血盟

「なぁ、血盟作らないか?」

 ある日の午後、狩りの小休止中に突然ヴァルターがそう言った。

 この日イディオフィリアはヴァルター、ティラドール、フィネガスと共に竜谷に来ていた。この地域は頻繁にズメイやシュヴァルツェンアルテールといった中位首領級魔族が出現するため、その討伐と各自の技能向上も兼ねてよくやってくる場所だった。

「考えてみれば、俺たちいつも行動一緒なわけだし、血盟作ってるほうが効率いいだろ」

 先日ストラテォオティスに昇格したヴァルターはその際にギルドで血盟の役割について説明を受けている。

 血盟は単に冒険者の集まりというだけではない。『血の盟約を結んだ者』という名の示すとおり、血盟に属することによって様々な深い繋がりが出来る。例えば、魔法。エンチャント魔法はパルスを組むことによって使える支援魔法全般のことをいうが、術者と被術者が同じ血盟に所属しているほうが効果が強く、持続時間も長くなる。またイムモルターリスのように血盟員でなければ効果がない魔法もある。

「確かに同じ血盟だと楽だよな」

 魔術師であるフィネガスも同意する。魔力の少ない彼としてみれば、同じだけの魔力消費で効果時間が長くなることによって、遥かに負担が少なくなり楽になるのだ。

 因みに彼は初めて組んだ四賢者リチェルカ以降、イディオフィリアらと行動を共にするようになり、今ではセネノースの家に住むようになっている。そのときに実はソルシエールとも旧知であったことが判明した。ソルシエールは師ベルトラムの代理として、時折琥珀の塔に赴くこともあったし、討伐に際して得た情報を研究者たちに知らせることもあったのだ。そのときにソルシエールの応対をしていたのは若手随一の研究者であるフィネガスだったというわけである。

「じゃあ、ヴァルかティラ、作れよ」

 4人の中で現在血盟創設資格があるのはヴァルターとティラドールである。イディオフィリアはふたつ星なら後3つ、フィネガスであれば後5つこなさなくては3級にはなれない。

「何言ってるんだよ。血盟作るならイディオだろ」

 呆れたようにフィネガスが言う。が、フィネガスの言葉にイディオフィリアは目を丸くする。

「は? 何で俺? 俺、まだフィラカスだし無理だろ」

「なんでって……フューラーのイディオが作るのが当然だろうが」

 そう言ったフィネガスにイディオフィリアは更に呆気に取られる。

「別に俺、フューラーでも何でもないんだけど」

「えっ!?」

 そのふたりに会話にヴァルターとティラドールは苦笑を漏らす。

 出会ってから約2ヶ月。その間、リチェルカにしろ狩りにしろ、統率を取ってきたのは紛れもなくイディオフィリアだった。いつの間にか、どのリチェルカを受けるのかを最終的に決めるのはイディオフィリアになっていたし、行動を仕切るのもイディオフィリアだった。自然にそういう役割分担が出来ていたのだ。

「俺に交渉したのもイディオだったし、普段の行動見てもイディオがフューラーだと思ってたんだけど」

 そう呟くフィネガスの言葉にも納得が出来た。

「だって、ヴァルは口下手だし、ティラは変なことしか言わないしやらないし」

「待て。変なことしか言わないしやらないしってどういうことだ」

「本気出すかって言って、牛に変身する奴の何処が変じゃないって?」

 数日前の狩りの際、ティラドールが牛に変身し、3人揃って脱力してしまったことをイディオフィリアは言う。この場合の牛は魔物ではなく、紛れもない家畜の牛であり、当然戦闘は出来ない。ティラドールは間違えて変身したのだと言ったが、変身しての戦闘が必要な状況でもなかったし、この数ヶ月でティラドールの性格を把握しているイディオフィリアやヴァルターから見れば、彼が態と牛に変身したことは明らかだ。

「和むからいいだろうが」

「和んでねぇよ! 俺もヴァルもめっちゃ脱力したよ! フィンだって呆れてただろ」

「戦闘の連続で張り詰めた心の糸を緩めてやろうっていう俺の素晴らしい心配りじゃないか」

「それはどうでもいいだろ。阿呆な喧嘩してんじゃねぇよ」

 話から逸れて言い争うイディオフィリアとティラドールをヴァルターが仲裁する。

「ともかく、ヴァルもティラもやらないから、俺が交渉していただけだよ」

 コホンと咳払いをして、改めてイディオフィリアは言う。別にフューラーだからというわけではない。確かに4人で行動するときは自分が率先して決断してはいたけれど、それはそれぞれの性格からそうなったのだとしか、イディオフィリアは認識していない。

「大体、フューラーってんなら、パーシィさんやソルがいるだろ」

 自分たちよりも遥かに格上の冒険者であるふたりの名をイディオフィリアは挙げる。

「姐御もパーシィさんも自分たちで血盟を作る気はなさそうだよな」

 そうティラドールが言えば、ヴァルターもフィネガスも頷く。

「あのふたりなら、作る気があるならとっくに作ってると思うよ。名前も通ってるふたりだし、その気になりゃ1000人規模の大規模血盟もあっさり作れそうだよな」

 あのふたりは何か思惑があって血盟に属していないようにティラドールは感じている。『氷雪の魔女』と異名を取るソルシエール、『聖王の騎士』とまで称されるパーシヴァルは、イロアスであるミストフォロス、アルノルトと並んで最も著名な冒険者だ。イディオフィリアら4人はそのふたりが目をかけている冒険者ということで、未だ3級と2級でありながらも、先輩冒険者たちに一目置かれるようになっていた。リチェルカを受ける際に近くにいれば助言をしてくれたり、狩場やダンジョンで会えば支援してくれる。そんなこともあって4人の交友関係は同階級の冒険者に比べて遥かに広がっていた。

「俺はフューラーって柄じゃないし、それはティラも同様。俺たちの中じゃ、イディオが一番血盟主に適してると思う」

 言いだしっぺのヴァルターがそう告げる。

 血盟の役割を説明されたときヴァルターが思ったことは、『じゃあ、イディオフィリアにさっさとストラテォオティスになってもらわないと』だったのだ。初めから血盟創設はイディオフィリアの役目だと思っていた。自分が作ることなど考えもしなかったのだ。

「血盟……俺がフューラーか……」

 イディオフィリアは考え込んでしまった。






 その後、運が良いのか悪いのか、4人はシュヴァルツェンアルテールに遭遇し、これを討伐した。シュヴァルツェンアルテールは3つ星リチェルカであり、イディオフィリアたちはリチェルカを受諾していたわけではないが、この魔族は頻繁に出没するため、事後報告でもリチェルカ完了と承認される。偶々居合わせた先輩冒険者が証人となってくれて、彼らと共にセネノースのギルドに報告に行き、イディオフィリアはストラテォオティスに、フィネガスはカログリアに昇格することになった。──つまり、イディオフィリアも血盟創設資格を得たことになる。

「お、イディオフィリアもストラテォオティスになったか。血盟作るんだろ? お前のところなら俺も加入してもいいぜ。作ったら知らせろよ」

 先輩冒険者はイディオフィリアが血盟を作るのがごく自然なことのようにそう言った。それもイディオフィリアを考え込ませる一因となったのである。






 自分が血盟主となり、血盟を創設する。思ってもいなかったヴァルターの提案に、イディオフィリアは悩んでいた。

 今の仲間たちで血盟を作ること自体はイディオフィリアにも異存はない。これから冒険者として階級も上がっていけば、確かに血盟に属していたほうが魔物との戦闘も楽になる。既存の血盟に全員で加入するという選択肢もあるが、自分たちと合う血盟があるとも限らないし、血盟にはそれぞれの方針があり、それに馴染めるとも限らない。だとすれば気心の知れた今の仲間たちと血盟を創設するのが一番気楽で過ごし易い。

 だが、どうして自分が血盟主になるんだ。ヴァルターでもティラドールでもフィネガスでもいいではないか。何故一番年下の自分が血盟主になるんだ。そもそもソルシエールやパーシヴァルという格上の冒険者も仲間なのだから、彼らが血盟主になるほうが自然ではないか。尤もソルシエールは『めんどくさっ』のひと言で拒否しそうだが。

 悩んだイディオフィリアはソルシエールに相談することにした。これまでも散々装備やリチェルカや冒険者としてのあれこれをソルシエールやパーシヴァルに相談し、助言を受けてきたイディオフィリアである。人としても冒険者としても自分よりも経験豊富なふたりに相談すれば何か道が見えるのではないかと思ったのだ。

「ソル、相談があるんだけど、ちょっといいかな」

 ソルシエールの部屋のドアをノックし、そう声をかける。入室の許可の声を受けてドアを開ければ、そこにはソルシエールだけではなく、パーシヴァルとミストフォロス、アルノルトもいた。どうやらリチェルカの打ち合わせをしていたようである。

「あ、邪魔?」

「大丈夫よ。打ち合わせは終わったから」

 ソルシエールの言葉にホッとしてイディオフィリアは勧められるままに椅子に座る。

「あのさ、今日、ヴァルに血盟作らないかって言われたんだ。で、ヴァルのヤツ、俺に血盟主になれって言うんだけど」

 俺には無理だよね そう続ける前に

「良いんじゃない」

 ソルシエールは至極あっさりと同意した。

「そうですね。イディオフィリア殿なら充分務まるでしょう」

 ニッコリとパーシヴァルが笑い、

「だな。俺も入るぜ」

 天下のイロアス様ミストフォロスがそんなことを言い、

「俺は当分別血盟だけど、そのうち移籍するかな」

 駄目押しのようにアルノルトまでが賛同の意を示す。

「は!? ちょ……ちょっと待ってよ、ソル! 俺には無理だって!!」

 無理だろうと笑われると思っていた。そうしたら『だよねー』とホッとしてパーシヴァルに頼む心算つもりでいたのに。

「どうしてですか? 私はイディオフィリア殿ならば血盟主として巧くやっていけると思いますよ」

 穏やかな表情のまま、パーシヴァルは言う。

「イディオは血盟を作ることには賛成なのね? でも、自分が盟主というのは納得できないと」

 4人の思いがけない賛同に戸惑っているイディオフィリアを落ち着かせるように、ソルシエールは尋ねた。

「うん。血盟はさ、確かに作ったほうが色々良いかなって思ったんだ。これからもっと難易度の高い魔族討伐するようになれば、支援魔法は欠かせないし。だとすれば、同じ血盟にいたほうがいいしね。どうせなら、気の合う仲間で新しい血盟作っちゃったほうが、色々面倒もないだろうし」

 そう、血盟を作ること自体には全く異存はないのだ。あるのはたったひとつ。自分が盟主として推されているということだけだった。

「俺、一番階級低いんだよ。年齢だって一番下だし。血盟主ならパーシィさんみたいに落ち着いた大人の人がいいと思うんだ」

 そうイディオフィリアは思うのだが、周りの意見は違うようだった。

「私には向きません」

 キッパリとパーシヴァルは断言する。

「確かに、パーシィは血盟主よりもその補佐役のほうが適任だよな」

 長い付き合いのミストフォロスも同意し、ソルシエールとアルノルトも頷いている。かつて便宜上作っていた血盟はパーシヴァルが血盟主をしていたが、それは血盟としての活動を一切していなかったからこそのことだ。単に4人でリチェルカを行う際の支援魔法のためだけの入れ物だったから、誰が血盟主でも構わなかったのだ。

「ヴァルたちも皆、イディオに血盟主になるように言ったんでしょう?」

「うん。俺がフューラーだからってフィンには言われた」

 この家に住んでいる5人──ソルシエール、イディオフィリア、ヴァルター、ティラドール、フィネガス──と四六時中出入りしている3人──パーシヴァル、ミストフォロス、アルノルト──の中で、一番イディオフィリアとの付き合いが短いのがフィネガスである。その彼もイディオフィリアがフューラーだと認識しているのだ。

 ソルシエールら特級4人は初めからイディオフィリアに血盟を創設させることを前提としているため、このことを当然と受け止めている。また、ヴァルター、ティラドールも出会ったリチェルカでイディオフィリアがフューラーを任されていたことから、自然にそう認識しているのだ。それを認識していないのは当人だけなのである。

「皆反対しなかったんでしょ。だったら、それでいいじゃない」

「そうそう。お前にだけ、責任押し付けたりする気はないだろ。単に代表者ってことでいいじゃないか。リチェルカのときにお前が代表になってんのと同じだって」

 決断し易いようにミストフォロスも言葉を添える。

 イディオフィリアであれば、血盟主となったらその責任について考えるだろう。その役割を認識し期待に応えるべく、血盟主らしい血盟主になる。4人にはそんな確信があった。これまで彼を見てきたから、それは容易に予測が出来ることだった。

「俺でいいのかな」

「イディオフィリア殿が血盟を創設しなければ、恐らく、ここにいる仲間の誰も作らないと思いますよ」

 仲間である8人の中で最も血盟主に適任なのは貴方ですよ、とパーシヴァルは言うのだ。

「……もうちょっと考えてみるよ。血盟作るんだったら、どういう血盟が良いのかも含めてさ。俺たちだけの血盟で良いのか、それとも人を集めるのか……。そして、その血盟主が本当に俺で良いのか」

 そうイディオフィリアは応える。しかし、その答えが血盟主になることに対してかなり前向きなものだと彼はまだ気付いていない。

 自分たちだけ、ここにいる8人だけの血盟ならば特に悩む必要はない。単に血盟という入れ物を作る手続きを自分が取るだけのことであって、役割に変更はないのだ。

 だが、もし血盟を作るのであれば。

 折角血盟を作るのであれば、血盟としてもっと人を増やして活動するのもいいかもしれない。そんなことも思う。

「じゃあ、どんな血盟があるのか、参考に話してやるよ」

 イディオフィリアが前向きに考えはじめたことを嬉しく思いつつ、アルノルトが口を開く。

「まず、俺が所属してる【プリッツ】だけど。これは血盟の代表的な形だな。仲間が集まって冒険を円滑に進めるため、安全に冒険するために作られた血盟だ。最初は親しい仲間で作って、段々その仲間が知り合いを誘って人が増えていっている。今だと200人近い血盟員がいるんじゃないかな。リチェルカはそれぞれの階級に合わせて血盟内でパルス組んで動くから、全員が集まるなんてことは殆どないし、それぞれが自由にやってるな」

 今、フィアナにある血盟の大部分はこの【プリッツ】と同じような経緯を辿って作られ、似たような活動をしていることになる。所謂冒険者相互扶助のための血盟だ。

「それと対照的なのが、今俺が入ってる【フェンリル】だな」

 アルノルトに続いて話を始めるのはミストフォロスである。

「【フェンリル】は反王オグミオスを倒すことを目的にしている血盟だ。尤も今はまだ反王に対して戦いを仕掛ける時期には来ていないから、準備をしつつ力をつけてるって段階だけどな。血盟の規模はそう大きくない。血盟員として籍を置いてるのは20人程度だが、他の血盟に所属しつつ啓蒙活動をしている副構成員は結構いるな。普段から戦争状態を意識して規律は厳しいと思う。今は魔族討伐と苛政領地の住民支援と保護が活動の中心だ」

「ってことは、フォロスさんも反王を倒さなきゃって思ってるんだ」

 なのに何故自分が作るかもしれない血盟に入るなんて言うのだろうとイディオフィリアは不思議に思う。

「まぁ、倒さないよりは倒したほうがいいってところだな。それに俺はエレティクスだから、ファーナティクスとの絡みもあるんでね。ファーナティクスとの戦いはいずれ避けられないからなぁ、エレティクスは。そうなると、必然的に反王とも戦う可能性が高いんだ」

 敢えて深くは説明しない。エレティクスとしての立場で誤魔化しておく。反オグミオス組織があるということだけ、イディオフィリアが知っていればいい。飽くまでも反オグミオスの志はイディオフィリア自身の自発的なものでなくてはならないのだから。

「それから、比較的名の通っている血盟としては【ヴァイシュピール】がありますね。ここも【プリッツ】と同じく冒険者相互補助の色合いが強い血盟です。かなり小規模で気の合う仲間が集まっているという感じでしょうか。魔族討伐よりも傭兵として働くことのほうが多いようです。住人が虐げられている地域で住人側に立って戦っています」

 パーシヴァルも時折手伝いに出向く血盟である。ここにいる4人は将来のためにと様々な血盟に一時的に所属しては血盟主たちと顔を繋いでいるのだ。

「それから……私の兄が血盟主をしている【自由の翼】。活動内容は【フェンリル】とほぼ同じね。尤ももっと過激で、その分、兄は反王政府から指名手配を受けて潜伏してるんだけど」

 とんでもないことをあっさりと言ってのけるソルシエールにイディオフィリアは驚く。ソルシエールに兄がいたことすら知らなかったのに、その兄が反オグミオス組織の盟主でお尋ね者になっているとは。

「まぁ、とにかく色々な血盟があるわ。血盟の数だけ種類があるといってもいいくらいにね。血盟に属していない冒険者だって多いし、血盟に属していてもその血盟の方針によっては冒険者の行動の自由度も全く違ってくるわ。もしイディオが血盟を作るのだとしたら、どんな活動をしたいのか、それを決めるほうが良いかもね。今の仲間だけでやるもよし、新たな仲間を集めるもよし。全ては血盟主次第よ」

 反オグミオスのことについて深くイディオフィリアが考える前に、ソルシエールは話を締めくくる。もし今、深くイディオフィリアに突っ込まれたら、何故反王を倒さなくてはならないかを熱弁して説いてしまうだろう。それによってイディオフィリアは反王を倒すべきものと感じるかもしれないが、それを実感としては持ち得ないだろう。人から聞いた話では物語に出てくる悪役と何ら変わらないのだ。

 確かにイディオフィリアは魔物の多さに危惧を抱いてはいる。しかし、それが齎す影響についてはまだ何も知らず、危機感を感じてはいないのだ。これまで受けているリチェルカが一般住人とは直接関わりのないダンジョン系のものだったこともその一因ではあった。

「そうだね。どうしたいのか、考えてみるよ」

 自分が本当にフューラーとしてやっていけるのか、不安はある。しかし、仲間たちが既に自分をフューラー格として見ていることは判った。シュヴァルツェンアルテール討伐の証人になってくれた先輩冒険者もイディオフィリアが血盟を作るのだと思っていたようだし、周囲からもそう見られているのだろう。

 だとすれば、自分では気付かないだけで、もしかしたら資質はあるのかもしれない。

 これまでの行動でフューラーだと思われているらしいが、イディオフィリア自身は特別何かを意識してやっていたわけではない。自然に行動していただけなのだ。ならば、血盟主になったとしても何ら変わることはないのかもしれない。

 イディオフィリアが部屋を出て行くと、4人は顔を見合わせて笑った。

「ヴァルター、良い仕事したな」

「本当に。どのように切り出すべきか迷っていましたからね」

「イディオフィリア様がご自分で血盟創設を思い立つとも思えなかったしな」

 パーシヴァルらは何処か安心したような表情をしている。

 冒険者として経験を積んでいけば、いつか『血盟』という存在を意識し始める。冒険者にとって戦闘を有利に進められる魔法の大部分が血盟を媒介として発動するものだからだ。因みに軍隊の場合は、所属する軍が血盟と同じ役割で魔法を媒介する。

 血盟を意識し始めたときに、イディオフィリアが既存の血盟に加入するようなことになっては元も子もない。初めは他の血盟に所属し、後に独立するという可能性もなくはない。実際にそういう血盟も多く存在する。しかし、それでは行動に制限がかかるし、目的を達するのに時間がかかる。やはり初めからイディオフィリア自身が血盟主であるほうが何かと都合がいい。

「ギルドで登録修正してくるわ」

 やはりほっとした表情でソルシエールは立ち上がる。

 恐らくイディオフィリアは血盟を立ち上げる決意をするだろう。仲間に頼られ支持されて、それを無碍に出来るイディオフィリアではない。期待に応えようとするだろう。

 どんな血盟になるかは判らないが、いずれは反オグミオスの旗を掲げることになる。イディオフィリアが世界の真の危機を知れば必ずそうなる。

「私も修正しておきましょう。これで血盟に特級3人が属することになりますから、いい箔付けになります」

「おいおい、俺だけ仲間外れか?」

 当分【プリッツ】に残留することになるアルノルトは苦笑する。アルノルトは反王との戦いの直前まで【プリッツ】で活動することを、4人で話し合い決めている。【プリッツ】が反オグミオス組織ではないことからも、繋ぎ役は必要だと判断したのだ。【プリッツ】の規模と血盟主であるグラーティア姫の血筋は反王との戦いには不可欠だ。

「4人全員揃ってたら皆やりにくいでしょ」

 宥めるようにソルシエールは笑う。

 ようやく一歩前進した。4人はそう思うとひとつ肩の荷が下りたような気分だった。

 尤も、これから先の道は険しい。イディオフィリアが反王を打倒しなければならないと認識し、決意し、更に挙兵するまでにどれだけの時間が必要にあるだろう。

 それでも、イディオフィリアが血盟創設を意識し始めたことは、やはり大きな前進だと感じるソルシエールたちであった。






 ヴァルターたちに勧められ、血盟を作るか否か、イディオフィリアは迷っていた。

 ヴァルター、ティラドール、フィネガス。そして格上に冒険者であるソルシエール、パーシヴァル、ミストフォロス。この6人はイディオフィリアが血盟を創設するなら加入するという。更にアルノルトまでもがいずれは移籍する心算つもりだとも。

 しかもパーシヴァルは『イディオフィリア殿が創設しないのであれば、ここにいる誰も血盟を作らない』とさえ言い切った。

 これから冒険を進めていく上で、同じ血盟に属するか否かはかなり重要になってくる。ひとつ星やふたつ星のリチェルカでは然程感じていなかったが、3つ星が中心となると血盟の存在は軽視できないものだった。

 偶然からシュヴァルツェンアルテールを討伐し、思いがけない時機にストラテォオティスとなったイディオフィリアだったが、その日、3級昇格の際に血盟創設についての説明を受けた。

 血盟を創設できるのは3級以上の冒険者であること。それ以外に資格も資金も必要なく、ギルドに血盟の名と血盟主を届け出るだけでいいこと。その際、血盟主にはその証である【聖王の威厳】という外套と第一の血盟主魔法ウェルス・ノタが授けられるという。血盟への加入は特殊な呪を施した羊皮紙に名を記すことで出来、その名を消す(名前の上から取り消し線を引くだけ)ことで除名になる。この血盟員名を記した羊皮紙は常に血盟主が携帯することになる。

 血盟員同士であれば血盟心話という心話が使用できるようになるし、魔術師の使う支援魔法も効果が高まる。

 更に血盟としてのリチェルカもある。町の防衛などの傭兵的なリチェルカは血盟単位でなければそもそも受諾できないのだ。ある程度の人数と組織だった動きを求められるがゆえに。またそういったリチェルカではなくとも、血盟単位で受けるほうが優位になる場合もある。同じリチェルカを複数の集団が受けようとする場合、個人で受ける冒険者よりも血盟で受けるほうが優先されるのだ。血盟というギルドに届け出ている組織のほうが信頼性に勝るということだろう。尤もソルシエールらのような著名な個人と創設間もない無名の血盟であれば、ギルドの信頼度は前者のほうが高いため、この優位性は適用されない。

 そういった様々な事情を知ったイディオフィリアは、血盟を作ることに関しては『まぁ、やっても良いかな』という気にはなっている。何で最年少で冒険者歴も浅い自分が……と思わないでもないが、他の全員が全員とも『自分は柄じゃない』と口を揃える。確かにその主張は頷けるものもある(特にソルシエールとミストフォロス)。

 では、イディオフィリアが『そういう柄』なのかと聞かれれば、イディオフィリア自身には『判らない』としか答えられない。だが、7人の仲間が皆自分を推してくれるのであれば、自分では判らないしても、向いているのかもしれないとも思う。

 取り敢えず血盟を作る気になったイディオフィリアではあるが、すぐにまた悩んでしまった。イディオフィリアは元々生真面目な性格だった。血盟を作るとしたら、どんな血盟が良いのだろう。

 先日ソルシエールたちから聞いた話をまとめると、血盟には大まかに分けてふたつの系統があるようだ。ひとつは冒険者相互扶助の血盟。冒険をより安全に進めるために気の合う冒険者たちが集まったもの。これが全体の九割を占めるという。

 そしてもうひとつが、反オグミオス組織。ソルシエールたちから聞かされるまでそういった組織があるということをイディオフィリアは知らなかった。

 反王オグミオスについては祖父から聞いている。先王ディルムドの従兄であり、王位に野心を抱き魔族と手を組み、先王を殺し国と王位を奪った男。この反王の乱によって自分の両親も命を落としたというから、間接的とはいえ反王は両親の仇といえるかもしれない。また、反王がバロールを召喚したことが原因でフィアナに魔族が横行するようになったのだともいう。

 そう聞かされてはいるものの、イディオフィリアとしては今ひとつピンとこないのも事実だった。自分が物心ついたときから今の状況なのだ。先王に仕えていたらしいアヴァロンの老人たちは反王への怨嗟の言葉を口にしたりもしていたが、祖父がそういった態度をイディオフィリアに見せたことはない。況してやオグミオスを倒さなければならないなどとは聞いたこともない。

 確かに魔族は増えているが、一般市民の生活にはあまり影響はないように感じてもいる。人の住む地域には強い魔族は殆ど現れないし、血盟を雇って自衛している町や村が殆どだ。隊商も傭兵を雇って自衛しているし、人々は巧く魔物の出没と折り合いをつけて生活しているのだ。

 魔族の出現によってマナの均衡が崩れているとソルシエールやフィネガスは言っているが、それも今に始まったことではないだろう。第一、反王を倒したからといって、マナの均衡とは何の関係もないはずだとイディオフィリアは思っている。

 祖父ユリウスは魔族の横行の原因が反王によりバロール召喚であることは話していたが、反王自身が異界との接点であることは話していなかった。マナの均衡が魔族のせいで崩れていることも話していたが、それが世界の崩壊へ繋がるとは説明しなかった。

 ユリウスは孫への預言を知っていたし、孫に課せられた重い宿命も知っていた。孫がこの世界の命運を背負わねばならないことも知っていた。だからこそ、敢えて教えなかったのだ。重い宿命であるがゆえにそれを押し付けるのではなく、イディオフィリア自身の選択としてその道を進んでほしかった。──仮にイディオフィリアが己の宿命を拒絶した結果として世界が滅びるというのならば、こんな世界など滅びてしまえばいい。たったひとりの青年に全てを押し付けて背負わせるような世界ならば、救う価値はないのだと老人は思っていた。

 ともかく、現在の世界の実情を未だ知らぬイディオフィリアにしてみれば、反王は仕えたいとは思わないが、倒さなければならないとも思えないわけで、自分が血盟を立ち上げるとしても反オグミオス組織にしようとは思わなかった。

「冒険者相互扶助かな」

 血盟を創設するならばそれが目的となるだろう。とはいえ、別に人を集める必要もないかもしれない。自分たち7人──アルノルトを含めれば8人──だけでも構わない。知り合いの冒険者が加入を希望するというなら入れてもいい。

 そんなことを思いつつ、イディオフィリアは血盟を立ち上げることを決めた。

 だが、そんな折、ひとつのリチェルカが彼に方針変更を決意させたのである。