帰郷

 イディオフィリアは信頼する7人の仲間と共にアヴァロンへと戻ってきた。船を下り島に立てばその身を懐かしい空気が包む。

「ここがアヴァロンか」

 初めてこの島にやって来たヴァルター、ティラドール、フィネガスは物珍しげに周囲を見回す。魔術師であるフィネガスは感慨深そうにしている。

「なんつーか、普通に漁村だな」

 船着場からユリウスの庵に向けて8人は海岸を歩く。その中でヴァルターが言葉を選びながら言う。大賢者ベルトラムが隠棲し光竜ジルニトラの棲む通称『隠者の島』。どんなに厳かで神秘的な島かと思えば、何の変哲もない田舎の島だ。

「ハッキリ言っていいぞ、ヴァル。ド田舎の寂れた漁村だって」

 ヴァルターの濁した言葉を察してイディオフィリアは苦笑混じりに言う。

「いや、流石に隠者の島だよ。マナの調和が殆ど崩れてない」

「ああ。こんな心地いい空気、本土にはない。ティルナノグ以上だ」

 魔法──マナに敏感なフィネガスとティラドールはヴァルターの言葉に反論する。

 するとそこに老爺のしわがれた、けれど元気な声がした。

「イディオ! イディオじゃねぇか」

 見れば如何いかにも漁師といった風情の老人が流木に座り煙管キセルを吹かしている。

「あ、じっちゃん! 久しぶり、元気だったか?」

 イディオフィリアは老人に向かって駆け出す。まさか彼が祖父かと思いつつ、ヴァルターらはイディオフィリアに続いて駆け出す。ソルシエールら祖父を知る者たちはのんびりと後に続いた。

「儂は元気じゃわい。お前さんも元気そうじゃ。なんじゃえらい立派になって、見違えたぞ」

「じっちゃんもう歳だから心配してたぞ。俺、今本土で冒険者やってんだ。で、爺様に仲間紹介するために里帰りってわけ」

 7人がイディオフィリアに追いつくと、彼は老人の前にしゃがみこんで話をしていた。

「ほう、仲間か。ええのう」

「だろ? こっちからヴァルター、ティラドール、フィネガス。それから先輩のパーシヴァルさん、ミストフォロスさん、アルノルトさん、それとソルシエール」

 微笑ましそうに笑いながら聞いていた老人は、ソルシエールの名を聞いた瞬間、砂の上にひざまずきソルシエールに向かって平伏した。

「ソルシエール様つったら、大賢者ベルトラム様のお弟子様じゃねぇか! 大賢者ソルシエール様!! 儂なんぞにお姿をお見せくださるとはなんと恐れ多い……!!」

 突然の老人の行動に8人は呆気にとられる。しかし、こんな田舎──しかも日々大賢者ベルトラムの恩恵を受けている島の住人にとって『大賢者』は神にも等しい存在なのだ。現人神といってもいい。イディオフィリアたちはソルシエールが身近すぎることと彼女自身をよく知っているからついつい忘れてしまうが、彼女は数百年ぶりに現れた偉大な大賢者なのだ。ソルシエールも『大賢者』としての自分の役割を充分に判っているため、老人の望む大賢者を演じて見せた。

「顔をお上げなさい、ご老人。貴方のような方がこの島の暮らしを、師ベルトラムの住むこの島を支えてくださっているのです。本当にありがとう。感謝しています。これからも貴方の身にイル・ダーナの加護がありますように」

 慈愛に満ちた微笑を浮かべて言うソルシエールに7人は先ほどとは違う意味で呆気にとられる。一体これは誰だと。

 ソルシエールがいる限り跪いたままでいそうな老人に別れを告げ、イディオフィリアは先に進む。『慈愛に満ちた』ソルシエールはある意味恐ろしいと思いながら。

 すると数分も進まぬうちに今度はソルシエールら特級4人の足が止まった。『ゲッ』というソルシエールの声に始まり、『うわっ』というミストフォロス、『うへぇ』とアルノルト、『おや……』とパーシヴァルの声が続く。イディオフィリアらが彼らの視線を辿るとそこには地につくほど長い蒼銀の髪を持つ麗人が佇んでいた。性別の判らぬその人物を不思議に思っていると、彼(または彼女)は視線に気付いたらしく、8人に目を向けた。

「おや……」

 彼(ようやく声で男性と判った)はゆったりと8人へ、というよりもソルシエールへと近づいてくる。そして彼が目の前に立ったとき、ソルシエールは跪いた。

「立ちなさい、ソルシエール。丁度良い。お前がやりなさい」

 彼の言葉にソルシエールは立ち上がると口を開いた。先ほどの老人に対するのとは全く違う、いつもよりも5割増に悪い口調で。

「珍しいですね、師匠がこんな日中に出歩くなんて。というか外に出るなんて何があったんですか、天変地異の前触れですか」

「人を珍獣のように言うのは止めなさい。失礼な弟子ですね。いいからさっさとやりなさい」

「やりなさいってなんですか。何をですか。というか、お師匠様、老体に鞭打ってこんな寒空の中歩いてたらポックリ逝きますよ」

「人を老人扱いするものではありません。私はお前よりも若く美しいではありませんか。いいから口を動かさずにさっさとアナベルクの召喚陣を封じなさい。あと半刻もせぬうちに発動しますよ」

 突然始まったソルシエールと師の舌戦にイディオフィリアとヴァルター、ティラドール、フィネガスは三度呆気にとられる。これが大賢者ベルトラムなのかと。しかし、『アナベルクの召喚陣』の言葉に正気に返る。

「あと半刻って……どうして発動寸前まで放置しておいたんですか、師匠。まさか気付かなかったわけじゃないですよね。敢えてここまで放置してたんですよね。アナベルク召喚させて久しぶりに暴れようとか思ったんでしょう。それで待ちきれなくてワクワクして待ってたってわけですか」

 呆れたようにソルシエールは言う。すぐに反論がないところをみるとどうやら図星らしい。ベルトラムを知るパーシヴァルら3人は呆れて苦笑しているが、大賢者ベルトラムに尊崇の念を抱いていたフィネガスは衝撃を受けている。

「五月蝿い弟子ですね。いいから、お前がやりなさい」

「お断りします。アヴァロンは師匠の管轄でしょう。師匠がなさってください。ほら、アイドクレースも待ってますよ」

 ソルシエールの示した先には先刻までいなかった金色に輝く竜がいた。光竜ジルニトラである。どうやら待ち草臥れて主を促すために竜の姿に戻ったらしい。

「……仕方ありませんね」

 不本意そうに呟くとベルトラムは踵を返し、ジルニトラと共に黒く輝き始めたアナベルクの召喚陣の封印を始める。

「あれが光竜ジルニトラ……カイアナイトもきれいだって思ってたけど、それ以上だ」

 初めて光竜を目にするイディオフィリアら7人はその高貴で美しい姿に見惚れる。

〔ジルニトラ様、いや、今の名はアイドクレース様か。あの方は儂ら神竜の長。最も高貴で最も美しく最も強い方じゃ。イル・ダーナの眷属ゆえ当然かの〕

 いつの間に現れたのか、小竜姿のカイアナイトがパタパタと羽を動かし宙に浮かびながら応じる。

 そうしている間にもベルトラムは封印を終わらせ、再びソルシエールの許へやってくる。しかし、今度は先ほどは目もくれなったイディオフィリアに視線を向ける。

「そなたがイディオフィリアですか。ふむ……確かによく似ている」

 誰に、とは言わずベルトラムはひとり頷く。

「ソルシエール、用事が済んだら私の庵に来なさい。渡すものがあります」

「畏まりました。師匠、凍え死なないうちにさっさと庵に戻ってくださいね。寄り道なんてしないでまっすぐ帰るんですよ。帰ったらちゃんと温かいお茶でも飲んで体温めてくださいね」

「判っています。本当に口煩い弟子ですね。──では待っていますよ」

 そう言うとベルトラムは転移魔法で姿を消す。

「あれがベルトラム尊師……。想像と全く違った……」

 ひと言も口を開くことが出来なかったイディオフィリアは苦笑混じりに呟く。魔術に関わる者としてベルトラムに憧れを抱いていたティラドールとフィネガスは衝撃を受けている。光竜の神々しい姿によってそれも幾分解消されたが、やはり受けた衝撃の大きさはイディオフィリアやヴァルターとは比べものにならないようだった。

「まぁ……あの性格ですから、歴代の弟子たちが尊師を出来るだけ表に出さないようにしていたそうですし……」

 ベルトラムの口の悪さに慣れているパーシヴァルが苦笑して応じる。

「あれだ。ソルの育ての親だからな」

「あ、なるほど。納得」

「どうしてそれで納得するのよ」

 ミストフォロスの言葉にティラドールが反応し、ソルシエールが突っ込む。

「お若く見えたけどおいくつなんですか、姐御」

 ベルトラムのことは『伝説の大魔術師でソルシエールの師匠』程度にしか知らないヴァルターが尋ねる。

「誰も知らないわ。私も聞いたことがないの」

「俺が物心ついたとき……190年くらい前にはもう『伝説の大魔術師』だったからな。少なく見積もっても300歳は超えてるだろ」

 ソルシエールとミストフォロスの返答に、ようやく立ち直ったらしいフィネガスが補足する。

「500年前の文献にも大賢者ベルトラムの名前は出てくるから、少なくとも500歳以上ですよね……」

 はぁ、とフィネガスは溜息を漏らす。何ゆえの溜息なのかは本人にも判らない。というか判りたくない。

「ま、師匠が何歳であれ、性格がどうであれ、今現在最高の魔術師であることに変わりはないわ。聖者ブランに並ぶほどの力を持った最高のね」

 だから何も心配は要らない。あの師ある限りフィアナの護りは揺らがないとソルシエールは言い切った。

「じゃあ、爺様のところに行こうか」

 帰省本来の目的の前にとても疲れた気のする一行だった。






 8人が到着したのは、鬱蒼とした森の中に佇む石造りの家だった。

「爺様! イディオだよ。ただいま!」

 扉の脇に吊るされた鐘を鳴らしながらイディオフィリアは呼びかける。しばらくして閂を外す音がし扉が開いた。現れたのは眼光鋭い灰色の頭の老人だった。

「そんなにガランガラン鐘を鳴らすでない。相変わらず騒々しい孫じゃ」

 老人は呆れた声で、けれど笑顔で9ヶ月ぶりに会う孫を出迎えた。

 8人は老人に案内されるまま室内へと入る。居間に通された8人が勧められるままに座に着いたところで、イディオフィリアが7人を紹介し、最後に老人が名乗った。

「ユリウス=バトリック・ノイマンと申します。イディオフィリアの祖父にございます」

 そう言って老人はヴァルター、ティラドール、フィネガスを穏やかな目で見る。彼らが孫が信頼した仲間なのだ。

「久しぶりじゃな、シェーラー伯。おぬし、全く変わっておらんな」

 そして旧知のエレティクスに目を向ける。

「そういうユリウス卿は歳をとったな。30年近く経ってるから無理もないが」

 苦笑して応じるミストフォロスにイディオフィリアは驚く。まさか祖父と彼が旧知の仲だとは思いもしなかった。

「え……フォロスさんと爺様知り合い?」

「ああ。30年近い昔、ソルの親父、パーシィの親父、それにイディオ、お前の親父が冒険者になってな。そのときのお世話係を俺に頼んだのがユリウス卿なんだよ。王の懐刀と呼ばれた名宰相のな」

「え……俺の父親……? フォロスさん、知ってるの? もしかして、ソルやパーシィさんも……?」

 自分が知らない父親のことを彼らは知っているのだろうか。自分がその父の息子と知って彼らは自分の側にいたのだろうか。そして祖父が宰相だったなど初めて聞いた。突然与えられた情報にイディオフィリアは混乱する。それを見かねてソルシエールは優しくイディオフィリアに語り掛けた。

「イディオ、御爺様にお話を伺うために来たのでしょう? 伺えば全て判るわ」

 いつになく優しいソルシエールの声にイディオフィリアは目を瞬かせ、深呼吸をする。そしてじっと祖父を見つめた。

「爺様、言ったよね。『時』が来れば全て話すって。だから聞きに来た。どうして俺の名前を隠さなきゃいけないのか。俺の両親が誰なのか。俺は一体何者なのか。教えてほしい」

 孫の真剣な眼差しを受けて老人は頷く。

「よかろう。おぬしの本当の名は……イディオフィリア=レヴィアス・アロイス・フォン・フィアナ。今までおぬしは本当の姓を知らなかったんじゃ」

 言葉の意味をイディオフィリアが理解するのを待つように、ユリウスは言葉を切った。

「フォン・フィアナ……王国と同じ……?」

 呆然とイディオフィリアは呟く。国名と同じ姓、それの意味するところは……。

「おぬしの父親、否、父君はディルムド=ガラハド・アクドゥル・フォン・フィアナ。母は我が娘ディアドラ=クリスティーヌ。おぬしは先王陛下の王子であり、正統な王位継承者なのじゃ」

 重々しいユリウスの言葉にイディオフィリアは声も出なかった。ソルシエールら真実を知っていた者たちはそんな彼を気遣わしげに見る。

 そこにひとつの影が動いた。イディオフィリアの前に跪き、王に対する騎士の礼を取る。

「この日が来ることをどれほど待ち望んでいたことか、我が君」

 突然のパーシヴァルの行動にイディオフィリアは目を見開く。

「え……パーシィさん?」

「殿下がお生まれになられて7日目に私はお目どおりを許され、殿下の傅役もりやくに任じられました。その日より我が忠誠は貴方にのみ捧げられております」

 予想もしていなかったパーシヴァルの言葉にイディオフィリアの混乱は増す。それを見たミストフォロスはパーシヴァルの頭に拳骨を落とした。

「イディオが混乱しちまってるだろうが。傅役が主君を困惑させるとか何やってんだ」

「……ああ、イディオ殿、申し訳ありません。20年この日を待っていたものでつい。あの幼気な赤子だった殿下がこんな立派な青年にご成長遊ばしていたのだと思うと感無量で……」

 パーシヴァルは懐から手巾を取り出すと目を覆い涙を拭う──ふりをする。自分のせいで混乱を深めてしまったイディオフィリアを落ち着かせるために、いつもの喜劇リデルを始める。そこは長い付き合いの3人だ。巧く合わせてくれる。

「ったく、パーシィも歳よね。すっかり涙脆くなって」

「厳つい男の涙なんて気持ち悪いだけだ。さっさと泣き止め」

「失礼ですよ、ソル、アル。私は年寄りではありません。第一、アルは私の5倍以上、フォロスは私の7倍近く生きているではありませんか」

「あーそうですねー。じゃあお前はまだヨチヨチ歩きの幼児だなー」

「そんなこと言ったらイディオフィリアはオムツも取れてない赤ん坊扱いになっちゃうわよ」

 すっかり『いつもどおり』になった4人にイディオフィリアもようやく落ち着きを取り戻し始める。そしてこれまで無言だった友人たちを見る。ヴァルターは『お前が何者であれ親友だ』と言ってくれた。その言葉を信じている。けれど自分が王子など予想もしていなかったから彼らの反応が怖い。3人は何処か呆然とした表情をしていた。

「うーん。イディオをこれからどう呼ぶか決めよう。1番・イディオ」

 イディオフィリアの視線を受けてヴァルターがいつもと変わらない声で言う。彼自身戸惑いはあるが、目の前の親友の不安を取り除くことが先だった。

「2番・殿下」

 ヴァルターに続いてティラドールもいつもどおりの声だ。

「えー……じゃあ、3番・王子ちゃま」

 フィネガスは微苦笑した声音で続く。

「ちょ、なんだよ『ちゃま』って」

「『様』じゃ普通で面白くないだろ」

「子供じゃねーんだから」

 わいわいと話す彼らはつい先ほどまでと何も変わらない。友人のままだ。

「で、イディオ。どうする? お前はどう呼ばれたい?」

 ティラドールが問いかける。勿論答えは決まっている。だが、イディオフィリアが答えるよりも早くフィネガスが口を開いた。

「尤もイディオがどれを答えようと俺らはイディオって呼ぶけどな。今までどおりに」

 イディオフィリアが望んだ答えを友人たちは与えてくれる。

「王子様って言われても実感湧かないし、イディオもそうだろ? まぁ、王子として行動しなきゃいけないときは俺らも殿下って呼んで王子扱いするけど……それ以外は今までどおりでいいよな」

 そう言うヴァルターにイディオフィリアは頷く。声を出したらそのまま泣いてしまいそうだった。とても嬉しかった。あるがままの存在を受け容れてくれる友の存在が。

「イディオは良き友に恵まれたようじゃな。ヴァルター殿、ティラドール殿、フィネガス殿。どうか孫をよろしくお願いします」

 ユリウスは祖父の表情で3人に頭を下げる。

「勿論です、ユリウス卿。私たちは何処までもイディオと一緒です。彼と同じ道を歩むためにここにいるんです。それがどんな道であれ」

 力強くヴァルターは言う。彼らにも判っている。イディオフィリアが王子であるのならばこれからの道は平坦ではない。反王打倒の戦いは魔族封じのためだけではなくなる。そこには王権を、国を取り戻すという政治が絡むことになる。イディオフィリアが望まずとも、彼が王子であることを明かせば必ずそうなる。

「さて、イディオも馬鹿傅役も落ち着いたところで、話を先に勧めましょうか。どうしてイディオが王子であることをこれほど隠さねばならなかったのか。どうしてこの島にこれほど強力な結界が張られていた・・のか」

 ソルシエールの言葉にハッとしてイディオフィリアら4人は居住まいを正す。名を隠すのは王子だから……というだけではないのだろうか。ソルシエールの視線を受けてユリウスは再び語り出す。

「然様、まずはこの島に施されている結界についてお話いたしましょう。シェーラー伯、ローラント侯ならば30年前にはこの島に結界などなかったことはご存じですな」

「ああ。だが、魔族が出る前、25年前には既にあったな」

「30年前には渡航許可証も必要なかった。必要になったのはこれも25年前だな」

 ユリウスの問いに当時既に成人していたミストフォロスとアルノルトが応じる。

「そう、全ては25年前。イディオフィリアの両親が出会い、大賢者ソルシエール様が母君の胎内に宿られたときに始まったのです」

 そしてユリウスは語る。この島の結界はふたりの『宿命の子』を護るためのものであったこと。そのふたりの子を護るために大賢者ベルトラムは強固な結界を幾重にも張り、ユリウスは宮廷を辞し、この島に隠棲したこと。全ては5年後に起こる反王の乱に備えるためだった。

「イディオフィリアの両親が出会ったとき、大賢者ベルトラム様は天より啓示を受け、我らに預言を齎しました。それは……先王陛下の死、反王の簒奪、そしてふたりの宿命の子によって反王が倒され、新しい世が訪れることを示していた」

 そう言ってベルトラムは齎された預言を告げる。



賢王の血が流れ

反王が世界を支配する

魔族が目覚め

渾沌の世界が訪れる

世界は崩れ落つ


聖騎士のすえ

血盟の許に集いし勇者を率い

聖者の裔

古の盟約により神竜を招し

以って

魔族を払い反王を誅す


新しき世の創世とならん



「預言……」

 想像もしていなかった話の展開にイディオフィリアは呆然とする。

「この預言とイディオにどんな関係が? ご両親が出会っただけで……イディオに関係するとは限らないですよね」

 呆然とするイディオフィリアを気遣いつつ、ヴァルターは尋ねる。イディオフィリアが生まれたときに齎されたというならば、まだ彼と関係するといわれても納得できるが、両親が出会ったときでは曖昧ではないのか。

「預言というのはそうしたものよ。とても曖昧なの。師匠だから、ここまで読み取れるの。師匠は確かにこの預言を受け取ったときに見たのですって。イディオフィリアを示す星と、それに寄り添った私の星を」

 預言とは解釈によってはどうとでも取れるものが多い。それをここまで明確に示せるのはベルトラムだからこそだ。先王ディルムドとディアドラが出会ったからこそ、師は啓示を受けた。今まで見たこともない星を見たのだ。

「聖騎士の裔はイディオフィリア殿下、そして聖者の裔は私のこと。血の盟約を結んだ者はイディオが信頼する人たちを示しているわ」