討伐完了

 ソルシエールとティラドールの魔力も回復し、準備を整えると5人は最後の階段を登った。

 複雑に入り組んだ通路をパーシヴァルの先導で進みつつ、襲ってくる魔物を倒していく。マーナガルムたちが巧く調節しているようで、狭い通路で大量の魔物に囲まれることもなく、順調に歩を進めていく。

 少々開けている場所では、ある程度の量の魔物をマーナガルムたちに誘導させて処理し、確実に魔物の数を減らしていく。

〔レギーナ、ジェイエンは北東の広間にいるぞ〕

 ロデムの声がソルシエールの脳裏に響き、ソルシエールはそれを他の4人に伝える。

「では、その手前の部屋で雑魚は全て処理してしまいましょう」

 パーシヴァルが提案し、ソルシエールも頷く。これで方針決定だ。ソルシエールがそれをマーナガルムたちに伝えると、3頭は残っていた魔物を連れて小部屋に向かう。

〔レギーナ、まだ意外に残っています。50前後はいるかと〕

「パーシィ、シュヴァルツたち、50くらい引いて来るって」

 ソルシエールの言葉を聞いてパーシヴァルは溜息をつく。やはり放置されていたリチェルカだけに魔物は相当数溜まっていたようだ。ここに来るまでにもかなりの数の魔物を処理しているが、それでもまだ50前後残っているとは。

 50と聞いてイディオフィリアたち3人は顔が青くなる。一体どれだけの時間がかかることか。ソルシエールとパーシヴァル、それにマーナガルムたちがいるから処理には問題ないだろうが、時間はかかるだろう。その間に自分たちが彼らの足を引っ張ることだけは避けなければ……と思う3人だった。

 3人は自分たちとソルシエールたちの実力・経験・技量の差を嫌というほど見せられて知っている。自分たちが下手に動けば、足手まといどころか有害な障害となってしまうことも。ゆえに足を引っ張らないようにどう動けば良いのかを、この数時間常に考えながら戦闘を繰り返していた。そんなふうに考えながら行動したことで、彼らは短時間の間に急成長を遂げているのだ。

 そのことをソルシエールもパーシヴァルも気付いていた。中々に見所のある青年たちに嬉しさも感じていたが、少しばかりの不安も感じていた。彼らはパーシヴァルやソルシエールから出来るだけのことを吸収しようと神経を張り詰め、精一杯考えながら戦闘をしている。それはただ作業的に魔物を倒すよりも遥かに彼らに緊張を強い、疲れさせている。

 既に10階についてから幾度となく戦闘を繰り返し、イディオフィリアらも疲労が溜まってきているころだろう。パーシヴァルはソルシエールに目配せをする。ソルシエールも同じことを考えていたようで、了解の意を頷いて伝える。

 これまでソルシエールは殆ど魔法攻撃を行わず、支援に徹してきた。イディオフィリアたちに数をこなして経験を積ませるために、一度に殲滅できるような魔法は殆ど使っていない。パーシヴァルも普段よりは魔物処理の速さを抑え、イディオフィリアたちに処理させる数を増やしていた。

 だが、もう充分だろう。残りは一度にソルシエールの魔法で処理し、パーシヴァルも通常の処理速度に戻す。それだけで、イディオフィリアたちの負担はほぼなくなる。

「私が魔法で引き回して、処理するわ。4人は残ってるのをお願いね」

 ソルシエールはそう言うと何かの呪符を取り出す。一瞬、ソルシエールの姿が光に包まれ、その姿が黒い槍兵へと変わる。

「げっ、シュヴァルツェンナハト!?」

 咄嗟にイディオフィリアは身構える。

 シュヴァルツェンナハトはアルモリカ周辺に出現する魔族である。魔族には人を見れば襲い掛かってくる攻撃型アクティブ、人を見ても襲ってこない非攻撃型パッシブ、人を見ると逃げる逃走型がいる。低位の魔族は非攻撃型か逃走型が多い。このシュヴァルツェンナハトは基本的に非攻撃型なのだが、一部例外があり、王族とエレティクスに対してだけは攻撃型となるのだ。

 元々シュヴァルツェンナハトはアナベルクという魔族の騎士の配下であり、アナベルクはかつて聖王マナヴィダンとダークエルフ(当時はまだ二派に分かれていない)に倒されたことから、王族とダークエルフに恨みを抱いている。その配下であるシュヴァルツェンナハトも王族とダークエルフに対してだけは攻撃型となるのだ。

 本人が出自を知らないとはいえ、イディオフィリアは王子であり、当然その身には王家の血が流れている。短いアルモリカ滞在のときに何度か襲い掛かられ、そのたびに周囲の冒険者に助けられていたのだ。

「あれは化符を使っての変身ですよ。ソルです」

 パーシヴァルの声に彼を振り返れば、パーシヴァルも虹色に輝く騎士──アークナハトの姿に変わっていた。

「魔族の姿に変身することで、行動速度や魔法詠唱速度が変わるんです。シュヴァルツェンナハトは行動速度がかなり上昇しますから、魔物を引き回して大量に処理するには適しているんですよ。私のこれは攻撃速度が上がります」

 成る程、と3人は納得する。そういえば商店には化符という呪符が売ってあり、これはなんなのだろうと不思議に思っていたことを思い出す。イディオフィリアらが普段使う呪符は還符くらいなもので、化符は高価なこともあり(還符の10倍の値段)使ったことはなかった。

 そんなイディオフィリアら3人にパーシヴァルは1枚ずつ化符を渡す。

「イディオフィリア殿とヴァルター殿はヴィルカタに、ティラドール殿はオークスカウトに変身してください」

 化符を見ると、いくつか魔族の名が書かれている。手に取った冒険者の階級に合わせ変身可能な魔族名が表れるように呪が込められているのだ。変身する魔族の名に爪で傷をつけることによってその魔族へと変身できるというわけだった。

「若干ですが、攻撃速度が上がります」

 パーシヴァルの言葉に頷き、3人は言われたとおりに変身する。自分が魔族の姿になることに妙な気分になる。

「それから、魔物の中には変身をしていれば襲ってこないものもいますからね。これからは化符を常備しておくといいと思いますよ」

 パーシヴァルの助言にイディオフィリアたちは頷く。これも今まで知らなかった知識だ。魔族によっては変身していれば襲ってこない、冒険者たちが未変身攻撃型と呼ぶものも多い。大抵は低位の魔族だが、低位ゆえに数も多いのだ。変身していれば襲ってこないため、冒険者が自分で魔物を狩る数を管理できるし、戦わずに済ませることも出来るのである。

 変身に限らず、このリチェルカの間に様々な魔族の特性をパーシヴァルは3人に教えていた。ソキウスと呼ばれる魔族の仲間意識、この有無によっても狩りの仕方は変わってくる。攻撃型か否か、ソキウスがあるのかないのか、それを把握しておくのも、魔物討伐においては重要なことだった。それによって魔族の処理順序など、戦いの構成が違ってくるのだ。

「来たわよ」

 ソルシエールの言葉に入口を見れば、黒い狼を先頭に大量の魔物がやって来る。ソルシエールは先頭の集団が射程内に入った瞬間に雷の大嵐フルメンテンペスタースを発動し、自分に標的を固定する。同時にマーナガルムたちはソルシエールに襲い掛かる魔物に牙を向ける。

「全てソルを標的としていますから、どれを攻撃しても大丈夫です。イディオフィリア殿とヴァルター殿はふたりで1匹ずつ、ティラドール殿はその場から動かず、ソルに近い魔物を処理してください」

 手近な魔物の処理から始めていたパーシヴァルの指示により、イディオフィリアたちも動き始める。

 ソルシエールは魔物の攻撃を受けないように駆け回りながら、範囲攻撃魔法を連続で発動させる。この階層に出る魔族は足の遅いものが多いこともあり、またソルシエールに近い魔物はティラドールの矢とマーナガルムたちによって処理されていることもあって、ソルシエールが傷を負うこともない。高い魔力を持つソルシエールの魔法は威力も強く、比較的魔法抵抗力の弱いキマイラなどは一度の魔法で消滅していく。

 ソルシエールの魔法連続発動と本気での攻撃を行ったパーシヴァルにより、大量の魔物はイディオフィリアたちの予想よりも遥かに短い時間で全て消滅した。

「かなり大量にドロップあるわね」

 あまりにも呆気なく魔族を消滅させたソルシエールの魔法に呆然としているイディオフィリア、ヴァルター、ティラドールを尻目に、ソルシエールとパーシヴァルは落ちている戦利品を回収する。

「イムモルターリスの魔法書も出ていますね。しかも複数」

 拾い集めながらパーシヴァルは言う。イムモルターリスは対象の被損傷を一定時間半減する魔法で、これは5級魔術師となるための必須魔法であり有用性も高い。しかも魔法書が希少であることからかなり高値で取引されるものだ。

「100階転移符もあるし、イムモルもあるとなれば、結構儲かってるわね」

 こういったパルスを組んで戦う場合、リチェルカ終了後に戦利品を売って現金に換え、それを参加者で分配する。リチェルカの報酬も高額な上、こういった戦利品に恵まれると、かなりの収入が得られるのだ。とはいえ、ドロップはまさに運次第で、寧ろ儲かることのほうが少ない。逆に消耗品(回復薬や魔法触媒)を大量に消費し、リチェルカ報酬次第では赤字になることすらあるのだ。

 回収した戦利品をマーナガルムに持たせ、ソルシエールは魔力回復の呪文メディテーションを唱える。但し、この魔法を使っている間は移動や戦闘が出来ないため、他の者はその場で魔族を警戒しつつ休憩をとることになる。

「ソルの魔力が回復したら、いよいよジェイエンですよ。幸い雑魚は全て処理しましたから、楽に行けるでしょう。私が最初に攻撃しますから、いつもどおりイディオフィリア殿は背後から、ヴァルター殿は側面から攻撃してください。ティラドール殿はソルの隣から射撃を。ジェイエンは強力な範囲毒攻撃をしてきますが、ジェイエンリングが毒を防いでくれますので、心配は要りません」

 待ち時間を利用してパーシヴァルが3人に説明する。

 ジェイエンは下半身が巨大な蜘蛛、上半身がアンスロポスの女性体の魔族で、物理攻撃そのものは首領級魔族の中では強いほうではない。しかし広範囲の毒攻撃があり、この毒が体力を削り続けるため、かなり厄介な魔族だった。とはいえ、毒に関してはジェイエンリング(このジェイエンからドロップ出来る希少品)を装備していれば防げるのだが。

 高位の冒険者であるソルシエールとパーシヴァルはそこらの富豪程度の資産を有しており、高価なこのジェイエンリングも複数所持している。そのため、イディオフィリアら3人にも貸し出すことが出来たのだ。

 蛇足ながら、ふたりは富豪ではあるが、現金資産はそこまで多くはない。ひとつひとつの装備品がかなり高額なのだ。例えばソルシエールが所持する【黒魔術師の短靴】という靴は時価2億マルクのものであるし、パーシヴァルの所有する【暗殺軍王の篭手】などは時価5億マルクもする代物だ。因みにセネノースの標準的な家屋の価格が5000万マルク前後といえば、それがどれだけ高価なものであるかは想像がつくだろう。尤も、このふたつはふたりが所持している装備の中でも最も高価なものだ。但し、ソルシエールの場合、習得しているサンクトゥスアールデンスの魔法書が更に高価で時価6億マルクほどで取引されている。

 現在、魔族が横行しているフィアナ大陸には冒険者たちが首領級と呼ぶ魔族が幾種類か存在する。今回依頼を受けたジェイエンもそのひとつであるのだが、他にも翡翠の塔にラセッド、ヴゴドラク、ピクラス、フラウロス、デュラハン、エレキシュガル、ベレト、ティル、バアルがいる。これら翡翠の塔の魔族の場合、塔から出てこないだけ対処し易い(各層最上階に出現するため、最上階まで行かなければいいのである)し、各ケイブや迷宮に出現する首領級──エブリス・アバドン・アストヴィダーツ・セラピス・エルリク──なども同様なのだが、問題なのは階層が固定されていないものや冒険者がフィールドと呼ぶ一般地域に出現する魔族である。

 首領級はその魔力が強大であるがゆえに、何処にでも出現できるわけではない。フィアナと魔族の棲む異界は本来次元の壁によって隔てられている。そこに亀裂が出来、魔族が行き来するようになるのだ。その亀裂よりも小さな魔物しかこちらの世界に出てくることは出来ない。この場合の大きさは物理的な大きさではなく、魔力の大きさであり、ゆえに首領級の魔族は出現地域が限られてくるというわけである。

 首領級は元々が上位魔族であることから、その戦利品は高額で取引されるものが多い。当然冒険者たちはそれらを狙って首領級に挑戦したがるのだが、首領級は最低でも3つ星リチェルカであり、3級以上の冒険者でなければ受けることは出来ない。3級の冒険者であればある程度大人数のパルスを組まなければ完遂は難しく、当然大人数であれば分け前は減る。そのため、実際には3級で首領級に挑む冒険者は殆どいない。苦労の割りに旨みが少ないのだ。

 少人数での完遂が可能な4級ともなると、既にそれなりの資産を持っている冒険者も多く、3つ星程度の首領級魔族ではこれもまた旨みが少ない。そんな理由もあり、今回のジェイエンは放置されていたのである。

「回復完了」

 ソルシエールはそう言うや、今度は黒いフードつきのローブをまとったショシャーナに変身し直す。これは魔法の詠唱速度が速くなる変身である。それからイディオフィリアとヴァルター、ティラドールの3人に攻撃力と命中率を上昇させる支援魔法をかける。

「では行きましょう」

 パーシヴァルの言葉にイディオフィリアらは緊張した面持ちで頷く。

 広間ではロデムがゆったりと寝そべっており、その奥に困ったように(後日のイディオフィリアの感想)ジェイエンがいた。ジェイエンよりも遥かに高位の魔族であるフラウロスがいるために、ジェイエンとしてはどうしていいのか判らないというような状態だったのだ。寧ろ自分を討伐しに来た人間たちの出現にホッとしたんじゃないかというのは、後にヴァルターが語った感想である。

〔では、我は戻る〕

 ロデムはやって来た主たちの姿を認めると、そう言って姿を消す。同時にパーシヴァルが前進し、ジェイエンへの攻撃を開始した。






 ジェイエンの討伐は問題なく完了した。

 ジェイエンが断末魔の叫びを上げて消滅すると、ソルシエールが封印の綻びを修正する。このときのソルシエールは翡翠の塔に来てから一番真剣な表情になっていた。

 ジェイエンを討伐した5人はそのまま転移魔法でミレシアへと戻った。セネノースへ一気に転移しても良かったのだが、思いの他戦利品が多数に渡り、まずはそれを整理換金することにしたのだ。

 消耗品(回復薬や呪符)は日常的に使うものであるから、これはイディオフィリア、ヴァルター、ティラドールに分配する。しかし、大量に出た魔法書は大聖堂に持っていくほうが市場に出すよりも高値で買取をしてくれる。また、これも大量に出た装備品もフィアナ商団本部に持っていくほうが買取り価格は若干高くなる。数が多いだけにこの『若干』は大きい。折角ミレシアにいるのであれば利用したほうがいい。

 一行は一旦宿屋に入り、マーナガルムに持たせていたドロップを全て取り出す。消耗品と売却するものに手早く分け、消耗品はイディオフィリアたち3人で分けるように指示する。

「え……全部俺たちで? パーシィさんやソルの分は?」

 あまりにも大量にあるために、3人だけで分けてもいいものかと戸惑うのも無理はない。

「大丈夫ですよ。私たちはそれこそ、倉庫に腐るほどありますからね」

 にこやかにパーシヴァルは言い、ソルシエールも首肯しているから、3人は有り難く受け取ることにした。駆け出しの冒険者にとってこれら消耗品にかかる必要経費は馬鹿に出来ないのだ。消耗品に使う費用が少なくなれば、その分武器や防具の資金に回せる。

「今回はかなり旨みの大きいリチェルカになりましたね」

 戦利品を見ながらパーシヴァルが言うと、ソルシエールもそれに同意する。

 希少なイムモルターリスの魔法書が3個、隠形の外套(姿を消すことの出来る外套)、ジェイエンリングが出ている。更にはエリゴスから100階転移符も出ていたわけであり、

「ざっと見積もっても1億マルクは超えてるわね」

 つまり、5人で分配してもひとり2000万マルクになり、田舎町であれば小さな一戸建てを購入できるほどの資金を得ることになる。

 ここまで美味しいリチェルカはソルシエールたちの長い冒険者歴の中でも滅多にない。首領級の中には単品で数億マルクという戦利品を持つものもいるが、ジェイエン程度でここまで稼げるのは珍しい。放置され魔物の数が多かった影響もあり、それなりに高額取引される装備品も多く出ていた。

「私とパーシィはこれから売れる物を売ってくるわね」

 そう言うとソルシエールは立ち上がる。パーシヴァルとマーナガルムたちも売り払う物を持つ。嵩張るものが多いため、パーシヴァルひとりでは持ちきれないのだ。

「そんなに遅くならないとは思うけど、先に休んでていいわよ。あと、あまり出歩かないようにね」

 王都であるミレシアだ。何処にどんな目があるか判らない。出来るだけイディオフィリアの姿を見られないほうがいい。──王妃ディアドラを知っている者であれば、イディオフィリアが彼女によく似ていることを不審に思うかもしれない。

「了解」

 ソルシエールたちを見送り、3人は早速消耗品を整理し始める。体力回復薬、解毒剤、行動速度を速める加速薬など、日常的によく使用するものが3人で分けてもひとり数百個分は出ている。また、還符と化符も大量にあり、2~3ヶ月はこれで買い足さずに済みそうだ。特に化符や加速薬は駆け出しの彼らにとっては日常的に使うには高価な物であり、それが躊躇いもなく使えるようになるのは嬉しいことだった。

「すげぇ……これだけありゃ、魔物狩りまくれるな」

 嬉しそうにヴァルターは言う。

 懐事情によって、回復薬など購入できる量は当然変わってくる。魔物討伐のリチェルカを受けたくても、資金不足で受けられないということもあるのだ。配達や収集のリチェルカでは然程報酬はよくないし、それらのリチェルカであっても途中魔物に遭遇することはあるから常に一定数の回復薬などは持ち歩くことになる。

「だよな。魔物討伐の数こなせれば、その分資金貯まるし、そうすれば装備だって良く出来るもんな」

 宿の近くにいる倉庫管理のドワーフの許へ荷物を預けに行き(数が多いため宿と倉庫を数度往復した)、ホクホク顔でティラドールも応じる。エルフの場合は武器が消耗する矢であることから、消耗品にかかる費用が少なければ少ないほど嬉しい。これなら、矢を一番安いアローから1段階上のシルバーアローに変えても問題なさそうだ。

 分配品の整理と収納を終えた3人は、借りた武具を外し、返す前にと磨き始める。

「でも、ホント、この装備いいよなぁ」

 せっせと剣を磨きながらヴァルターは言う。彼が通常使っているダマスカスソードは絶対に刃毀れしないという利点のある剣で汎用性の高いものではあるが、まだ未強化のメガロマ・ミゼンであり、然程強くはない。貸し与えられたメイルブレーカーは基本攻撃力こそ高くはないが、攻撃成功率をかなり向上させてくれる上、メガロマ・ベンデまで強化してあるため、その攻撃力も格段に上がっている。

「うん。揃える装備の目標が出来たって感じだよね」

「そうだな。リチェルカの成功報酬と戦利品の分配でかなりの収入になるはずだから、お金入ったら装備整えようっと」

 3人は和気藹々と夢を膨らませ語り合う。

「ジェイエンリングとか隠形の外套とか……あんまり聞いたことのない装備だよな。店に売ってないよね」

 とイディオフィリアが言えば、彼よりも若干冒険者歴の長いヴァルターが答える。

「そりゃそうだよ。店で売ってない物って、魔族からのドロップでしか手に入らないんだぜ。市場の個人商店とか、ギルドとかで貼り紙して、個人交渉で売買するらしい。この前セネノースの市場で見た隠形の外套は7000万マルクで売ってたぞ」

「なんだ、その値段!」

 ティラドールも驚いている。

「なんか、世界違うって値段だよなー」

 ソルシエールに借金して整えた自分の装備が総額で1000万マルク。一方の隠形の外套はひとつでその7倍の値段なのだ。

 そんな高額装備を別に珍しくもなさそうに取り扱っていたソルシエールとパーシヴァルを思い出し、イディオフィリアらは改めてふたりとの格の違いを思う。

「確かさ……今、フィアナにいる特級って4人だったよな」

 イディオフィリアは登録の際に説明されたことを思い出す。

「らしいな」

 同じくギルドで説明を聞いたことのあるヴァルターも頷く。彼もアルモリカで登録し、同じようにラバンの熱弁を聞かされていたのだ。ティラドールはセネノースで登録したため、彼のあまりに熱すぎる話は聞いていなかった。

「で、その4人のうち、ふたりと知り合い……だろ。あとのふたりは表向き4級ってことになってたんだよね」

 ギルドで聞いた説明を思い出しながらイディオフィリアは呟く。ソルシエールもパーシヴァルもつい先日まで4級だった。しかも『承認された』ではなく『登録を修正した』と言っていた。つまりそれは、既に5級に承認はされていたということだ。おまけにソルシエールは賢者で現役魔術師系冒険者では第一人者だという。だとすれば、残りのふたりの特級冒険者というのは……。

「俺さ、エルフだからアルノルトさんのことは知ってるんだよね。知り合いってわけじゃなくて、こっちが一方的に知ってるだけだけど」

 ティラドールが言う。

 エルフ族から初めてイロアスとなったのがアルノルトだ。ティラドールが生まれたころに冒険者となり、物心ついたときには既にアフセンディアになっていた。ティラドールは幼いころからアルノルトに憧れを抱き、彼が冒険者になったのもアルノルトの影響だった。

「5年くらい前に、アルノルトさんがイロアスになったってことで、ティルナノグの森でお祝いのお祭みたいなのやってさ。そのとき、アルノルトさんの仲間ってことで3人、エルフ以外の人が招待されたんだ」

 エルフは過去に他種族から迫害を受けた歴史を持つ。そのため、ティルナノグの森は基本的にエルフ以外の種族の侵入を阻む。エルフではない者が森に入ると守護者ガーディアンと呼ばれる精霊たちに攻撃され、追い出されてしまうのだ。森に入れたということは長老から許可があり、守護者たちにもそれが伝えられていたということになる。

「そのときのひとりはエレティクスだったから、もうひとりのイロアスのミストフォロスって人だと思う。あとのふたりはアンスロポスだったんだけど、今思うと、あれ、姐御とパーシヴァルさんのような気がする」

 3人は顔を見合わせる。あのふたりが本当は特級冒険者である可能性はかなり高い。

「まぁ……姐御もパーシィさんも今は5級って言ってるんだし、それでいいんじゃないか」

 微妙な沈黙を破ったのはこの中では一番の年長者であるヴァルターだった。もし本当に特級なのだとしても、それを隠している理由はギルドで聞いているし、5級も特級も自分たちからすれば遥か雲の上の存在ということで大した違いはない。とはいえ、ソルシエールが特級だとすれば、それはそれである種の憧れと幻想をぶち壊されてしまい悲しい気持ちにもなるのだが。

「だな。ところでさ、これからのことなんだけど」

 イディオフィリアは自分を納得させると、話題を転じた。

「良かったら、これからもソルや俺と一緒に行動しない?」

 少しばかり緊張しながらイディオフィリアはふたりに問いかけた。

 恐らくソルシエールはこれからも特進リチェルカを中心に進めていくのではないかとイディオフィリアは感じていた。イディオフィリア自身、ソルシエールとの階級差が気になっていたから、早く昇進できるに越したことはない。5級は難しいだろうが、少なくとも特進できるストラテォオティスまでは早めに昇格したかった。

 となれば、中心となるのは今日のような首領級の討伐となる。その度ごとに仲間を募るのでは効率も良くない。何よりこの10日余りでヴァルターとティラドールはイディオフィリアの人生の中で初めての友人となっていた。このまま別れるのは寂しかったのだ。

 不安げに自分たちを見つめるイディオフィリアが捨てられた子犬のように見えてヴァルターとティラドールは苦笑する。

「実は俺もそれ考えてたんだよな」

「俺も。なんか別れちゃうの寂しいなぁってね」

 彼らもいつ切り出そうか迷っていたのだ。イディオフィリアと共に過ごしたこの数日間はとても楽しく充実した日々だった。もっと彼と共に在りたいと、そう思い始めていた。

「じゃあ、これからもよろしく!」

 心の底から嬉しそうに、イディオフィリアは輝かんばかりの笑顔で言った。






 一方、フィアナ商団本部へと向かったソルシエールとパーシヴァル。

「今回は巧く行きましたね」

「ええ。誰も戦線離脱せずに済んだし、ドロップは希少品だらけ。断ってた冒険者たちは悔しがるでしょうね」

 クスクスとソルシエールは笑う。

「そうですね。報酬と合わせてひとり2000万マルクといったところですか」

 2000万マルクともなれば、一般家庭ならば度を越した贅沢さえしなければ5年は暮らせる。冒険者となると、その装備を揃えるのに資金がかかるため『割といい装備』を整えられる程度でしかない。とはいえ、通常初級や2級で手に入る金額ではない。

「ヴァルとティラには装備を整えさせて、イディオフィリア様は貯金しておくほうがいいわね」

「そうですね。幸いエルフや剣士ならば今使える装備でも長く使えますし」

「血盟主になったらほぼ全て入れ替えることになるし、イディオフィリア様は今揃えてしまうと無駄になるもの」

 ふたりで駆け出し3人の装備を相談する。これまで支援してきた冒険者にも装備に関する助言はしてきたから、ふたりにとってこういう話題は特に深い意味があるわけではない。

 とはいえ、イディオフィリアは勿論のこと、ヴァルター、ティラドールとも長い付き合いになりそうだという予感があった。

「ヴァルとティラは多分これからも一緒に行動することになりそうね」

 イディオフィリアがかなりふたりに懐いていることは明らかだ。無理もない。ずっと祖父とふたりで暮らしていて他者との交流の乏しかったイディオフィリアである。初めて出来た友人なのだ。

「私も当分ご一緒させていただきます」

 恐らく今の5人が、イディオフィリアが血盟を創設する際の中核となるだろう。

 ソルシエールとパーシヴァルの中でイディオフィリアに血盟を創設させることは既定事項となっている。イディオフィリアに運命を押し付けることは本意ではないが、世界の状況はそうせざるを得ない。

「もし……イディオフィリア様が使命を拒否されたらどうしますか」

 パーシヴァルは問う。ソルシエールは自分の使命を受け容れている。使命を理解するのに必要なだけの知識と機会を与えられ、自ら選んだ道が使命と同じだったのだ。

 イディオフィリアも同じように自分でその道を選べるように知識と機会を与え、フィアナの現状を見せる心算つもりではいる。しかし、必ずしも彼が使命と同じ道を選ぶとは限らない。そして、そのときには彼にそれを強制する心算はなかった。

「そのときはそのときよ。イオニアス兄上と【フェンリル】の盟主、どちらかを立てて戦うだけだわ」

 現在反オグミオス血盟として行動しているのは【自由の翼】と【フェンリル】のふたつの血盟だ。けれどどちらも今はまだ、オグミオスに対しての戦いは起こしていない。まだその時期ではないと判っているのだ。

 世界の状況を考えれば時間はない。けれど、今戦いを起こしても民はついてこない。オグミオスの治世は決して悪くはないのだ。魔物さえ我慢すれば民は平穏に生きていける。

「一般民衆がついてこなければ、意味はありませんからね」

 冒険者としてフィアナ全土を旅するパーシヴァルにもそのことは判っている。民は魔物に怯えながらもオグミオスが王であることに不満は持っていないのだ。

「長い道のりになりそうですね……」






 消耗品の分配、不要品の売却、装備の受け渡しなどが済むと、一行は転移術者を使ってセネノースへと戻った。その足でギルドに向かいリチェルカの完了を告げると、ギルドレーラーは喜び成功報酬の1000万マルクに加えて500万マルクもの追加報酬を上乗せしてくれた。とはいえ、これをソルシエールとパーシヴァルに指名リチェルカとして依頼すれば2000万マルクはかかるところなので、ギルドレーラーとしては反って安く済んだのだが。

「レーラー、ミストフォロスと連絡を取りたいのですが」

「なんだ、パーシィ。また星無限でもやってくれるのか?」

 どのリチェルカだろうとレーラーは暢気な表情である。

「そうではありません。ただ緊急に頼みたいことがあるんですよ」

 特級揃ってのリチェルカかとワクワクした表情のレーラーにパーシヴァルは苦笑する。

「ああ、判った。今日中に全ギルドに連絡しておくから、2~3日中には繋ぎがとれると思うぞ」

「では、頼みます」

「それと、ソル。いい物件があったよ。クロイツに近い120間物件が売りに出てる。急いで売却したいらしくてね。なんと1000万マルクという格安だ」

 ソルシエールが買うかもしれないと思って貼り紙をせずに待ってたんだとレーラーは言う。120間の広さともなれば、10人程度は一緒に生活出来る物件だがら、いずれイディオフィリアが血盟を創設したときにもそのまま使える。

「買った!」

 相場の5分の1という特価に、レーラーの予想どおりに即決即答するソルシエールである。

「じゃあ、持ち主に連絡するから、契約は明日の午後でいいかい?」

「ええ、じゃあ、明日来るわね。多分、すぐに住むことになると思うわ」

「それなら先に清掃業者も入れておいて、契約後即居住可能な状態にしておくよ」






 その日は既に夜になっていたこともあり一旦宿屋に入り、リチェルカ報酬を含めて現金の分配を行った。

 結局、総額は1億3500万マルク(端数はソルシエールとパーシヴァルが手出しし調節したが、3人には内緒)となり、ひとり当たり2700万マルクの収入となった。一気にイディオフィリアは借金を返済できたわけである。

 こうして、イディオフィリア初めての首領級討伐リチェルカは様々な意味で大きな収穫を得て完了したのだった。