、現実世界リアルでも彼を慰めていた。【フィアナ・クロニクル】をやめるもよし、君主を辞めて別のキャラクターで出直すもよし、やりたいようにやればいい。所詮遊びなんだからと。でも、あなたをとても心配してくれている人たちがいることも忘れないで。ゲーム内だけの付き合いとはいえ、彼らはあなたのことを友人だと思ってくれているわ、そう言って。

 そんな夏生梨の励ましもあって鷹村絢は立ち直ったが、まだ何処か無理をしていることが疾駆する狼たちには見て取れた。やはり理也がいなくなった血盟に言いようのない寂しさを感じていたのだろう。それは疾駆する狼たちも同じだった。だから、迅速は鷹村絢に【悠久の泉】解散を勧めた。血盟を作り直して心機一転やり直そうと。今の【悠久の泉】はお前が楽しめる場所じゃなくなってる、お前が楽しめる場所じゃなきゃ意味がないだろうと言って。君主をやるのが辛いなら、俺かチャルラタンが君主をやってもいい。でも、できれば俺たちはお前に君主をやってほしい。俺たちの君主はお前だけだから。そう言って迅速たちは勧めてくれた。

 自分の屈託により血盟内の雰囲気が暗いものになっていることは鷹村絢自身も気づいており、このままでは皆が楽しめないと彼は勧めを受け容れた。その下準備として、鷹村絢はまず新キャラクター『デサフィアンテ』を作成し、新たな血盟【硝子の青年】を立ち上げた。そして約1ヶ月の猶予期間のあと、【悠久の泉】は解散した。

「ちなみに理也、お前のことが原因で俺がキャラ変えたって思ってるっぽいけど、それ違うから。YGの初期メンバー見てみ? 前衛暴ちゃんだけじゃん。それにメンバー減った分単騎ソロの時間も多くなるからな。そうなると、鷹村絢のCHAベースじゃ単騎キツイからな。で、単騎向きのSTRベースにステ変えるためのキャラ作り直しだったんだわ」

 気に病んでいるふうの理也にデサフィアンテは明るく言う。若干嘘も混じっている。正直にいえば、『鷹村絢』でいることがきつくてキャラクターを変えたという面もないではない。だが、キャラクター変更の一番大きな理由は告げたとおりだ。ステータスがCHAカリスマベースのCON体力では単騎での狩りが難しくなるし、前衛としてはほぼ役に立たない。ゆえにデサフィアンテはSTR腕力極振りにして単騎の効率を求めたのだ。そして1ヶ月の移行猶予期間の間にある程度レベルを上げてから新血盟をスタートさせた。

 【悠久の泉】解散に際して、鷹村絢は新血盟に関しては何も告げなかった。新血盟のことを知っていたのは疾駆する狼、迅速、チャルラタン、夏生梨の4人だけ。これを機に疾駆する狼は引退を決めていたから、新血盟に加入する者は3人、デサフィアンテを含めて4人だけの小さな血盟になる予定だった。

 疾駆する狼、迅速、チャルラタンの3人は【悠久の泉】の中から誰を新血盟に誘うかを相談していた。血盟の仲間たちは気の好い者が多かったが、レベルが上がるに連れて方向性の違いも出てきていた。理也が脱退する前後からその思惑の差異は大きくなってきており、それも鷹村絢が解散を決めた理由のひとつでもあった。気が合う仲間でも方向性が違えば、それはまたデサフィアンテの悩みの種になる。気が合う仲間だからこそ、それは大きい。一連の出来事の中で疾駆する狼たちは神経質且つ過保護になっており、夏生梨に相談しつつ、3人で声を掛ける人材を選んでいた。ちなみにデサフィアンテ自身は『お前たちがいてくれれば充分』と言うだけだった。疾駆する狼たちが声を掛けることに反対もしなかったから、その分、彼らは声を掛けるメンバーを慎重に選んだ。

 新血盟に誘うメンバーの選考基準はゲームらしからぬものだった。『絢を傷つけない、絢の信頼を裏切らない』という、一体何処の過保護な馬鹿親だという条件で以って、疾駆する狼たちはメンバーを選んだ。そして、デサフィアンテに彼らを誘う旨了承を得た。その際、現実世界リアルでデサフィアンテの顔色を見て、少しでも忌避する気配があったら知らせるように夏生梨に頼んでいたのは、やはり過保護の為せる業だっただろう。

 ともかくそうして選抜したメンバーに3人は個人的に知らせ、新血盟加入の意志の有無を問うた。彼らが声を掛けたのはわずか3人だった。30人近い血盟員の中で彼らの『審査』を通過できたのはそれだけだった。それがディスキプロスであり、デサフィアンテを兄のように慕う暴走剣士であり、アルシェだった。アルシェと暴走剣士が一連の出来事の際に殆どINしておらず、詳しい事情を知らないことも大きかった。

 ただ、ディスキプロスだけは『俺は外で修行してくる。まだボスに信頼してもらえるような男やない。理也さんやろうさんの穴埋められる前衛になったら戻ってくる』と加盟しなかった。もっとも血盟こそ違えど頻繁に一緒のパーティで狩りに出かけてはいたのだが。

 そして、【硝子の青年】はデサフィアンテ、迅速、チャルラタン、夏生梨、暴走剣士、アルシェの6人でスタートしたのである。

 ミュルの現実世界リアルでの友人だったアルシェは、友人のせいで血盟が崩壊したことを気に病んでいた。それもあって、本当に自分が加入してもいいものかと悩んでいた。しかし、それを承知の上で疾駆する狼たちはアルシェを『選抜』したのだ。本人に罪のないところで彼女を排斥するほどデサフィアンテたちも狭量ではない。アルシェは一連の騒動の折には殆どINしておらず、全く事情を知らずに過ごしていたのだ。それにそのころにはアルシェ自身、ミュルの虚言癖に呆れ返り距離を置いていたらしく、元友人といったほうが正確な状態だった。

 それでも関係者だからデサフィアンテを傷つけてしまうことになるのではないかと気にするアルシェに、デサフィアンテも他のメンバーも一切気にするなと笑った。アルシェはその天然ボケな言動で血盟内では和ませキャラとして愛されていた。【悠久の泉】では『一家に1人、和ませアルシェ』と標語扱いされていたくらいだ。『お前がいるだけで皆和むから、お前にはいてほしい。お前が嫌なら仕方ないけど』というデサフィアンテの言葉にようやくアルシェは安心して加入を決めたのだった。

 ちなみにその後アルシェは、少なくとも自分の知る限りではミュルは甘やかされて育った一人娘であり家庭内暴力など受けたことはない、そもそもミュルは1人暮らしだということを告げた。家庭内暴力がなかったことにデサフィアンテと夏生梨は安心し、そんな2人に迅速もチャルラタンも『2人とも人が好すぎ』と苦笑したのだが。






 当時のことを何も知らないイスパーダと冥き挑戦者に、大体の事情を説明したのは疾駆する狼と迅速とチャルラタンだった。当時は見えていなかったことも当事者の理也が補足したりして、結構長い時間を昔話に費やしてしまった。ちなみにもう1人の当事者であるデサフィアンテは苦笑するだけで何も言わなかった。

「ぶっちゃけて言うと、迅ちゃんもろうも俺も、理也は騙されてるって思ったんだよな」

 チャルラタンはそう言って理也を見る。

「ああ、チャルたちは確かに俺にそう忠告してくれてたよな。でもあのころの俺は恋に舞い上がってたから、そんなことはないって言い張ってたっけ。ばっちり騙されてました。今思えば、ホント馬鹿だったなーと思うよ。まぁ、実際に金銭的な被害が出る前に気づいてよかったけどな」

 恋は盲目とはよく言ったものだ。あのころの自分は本当に愚かだったと思う。そう、理也は過去の自分を振り返る。

「で、俺は絢にもそれを言ったわけ。そしたらコイツ、何て言ったと思う?」

 その会話はデサフィアンテとチャルラタンの2人だけのときに行なわれたから、誰も知らなかった。

「『うん、そうかもね。でも、理也がミュルを信じたいんなら、それでいいんじゃね? 恋人を信じようとしない男なんて最低じゃん』だとさ。あれだけ傷つけられてミュルに誹謗中傷されてたってのに、人が好いというかさ ……。あのときに思ったね。ああ、コイツは俺らが支えてやらなきゃって」

「ボスらしいっちゅうか ……」

 呆れたような、納得したような表情でディスキプロスが呟く。彼もデサフィアンテのことが心配で一度は苦言を呈したことがあるのだ。『ボスは人のこと信じすぎや。せやから裏切られて傷つく破目になんねんで。もう少し人を疑ったほうがええんとちやうの』と。それに対してのデサフィアンテの応えはこうだった。

「人を疑うくらいなら、裏切られて傷つくほうがマシだよ。人を、仲間を信じられないなんて寂しいだろ」

 現実世界リアルではデサフィアンテとてこれほど簡単には人を信じたりはしない。現実世界リアルの松本絢人あやとは人付き合いには慎重でかなり用心深い。だからこそ逆に、仮想の世界でのデサフィアンテは理想主義者だった。甘ちゃんといわれようとも奇麗事を信じ貫いた。現実の利害関係のない世界だからこそ、理想主義を貫いた。

 そんなデサフィアンテだから、ディスキプロスは彼を『ボス』と慕い続けた。他の血盟に移ったあとでも彼にとっての『ボス』はデサフィアンテだけだった。彼が【悠久の泉】に合流したのはまさに彼にとっての『君主』がデサフィアンテだけだったからだ。

 当時の遣り取りを暴露したチャルラタンとディスキプロスにデサフィアンテは苦笑する。

「なんかお前らの話聞くと、俺って聖人君子って感じじゃね? 美化しすぎだろ」

「普段は手のかかるガキだったんだけどな。でも要所要所でお前はちゃんと『君主』だったんだよ」

 当時の血盟員の中では年長者だった疾駆する狼は言う。鷹村絢の中の人 ── 松本絢人が一回り近く年下の未成年だと知ったときには驚いたものだ。彼は常々言っていた。『皆がFCHで楽しめる場を整えるのがプリである俺の役目。何かあったら俺が対処するから安心しろ』と。そして問題が起これば自分の狩りは後回しにして対処に走り回っていた。血盟員に非があれば盟主として詫び、そうでなければ血盟員を守った。血盟員に甘いわけではなく叱ることも諭すこともした。とても未成年とは思えなかったが、既に社会人であり副店長という責任ある立場に就いていることを知って納得した。それから疾駆する狼はデサフィアンテのサポートを一歩退いた場所から行なうようにした。

「だから、皆お前と一緒にいた。お前と離れるときはFCHをやめるときだってくらいにな。お前がいたから俺たちのFCHは楽しかったんだよ」

 疾駆する狼の言葉に皆が頷く。【悠久の泉】時代を知らない冥き挑戦者でさえも。事実、ここにいるメンバーでデサフィアンテの引退後も長くプレイしていた者はいない。イスパーダ、理也、疾駆する狼、迅速、ディスキプロスはデサフィアンテよりも先に、チャルラタンは同時にやめている。冥き挑戦者とてデサフィアンテの引退後間もなく完全にINがなくなっていたのだ。

「俺が赤貝疑惑かけられたときもお前は信じてくれたしな」

 当時のことを思い出しつつ冥き挑戦者は懐かしそうに言う。赤貝 ── 規約違反のアカウント買いの疑惑をかけられたときのことだ。

 冥き挑戦者が【硝子の青年】に加わったのは創設してから半年が過ぎたころだった。設立メンバーに加え、君主仲間のシオちゃん兄、そのリアル弟でナイトのシオちゃん卿、エルフのめんま、ウィザードのメドヴェージの4人が加わり、血盟員は10人になっていた。但し、翌春に高校入試を控えた暴走剣士は休止しており、前衛不足は変わらない状態だった。

 そこでナイトまたはエレティクス限定で血盟員募集をかけ、ウィスパーで応募してきたのが冥き挑戦者だった。『ちょっとレベルは高いけどいいかな?』 そう言った彼にOKと告げ、加入のために現れた彼は当時はまだ珍しい金騎士姿だった。

 【フィアナ・クロニクル】には変身システムがあるが、その変身にはレベル制限がある。つまり、高レベルは変身を見ればおおよそのレベルが判るようになっている。そして金騎士はLv.65以上で可能になる変身であり、当時はまだそのレベルに到達しているプレイヤーは全体の1割にも満たない、正真正銘のレアなトップクラスのプレイヤーだった。

 デサフィアンテはじめその場に揃っていた血盟員は『ちょっと高い、じゃねーだろぉぉぉぉぉ!!』と叫んだ。何しろ当時の【硝子の青年】はほぼ全員Lv.48程度の中堅プレイヤーの集団だったのだ。しかも【悠久の泉】のスタンスも受け継ぎ、初心者支援も行なっていた。当然、冥き挑戦者とは行ける狩場のレベルが違いすぎる。

 だから改めてデサフィアンテは普段の自分たちの狩場を説明し、それでもいいのかと問うた。それに冥き挑戦者は問題ないと答えた。むしろのんびりと仲間との時間を楽しみたい、時々【硝子の青年】を狩場で見かけていて楽しそうだと思ったと加入動機を教えてくれた。

 そして、冥き挑戦者は【硝子の青年】に加わった。高レベルにも関わらず冥き挑戦者はネタ行動が多く、いつも笑いを齎してくれた。彼のレベルからすれば物足りない狩場でもクランハントに積極的に参加してくれたし、時折デサフィアンテたちには格上の狩場にも連れて行ってくれた。そんな彼の言動は【フィアナ・クロニクル】の中堅プレイヤーが持つ高レベル者への偏見を払拭してくれた。面白くて狩場では頼りになる冥き挑戦者はあっという間に血盟に馴染み、冥さんと慕われるようになった。

 そうして、夜の時間帯には常時1パーティ(8人)分くらいのメンバーがINして活動するこじんまりとした、それでも楽しい血盟となっていた。

 そんなときにデサフィアンテは付き合いの長い君主仲間から尋ねられた。尋ねたしい姫はデサフィアンテが【悠久の泉】を創設して半年が経ったころに知り合った君主仲間だ。君主歴もレベルもほぼ同じくらいだったこともあって、互いに血盟運営について相談しあったり、愚痴を言い合ったりしていた。だから、彼女は純粋にデサフィアンテを心配して尋ねたのだ。

「冥さんに赤貝の噂あるの、知ってる?」

 椎姫は【悠久の泉】解散の経緯も知っていたし、デサフィアンテが随分悩み傷ついていたことも知っている。近頃ようやく完全に立ち直ったようだと安心していたところに、疑惑のある人物の加入だ。冥き挑戦者の加入を知った血盟員が椎姫にその噂を伝えた。椎姫はデサフィアンテから冥き挑戦者のことはよく聞いていたし、合同クランハントで見知ってもいたから、とても彼がそんなことをするような人物とは思えなかった。しかし、信頼する血盟員がわざわざ耳に入れてくれた話でもあり、心配になった。赤貝そのものがどうこうではなく、そんな噂のある人物がいることで、またデサフィアンテが面倒に巻き込まれてしまうのではないかと。

「噂は知ってる。でも、俺、冥さん信じてる。あの人、そんなことする人じゃねーよ。冥さんから『やった』って言われない限り、俺は冥さんは無実だって信じてる。椎、心配してくれてサンキュー」

 迷いのない言葉でそう告げてきたデサフィアンテに椎姫は安心した。高レベル者への妬みから発するような正体不明の噂よりも自身が知る仲間を信じる。まずは自分が相手を信じる。そういったデサフィアンテの軸は全くぶれていない。散々傷ついたというのに、それでも彼は信念を曲げていないのだ。それこそが椎姫が知り、信を置くデサフィアンテそのものだった。

 ただ、それでも余計なお節介とは思いつつ、椎姫は冥き挑戦者にデサフィアンテの言葉を伝えた。

「私はあなたが赤貝かどうかはどうでもいい。でももし、疚しいところがあるなら鷹絢タカジュンを面倒に巻き込む前にクランを抜けてほしい」

 その言葉を受けて冥き挑戦者はそれまで一度も触れなかった噂についてデサフィアンテに説明した。椎姫をお節介と思わぬでもなかったが、不快には思わなかった。彼女が自分よりも長い付き合いであること、君主同士の強い絆があることも知っていた。何より彼女が単なるゲーム仲間として以上に、デサフィアンテを弟のように心配していることを感じ取っていた。

「俺は赤貝なんてしてない。噂は全くの事実無根だ。休止前と後じゃプレイスタイルが全然違うせいでそう思われてるっぽい。休止前のダチとは求めるものが違ってるから、遊ばなくなったしな。休止前は狩り廃人だった分敵も多かったから、噂の出所はそのあたりかもしれない」

 休止前は黙々と狩りをしてレベルを上げ、少数の仲間と上位狩場に篭もったり、ボスを狩るだけだった。レベルを上げレア装備で身を固め、『俺TUEEEE!!』と悦に入っていた。だが、そんなプレイは飽きるのも早かった。ゆえに休止した。だから、再開してからは全く逆ともいえるプレイスタイルを取った。【硝子の青年】に加入したのもそれを許す寛容さを持つ血盟だと思ったからだ。高レベルの自分に必要以上に頼ることもなく甘えることもしない。むしろこちらが必要以上の資金的な援助をしようとするとデサフィアンテから叱られるくらいだった。血盟員もアドバイスは求めても援助は求めなかった。そんな彼らの態度は冥き挑戦者にとっては嬉しいものだった。彼らと楽しむことがプレイの第一義になった。頼られる前衛であるためにソロでは必死になって狩りもしたが、クランハントではその分ネタ行動に走ったり、お茶目でお馬鹿な行動も多くなった。デサフィアンテのプレイブログでそんな冥き挑戦者の行動もよくネタにされた。そういった行動の変化が顕著だったために、中の人プレイヤーが変わった、赤貝だと噂されるようになったのだ。

「俺の噂がYGに迷惑になるんだったら、俺はクランを抜ける」

 そのころには冥き挑戦者もこの血盟と仲間が気に入っていたから、離れることは寂しかった。けれど、仲間に迷惑をかけるのはもっと嫌だった。自分の噂が広がればやがて【硝子の青年】は赤貝を容認する血盟だなんて噂が立ちかねない。そんなことになれば、デサフィアンテにも仲間にも迷惑をかけることになる。

「やってねーなら、何も気にすることねーじゃん。冥さんがはっきり言ってくれたから、俺も笑い飛ばせるし、何の問題もねーよ。つーか、冥さんいなくなるとか寂しすぎんだろ」

 そうデサフィアンテは笑った。実のところ、椎姫以外の君主仲間 ── ショウグンとアズラクともデサフィアンテは同様の話をし、これまた同じような返答をしていた。ショウグンとアズラクはプレイ歴も長く、それだけに人脈もあり、結果冥き挑戦者の赤貝疑惑は『悪意のある中傷』という流れになった。君主仲間も血盟員もデサフィアンテを信頼していたがゆえに、彼が信頼する者を疑うことはなかった。

 ちなみにデサフィアンテは冥き挑戦者との話のあと血盟チャットで『冥さんから例の噂については事実無根との明言あり』と発言した。すると『だと思ったー』『嫉妬乙ってやつ?』『冥さんも大変だなぁ』といった、安心したような、それでいて信じてくれていたことの判る発言がチャット欄に次々と表示された。そのときにようやく冥き挑戦者は皆が噂を知っていたことに気づいた。彼らは知らぬ振りをしてくれていたのだ。自分がそんなことをするはずがないと信じたうえで、自分のことを心配してくれていた。それが判り、冥き挑戦者は一層デサフィアンテと【硝子の青年】を大切に思うようになった。

「……あのさ、何、この俺持ち上げ大会。なんか超ハズいんですけど」

 一体何なのだ。過去の恥ずかしい青臭い台詞の数々の暴露にデサフィアンテは困惑する。冥き挑戦者は語り終えて満足そうだし、他のメンバーは何処か嬉しそうな表情でデサフィアンテを見ている。

「あーもう! 日も暮れてきたからさっさと行動!! とりあえず、理也とイス、ろう、冥さん、ディスは館の中見て回って色々と確認して来い! 迅ちゃんは部屋割りして、チャルは俺と晩飯の支度。面倒だから今日はカレーな!!」

 照れ隠しのようにそう言って立ち上がるデサフィアンテを他の7人は笑って見送った。

 ゲーム内だけの付き合いだったデサフィアンテ。けれど、仮想の世界でデサフィアンテは確かに自分たちの『君主』だった。その言動でデサフィアンテは自分たちの信頼を勝ち得てきた。こんな理不尽な訳の判らない異世界に閉じ込められたのに、デサフィアンテがともにいると思えば自然と『何とかなるんじゃないか』と思えてしまうほどの、絶対的な信頼。 ── デサフィアンテ自身は気づいていないようだが。

「理也、イス、お前らの部屋、絢の両隣な。頼むぜ、『双璧』」

 迅速はいつの間にか出現した館の見取り図に名前を書き入れながら言う。それに理也とイスパーダは戸惑う。何が起こるか判らないファンタジーベースの異世界で、『君主』の両隣の部屋を与えられるということ ── それは仲間からの信頼に他ならない。確かにゲーム世界でかつて自分たちは『双璧』と言われた。けれどデサフィアンテとの付き合いはこの中では短い。しかも理也に至っては一度は信を裏切り袂を分かっている。なのに迅速はその2人にかつてと同じように側近を任せようというのか。

「いいのか、俺たちで。迅とチャルのほうが良くないか?」

 躊躇いがちに理也が言えば、迅速は答える。

「絢の剣はイス、盾は理也。あいつ、どんな強いナイトが加入しても絶対に『御剣みつるぎ』と『御盾みたて』のタイトルはつけなかったぜ。俺とチャルに『護人もりびと』のタイトルはくれたけど」

『御剣』と『御盾』のタイトル ── 称号。君主が与えるプレイヤーキャラクターのふたつ名 ── はデサフィアンテが己の片腕と恃むキャラクターにのみ付与していたものだ。理也とイスパーダ以外にその称号の付いた者はいないと迅速は言う。迅速に与えられたのは『精霊の護人』、チャルラタンに与えられたのは『聖霊の護人』。信を置く幹部であることを示す称号ではあったが、『剣』と『盾』は与えられなかった。もっともクラス的にエルフとウィザードにそれらの言葉が適さないという理由もある。しかし大切なのは自分たちが2人をデサフィアンテの片腕として認めているのだと示すことだった。

「絢の片腕はお前ら2人。俺らは裏方。それでいいんだよ」

「そうそう。あのころの形が俺らの基本で理想形なんだ。絢とイスが突っ走って理也が慌てて、俺らが笑うってね」

 迅速の言葉にチャルラタンも笑いながら言う。疾駆する狼もディスキプロスも冥き挑戦者も異論はなさそうだ。

「冥さん、用心のために階段側の部屋に入ってもらっていいですか? まぁ、無用の心配だとは思うんすけど」

「ああ、いいぞ。用心しとくに越したことはないからな。一応俺が一番レベル高いし、妥当だろう」

「あとは適当に決めとくから、ほら、お前らはさっさと屋敷ん中見て回って来い。ツッコミどころ満載だから」

「一番のツッコミどころは厨房だけどな」

 笑いながらチャルラタンはデサフィアンテを手伝うために厨房へ向かう。

「じゃあ、俺らも行こうか」

 冥き挑戦者が4人を促し、居間を出て行く。

「思い切って来てよかっただろ、理也」

「ああ、絢、変わってないな。俺たちが知る絢のままだ」

「歳食った分、落ち着きはしたみたいだけどな」

 疾駆する狼と理也はそんな会話を交わしながら、先に行った3人を追いかけた。






 異世界のフィアナにおいて、【悠久の泉】血盟はかつて以上の信頼によって繋がり始めたのである。