冒険の始まり

 武具の買い物を終えると、次はギルドで家とリチェルカを探すことにした。イディオフィリアとしてはいきなりソルシエールに1000万マルクもの借金をしてしまったわけで、とにかく稼ぐしかない。

 ギルドの壁一面にあるリチェルカ及び家屋売買・賃貸の貼り紙を未ながらイディオフィリアは計算する。ひとつ星のリチェルカでは報酬は最高額でも5万マルク。ソルシエールとふたりで受けるから取り分は半々として25000マルク。報酬を丸々借金返済に充てたとしても400件ものリチェルカをこなさなくてはならない(当然その間に昇格はするだろうが)。しかも実際には全てを借金返済に充てることなど無理だ。生活もしなければならない。こうなったら少しでも早く階級を上げて、より高額報酬のリチェルカを受けられるようになるしかない。

 幸か不幸か家屋の共同賃貸の募集はなく、ふたりで暮らすような部屋や小さな家屋もなかったため、共同賃貸の相手と小さな家屋を求める貼り紙をして、本日の住居探しは終了。それからリチェルカをじっくりと見ていく。

 ソルシエールにしてみれば今後のことを考えて、少しでも早くイディオフィリアの冒険者階級をストラテォオティスにまで上げたい。イディオフィリアにまだ出自も宿命も明かせず、急いで昇格を図る理由を話すことは出来ない。そこで敢えてイディオフィリアに高額の借金を負わせて、昇格への動機付けとしたわけである。その目論見は中ったらしく、イディオフィリアはふたつ星のリチェルカを中心に貼り紙を見ている。イディオフィリアはまだ初級だが、上位冒険者と一緒であれば上のランクのリチェルカを受けることも可能だ。

 ストラテォオティスとなるにはひとつ星とふたつ星のリチェルカをそれぞれ30件完了させなければならない。仮にリチェルカを独占し順調に進めても半年近くはかかってしまう。

 しかし、物事には特例措置というものがある。出自によって登録時の階級が異なるのもその一例だ。

 そして、昇格にも特例はある。但し、特例が適用されるのは3級までだ。3つ星以上のリチェルカを完了させた場合、それは初級ならばひとつ星を10件、2級ならばふたつ星を5件完了させたのと同じ扱いになる。つまり、今現在10件のひとつ星リチェルカを完了しているイディオフィリアの場合、8件の3つ星リチェルカを完了させればストラテォオティスに昇格できるのだ。こういった特例で受けるリチェルカを『特進リチェルカ』と呼んでいる。

 特進リチェルカにはいくつかの条件が設けられている。まず、パルスの人数は6名以下であること。3級以上の冒険者が同行し、その数はふたり以下であること。特進対象の冒険者が3級以上の支援冒険者と同数以上であること。そして、魔族討伐のリチェルカであることの4つだ。そういった条件がなければ大人数で上級者のほうが多いパルスでのリチェルカ成功でも特進が可能になってしまうため、階級に実力が伴わない冒険者を量産する結果となってしまう。

 ソルシエールは4級のイエレアスとして冒険者登録しているから、リチェルカの階級制限はない。尤も4つ星を受けたとしても特例の扱いに変わりはないから、敢えて危険度の高いリチェルカにイディオフィリアを挑ませる必要もない。3つ星で特進させればいいだけだ。

 とはいえ、ソルシエールひとりでイディオフィリアを援護しながら3つ星リチェルカは受けるのはあまり良い結果にはならない。ソルシエールひとりで援護となると、殆どが魔法による攻撃となり、イディオフィリアが手を出す前に全てに片がついてしまう。フラウロスのロデムを召喚すれば全く問題ないが、自尊心の高い彼は3つ星程度のリチェルカでは働かないだろう。ソルシエールに忠実なマーナガルムたちならば文句を言うこともなく働くだろうが、それもまたリチェルカを完了する主体がソルシエールと召喚獣になってしまい、イディオフィリアの今度の役には立たない。飽くまでもリチェルカはイディオフィリアが主体となって完了させることが大事なのだ。

 それに折角ならばこの特進リチェルカを利用して、早い段階からイディオフィリアにパルスを組んでの戦闘も経験させておきたい。

「3つ星を完了できれば昇格が早くなるよな。でも挑戦するにしても俺たちだけじゃ無理だろうな」

 そのときソルシエールの耳に男の声が飛び込んできた。どうやら同じことを考えている者がいるらしい。声のした方向を見れば、ソルシエールと同じ貼り紙を見ている青年がふたり立っていた。ひとりは剣士のいでたちをしており、階級を示す冒険者章はフィラカスを示している。

「確かに。3つ星受けるなら最低でも3級冒険者に同行してもらわないといけないからな。そんな知り合いもいないし……。それに回復役の魔術師いないと話にならないだろ」

 フィラカスの青年に応じているのはエルフの弓使いの青年だった。彼の同行者らしく、こちらの同じ階級のようだ。

 ソルシエールの見ていた3つ星のリチェルカ。それは翡翠の塔に関するリチェルカだった。第1階層の最上階にいる首領級魔族ジェイエンの討伐である。先日ソルシエールがパーシヴァルらと行ったエレキシュガル討伐に比べればごく簡単なリチェルカではある(エレキシュガル討伐は5つ星リチェルカとなる)。それにしてもやはり首領級魔族の出現頻度が上がっている。

 イディオフィリアを主体として受けるとすればジェイエンといえども侮れない。戦力が不足している。翡翠の塔第1階層には状態異常魔法を使う魔族も多いから、魔法抵抗力の高いエルフも欠かせない。

 ソルシエールは横で話をしているふたりの青年を見つめる。彼らと組んで受けるのも良いかもしれない。ついでにパーシヴァルも支援者として参加させよう。イディオフィリアと彼を会わせておいたほうがいい。会わせるのが遅くなったら、後からどんな嫌味を言われるか判ったものではない。

 自分とパーシヴァルがいればどんな状況でも対応は出来る。元々ジェイエン程度なら自分たちふたりにとっては物の数ではないのだから。だが、早い段階でイディオフィリアに集団戦闘を経験させておきたいし、階級の近い冒険者仲間も作らせたい。

 それにパーシヴァルはソルシエールと同じく若手冒険者育成にも力を注いでいるから、支援することにも慣れている。

 ソルシエールの視線に気付かず話しているふたりの冒険者を見ながら、ソルシエールはそう考える。

「ねぇ、イディオ」

 隣で熱心にふたつ星リチェルカを見ているイディオフィリアにソルシエールは声をかける。

「このジェイエンのリチェルカを受けてみましょう」

「え?」

 ソルシエールが示したのは自分が見ていたものよりも難易度がひとつ上のリチェルカだ。いきなりそんな難易度の高いリチェルカなんて、ソルシエールはともかく自分が完了できるとはイディオフィリアには到底思えなかった。

「勿論、ふたりでやるには無理があるわ。何人かでパルスを組んで挑戦しましょう。幸い剣士ならひとり心当たりがあるし」

 いきなり難易度高めのリチェルカを提案されて驚いているイディオフィリアを安心させるようにソルシエールは言う。

「ジェイエンのいる翡翠の塔第1階層は魔法抵抗力も必要だから、エルフがいたほうが心強いわね。あとふたりくらいいれば大丈夫だと思うわ」

 ソルシエールはそう言って笑うと、横でリチェルカを見ていたふたりの青年冒険者を誘うようにイディオフィリアを促したのだった。






 パーシヴァルの許にソルシエールからの連絡が来たのはフェストラントケイブでのリチェルカを終えたときだった。先日のエレキシュガル討伐リチェルカの後、ミストフォロスやアルノルトと繋ぎをとるためにセネノースの自宅で待機していたパーシヴァルだったが、ミストフォロスたちから『さしあたって緊急事態ではないらしい』との連絡を受け、ギルドのリチェルカを再開していた。

 ギルドに戻り完了報告を済ませたパーシヴァルにギルドレーラーがソルシエールからの伝言を持ってきたのだ。

『キニゴスひとり、フィラカスふたりとジェイエン討伐に行くから、支援をお願い』

 それが伝言の内容だった。

 パーシヴァルはギルドレーラーに礼を言うと、すぐさまセネノースに戻ることにした。ソルシエールが低位の冒険者の支援をしていることは知っていたし、今回もそれだろう。初級と2級ということは特進を狙ってのリチェルカに違いない。

 しかし、初級・2級と合わせて5人でジェイエンとは。パーシヴァルは苦笑する。

 首領級魔族の討伐は一番難易度の低いものだと3つ星リチェルカとなる。このジェイエン討伐も3つ星リチェルカだ。3つ星であるから3級冒険者から受諾することは可能なのだが、ジェイエン討伐を3級で受けようとする者は少ない。3つ星リチェルカの中でも最も難易度が高く、通常は4級以上の冒険者が担当するリチェルカだった。

 通常、特進リチェルカを受けようとする者たちはもっと難易度の低い四賢者(ショシャーナ・シャドラク・アザルヤ・メシャク)やシュバルツェンアルテール、オルクスなどのリチェルカを受ける。ジェイエンなどの翡翠の塔に出現する首領級魔族のリチェルカを3級で受ける者はあまりいない。受ける場合でも10人近いパルスを組んで受ける者が殆どだ。それを初級と2級のほうが多い5人で受けようというのだ。特進リチェルカである以上、それが条件とはいえ。

 尤もジェイエン程度であれば、ソルシエールは召喚獣と共に単独遂行可能だろう。だが、そこに低位の冒険者が加わるとなると、その難易度は途端に跳ね上がる。低位の冒険者の援護と補助、保護をしなければならなくなるからだ。慣れない冒険者の補助をしながらの魔族討伐は、時に死者が出るほど困難になることすらある。

 それでも同行するということは、何かの事情があるはずだった。

 パーシヴァルは転移術者(琥珀の塔から各町に派遣されている転移魔法術者)にセネノースへと転送してもらう。

 つい10日ほど前、ソルシエールから連絡が入った。それはベルトラムからの緊急呼び出しに関するもので、ソルシエールは詳しく語らず『歴史が動き出す』とだけ告げた。それだけでパーシヴァルには充分だった。

 ミストフォロスとアルノルトにも同じ連絡があったらしく、3人は便宜上作っていた血盟をその日のうちに解散した。一緒にリチェルカを受けることの多い4人は魔法効果の関係上、同じ血盟にいたほうが都合がいい。ゆえにパーシヴァルが盟主となり、リチェルカの際にはミストフォロス、アルノルト、ソルシエールが都度加盟するという体制を作っていたのだ。

 パーシヴァルはそのまま血盟無所属で行動することにし、ミストフォロスは反オグミオス血盟【フェンリル】に、アルノルトは大規模血盟である【プリッツ】へと加入した。──このふたつの血盟はソルシエールの兄の【自由の翼】と並んで、反王打倒には欠かせないと常々彼らの話題に上っていた血盟だった。

 ソルシエールのひと言で、彼らは来たるべき日の準備としてそれぞれの血盟を選んだのである。






 ギルドを通じてパーシヴァルと連絡を取ったソルシエールらは、すぐに向かうという返事を得てひと足先に酒場に向かった。

「すぐに来ると思うわ」

 酒場の奥にある個室でソルシエールは他の3人に告げた。

 ギルドでジェイエン討伐リチェルカを見ていたふたりのフィラカスはイディオフィリアの誘いを受け、リチェルカを一緒に行うことに同意していた。とはいえ翡翠の塔に行ったこともなければ、首領級魔族と遭遇したこともないふたりは心許なげだった。

「大丈夫ですよ。ソルシエールが知り合いのストラティゴスに声をかけてくれましたから」

 ストラティゴスといえば4級の冒険者である。ならば心配は要らないだろうと安心し、場所も酒場に移して最後のひとりが合流するのを待っているというわけだ。

「来たみたいね。迎えに行ってくるわ」

 到着を魔力で感知したソルシエールがパーシヴァルを出迎えるために部屋を出て行く。

「ソルシエールさんも4級のイエレアスでしたよね」

 そう尋ねるのは剣士であるヴァルターだった。アンスロポス族の平民出身で、冒険者歴は3ヶ月ほど。先月フィラカスに昇格したのだという。

「詳しくは聞いてないけど、そうみたいですね。マーナガルム連れてたから、多分それくらいじゃないかな」

 イディオフィリアは答える。

「マーナガルムか。見たこともないな」

 今度はティラドールが言う。こちらはエルフ族の若者で、冒険者歴・昇格ともほぼヴァルターと同じくらいだという。何度かギルドでヴァルターと顔を合わせていたこともあり、偶々同じ日に同じギルドでフィラカスに昇格したことから、時折ヴァルターと話をするようになったとのことだった。

 ヴァルターは年の頃は20代半ばほどの中肉中背のごく平凡な容姿の持ち主で、外見上はこれといった特徴のない青年。ティラドールはエルフらしい淡い金髪と優美な容姿をしている。エルフにありがちなアンスロポスを見下す態度は微塵もなく、思慮深そうな20代前半の青年だった。

 流石にまだイディオフィリアと知り合って間もないだけに、ふたりの態度は何処となく硬い。

 一方のイディオフィリアはこれまで同世代との交流が殆どなく、それだけに今は人と接することが嬉しくてならないといった状態である。ゆえに自分から積極的にふたりに話しかけていた。

「おまたせ」

 やがてソルシエールがひとりの騎士を伴って戻ってきた。年の頃は30少し前の、如何いかにも騎士然とした精悍な青年、パーシヴァルである。

 パーシヴァルは部屋に入り、イディオフィリアの顔立ちを見て一瞬目を見開く。かつて王宮の華と謳われたかの女性によく似ている。

(これは……)

 パーシヴァルは瞬時に考えを巡らせる。ソルシエールは自分に何も言わなかった。ただ『師匠の命令で初級冒険者とパルトナーを組むことになった』とだけ。大賢者ベルトラムの命令で同行していること、ソルシエールの素性を考えれば、彼が何者であるかは容易に想像がつく。ソルシエール自身も知らぬわけがない。だが、彼女は自分に彼が『誰』なのかを告げない。

(試されている……か)

 パーシヴァルは内心で苦笑する。彼が本当に予想どおりの人物であるならば、ここにいる誰よりも自分とは関係が深いのだ。生まれたばかりの王子に最初に忠誠を誓ったのは他でもない、パーシヴァルなのだから。

(私が王子であることに気付くかどうか。そしてその上で王子の器量を見極めろということか)

 パーシヴァルはそう納得する。と同時に今の状況では仮令たとえパーシヴァルであっても『まだ明かすわけにはいかない』ということなのだろうとも理解する。

 確かに先王の遺児が初級冒険者になっているなど、反王側に知られたら拙いことこの上もない。彼が実力をつけるまでは隠すということだろう。

 それでも敢えて今回自分に声をかけてくれたソルシエールにパーシヴァルは感謝した。20年間捜し求めていたただひとりの主君と再会できたのだから。再会させるためにソルシエールは自分を呼んだに違いない。

「パーシヴァル=ヴェンツェル・フェーレンシルトと申します」

 まずはパーシヴァルがそう名乗る。自分の外見が如何いかにも騎士らしく相当な堅物に見えることを自覚している。自分から声をかけないと他人は自分にとっつき難いらしい。自分に平気で声をかけあまつさえ揶揄ったりするのはソルシエールら同じ特級の3人くらいのものだ。

「冒険者階級はストラティゴスで、私とは10年来の付き合い。頼りになるわよ」

 ソルシエールがそう言って紹介する。

「パーシィ、こちらがイディオフィリア・アロイス。今の私のパルトナー。まだキニゴスだけどね」

 ソルシエールから紹介されたイディオフィリアはパーシヴァルに右手を差し出す。パーシヴァルは握手を交わし、意外に固いイディオフィリアの掌に薄く笑みを刷く。見た目は華奢な青年だが、この掌の固さは紛れもなくそれなりに鍛えた剣士のものだ。

「よろしくお願いします、パーシヴァルさん。今回はご協力ありがとうございます。まだまだ駆け出しもいいところなので、是非色々とご教授ください」

 遥か格上の冒険者に緊張していたが、パーシヴァルが穏やかな笑みを見せてくれたことに安心するイディオフィリアたちである。

「私はヴァルター・ヴァイスです。フィラカスになったばかりですが、よろしくお願いします」

「ティラドール・ルーディエルといいます。俺もフィラカスです。よろしくお願いします」

 ヴァルターとティラドールもパーシヴァルと握手をし、挨拶を交わす。

「こちらこそよろしくお願いします。イディオフィリア殿、ヴァルター殿、ティラドール殿」

 パーシヴァルは穏やかに応じる。

「それからソル。今はストラティゴスではなくアフセンディアですよ。修正しましたからね」

 つい先日、冒険者登録を修正したのである。それでも本来のイロアスではなく1階級下ではあるのだが。ソルシエールやパーシヴァルだけではなく、冒険者の中には様々な理由から下の階級で登録をしている者もいる。そういった者たちの正規の階級はギルドと本人、本人が話している周囲の人物しか知らない。この場合、己の実力が階級に見合わないと思い、3級から4級に昇格する際登録を据え置いている冒険者が多い。ソルシエールやパーシヴァルは指名リチェルカを安く抑えるための措置だ。

 しかし、ソルシエールからの連絡を受けたパーシヴァルは今後のことを考えて、ひとまず5級への登録修正を行ったのである。

「あら、偶然ね。私もさっき修正しておいたの。今はプロフィティスよ」

 ソルシエールも同じ理由で5級に修正していた。いずれイディオフィリアが血盟を創設する。その際の構成員になるはずのソルシエールはそれまでに登録を本来のソフォスにする心算つもりでいた。血盟創設時に特級冒険者がいるとなれば、それだけで血盟の格を上げることが出来る。

「アフセンディアにプロフィティスって……」

「全土に30人もいないはずだよな」

 まだまだ駆け出しの3人は呆然と顔を見合わせる。そんなに高位の冒険者だったとは……。

「さて、今後のことを話し合いましょうか」

 呆然としている3人にソルシエールは声をかけ、パーシヴァルは苦笑する。自分とて駆け出しだったころには5級の冒険者に憧れると同時に敬遠もしたものだ。自分とは違いすぎると。

「すぐに出発というわけにも行きませんからね」

 自分とソルシエールだけであれば、さっさと必要な武器防具・回復薬や呪符などを準備して出発しても問題ない。というよりも、ソルシエールとふたりだったら合流する時点で互いに準備を終えていてすぐに出発できることが当たり前だった。改めて何が必要なのかの確認も、綿密な打ち合わせも必要ないのだ。寧ろ迷宮の入り口で待ち合わせ、軽く確認をしただけですぐに出発することのほうが多い。しかし、今回は違う。

「そうね。第一、これはイディオたち3人が中心になってやるリチェルカだもの。パーシィと私は飽くまでも支援。だから、イディオ。貴方たちでこれからどうするのか相談して決めてちょうだい」

「え?」

 思ってもみなかったことを言われ、イディオフィリアは驚く。とはいえ、それも尤もだと思い直す。アフセンディアとプロフィティスならば3つ星程度の低難易度のリチェルカは普通受けない。それを敢えて受けているのは自分たち3人の特進のためなのだ。だとすれば自分たちが中心になって行動するのは当然だといえる。

 このリチェルカそのものもイディオフィリアが代表者として受けている。ギルドレーラーは初めは難色を示した。特進リチェルカということは承知していたがジェイエンでは難易度が高すぎると思ったのだ。

 しかし、そこにソルシエールが現れ『パーシヴァルと私が同行するから』と言ったところ、ギルドレーラーは態度を豹変させ、あっさりと受け付けてくれた。それどころか喜んで任せてくれたのだ。

 魔族の出現が頻発している現在、上級の冒険者は4つ星以上のリチェルカに追われ、3つ星までは手が回らない状況だった。3つ星は4つ星よりも緊急性に劣るため後回しにされ、中々このリチェルカを受ける者がいなかった。

 ギルドレーラーはソルシエールとパーシヴァルが受けると聞いて喜び、依頼主からの報酬に上乗せしてギルドからの追加報酬を約束してくれた。ソルシエールとパーシヴァルのふたりで行うリチェルカは流石に特級同士らしく討伐系リチェルカの成功率10割であり、且つ仕事が速いことでも有名なのだ。

「えっと……ミレシアへの移動ですけど、転移術者使って行けばすぐにも行けるけど、俺はまず連携とか動きとか見るのも兼ねて徒歩で旅したほうが良いんじゃないかなって思うんですけど、どうですか?」

 イディオフィリア、ヴァルター、ティラドールがテーブルにつき、話し合いを始める。知り合ってから間もない彼らの会話はまだぎこちなさが残っている。そんな3人を少し離れた椅子に座り、ソルシエールとパーシヴァルは眺めている。

「実は俺、3人以上のパルス組むのって初めてですし、それにほぼ全員初対面ですし、よく判りませんから……」

「確かにそうですよね。私もパルスを組んだことはありません」

「俺もです。イディオフィリアさんとソルシエールさん、ソルシエールさんとパーシヴァルさんは組んで戦ったことはあるわけだけど、俺もヴァルターも組んだことないし」

 ひとりで戦うことと集団で戦うことが違うというのは、それぞれがなんとなく理解している。流石にいきなり初対面で翡翠の塔は無理だろうと意見が一致する。

「あの……言葉遣い、崩してもいいかな。慣れないから話しづらくて」

 イディオフィリアがそう言えば、ヴァルターもティラドールも笑って同意する。年齢も冒険者歴も大した違いはないのだし、と。

「セネノースからミレシアってどういう道筋だっけ」

 まだ本土に来て間もないイディオフィリアがそう問えば、ヴァルターが地図を取り出す。

「距離的に近いのは、鏡の森を突っ切ることかな。でも道は整備されてないから大変だと思う。後はノーデンスから海岸沿いに北上するか、クロンターフから北上してアヴェリオンに行って東に行く……かな」

「アヴェリオン経由だとかなり遠回りになるだろ。鏡の森は首領級魔族もいるっていうし、俺らじゃ無理じゃないかな」

 ティラドールが言い、ノーデンスから北上する道を採ることにした。

「俺、ノーデンスから歩いてセネノースに来たけど、大体5日くらいかかったよ。ノーデンスからミレシアもそれくらいかな」

「地図見る限りじゃそれくらいだろうな。でもリチェルカは20日以内に終わればいいんだし、時間的には問題ないと思う」

「じゃあ、ノーデンスで1日、ミレシアに着いてから1日休息取って、それから翡翠の塔に行くってことでいいかな」

 と3人で予定を決めていく。途中何度かソルシエールらに道中に出現する魔族の情報を聞き、必要と思われる薬品や持ち物を確認する。

「ってことで決まったんだけど、どうかな、ソル、パーシヴァルさん」

 3人で決めたことをソルシエールたちふたりに報告し、それでいいと了承を得る。

「翡翠の塔に入ってからは私が道案内しますよ」

 流石に行ったことのない場所だけに、パーシヴァルの言葉はとても心強かった。






 翌日昼前にセネノースを出発した一行は、まずノーデンスへと向かった。セネノースからノーデンスへの道はつい2日前にイディオフィリアは通ったばかりであり、何の問題もなく順調に進んだ。

 この地域にはイディオフィリアら3人にとっては手強い魔物も出現するのだが、5人いること、パーシヴァルが倒す順番や位置取りを的確に指示してくれたお蔭で、全く問題なく魔物を倒すことが出来た。

 元々徒歩を選んだのは5人の連携や互いの技量を知るためでもあった。パーシヴァルは攻撃よりも防御を主体としており、己が魔物の攻撃を受けながら他の者が自由に動けるようにする所謂壁役の剣士だ。イディオフィリアは身の軽さを活用しての攻撃が主であり、ヴァルターは攻撃も防御もどちらも臨機応変に対応できた。剣士3人の役割分担と連携はパーシヴァルの的確な指示もあって巧くいっていた。

 中遠距離支援のティラドールは戦闘の勘が良いらしく、一度ソルシエールやパーシヴァルが指示すると、魔物が大量に出現したときには弓や魔法を駆使して剣士陣の負担を調整することが出来た。

 ゆえにソルシエールは余程のことがない限りは安心して回復と支援魔法に徹することが出来た。というよりもやることがなくて自分も剣を持って攻撃に参加しようとしていたほどである(当然、ソルシエールの剣の実力を知っているパーシヴァルに慌てて止められていた)。流石に数十匹のパドハとシラリュイが出現したときには『鬱陶しい!』と大吹雪の魔法ラービーナニウィスを発動し、一瞬で処理してしまったのだが。

 長い付き合いのパーシヴァルと短いとはいえパルトナーとなって幾度か経験しているイディオフィリアは苦笑し、ヴァルターとティラドールは唖然としていた。これ以降、彼らふたりは陰でソルシエールのことを『姐御』と呼ぶようになっている。






「そろそろ野営の準備をしようか」

 日が暮れかかってくるとイディオフィリアは4人にそう声をかけた。その言葉を受けて街道から外れ、野営に適した場所を探し始める。その途中で枯れ枝を拾ったり、兎や鹿などの食料になる動物も探す。

 やがて下草の乾いた開けた場所に辿り着くと、そこで野営の準備を始める。イディオフィリアとヴァルターは天幕を張り、パーシヴァルとティラドールは水の確保に行く。ソルシエールはハルピュイアのセイレーンと一緒に途中で狩った兎を捌いて調理していく。

 シュヴァルツらマーナガルムも姿を現し周囲の警戒をする。この周囲の魔物よりも遥かに上位魔族であるマーナガルムが気配を抑えずに存在する時点で魔物は近寄ってこない。

 食事をした後はほぼ日が沈むのと同時くらいの早めの時間に眠りに就く。警戒のための不寝番ねずのばんはマーナガルムたちがいるため必要なく、全員が安心して休める。翌日は日の出と同時に起き、食事をして出発する。

 ノーデンスまでの旅の過程で、このパルスのフューラーリーダーはいつの間にかイディオフィリアになっていた。

 理由の第一はヴァルターとティラドールを誘ったのがイディオフィリアだったからである。イディオフィリアはソルシエールに言われて交渉したのだが、彼が誘いヴァルターらが受けたことには違いない。

 ノーデンスに到着するまでは町もないため当然野宿なのだが、アヴァロンの自然の中で育ったイディオフィリアはそういった準備にも慣れていた。自然彼が指示を出すようになり、全員がそれを受け容れていた。

 元々ソルシエールがイディオフィリアに交渉を任せたのは将来を考えてのことだった。彼は集団を率いる者にならなければならない。ゆえに今からフューラーとしての行動を取らせるべきだと考えたのだ。

 イディオフィリアは冒険者としては一番格下であり最年少であったにも拘らず、彼がフューラーを務めることに誰も異を唱えることはなかった。

 パーシヴァルもイディオフィリアの出自を大凡おおよそ察しているため、イディオフィリアの補佐役を進んで担ってくれた。ヴァルターもティラドールも何も言わずイディオフィリアがフューラーとなることを受け容れていた。

 ──誰もが、イディオフィリアに『何か』を感じていたのである。