血盟を作る。そう決めたものの、名前が決まらないという理由でイディオフィリアは未だ創設申請を出してはいなかった。しかし、日々のリチェルカは受けていた。
「翡翠の塔第1階層の魔物討伐?」
そんなある日、セネノースのギルドでイディオフィリア、ヴァルターのふたりは、とあるリチェルカを打診されていた。
「そう。2階から10階の魔物を全て処理してほしいんだ。ジェイエンは出ていないんだが、どうやら下級魔族がかなり溜まってるらしい。瘴気が溜まってしまうと、その分首領級も出やすくなるから一度大掃除をってね。初級や2級の連中を連れて行って来てくれないか、イディオ」
いきなりのレーラーからの依頼に、イディオフィリアとヴァルターは顔を見合わせる。
「そりゃ、俺たち3級にはなったけどさ。初級や2級を連れてって……無理じゃない? っていうか無謀だろ」
「だよな。何人で行くのか判らないけど、俺たちだって姐御とパーシィさんがいたから何とかなったわけだし」
「そこを何とか頼むよ、イディオ、ヴァルター」
ギルドのレーラーは拝むように頼んでくる。
「近頃、初級や2級の質が落ちててギルド間でも問題になってるんだ。で、ある程度スキルのある連中とパルスを組ませてみようってことになったんだが、4級以上の連中は首領級のリチェルカで手一杯なんだよ。3級の中じゃお前らが一番頼りになるんだ。階級の割りに場数踏んでるからな」
かつては初心者冒険者の指南をソルシエールやパーシヴァルが請け負っていたのだが、上級魔族の出現頻度が上がっているため、そこまで手が回らなくなってしまったのである。ギルドとしても講習などはしているが、実戦となるとまた別物というわけだ。
イディオフィリアたち4人は3級に昇格して約1ヶ月でしかないが、その間に3つ星リチェルカだけではなく、ソルシエールたちに同行していくつかの4つ星や5つ星リチェルカにも参加している。そのため、階級は3級だが経験的には4級に近いといってもいい。近頃は『4級がいないならイディオたちに回せ』がギルド間の合言葉だったりするのだ。
イディオフィリアたちにしてみても、自分たちの力を評価してもらえるのは嬉しい。だが、初心者を育成しろと言われても『うん、やるよ』と簡単に引き受けることも出来ない。他人の命を預かることにもなるのだ。とはいえ、色々と便宜を図ってくれるレーラーの頼みだけに断りづらい。
「うーん……ティラとフィンにも相談しないといけないけど……。取り敢えず、どんな人たち?」
「初級はもうすぐ昇格しそうな3人で全員がエルフの弓使い。2級はフィラカス3人とモナホス3人。合計9人だ。このリチェルカに限り、出来るだけの武器防具を9人にギルドから貸し出すし、お前ら4人には別枠で報酬も出すよ、指南料ってことで! な、頼むよ、イディオ!!」
結局、イディオフィリアは拝み倒されて断りきれず、依頼を受けることになった。後刻ティラドールとフィネガスに呆れ顔をされたのは言うまでもない。
依頼を受けた翌日、イディオフィリアたち4人と紹介された9人はセネノースのギルドで顔を合わせた。9人のうちアンスロポスが5人、エルフが3人、エレティクスがひとりで、フィラカスはエレティクスを含む3人だった。
それぞれが自己紹介した後、武器防具・所有魔法を確認したうえで、個々の能力を把握するためにとセネノースケイブへと行くことにした。9人とも殆どパルスを組んでの戦闘経験がないとのことだったため、まずは集団戦闘に慣れるところから始めなければならなかった。
「だからっ。弓は初撃入れるなっつってるだろ! 前衛に余計な動きさせるんじゃねぇ!!」
「パドハは攻撃的だからそっち優先だ! シュラクケンは後回しにしろ!」
「前衛、バラバラに魔物叩くんじゃねぇ! 集中しろ、ボケ!!」
「
1時間も狩りをするころには、イディオフィリアたち4人は怒鳴りすぎて喉が嗄れてしまうほどだった。あまりの酷さに全員が馬鹿だのボケだの低脳だの、普段なら使わない罵詈雑言のオンパレードになっている。
「今更断れないよな」
ヴァルターがらしくもなく投げ遣りな口調で呟く。
「断りたいけど、受けちまったしな」
少しばかりイディオフィリアを恨めしげに見遣るティラドールである。
「ティラ、本番は持てるだけの精霊の玉持って来いよ。アクアウィータ連発ってことになりかねないからな」
深く溜息をつくフィネガスは、恨めしげな視線をイディオフィリアだけではなくヴァルターにも送る。ヴァルターもイディオフィリアが受諾するのを止められなかったのだから同罪だ。
「というかさ……今の初心者冒険者ってこんなに酷いのか?」
3人の恨めしげな視線を受け申し訳なく思いつつ、イディオフィリアは言う。自分だってまだ冒険者歴は半年に満たない、初心者に毛が生えた程度でしかない。9人の中には冒険者登録からの日数でいえば、イディオフィリアよりも長い者もいたほどである。しかし、やはり実戦経験の差は大きいらしい。
9人の動きは散々だった。集団戦闘に不慣れどころの問題ではない。それぞれが自分勝手に戦い、連携も何もあったものではなく、4人はそのフォローにてんてこ舞いだった。
「俺たち、早い段階でパーシィさんたちに出会えて幸運だったんだな」
ヴァルターが後輩冒険者たちを見ながら呟く。ヴァルターやティラドールがパーシヴァルと知り合ったのはフィラカスになって間もない時期であり、今の彼らと同じだった。
「うーん……思っていた以上に悲惨なことになってるわね」
と、そこにいるはずのない人物の声がした。
「ホントに。こりゃひでぇ」
更にもうひとりの声。イディオフィリアたちが振り返ると、そこには今までいなかったはずのソルシエールとミストフォロスが立っていた。
「ソル、フォロスさん! 何でいるの」
突然現れたふたりにイディオフィリアたちは驚く。
「様子が気になってね。ずっとコンウェでついてきてたの」
ソルシエールはコンウェニエンティアで、ミストフォロスはティミドゥスで、イディオフィリアたちについてきていたのだという。共に姿を消す魔法であり、この魔法を使っていればこのケイブに出る程度の魔物は術者に気付くことが出来ず、襲われることもない。
「イディオもヴァルもティラも、確かにパーシィやアルと知り合えたのは幸運だったかもしれないけど、それ以前の問題でもあるわね」
ソルシエールが呆れ顔で9人の冒険者の戦闘を見遣る。自分が今何をしなければならないのか、彼らはそれが判っていない上に理解しようとしていないのだ。そこがかつてのイディオフィリアたちと違っている点だった。
初めて一緒に受けたリチェルカ、更にはミレシアに到着するまでの魔物との戦闘において、イディオフィリアもヴァルターもティラドールも『ひとりで戦っているのではない』ということを理解していた。5人の中のひとりとして、何をすべきで何をしてはならないのかを考えて行動していたのだ。ひとりで戦う戦い方とパルスでの戦闘を区別できていたことが、彼らが急速に成長できた要因のひとつでもあった。
「とにかく、パルス組んでるっていう意識植え付けなきゃね」
多少の荒療治も仕方ないわよね、とソルシエールは笑う。ミストフォロスがニヤリと頷き、イディオフィリアたち4人は天を仰いだ。
「死人が出ない程度で頼むよ、ソル……」
「そのフォローはあなたたちの役目でしょ、イディオ」
ソルシエールは答えると、ミストフォロスとふたりで徐にパインワンドを振り始める。これはケイブ内にいるものと同種の魔物を複数作り出す杖である。あっという間に数十体の大量の魔物が9人の冒険者に襲い掛かる。
「エルフ! 魔法で標的とって引き回せ!」
「前衛は1体集中で確実に処理しろ!」
「標的分散させるな!」
「エルフは引いてるヤツ以外、足速いのから処理していけ!」
「魔術師は引き役に回復魔法回せ! それぞれの状態をよく見ろ!」
「ひとりで戦ってんじゃねーんだ! 仲間いるんだ! 協力して倒せ!!」
イディオフィリアたち4人は声を大にして9人に指示を飛ばす。突然の大量魔物に呆然としていた9人は何かを考える暇もなく、その指示に従い魔物に対した。
10数分後、ひとりの戦闘不能者も出さず全ての魔物を処理し終えたときには、9人とも朧気ながらもパルスでの戦闘が判りかけていた。
ソルシエールとミストフォロスの荒療治の甲斐もあり、3日後には何とか9人の初心者冒険者を連れてのリチェルカも終了した。9人は初めて会ったときよりは幾分マシになり、それぞれの冒険へとまた旅立っていった。
このリチェルカはイディオフィリアにも大きな影響を与えた。血盟の方針という点において。
「初心者冒険者育成のための血盟を作ろうと思う」
イディオフィリアはソルシエールたち7人にそう告げた。
「この前のリチェルカで思ったんだ。冒険者同士もっと協力し合って、初心者のうちから連携とかリチェルカの進め方とか集団戦闘とか意識していけば、全体的な底上げも出来るんじゃないかって。そうなれば、魔族討伐もずっとやり易くなると思うんだ」
イディオフィリアの言葉にそれぞれが頷いた。ヴァルター、ティラドール、フィネガスは同じリチェルカを経験したことから、イディオフィリアと同じ思いを抱いたのだ。
ソルシエールたちはイディオフィリアが自らの意志で血盟を作ることを是とした。いずれ方針が変わることになるだろうが、それも自然な流れでそうなることだろう。
それに、早い段階から魔族討伐を意識した訓練をする組織があることの価値も判っていた。更にそれを作るのがイディオフィリアであるならば、彼自身が冒険者の中に一定の影響力を持つことにも繋がる。また、それらを指揮することで、イディオフィリアにも指揮官としての意識と技能が芽生え身につくことだろう。
「俺、血盟主になるよ」
イディオフィリアははっきりとそう告げた。
そうして、イディオフィリアは血盟を創設することになった。血盟の名は【トリスケリオン】。三位一体を現す言葉である。元々は宗教的な意味合いの強い言葉なのだが、イディオフィリアは違う意味でこの言葉を選んだ。
「俺が冒険者として大切にしたいこと、そして血盟として活動する上で一番大事だと思ってる3つのことを示したいと思ったんだ」
イディオフィリアはギルドへ申請に行く前に、血盟員となる6人にそう語った。その3つとは『仲間』『信頼』そして『自由』だった。
「まぁ、いいんじゃない」
「ですね。覚え易い」
「友情と信頼の自由な風とか、こっ恥ずかしい名前よりいいしな」
そんな先輩冒険者たちの言葉を聞きつつ、イディオフィリアはギルドへ向かった。それに全員がついてくる。申請するのは血盟主となるイディオフィリアだけで可能なのだが、皆立ち会いたかったのだ。
それだけではない理由もソルシエールたちにはあった。イディオフィリアの本名の問題である。
冒険者登録そのものは偽名でも通称でも可能となっている。本名での登録はある程度身分がある場合には様々な不都合を招く場合もある。ゆえに飽くまでも登録する際の名前は自己申告なのだ。
しかし、血盟を創設する場合は、偽名・通称での申請は出来ない。仮にも組織の頂点に立つのだから、出自を明らかにしなくてはならない。更に魔法の関係もある。血盟を媒介とする様々な魔法は血盟主個人を呪術的な仲立ちとして成立するため、偽名では効力を発揮できないのだ。
尤も、それらは事実ではあるものの、表向きの理由である。実際は本名を名乗らせることで冒険者ギルドのもうひとつの側面にとって不都合のある人物を把握するためという理由が隠されていた。
とはいえ、イディオフィリアの場合、本人が自分の出自と本姓を知らないわけで、そのためのフォローとしてソルシエールたち3人もついてきたのだ。
イディオフィリアが申請についての説明を受ける傍らで、ソルシエールたち3人がギルドレーラーに目配せをして別室へ入った。
「実はイディオは事情があって、自分の本名や出自を知らないの。今はまだ彼にそれを知らせるべき時期でもないし、公にするのも時期尚早だわ。だから、私たちで正式な書類での申請をしたいの。可能かしら」
いつになく真剣な表情の3人の特級冒険者にギルドレーラーも神妙な面持ちで頷く。
「イディオ……いや、イディオフィリア様がどういった家系の若者か、
ギルドレーラーのローンファルは固有名詞を出さずにそう告げる。
イディオフィリアが冒険者として成長するに従い、ギルドレーラーの間では時折、彼のことが話題に上っていた。有望な冒険者というだけではない。先の王妃によく似た容貌。先王を思わせる意志の強い瞳。もしかしたら……とレーラーたちは考えた。そう考えれば、大賢者ベルトラムの直弟子で本人も賢者であるソルシエール、王子の
冒険者ギルドは先王との関わりも深い。先王が王太子時代に冒険者をしていたことはギルドの者ならば誰でも知っている。賢王と共に冒険者であったことはギルドの者たちにとっては誇りでもあった。
だから、イディオフィリアの正体を薄々察したギルドレーラーたちはその予測を決して口には出さなかった。迂闊に漏らせば彼の正体が暴かれてしまう。まだその時期ではないことはレーラーたちにも判っていた。
「ソルシエール、お前さんの兄上の場合もそうだが、高貴な身分の方が冒険者やるには色々面倒なこともあるんでな。こういう裏手続きがあるんだよ」
ニヤリと悪戯に笑ってローンファルがソルシエールの前に出したのは『通称登録書』という書類だった。これを提出しておけば、全ての書類で通称と本名が同じ効力を持つのである。
「へぇ……便利なものがあるのね」
ソルシエールとパーシヴァルは初めて見る書類に驚いている。ギルドというところは本当に何でもありなんだと思ったのだ。実はミストフォロス自身がこの登録をしているのだが、登録したのは50年ほど昔のことなのですっかり忘れていた。
「これって本人が書かなくても大丈夫なの?」
「今回みたいに本人が出自を知らないって場合もあるからな。代理人が認められてる。お前ら3人が代理人なら何の問題もないさ」
ローンファルの言葉にソルシエールはホッとして頷くと、書類に記入していく。
本名:イディオフィリア・レヴィアス・アロイス・フォン・フィアナ、出身階級:王族、と本来のイディオフィリアの出自情報を記し、通称情報にはイディオフィリアが登録した際のものを書き写す。最後にイディオフィリアの冒険者登録番号と承認印をローンファルが記入捺印し、手続きは完了である。
これで本人にも周囲にもイディオフィリアの出自が発覚することはない。ギルドから漏れることも有り得ない。そもそも冒険者ギルド自体が反オグミオス組織なのだから。当然、それが公になればギルドが潰されてしまうため、一般には知られていないことではあるのだが。
「決戦まではまだまだ時間が必要なんだろうな」
書類を最重要機密の隠し金庫に仕舞いながら、ローンファルは呟く。
「そうね……。まだ時間は掛かるわ。イディオフィリア様のこともそうだけど、民衆がね。今の生活に不安はあっても反逆するまでもないという人たちが大多数ですもの。意識を変えなければ無理よ」
ソルシエールはそう答える。その答えは偽りではなかったが、真実でもなかった。全ての民衆の支持など必要とはしない。確かに全ての民が反王打倒の意志を持てば、その願いは大きな力となる。しかし、その意思を育てるには時間が足りないのだ。
民衆にとって、国が何処の国なのか、誰が王なのかというのは、実は然程重要なことではない。自分たちが安全に飢えることなく生活できるのであれば、支配者など誰でも良いのだ。王が誰かに
確かに先王ディルムドは善王として民衆にも慕われていたことから、今でもフィアナの民たちは反オグミオス活動家たちを時には支援し、匿う。だが、それだけだ。自らが反王を倒す戦いに加わろうとはしない。反王は憎いがその治世は悪くない。ゆえに倒す必要はない。否、もし反王を倒すことで今の安定した生活を失うくらいなら反王に味方する。それが民衆の偽らざる心情なのである。
ソルシエールたちはそれを充分に理解している。だからこそ、民衆全てを味方につけようとは思わなかった。どうあっても反王は倒さなくてはならない。別にオグミオスが玉座にあっても構わない。彼が異界との接点でさえなくなるのであれば。しかし、オグミオスが死ななければ異界との繋がりは消えない。オグミオスが自然死するのであればそれを待っていても構わないのだ。けれど、魔族との契約により彼が自然死する可能性はかなり低い。だから倒さなくてはならないのだ。そうしなければ世界は滅びてしまうのだから。
「当分は反オグミオス活動はしないわ。初心者冒険者育成ですって。この前のリチェルカで危機感持ったみたいよ」
「そりゃ助かる。冒険者の質が落ちると色々と先々困るからな」
ニッコリとローンファルは笑う。冒険者──それは全て、反オグミオス戦争の兵士と成り得る者たちなのだから。
一方、血盟創設申請をしたイディオフィリアは書類に不備がないかの確認の待ち時間に、血盟の加入脱退方法、血盟心話の使い方、血盟倉庫、血盟主魔法についての説明を受けていた。実はこのときソルシエールたちが通称登録をしていたため、時間稼ぎでもあったのだが。
血盟に属すると
「はい、書類は問題なしでした。イディオフィリアさんの血盟【トリスケリオン】創設です。おめでとう」
係員がそう言いながら【聖王の威厳】と4つの血盟主魔法、血盟員名簿の羊皮紙を渡してくれた。
各種能力が向上するという外套【聖王の威厳】、ウェルス・ノタ、プローグレッシオ・ドロ、フォルティス・ドロ、フルゲオー・ドロの4つの血盟主魔法は先のふたつが3級から、残りふたつは4級から使える魔法である。通常は先のふたつしか渡さないのだが、イディオフィリアの昇級の速さから4級昇格も近いだろうと一緒に渡してくれたらしい。
「じゃあ、早速加入作業だな」
ワクワクと楽しそうな表情でイディオフィリアは隣にいるヴァルターに羊皮紙とペンを渡す。
羊皮紙には一番上に「血盟名 【トリスケリオン】」と記載され、その下には『血盟主 イディオフィリア・アロイス(ストラテォオティス)』と記されている。ヴァルターが1行目に『ヴァルター・ヴァイス』と記入すると、すぐさまその後ろに『(ストラテォオティス)』と階級が自動追記された。続いてティラドール、フィネガスも同様に名を記していく。
同時に彼らの左耳に深く澄んだ蒼い色の八角形の宝玉が現れる。血盟員となった証である。イディオフィリアの左耳には彼らよりもひと回り大きい宝玉が埋め込まれており、これは血盟主である証だ。この耳環の色と形状は血盟によって違っており、血盟主の持つオーラによってその色と形状が決まるのだと言われている。
「よし、ソルたちにも書いてもらおう」
4人が部屋を出ると、ソルシエールたち3人はギルドレーラーと何やらリチェルカの打ち合わせをしているようだった。
「お、加入できるようになったのか」
ミストフォロスは言うが早いか、さっとイディオフィリアから羊皮紙を取り上げ、さらさらっと記名する。そしてそれをパーシヴァルに回し、記入したパーシヴァルはソルシエールに回す。ソルシエールも記名し、それをイディオフィリアに戻す。
自分を含め7人の名が書かれた羊皮紙を嬉しそうに見たイディオフィリアの表情が固まった。不審に思って覗き込んだヴァルター、ティラドール、フィネガスも同様だった。もしかしたらと予想はしていたが、まさか本当にそうだったなんて!
「いやはや凄いな、イディオ。特級4人のうち3人も加入だなんて」
ハッハッハと何処か態とらしく笑うレーラーの声だけが響いたのだった。
「ひでぇよ、ソルもパーシィさんもずっと隠してるなんて!」
家に戻り、イディオフィリアはプリプリと怒っていた。隠されていたことを怒っているのではなく、知ったときに馬鹿面を晒してしまったための照れ隠しなのであるが。
「ごめんごめん。でも最近まで登録は5級だったのよ、私もパーシィも。イディオが血盟を作るって決めたから、正規の階級に修正したんだもの」
ソルシエールが笑いながら謝る。
「あら、ソル。それじゃ謝ってるように聞こえないわよ」
7人にお茶を給仕しながらひとりの女性がソルシエールに言う。パーシヴァルの妻オクタヴィアである。血盟加入を機にパーシヴァルは借家だった自宅を引き払い、妻共々この家に引っ越してきたのである。既に冒険者登録を抹消しているオクタヴィアは血盟に加入することは出来ないが、リチェルカで不在がちになる血盟員に代わり、この家を守る役割を任された。ついでにミストフォロスもこの家に住むことになり、血盟員全員での生活が始まることになった。つまりソルシエール個人宅だったものが【トリスケリオン】のアジトとなったわけである。尤も、それを織り込み済みで購入した家であるから、何ら問題はなかった。
「じゃあ、イディオの血盟創設祝いにこれあげるから許して」
そう言ってソルシエールがイディオフィリアに渡したのは聖竜王の鎧だった。セネノースに居を構えた当時に購ったものだ。
「では、私からはこれを」
とパーシヴァルはメガロマ・メギストスの信義の盟を渡し、
「んじゃ、俺はこれな」
とミストフォロスはメガロマ・メギストスの聖王の威厳(君主用)を渡した。
「え!? え……ええええええええ!?」
突然渡された超高級装備にイディオフィリアは目を丸くする。
「何で!?」
「何で、って……。お祝いよ。それに血盟主は、まぁ……1血盟員と比べれば苦労も多いし、ご苦労さま料の先渡しかな」
「頑張れよってことで期待料も入ってるからな」
ソルシエールとミストフォロスの言葉にイディオフィリアは眩暈を起こしかける。こんな高級装備を渡されるなんて、自分はこれからどれだけ苦労して頑張らなければならないのだろう。
「イディオフィリア殿は今までどおりのイディオフィリア殿でいいのですよ。貴方は貴方らしく。それが血盟運営の第一歩ですからね」
パーシヴァルは穏やかに笑いながら言う。その言葉と表情にイディオフィリアはホッとする。いつもパーシヴァルの穏やかな笑みはイディオフィリアに安堵を齎してくれる。
「うん、俺、頑張るよ。これからもよろしく」
元気に宣言するイディオフィリアに、皆が笑みを誘われた。
フィアナ暦912年、血盟【トリスケリオン】発足。
イディオフィリアは本人も未だ知らぬまま、宿命への第一歩を踏み出したのである。