プロローグ

 フィアナ暦890年。

 王宮は喜びに沸きかえっていた。

 国民の信頼と敬愛を一身に集める賢王ディルムドが妃を迎えたのだ。ディアドラという名の美しい王妃を。

 国の誰もが王の結婚を喜んだ。素晴らしき若き君主に美しい王妃。

 フィアナ王国はこれから益々栄えるのだと誰もが疑わなかった。

 妃を迎えた国王はやがて後継者を得て、フィアナ王国の繁栄はこのまま続くのだと、誰もが何の根拠もなく確信していた。

 死なない人間、滅びない国などないというのに。

 王宮のバルコニーで国民の祝福に笑顔で答える若き国王夫妻。

 それをくらい眼で見つめる男がいた。国王の従兄にして公爵であるオグミオス。

 先々代の庶子を母に持つ、禍々しく歪んだ野望を心に秘めた男だった。






 2年後、王妃が男児を出産する。待ち望んだ慶事に国中が喜びに沸き立つ中、突然惨劇は起こる。

 オグミオスに導かれた魔族が王宮へと押し寄せ、国王ディルムドは殺されてしまう。

 王妃ディアドラと乳飲み子の王子はわずかばかりの騎士に守られ、落ち延びる。

 オグミオスは魔族の力を背景に国を支配した。

 ──暗黒時代の始まりだった。